●9
警報音が鳴りやまない。これは俺の脳内でのみ炸裂しているわけではないらしい。
「うるさいよね、さっきから。艦隊戦でも始まったのかな」
「そういえばこの世界、ひょっとして」
「スターゲだと思うよ、昔から天野君ここでバイトしてるみたいだし」
スターゲイトボール、通称スターゲ。というか、スターゲイトボールの方も通称だ。日本人プレイヤーはおじいさんおばあさんだらけなのでこの呼び名が付けられた。この国においてSFというジャンルはすっかり廃れ切ってしまい、最早ご老人の趣味なのである。正式名称はたしか……ええと……XENONゼノンとか言ったっけかな。
まあ要するに、あのクスリで既存の大ヒットゲームに全身の感覚をそのままダイブさせられてしまった、というのが、今の俺や先輩の状態を説明できる解釈だろう。
「総員に次ぐ! 本艦は敵の攻撃を受け爆散寸前の状態にある! 脱出せよ!」
スピーカーから聴こえてきたのは天野の声だった。関西訛りのかかった宇宙戦艦の艦長である。
「繰り返す! 総員退避せよ! 本艦は現時刻を持って破棄される!」
「フーン」
俺は鼻くそをほじる真似をしながら適当に流そうとした。
「逃げないの? 思うんだけど、この、体の感覚がある状態で、たとえば爆発に巻き込まれたりしたら」
「でもどうせゲームですよ。さすがに断末魔チックな痛覚までフィードバックして来たりしないでしょ。それより、唐九里さんの事をもうちょっと」
「さっき物凄い形相してたけど、それでも聞きたい?」
「たしかに僕の不当な怒りと逆恨み的やるせなさは百合の花咲くLGBTバリア程度で誤魔化し切れるもんじゃありませんが、それでも先輩の事をもっと知りたいですね」
「それ、最近はLGBTVっていうらしいよ」
Vってなんだろう。ヴァイオレンス? ヴァイラス? ウォッカかな。
スピーカーからは銃声や叫び声、怒声や悲鳴が流れてくる。何が起こっているのかは知らないが、まあ皆さん楽しそうで何よりです。たかがげーむにまじになってどうするの。
「こんなとこに居たんでスか!」
見ると、ステラちゃんが牢の窓に顔を押し付けていた。電子音が鳴ったかと思うと、扉は自ら天井に収納されていく。
「そこのピエロはほっといて脱出しましょう、柳中サン!」
「ありがとう、ステラちゃん!」
ステラちゃんはレトロSFチックな安っぽい微エロ感のあるスキニースーツを着ていた。同じものをエクリン先輩に渡し、着替え終えた先輩と共に、俺を置き去りにして二人は走り去った。クソが。と思いきや、エクリン先輩は顔をのぞかせた。
「何やってんの、モクニ君、ほら、行くよ」
嬉しさのあまり飛び出し、廊下をまたいだ隣の監房の窓に顔をぶつける。中に誰かが居るのが分かった。見覚えのあるうさん臭い笑みだった。加添崇刕だった。
「お前黒幕じゃなかったのかよ! なんで天野なんかに捕まってブチ込まれてんだよ」
「何だい、黒幕って?」
加添はエンタープライズで目を覚ました時の俺と全く同じ格好をしている。見なかったことにしてその場を去った。女子二人を追いかけ、長い長い監房の廊下を走る。
「出してくれ! 頼む!」
後ろから気障ったらしい声の情けない懇願が聞こえる。が、やはり聞こえなかったことにする。先輩とステラちゃんに追いつき、迷路のような入り組んだ艦内を行く。まるで浦安のトゥモ□ーランドの如き内装だった。あちこちに燃えカスや肉片、重火器らしき金属の筒がゴロゴロ転がっていた。
「やだ、今私死体踏んだ!」
「気にしないでくだサイ! スピードが大事でス!」
ステラちゃんは銃を抱えている。これまた凹凸というかディテールの控えめなレトロSFデザインで、光線銃とでも呼ぶのが相応しい。凹凸やディテールが控えめなのはステラちゃん本人にしてもそうだが。
「こんなに急いでどこに行くんだステラちゃん」
「決まってるでしょう、エンタープライズに戻って脱出するんでスよ! 今の私たちの状態で船の爆発に巻き込まれたら、全身大やけどどころの痛覚レベルじゃ済まない地獄の苦しみでスよ!」
マジか。そう考える根拠は何だろう。
「シンスケが撃たれたんですよ、私を牢屋から出す時、ニードラーで。そしたら今まで聴いた事もないような叫び声を上げて」
ニードラーというのは武器か何かの名前だろうか。
「そのあと馬上はどうしたの? 無事死んだの?」
「分かりまセン。倒れて、消えちゃいました」
ということは、ログアウトしたのだろうか。
「ねえ、普通にログアウトすればいいんじゃないの?」
「このゲームはヘッドセットやコントローラのホームボタンでログアウトするんでス! 今のワタシ達にそんなものありまスか⁉」
恐るべし、ラクシー。通路を進み、階段を降り、また長い通路を進む。
「その角を曲がったら、格納庫に到着するはずでス」
曲がり角の先には、広い空間があった。その最奥に、配下を引き連れたひょっとこ仮面が居た。
「よお来たな、モクニ」
「その声は……父さん⁉」
「父さん何人おんねん」
「お前が黒幕だってことは分かってるぞ、天野よ」
「有りえへん臨場感やろ? どや、ラクシー初体験の感想は? 大量のナノマシンを体内に直接入れて、神経系をほぼすべて乗っ取ってまうんやて」
「最悪でス! やっぱりこんな頭のおかしい会長のいる創世記部には戻れまセン!」
「キンバリー、ホンマに最悪言い切れるんか? そんなに真剣な顔見たことないで」
「真剣にもなりまス! 変なクスリ打たれて拷問されてるのと一緒でス! 一刻も早く解放してください、さもないと警察を呼んで全部洗いざらいしゃべりまス!」
天野はにやりと口元を吊り上げる。
「お前らな、今どんだけの距離走ってきたか分かるか? ドーム球場なみの敷地使うとるVRアトラクションでもこんだけの距離を走らせる奴はないで。しかも俺らの本物の肉体はベッドの上で微動だにしとらんときた。これがどんだけ凄い事か分かるか?」
とりあえず、俺はおもむろにステラちゃんから光線銃を取り上げ眼前のよくしゃべる男に向けてぶっ放した。リコイルが発生したせいか、銃口から吐き出されたキラキラしたそいつはイメージ通りの方角へ飛ばなかった。心臓のあたりを狙ったのだが左肩に命中し、ジュージューとうまそうな焼肉音だけが響いていた。
「ってええ! いたあああいってええたああ」
のたうち回って仮面が外れた天野。その配下らしき連中が、こちらに銃口を向ける。手をかざして発砲を制止する天野。平和的解決を試みているらしいので配下の皆さんに片っ端からヘッドショットを決め犠牲者となっていただく。とうとう天野一人が我々――反乱軍のクズ――三人に取り囲まれる。殴る蹴るのリンチ大会が今幕を開けようとしている。
「わーった! 分かりました! 落ち着けやお前ら。ログアウトする方法はそらもう簡単やで。くたばればいい」
くたばれとかいう反抗的なセリフが聴こえた気がしたので、俺は這いつくばって命乞いする男の額に光線銃を突きつける。
「ホンマやて。ほんとに、死ねば、ログアウトできるんです」
「じゃあまずお前が死んでみろ」
「まだ退勤時間やないんで。勘弁してください」
「ここはスターゲ世界だよな。お前のバイトって何だ?」
「治験みたいなもんや。うちの大学が開発してる新薬のな」
なるほど、事態の全貌が掴めかけてきた。俺を入学式からはぶりやがった、お金ばかり潤沢に持ってるくせに全学部の平均偏差値が還暦を迎えるおじいちゃんの年齢にも届かない我らが裁火大学の医学部がラクシーとかいう素敵なお薬を開発したのだ。未来旅行研究会なんてサークルをでっちあげて学生を人類科学の進歩に捧げる生贄=モルモット扱いしていたのだ。
「エクリン先輩、今から僕と一緒に退学届け出しません?」
「モクニ君がどういった思考を経てその誘い文句を編み出したのかは知らないけど、お断りします」
先輩の目は今までになくギラついていた。口元には不敵な笑みが。天野に突きつけられていた光線銃のバレルを掴み、優雅に俺からそいつを取り上げ、床に捨てこう言った。
「天野君! でかした! 凄いよコレ! まるで現実じゃない! いや現実じゃん! ていうか現実じゃないのこれ⁉ いや現実みたいじゃないって言おうとしたんだけど現実ってなによなによなによ凄すぎる! ていうかまるでニュー□マンサー⁉ ヒー□ーマシン⁉ ホ□デッキ⁉ MAT〇RIX⁉ 甲殻⁉ バ1チャルシステム⁉ ドットHA℃K⁉ SA〇⁉ ついに私たちの時代が来たよ‼」
子犬のように天野の頭をわしゃわしゃと撫でつけていた。クソ、うらやましいぞ。
「エクリン、お前だけは分かってくれるか」
耳をつんざくような爆発音があちこちから響く。ステラちゃんが悲鳴を上げる。見上げると、天井は湾曲し、やがてバラバラになった。周囲に巨大な金属片が降る。慌てて走り出すステラちゃんはすっ転んで頭を打ち気絶する。先輩と天野はガッチリと握手を交わしながら仲良く瓦礫の下敷きになり逝ってしまった。床に大穴が開く。
眼下の闇の中、白い筒を組み合わせたローテクな宇宙船が見えた。エンタープライズだ。エアロックには稼働通路が繋がれ、今まさに乗り込もうとする人影が見えた。そいつはこちらに気が付き、手を振ってきやがった。場違いな、それでいてどこか安心感のあるグレーのスーツ。マニースーツの男。
「君たちが解放してくれないから、危うく焼け死ぬとこだったよ」
加添だった。
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