二善目★魔法のステック
「まぁ小僧、お茶でも飲め」
「はい……頂きます」
今俺は、おばあさんと縁側でお茶を飲んでいる――――。
小一時間前、俺はこの小動物的なおばあさんを引ったくりから助けた。運よく倒した引ったくりは、その後騒ぎを聞きつけた近所の人が警察に通報して、無事に逮捕された。
警察に簡単な事情聴取はされたが被害も特になくて割と早く終わり、一段落するとおばあさんは「行くぞ小僧!」と、まるで家来のように俺を引き連れて帰ったのだった。
めでたし、めでたし――――。
――――とは、いかなかったぁぁぁ!!
おばあさんを家に送り届けて任務終了かと思ったのに、お礼にお茶でも飲んでいけと言われ、お腹も空いていたしつい誘いに乗ってしまったのが後の祭り。
おばあさんは、どうでもな世間話をずっと話し続けている。相槌を打つのも疲れてきて、いい加減帰りたくなってきた。
「あの~。俺そろそろ帰りますね」
「近頃の世の中は、犯罪が多くていかんのう。若者も年上を尊ぶことも忘れて、無礼なものが増えた。わしが若いころは……」
おばあさんは俺の言葉をスルーして、引き続き愚痴をこぼし始める。
俺は一体いつになったら帰れるんだ――――?
「あ、あの。勉強もしないとなので、これで失礼します!」
このままだと夜になってしまいそうで、意を決してはっきり言い切ると、おばあさんは一息ため息を吐いてから、湯飲みに残ったお茶を一気に飲み干した。
「たくのう~。折角これからわしが恩返ししてやるというのに、辛抱が足りん小僧じゃのう」
「……はぁ。すみません」
えぇぇぇ! 俺が悪いの?
引ったくりから、あんな体当たりで助けたのに、こんな仕打ち受けなきゃいけないなんて理不尽じゃないか!
――――と言いたいところだが、小心者の俺は心の中で愚痴るだけが精一杯で、渋々と謝ってしまった。
「分かれば宜しい。ではさっきの礼をするぞ」
「はい……」
全くもって感謝しているようにも、お礼を言うようにも思えない。もうどうでもいいから、早く帰してくれるのを願うばかりだ。
一ミクロンも期待せずに肩を落としていると、おばあさんはどこからか取り出したのか手に棒を持っていた。その棒の先には、星型の飾りが付いていて、まるで変身ものアニメのグッズにしか見えない。
「それ、お孫さんへのプレゼントか何かですか?」
「違うわ! 戯け者――――!」
突如現れたおばあさんには不似合いなアイテムに思わず突っ込みをいれたところ、全力で怒られた。
「すみませんっ! でも一体それは何なんですか?」
小柄な体形に似合わず迫力のある怒声にビビり、少し後ずさる。だけどいきなり現れたスティックは気になってしまい質問すると、おばあさんはさっき見せた、ご満悦の笑みを再び浮かべた。
「これはな……願いごとを叶える魔法のステックじゃ」
「ステック? スティックですよね」
「だからステックと言っておるじゃろ!」
「はいっ! ステックですね!」
これくらいのお年の方に、小さな『ィ』が省かれることは多々ある。敢えて触れるのは止めておくことにした。
「ん? てか魔法のスティック?」
発音の方が気になって肝心なことを飛ばしてしまったが、かなりとんでもない冗談を聞いた気がする。
助けたお礼をすると言っていたけど、まさかこのスティックを俺にくれるって言うことだろうか? ならば全力で遠慮したい。
「あ、いあや~。貴重なスティックを貰うわけには……」
「当り前じゃ! お前は本当に戯け者じゃの! これはわしの大事なステックじゃ。誰にもやる訳にはいかん!」
「なっ!」
引ったくりから命がけで助けたにも関わらず、最初から威張った態度と、意味不明な行動。何より何度も『戯け者』呼ばわりされて、流石にちょっと腹が立ってきた。
「それが一体何なんですか! 俺だって暇だけど、それなりに忙しいんです。おばあさんの冗談に付き合っている時間はありませんから!」
よし! 言ってやったぞ。もうおばあさんの暇潰しに付き合ってなんかいられるか!
引き続き心の中で呟いて、鞄を持って立ち上がろうとすると――――。
「だから、さっきの礼にお主の願いを一つだけ叶えてやろうとしておるのだ。どうだ嬉しかろう~」
ニンマリ――おばあさんは口元に、時代劇の悪代官みたいな笑みを浮かべる。
こ、怖い――――! 何を企んでいるんだ! 新手の宗教か何かか?
「えっと……そういうマルチ商法は、騙されないようにと学校で習ったので……」
「戯け! そんなこと学校で教えるか。これは正真正銘の魔法のステックだし、わしは魔法の国の妖精じゃ」
エッヘン――――と言っているかのように、おばあさんは両手を腰に当てて、踏ん反り返っている。
『魔法の国の妖精』だぁ~? 妖怪の間違いじゃないか?
いやいやそれより、この場からどう退散するかだ。早く逃げないと、高額な壺とか買わされるかも!
「えっと……今日のところは持ち合わせがないので、親に相談して……」
「やれやれ。一生に訪れるか分からない千載一遇のチャンシュなのにのう……」
『チャンス』の発音が少し気になったが、下手なことは言わないほうが良いだろう。
怯えている俺の様子など気にもせず、自称妖精さんはどんどん話を進めていく。
「まぁ、大抵最初は信じないんじゃよ。でも騙されたと思って、願い事を言ってみるのもありと思うがの」
「おばあさん……」
急に口調が優しくなったおばあさんの言葉に、心が揺れる。
別に本当に願いが叶わなくても、願望を話すくらい良いかもな。正直誰にも言えていないし。この気持ちを口にしたら、一歩前進出来そうな気もしてきた。
「えっと……同じクラスの小川さんに……告白したいです」
自分になんか恋愛できる自信がなくて――ずっと秘めていた想い。誰かに話しただけでも、俺には『奇跡』かもしれない。
『魔法のステック』――パワーあるかもな。
そんなロマンティックな気持ちに浸っていると、おばあさんは後ろに手を組み、うんうんと満足そうに頷いた。
「そなたの想い人……
「えっ……何で小川さんのフルネームを知っているんですか!」
苗字しか言っていないのに、若しかして小川さんの知り合いなのか?
困惑している俺に、おばあさんは勝ち誇った笑みを向けてきて――――
「だから言ったじゃろ。わしは魔法の国の妖精じゃって」
パッチンとウインクした。
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