一日一善☆ダイエット

藤見 暁良

一善目☆奇跡の始まり

「そなたの願いを一つだけ叶えてしんぜよう」


「願いを叶える?」


「さぁ小僧よ。何が望みじゃ!」


 突然、俺に奇跡が起きた――――。



 ☆  ★ ☆


「今日も小川さん、可愛かったな~」

 俺、小鳥文太ことりぶんたはのんびりと、学校からの帰り道を歩いていた。

 高校一年生だが部活も入らず、自由自適な高校生活を満喫している。

 趣味は食べることとゲームくらいだ。

 親からは勉強しろと言われるけど、大きな夢も特にないし、大学受験も面倒だ。どうせ進学するなら、少しでも役立つことを学びたい。

 例えば――調理の専門学校とかどうだ! 美味しいものを食べれそうだし一石二鳥じゃないか!

 あぁでも、愛しの小川さんと同じ大学に行くのも捨てがたい――――。

「小川さんどこの大学に進むんだろ? 俺、勉強苦手だしな~」

 小川さんは同じクラスの女子である。くりっとした大きな瞳とサラサラストレートの黒髪がとっても綺麗なのだ。何より優しい!

 入学式の時に一目惚れしてしまい、日々の癒し的存在だ。そんな小川さんも隠れファンは多く、自分もその一人だった。

「あぁ~。どうしたら小川さんと仲良くなれるかな」

 自分にとっては大学受験より難関問題に、頭を悩ます。何より一番の問題は――――。

「やっぱり、ダイエットしないとかな……」

 そう――――何を隠そう(?)俺は、百キロ近い体重のデブなのだ!

 痩せている方が何かと良いとは思うけど、食べることが大好きで、どうにも止められない。そして運動も得意な方ではない。食事制限も辛い。運動も苦手。ダイエットをしたくても、どうにも一歩踏み出せないでいた。

「う~ん……困ったな」

 ――――ギュ~ルルルル~。

 目下の悩みに頭を働かせたせいか、お腹が凄く空いてきた。

「チョコレート、あったよな?」

 鞄の中に常備しているお菓子をガサゴソと、手探りで取り出そうとした時だった――――。


「引ったくりじゃ――――!」

「へ?」

 突然、背後から飛んできた大声に反応して、振り返るといかにも怪しい格好の男がこっちに向かって走ってくる。

「そ奴を捕まえとくれ!」

「どけ! ガキ!」

「え、えぇぇ!?」

 進行方向に立ち塞がっている俺に、男はドスが利いた声で怒鳴ってきた。

 ど、どうしよう! 退かなきゃ!

「すみま……」

「捕まえるのじゃ!」

 怖くて逃げようとした俺に被害者と思われるおばあさんが、叱るように怒鳴ってくる。

「えぇぇぇ――――!!」

 捕まえるって、どうやってさ? 刃物とか持ってたら、めちゃめちゃ怖いじゃんか!

 俺が慌てている間にも、男は迷わず一直線に向かって来ている。

 うわぁぁぁぁぁ! 逃げたい! でも逃げたら、おばあさんが困るだろうし。

 本当は関わりたくないのに、優柔不断な性格が無駄に発動する。

 そうこう悩んでいる内に、引ったくりは目前まで近づいていた。

「退けぇぇぇ!」

「うわぁぁぁぁぁ!」

 ひぃぃぃぃ! 一か八かだ――――!!

 考えている余裕もなくて、半ばやけっぱちで引ったくりに突っ込んでいく。

 父さん、母さん、短い間だったけど、育ててくれてありがとう! 小川さ――――ん! 好きだったよぉぉぉ――――!!

 心の中で一世一代の大告白を叫んだ瞬間――――身体が宙を舞った。

 緊張の余り足が縺れて転びそうになった勢いで、宙に浮いたように飛んでいく。それは一瞬の出来事だった。

「な、何だよ!」

「おがわさぁぁぁん!」

 怖くて目を瞑っていたからよく分からないけど、引ったくりにの動揺している声だけは聞こえた。


 ドッスゥゥゥン! ――――と言わんばかりの振動が、全身の脂肪を揺らす。

「う……うぅ……」

「痛っ……」

 自分が転んだのは認識できたが、久々に転んだ衝撃と百キロ近い巨漢の重さに直ぐには起き上がれない。

 俺、生きているよね? 明日も小川さんに会えるよね――――。

「おがわ……さん……」

「小僧、良くやった。褒めてつかわす」

「おが……へ?」 

 頭上から降ってきた声の主の方に視線を移すと、引ったくりにあったおばあさんが俺の傍に立っていた。

 そのおばあさんは漫画のキャラクターみたいにやたら小柄で、着物にもんぺと今時珍しい格好をしている。

「褒めてって……あ、うわぁっ!」

 衝撃でまだ頭がフラフラしていて、おばあさんが言っていることが意味不明だったが、数秒後状況を把握する。

 俺の巨体の下で、引ったくりが白目を向いて気絶していた。すっ飛んだ勢いで、犯人を下敷きにしたのだ。


 口を大きく開いて青ざめている男の姿に、俺の脂肪で圧死させたかと思って、全身の血液がサーと一気に引いていく。

「死んでる!?」

「こやつ生きとるわい。それよりわしの荷物は無事だったようじゃな」

「生きてるって……どど、どうして、分かるんですか!」

 動揺が収まらない俺は、どもりながらおばあさんに聞き返す。そんな俺におばあさんには、鼻であしらうように自信満々で言い切った。

「ふん! わしに分からんことはないのじゃ。ほれ小僧、わしを家まで送るのじゃ」

「え、家までですか?」

 引ったくりに遭ったばかりとは思えないおばあさんの不遜な態度と命令に、色んな意味で驚いてしまう。

 明らかに気が向かないオーラを発している俺の態度におばあさんは、着物の袖で顔を覆いフルフルと震えだす。

「つい今しがた、引ったくりにあった可哀そうな老人をこのまま放置する気か? 今時の若もんは気遣いが足りんのう。寂しい世の中になったもんじゃ。わしの若かったころは……」

 何故か急に恨みつらみをを語りだされる。訳が分からないけど、これは家まで送らないとずっと恨まれる気がしてならなかった。

「わ、分かりましたよっ! 家まで送りますよ~」

 俺がそう答えた途端、おばあさんはにんまりとご満悦そうな笑顔を顔いっぱいに浮かべた。

「そうそう。良い心がけじゃ。『一日一善』、きっとお主にも無駄はないぞ」

「はいはい……」

『無駄はない』って、物は言いようだよな~。

 半ば強制的に、おばあさんを送ることになってしまったことを心の中で、ぼやいてしまう。

 こんなに威張ってはいるが、引ったくりにあったばかり正直不安なのかもしれない。家まで送ってあげ方が良いとは思うけど、それは警察に任せれば良いような気もするんだけどな~。


『一日一善』か――――。


 まさかこの言葉がこれから起きる『ミラクル』だと、今の俺には想像も出来なかった。

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