第29話  傭兵集団【鉄の掟】の崩壊

 オッス、おいらリーベル。


 現在、屋上から真っ逆さまに転落中だ。


 風圧が凄い。


 Gが身体に直かかってる。


 落下スピードも徐々に上がってるし、このまま手をこまねいてたら地面に大激突するかも!?


 くぅ~なんてこった。下手したらペシャンコだ。こんな状況なのに、おいらワクワクするぞ~ってしないけどね。


 マキシマム家にとって、この程度の高さからの落下なんてなんら問題なし。


 ガキの頃からやってた十点着地を使う。


 【十点着地】とは高い場所から飛び降りる際、着地の衝撃を足の指十本に分散させる技である。


 まず最初は右足のつま先だ!


 地面すれすれまで急降下していく。


 そして、タイミングを計り、右足のつま先を地面につける。


 ダンっと爆音が鳴り、そのまま右足の親指、人差し指、中指、薬指、小指の順に重心を移動し、最後は左足で着地する。


 決まった!


 地面が陥没し、俺の靴跡がくっきりと映っている。


 足が少しだけジーンとしたけど、骨にも肉にも異常なし。


 余裕、余裕!


 両手を広げてテレマークも決めてるぞ。


 着地の痛みはない。それよりも、カミラに頭突きされたお腹のほうが痛いぐらいだ。


 まったくまったくよ~。


 お腹をさすりながら周囲を観察する。


 突き落とされた受験生達の死体があった。ソフィアに突き落とされたビリー君もいる。


 えぐい。


 彼らの顔は、恐怖と怒りで歪んでいた。


 まぁ、信頼していたパートナーに裏切られたんだからな。その気持ちは、十分に理解できる。


 可哀そうに。


 見知らぬ他人ではあるが、あまりに哀れである。


 特に、ビリー君には同情する。同じ性悪女にかかわった者として、共感しまくりだ。


 南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。成仏しなよ。


 片手で軽く拝む。


 数分ほど片合掌し、気持ちを切り替える。


 ここは、そのうち死臭が立ち込めるだろう。


 早く移動したいが……。


 カミラは、確実に傭兵集団【鉄の掟】を気に入っている。この人を人と思わない鬼畜っぷり。カミラ好みの団だ。


 あのスキンヘッドの団長なら、団員にどれだけ人殺しをさせるか検討がつかない。


 カミラは、喜々として活動するだろう。


 ……情操教育に悪すぎるぞ。


 入団したばかりだが、絶対に退団させる。


 当たり前だ。こんな常軌を逸した職場で働いたら、なんのために実家を出てきたのかわからない。本末転倒である。


 よし、兄貴権を発動だ!


 カミラが嫌だと駄々をこねてもだめ。有無を言わさず引っ張っていく。


 絶対の絶対だ。


 ただ、すんなりは行かないだろうな……。


 カミラの奴、巨大熊【白カブト】の時もしばらく根にもっていた。


 賞金稼ぎで悪人を殺して不満のはけ口にするしかないだろう。


 結局、金稼ぎは殺し屋稼業ってなるのかよ。


 まだまだカミラ更生までの道のりは長い。


 はぁ~大きくため息をつきながら、今後の生活を考えていると、


 うん!?


 悲鳴が聞こえた。それも複数である。


 上か!


 上空を見上げる。


 なっ!?


 屋上から何かが落ちてきた。


 パラパラと雨あられのように……。


 その何かはだんだんと大きくなっていく。


 もちろん視力8.0を有する俺の目を持ってすれば、これがなんだか瞬時に判別できる。


 人間だ。


 次々と人間が落ちてきている!?


 受験者だけでない。審査をする団員達もだ。


 とうとうやったか!


 ピンときたね。


 彼らを突き落としたのは、十中八九カミラだろう。


 カミラの暴走に全員が巻き込まれたに違いない。


 で、あるならば!


 すぐさま行動に移す。


 カミラの殺人を止める。


 屋上にいた連中は、全員悪人ではある。傭兵集団【鉄の掟】の団長、団員は言うまでもない。合格した受験生達も、自分の命惜しさに信頼する友人や身内を裏切った卑劣感だ。


 だが、悪人とはいえ、女子供は別である。


 子供は情状酌量の余地があるし、女性には優しく接するべきだ。俺達兄妹はフェミニストを目指しているからね。


 くわっと目を見開き、落ちてくる人の特徴を掴む。


 よし!


 野郎は無視。女性と未成年の少年をロックオン。


 落ちてくる救助対象者をジャンプして受け止める。すぐさま地面に置く。再びジャンプをして、受け止める。


 このサイクルを繰り返す。


 うん、これちょいきついぞ。


 受け止める衝撃は、まぁ許容範囲だ。平均して六十キロ相当の人が落下してきているが、問題無し。親父から小突かれた時のほうが痛かったぐらいだ。


 ただ、時間差で落ちてくる場合はいいとして、同時に落ちるパターンが厄介だね。


 距離が離れているから全力スピードでキャッチしなければいけない。


 テクがいる。


 でも、取りこぼしたらカミラが女子供を殺した殺人者となってしまう。


 それは絶対に嫌だ。


 根性を入れて救助していく。


 ほっ! はっ! とりゃあ!


 次々とキャッチしていく。


 救助対象者達は、屋上から突き落とされた衝撃でしばらく呆然としていた。


 そして、多少落ち着いて、正気に戻ったものから慌ててこの場を離脱していく。余裕のある者は、帰る前にお礼を言ってくれた。


 うん、やはり人助けは気持ちがいいね。


 そして……。


「ば、ばかなぁあああああ!」


 一際野太い声が周囲に響いた。


 スキンヘッドで隻眼の男が空から落ちてきている。


 特徴的な服に特徴的な顔、忘れるわけがない。


 傭兵集団【鉄の掟】の団長だ。地獄に落とされたかの如く絶望の顔をしているね。


 位置的にちょうど俺の真上だ。助けるには絶好のポジションとは言える。


「た、助けてくれぇえええ!」


 やなこった。


 ひょいと避けると、爆音が鳴り地面が陥没した。


 あれま!?


 そっと様子を見てみると、団長の首が曲がってはいけない方向に曲がっていた。


 死んだか?


 ひゅうひゅうと団長の口から空気が漏れている。かろうじて死んではいない、虫の息だね。


 まぁ、じきに死ぬだろう。


 人を道具としか思わない傲慢な男の末路としては当然だ。因果応報である。


 これで傭兵集団【鉄の掟】は全滅かな。


 そろそろ落ちてくる人間は打ち止めのようだし、改めて事情を聴きたい。


 誰に聞くか?


 救助対象者のあらかたは、恐慌状態で雲の子を散らすように逃げてしまった。【鉄の掟】の幹部連中は、全員落下の衝撃で死亡している。


 となれば……。


 腕を組み、しばらく待つ。


 来たか?


 鋭敏な耳が、かすかな悲鳴を聞き逃さなかった。


「きゃあああああ!! リ、リーベルさん、リーベルさん、助けてぇええ!」


 上空を仰ぎ見ると、ソフィアが真っ逆さまに落ちてきていた。


 こいつも団長と同じ、極悪非道な人間である。落下して死んでも自業自得だ。


 助ける義理もない。


 にやりと笑みを浮かべる。


 ソフィアは、俺の顔を見て見捨てられたと思ったのだろう、この世の終わりのような顔をしていた。


 くっくっくっ、これは気分がいい。


 俺をはめようとするからこうなる。


 せいぜい後悔に苦しむがよい――って、まぁ、助けるんだけどね!


 非常に、非常に残念だが、ソフィアは女性だ。


 性悪女とはいえ、カミラに女子供を殺させるわけにはいかない。


 ただし、お仕置きは必要だ。


 ソフィアには、たっぷり反省してもらう。


 地面すれすれのところまで落下させてやる。恐怖を味わうがよい。


 よっと!


 上空でソフィアをキャッチし、そのまま落下、地面にぶつかる数センチ前で止めてやった。


 落下の負荷がそれなりにあったが、許容範囲だ。


 マキシマム家にとって、この程度の負荷は朝飯前だからね。


 ソフィアは、目を回している。


「生きているか?」


 ぺちぺちと頬を叩いてみた。


 反応無し。


 それでも何度か叩いていると、うつろだったソフィアの目の焦点が定まっていく。


「は、は、はぁ、はぁ、はぁ、リ、リーベルさん……」

「ふふ、どうしたんだい? マドモアゼル」


 フランス紳士の如く優雅に問いかけてみる。


「た、助けるのなら早くしてください。し、死ぬかと思いました」


 ソフィアは、息も絶え絶えに返事をしてきた。


 身から出た錆という言葉を十分に理解するといい。


「まぁ、これに懲りたら非道な行いはやめるこった」

「ひ、ひゃい」


 ソフィアのおでこに軽くデコピンをして、お仕置きを完了させた。


 あとはカミラを迎えに行こう。


 屋上に足を向けようとしていると、


「たのしぃいいいいい!」


 カミラの楽しそうな声が聞こえてきた。


 まさか!


 上空を見る。


 カミラだ。


 カミラが屋上から飛び降りたのである。


 それも両手を広げて着地姿勢を取っている。


 お前もテレマーク決めるつもりか?


「おまぁ!」


 思わず声を上げる。姿勢が悪い。それじゃあ体重移動が不十分だ。


 受け止めようとダッシュするが、間に合わない。


 ダンっとすごい音がした。


 カミラが地面に激突、そのままごろごろ転がっていく。そして最後は路上の端にあった塀で止まった。


 うん、あれは痛いぞ。


「カミラ、大丈夫か?」


 カミラに駆け寄り、声をかける。


 反応がない。


「カミラ!」


 今度は少し大きめに声をかけるが、カミラはピクリともしない。


 ……だ、大丈夫だよな?


 いくらカミラがマキシマム家基準でひ弱とはいえあの親父の娘である。この程度の衝撃で死ぬわけがない……はず。


 多分……絶対ではないけど。


「カミラ、カミラ!!」

 

 内心冷や汗をかきながら、何度も声をかけカミラの肩を揺する。


 しばらくして、反応があった。右手がぴくぴくと動き、カミラがむくりと起き上がったのだ。ぱちぱちと瞬きもしてくる。


 よかった。ほっとした。


 ったく焦らせやがって……。


「カミラ、心配したぞ。大丈夫か?」

「……大丈夫くない」

「そ、そうか。どこか痛むのか?」

「うん、痛い」


 返事をするや、カミラは足を見せてきた。


「どれ、もっとよく見せてみろ」


 カミラのスカートをめくり足首を見る。足首は、真っ赤に腫れていた。


 これは……。


 軽く触診をしてみる。


 カミラの足首から指先を触っていく。


 ふむ、くるぶしの辺りから数センチヒビが入っているな。靭帯は、切れていない。カミラの回復力なら全治一週間ってところだろう。


「痛い痛い。うぁあああん、足が痛いよ、痛いよ。じんじんする」


 カミラが泣いている。


 蝶よ、花よと育てられたカミラは、痛みに耐性がない。何度も言うが、マキシマム家基準でだけどね。


 あぁ、もうだから言ったのに。


 リュックから包帯を取り出し、カミラの足に巻いていく。


 マキシマム家では、下手な医者より医療知識を学んでいる。テーピング一つとっても一流の医師が治療するのと同じ技術を持っているのだ。


 包帯でテーピングをしていくと、痛みが緩和したのだろう。カミラは泣きやみ、徐々に余裕を取り戻していった。


「もう無茶するんじゃないぞ」


 テーピングを終え、少し説教する。


「うん、わかった。今度は、もう少し下の階から落ちるね」


 案の定、何もわかっていない。


 別に落ちる必要はない、危険な行為はするなという意味だ。自分にも他人にも。


 ……まぁいい。なにわともわれ、カミラのおかげで傭兵集団【鉄の掟】は崩壊した。


 説得しなくても、こんな劣悪な職場で働かずに済んだのだ。御の字である。


「カミラ、怖い思いをさせて悪かった。次は、兄ちゃんがもっといいバイト先を探してやるからな」

「ううん。痛かったけど、面白かった。僕、ここで働きたい」


 カミラはぶんぶんと首を振り、笑顔を見せてくる。


 いや、無理だから。お前が団員を全員突き落としたせいで、この職場、誰もいないんだぞ。



 ★ ☆ ★ ☆



 ソフィアは、実感する。


 あぁ、楽しい。


 事前情報で入手していた傭兵集団【鉄の掟】の闇。


 協会で働いてきたときから噂では知っていた。


 強固な信頼を築くために、お互いの信頼できるペアで殺し合いをさせる!


 ふふ、なんて楽しい、いや、なんて恐ろしい集団なんでしょう!


 いつか行きたいと思っていましたが、機会が巡ってきました。私の監査官でもあるリーベルさんがお金を稼ぎたいというじゃありませんか!


 早速、この素晴らしい傭兵集団【鉄の掟】を紹介してあげました。


 リーベルさんは最初私の提案に訝し気な様子でしたが、他に案もなく最後は折れてくれました。


 後は、下準備です。


 傭兵集団【鉄の掟】は、いわくつきの集団とはいえ、れっきとした国が認める運営機関です。入団試験を受けるにしても最低限の身元保証が必要でした。リーベルさんは有名な暗殺一家の息子さんですし、私は前科者です。まともに窓口に行けば、書類審査ではねられる可能性があります。書類を改ざんするという手もありますが、短時間では無理でしょう。


 だ・か・ら・別な手段を考えました。


 私の美貌に群がる愚かな男達を集めます。その中で最も役に立ちそうな者をピックアップ、現地でビリーという間抜けな冒険者を見つけました。ビリーさんは、地元の名士の息子さんです。ビリーさんが私達を身元保証してくれたおかげで、書類審査にすんなり通ることができました。


 パチパチパチ、よくできましたね。ビリーさん、褒めてあげます。


 そして、ビリーさんと仮初の恋人となり、よしよしとビリーさんが最も言って欲しい言葉をかけて上げました。何度も何度も背中の痒いところに届くように甘い言葉をささやいてあげました。


 すると、ビリーさん、もうにやけてにやけてすごい幸せそうな顔をしてきたんですもの。本当にたまらない。すぐに裏切って絶望を見せてあげました。


 う~ん、快感ですね。


 前菜ビリーでも十分に楽しめました。後はメインディッシュです。


 私を拘束し続けているマキシマム家の長男であり監査官のリーベル・タス・マキシマム。


 この男を処分し、自由になる。


 もちろん今までのおも含めてたっぷり絶望を味合わせることも忘れずに。


 リーベルさんは、暗殺一家のエリート。たいそう腕が立つのに、人を殺すことに躊躇いを持っている偽善者さんです。


 ぜひ、絶望を味合わせてあげたい。


 口八丁で騙し、この楽しい楽園に連れてきました。


 そして、とうとう計画が実ります。


 カミラちゃんがリーベルさんを屋上から突き落としたのです。


 あぁ、実の妹から突き落とされるなんて、リーベルさん、可哀そう。


 可哀そうすぎて笑いが止まらないわ。


 突き落とされた時のリーベルさんの驚いた顔と言ったら、もう、もう、もう!


 ふふ、ふふ、ふふ、ふふ。


 笑みを抑えようとしても抑えられない。


 信じた者を殺し、信じた者に殺される。


 これよ、これ、人間の生の感情を感じる。


 実の妹に殺される兄、なんて刺激的なのでしょう!


 逆パターンでもよかったんですけどね。リーベルさんが間違ってカミラちゃんを突き落す。それもきっと面白かったです。その時は思いっきりリーベルさんの罪悪感を刺激してあげましたのに……。


 まぁ、今回は代わりにカミラちゃんの罪悪感を刺激してあげましょう。有名な暗殺一家とはいえ、兄妹の情くらいあるでしょうから。


 ふふ、カミラちゃん今、どんな気持ちなのかな?


 絶望かな? 後悔かな?


 カミラちゃんに近づき、声をかける。


「カミラちゃん、今どんな気持ちですか?」

「た~のしい! たのしいたのしい! 最高!!」


 カミラちゃんはその場でぴょんぴょんと飛び跳ねながら、身体全体で喜びを表現している。


 ……この子は、私と違う意味でぶっ壊れているわね。


 とにかく私は他人の絶望が見たいんです。嬉しそうにされるのは、釈然としません。


「カミラちゃん、胸に手を当てて考えてみてください。突き落としたのは、今までのような犯罪者ではないんです。あなたのお兄さんなんですよ。あんなにもカミラちゃんの更生を願ってた大事な大事な家族じゃないですか!」

「そうだよ。大事な兄ちゃんだよ」


 カミラちゃんは不思議そうに首をかしげてます。


 何を当たり前のことを言っているんだって顔をしてますね。


 もしかして状況を理解していないんですか?


 それなら少し説明をしてあげましょう。


「大事な家族ならなおさらです。そんなに喜んで……リーベルさん、可哀そうです」

「なんで?」

「なんでって、あなたは実の兄を突き落として殺したんですよ」


 カミラちゃんはきょとんとした顔をしている。質問の意味を理解していないらしい。


 バカなんですかね。いや、これまでの言動を観察するに、非常識な言動をしていましたが、知能が劣っているようには見えませんでした。


 なのに会話が成立しない。


 私が言うのもなんですが、狂人の思考は理解できません。


 なんか悔しいですね。もう一度、現実を突きつけてあげますか。


「カミラちゃん、改めて言います。あなたはお兄さんを突き落として殺したんです」

「ソフィアは何を言っているのかな? 兄ちゃんは、死んでないよ」

「えっ!? だって真っ逆さまに落ちて……」

「ソフィアはバカだな。このぐらいで兄ちゃんが死ぬわけないでしょ」


 バカな!? ここを何階だと思っているのよ。


 すぐに屋上の端まで移動し、下を見る。


 …高い。


 地面まで軽く五十メートル以上はある。

 

 ずっと下を向いていると、高所恐怖症でもないのに、自然と身震いしてくる。


 なんて高さよ。


 これで死んでない?

   

 本当に生きているの?


 ここからでは下がどうなっているかわからない。


「やっぱり兄ちゃんはすごいな。僕も後でやろうと。でん、テレマーク♪」


 カミラちゃんはぴょんぴょんと飛び跳ね、着地の真似事をしているように見える。


 まさか屋上から飛び降りようとしているのか?


「おい、何をとろとろしてやがる。合格者はこっちに集まれと言っただろうが!」


 【鉄の掟】の団長ががなり声を上げて指示をだす。


「は~い」


 カミラちゃんは、右手を上げて楽しそうに団長の指示した列に向かって行きます。


「わーい、入団できた。こんなに楽しいバイトがあったんだね。やっぱりお外に出てよかった。最高♪」

「カ、カミラちゃん、楽しいんですか?」

「うん、はじめはバイトなんてつまんないかなって思ってたけど、違った。こんなに楽しいところだったんだね。兄ちゃんの言う通りだった」


 これはどうしましょう?


 カミラちゃんの言う通りなら、リーベルさんは死んでいない。


 私が悪行を成せば、リーベルさんは鬼のようなお仕置きをしてきますからね。


 私は、荒事が苦手です。もともと適当な理由をつけて退団するつもりでした。


 もちろん次のターゲットであった【鉄の掟】の団長さんを絶望に落としてからでしたが……。


 きっとリーベルさん、怒ってますよね~。 


「小娘、はしゃぐな。いいか早速仕事の説明を始める。気合を入れて聞いておけ」

「うん、頑張る」


 団長さんの指示で団員が一人進み出て、仕事の詳細を語り始めた。彼は、いわゆる説明員みたいですね。


 仕事の内容は、だいたいが予想通り。


 買い出し、偵察、ギルドへの連絡等……新人は雑用が主な仕事のようです。


 まぁ、つまらないですね。


 別ギルドへのスパイ等、心躍りそうな案件もいくつかありましたが……。


 しばらくして、説明員の説明が終了します。


 新人団員の多くが素直に拝聴した中、


「それじゃあ何しようかな? そうだ。僕は入団テストのお手伝いする!」


 カミラちゃんは元気よく答え、とことこと説明員に近寄ります。


 これはもしや……。


「ばかか、入団テストはもう終わりだ。列に戻れ」


 説明員は馬鹿にしたように言い放ちます。


「え~終わりじゃないよ。突き落とすだけじゃ足りない、足りない」

「新人が何を抜かしやがる。ごちゃごちゃ邪魔しやがるなら懲罰して――ひゃああ!!」


 説明員が悲鳴を上げて地面に落下しました。


 はは、なんてことでしょう! カミラちゃんが団員を屋上から突き落としたではありませんか!


 カミラちゃんの顔を見ると、にっこりと笑みを浮かべていました。満足げな様子ですね。カミラちゃんの凶行に唖然とする団員達。そして、事態を把握したようです。


「「貴様、歯向かう気かぁああ!!」」


 団員達から怒号が飛び交いました。


「わぁい、わぁい。入団テスト楽しいなぁ♪ 楽しいなぁ♪」


 カミラちゃんは怒り狂う団員達をよそに楽しそうにその周りをスキップしています。


 はは、はは、あっはあっはははははは!!!


 笑いが止まらない。この子は、本当に頭がぶっとんでいる。


 この場に残れば、あいつらと同じ目にあうのは明白です。


 早く逃げろ!


 生存本能が危険を知らせています。


 なのに、なのに。


 逃げないといけないのはわかっているのに、足が動きません。


 この後、確実に起こる楽しい殺戮イベントを前にして、逃げることができましょうか、いや、できません。


 自分は関係ないと安心していた団員、合格して安堵していた受験者達がカミラちゃんによって、次々と屋上から突き落とされていきます。


 まさに天国から地獄。


 楽しい。すごく楽しい。


 私もカミラちゃんのことを言えませんね。


 彼らの絶望に染まった顔を見ていたい、生の感情を感じたい。もっと近くで!


 阿鼻叫喚な中、カミラちゃんの近くに移動します。


 カミラちゃんは、あらかたの団員を突き落とした後、【鉄の掟】の団長と対峙していました。


「貴様、殺されたいようだな」


 団長が斧を構え、じりじりとカミラちゃんに近づいていきます。


「ねぇ、ねぇ、僕が勝ったら団長になってもいいかな、かな?」

「ほざけぇええ!!」


 団長が斧を振り上げ、襲い掛かります。カミラちゃんはそれを難なく避け、そのあばらに容赦なく一撃を入れました。


「ぐほぉっ、ごほっ……ぎ、きさま!?」


 団長の顔が苦悶の顔に変化します。よほどカミラちゃんの一撃がこたえたのでしょう。あばら骨の一本や二本折れたのかもしれませんね。


 楽しい♪


「お、俺様によくも――ち、ちょっと待て」

「はっけよい、残った、残った。えい、えい、えい」


 カミラちゃんは怒れる団長に向かって張り手をぶつけます。カミラちゃんの激しい攻撃に、団長はどんどん屋上の端に寄せられていくじゃありませんか!


 これは期待できます。


「待て、待て……ちょっと待て、どこにそんな力が!?」


 団長の焦る声、そして……。


「あ、危ない。あぶな、やめ――ば、ばかぁなあああああ!! ひゃあああああ!!」


 屋上の端まで押された団長はバランスを崩し、悲痛な叫び声を上げながら下まで落ちていきます。


 あは、あはははははは!


 小娘と侮り簡単に殺された……無様で憐れな団長の顔を見たらご飯が三杯はいけますね。


「あ~面白かった」

「そうですね、楽しかったですよね」

「うん、楽しかった」

「それじゃあ帰りましょうか」

「待って。ソフィアも入団試験を受けないと」


 カミラちゃんが私の袖を引っ張り帰るのを止めてきます。


 くっ、このまま流されてはくれませんでしたか。


「カ、カミラちゃん、私は既に合格しましたよ。ほら、相方のビリーさんを落としましたよね? 見てたでしょ」

「うん、見てた」

「だったら私は試験を受ける必要はありません」

「ううん、足りない、足りない。突き落とすだけじゃ面白くないよ」

「そ、それってどういう意味かしら?」


 質問せずとも答えはわかっているのに質問をしてしまいました。


「だから、今度はソフィアが突き落とされる番だよ」


 カミラちゃんが純粋な目をして、にじり寄ってきました。


 こ、怖い。


 まさに猫に狙われたネズミ。カミラちゃんからの耐えがたい圧力に押され、じりじりと後ずさりしてしまいます。


「あ、あのですね。カミラちゃん理解してます? 私はあなたやリーベルさんと違って、突き落とされたら死んじゃうんです」

「そうだった。ソフィアは弱いもんね。すぐに壊れちゃう」


 カミラちゃんは、今わかったかのような顔をしてこくこくとうなずきます。


「そうでしょ、そうでしょ。わかってくれましたか! じゃあ帰りま――」

「うん、だからそっと落としてあげるね♪」

「えっ!?」


 カミラちゃんは、ぽんと背中を押してきました。


 うっ!?


 そっとと言ったくせに、けっこうな力ですね。大の男が本気で突き飛ばしたぐらい強い。


 よろよろとバランスを崩してしまいます。


 あ、あ、あ!?


 もともと屋上の端近くまでカミラちゃんに移動させられてたのです。


つまり……。


「い、いやぁあああああ!!!」


 屋上から落下してしまいました。


 視界が反転、地面が急速に近づいてきます。


「ひ、ひぃいいいいい! た、助けて!」


 あ、リーベルさんが見えた。


 リーベルさん、助けて。


 必死に助けを叫んでいると、リーベルさんがにやりと笑みを浮かべるのが見えました。


 あぁ、もうだめかも……。


 生を諦め地面に叩きつけられる寸前、リーベルさんに助けられたことに気づきました。


 ぎりぎりの救出劇です。


 はぁ、はぁ、はぁ、怖かった。


 死ぬかと思いました。


 リーベルさん、私はか弱き乙女なんですよ。お仕置きの内容が過酷です。次は、死んじゃうかもしれません。当分、リーベルさんには逆らえませんねと誓いつつも、またやっちゃうだろうなと思う自分がいます。

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殺し屋リーベルの哀愁 俺の妹は殺人鬼 里奈使徒 @rinashito

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