第28話 入団試験に合格せよ

 結局、ソフィアお薦めの職場で働くことを決めたのだが……。


 忸怩たる思いはある。何せその職は、ずばり傭兵だからだ。


 傭兵……。


 金銭などの利益により雇われ、戦闘に参加する兵またはその集団のこと。


 カミラの教育上非常によくない職場である。


 人を殺して金品を得る。


 せっかく実家を飛び出してきたのに、本末転倒だ。


 

 だが、しかし、だが、しかし!



 今手持ちに余裕がないのは事実。人は霞を食っては生きていけない。


 普通のバイトも、ソフィアはともかくカミラが実践できるとはとても思えない。本当は、カフェの店員とかカミラにさせたかったのが、いきなりではだめだ。殺しからいきなり離れなれないだろう。



 傭兵ならば、カミラもできる。加えて最近御無沙汰だったから、禁断症状も抑えられるという一石二鳥の考えだ。


 さらに言えば、傭兵は、法に従い殺す。


 むやみやたらに殺さないという点では一歩前進なのでは?


 うん、無理やり自分を納得させる。


 背に腹は変えられないのだ。


 そして……。


 ソフィアお薦めの傭兵集団【鉄の掟】に着いた。


 入団には試験があるらしい。


 どんな試練か知らないが、マキシマム家にとっては朝飯前の試練だろう。


 うん、傭兵だって職業だ。


 暗殺一家よりはまっとうだ。


 カミラには、ここで、誰を殺してよいか明確な線引きをわからせたい。


 一般人なんてもってのほかだ。


「さぁ、入るぞ」

「殺すの?」


 カミラがさっそくやらかそうとする。


 俺の説明台無しだな。


 ここはただの受付だ。


「殺さない。お兄ちゃんとのお約束覚えてるな?」

「は~い」


 カミラを制止し、ドアノブに手をかけ開ける。


 ドアにくくり付けてある鈴がカランカランと鳴った。


 中に入る。


 突然の闖入者に、ギロリと睨む強面の面々達。刺すような視線の中、受付に向かう。


 受付には多数の行列がいた。


 なかなか人気の傭兵集団らしい。


 ソフィアの口利きというのがどうにも不安だったが……。


 たんにソフィアが血を見たくて、人気の傭兵集団を候補に挙げたのか?


 人気の傭兵集団なら戦場を何度も行き来するだろうし……。


 そんな甘い女じゃないとわかってはいるけどね。


「おいおい、ここは子供の来る場所じゃないぞ」


 行列に並んでいるメンバーの一人が俺達を窘めた。


 常識的な言葉にほっこりとする。


 そうだ、その通りだよ。本来子供は戦場に出てはいけないのだ。


「あ、ビリーさん、いいんですよ。彼らは」

「あ、ソフィアちゃん、本当にいいの?」


 先行して受付に並んでいたソフィアが、止める。


 ソフィアは手続きのために一時俺達のもとを離れていた。


 アポなしで入団試験は受けられないからね。


 その短期間の間に、ソフィアはビリーとかいう青年と仲良くなっていた。


 ビリーはソフィアにでれでれだ。


 さすが元天才女優、本領発揮だな。ビリーには気の毒だが、そいつはとんでもないたまだから気をつけろ。


 

 そして……。


 

 受付も終わり、集められた五十名ばかりのテスト生達。


 二人ペアを組まされ、ビルの屋上まで移動することになった。


 もちろん俺はカミラとペアだ。俺が監視しないで誰がカミラの暴走を止めるのかってな。


 ソフィアはビリーとかいう青年とペアを組んでいる。


 ビリーはしきりに「俺が守ってやる」とか歯の浮くようなセリフを述べている。


 うん、はまる前になんとかビリー君を止めたい。


 


「本日は、五十名かぁあ!!」


 傭兵集団【鉄の掟】の団長らしき男が声を荒げる。


 スキンヘッドで隻眼の強面の男だ。


 分厚い筋肉と鋭い眼光、歴戦の勇士だね。


 数多の戦場を経験したのだろう、そこそこ強い。


 ただし、一般人レベルでの話だ。マキシマム家執事の戦闘力には到底及ばない。


「これより入団試験を始める!」

「「はい」」


 テスト生は、気合の籠った声で返事をする。


「貴様達、ペアを作っているな」


 団長は、念を押して確認する。


 そうなのだ。ここの入団試験はペアで受け付けをしないといけなかった。それも信頼のおける者をパートナーとするのが必須条件とか。


 ペアを作って戦う。連携とかを試す試験のようだ。


 ペアで戦うというのがここのスタイルなら都合がよい。絶えずカミラを監視できるし。


 他のテスト生達もお互いに「頑張ろうな」って感じでうなずいている。


「突き落とした者を入団させる、以上だ」


 はぁ?


 今、こいつなんて言った?


 数百メートル先の小銭が落ちる音も聞き逃さない俺の耳だが、さすがにこれは聞き返すレベルの戯言だ。


 他のテスト生達も言われたことが信じられないようでざわざわと騒ぎ始めた。


「しずまれぇえ!! しずまれ、しずまれ、しずまらんかぁああ!」


 団長が剣を抜き、怒声を放つ。


 その剣幕にテスト生達は静まり返る。


「説明してやる。我が【鉄の掟】はプロ中のプロの傭兵集団だ。甘っちょろい友情だの友愛だの必要ない。上からの命令を愚直に実行できる人材が必要だ」


 団長が説明を終わる。


 どうやら俺はとんでもないところを就職先に選んだようだ。


 はっとしてソフィアを見る。


 ソフィアはにやにやと笑っていた。


 こ、こいつ知ってやがったな。


 ペアになるとわかれば、俺とカミラが組むのは明白。


 俺とカミラで争わせて楽しみたいのだ。あわよくば、どちらか、いや俺がカミラを殺さないことはこの女もよくわかっている。俺がカミラに殺されるのも期待しているのだろう。


「では、はじめぇええ!」


 団長が高らかに宣言する。


「や、やってられっか!」

「そ、そうだ。こんな無茶苦茶認めれない」


 テスト生のペアの一組が悪態をついて帰ろうとする。


「待て。勝手に帰ることは許さん。貴様は、わが軍団の掟を知った。入団するか死ぬか、それだけだ」

「う、うるさい。俺達は無敵の兄弟だ。誰が殺しあうかよ」

「そうだぜ兄ちゃん、こんなとこさっさ――ぎゃああ!!」


 兄弟は、はみなも言わされず団長に斬り殺されてしまった。


「ふん、兄弟の情など邪魔だ。ちなみに死んでも団にはまったく影響はない。試験中の事故として扱われるからな」


 団長は、刀についた血を拭いながら、説明する。そのたんたんとした言葉に戦慄した。


 本気だ。本気でこの試験は開催されている。


 テスト生の脳裏に【狂気】という文字が刻まれた瞬間であった。


 二人以外はだが……。


「わーい、わーい! 試験、試験、楽しみ、楽しみ♪」


 カミラは、いつものようにバンザイをして喜んでいる。いきなりテスト生が斬り殺されたのだ。カミラにとっては、遊園地のアトラクションショーが開催されたようなものである。


「うふ、うふふふふふ」


 ソフィアは喜びを隠しているようだが、その表情が物語っている。すごく楽しいと。こういう人間性が見える底意地の悪い試験は、ソフィアが最も喜ぶイベントだろう。


 こ、こいつら……。


「さて、試験を始めるぞ。お前達からだ」


 団長が最前列にいるペアに向けて言い放つ。そのペアは、会話から察するに友人同士らしい。古くからのマブダチというやつだ。


 マブダチペアは逃走を図っているようで、きょきょろとあたりを見渡す。だが、この屋上は、【鉄の掟】メンバー二百人以上で囲まれている。テスト生の倍以上、しかも全員が銃で武装しているのだ。


 少々腕が立つ程度のレベルでは、逃げ出すのは不可能に近い。


「お、おい、こうなれば一か八か脱出を――」

「わ、わりぃな」

「えっ!?」


 マブダチペアの片方が友人の背中を強く押した。友人は屋上から真っ逆さまに落下していく。


「うぉおお、き、きさまぁああ!」


 突き落とされた男は、恨みの籠った目で絶叫した。


 突き落とした男は、青ざめてはいるが、やりきった顔はしている。


 それが生還する一番の方法と思ったのだろう。


 まぁ、腕前から判断するに正解かな。この男達ではこの囲いを突破できない。


 ただ、なんとなく釈然とはしないけど……。


「よし、合格だ」


 団長は書類にサインをして、突き落とした男を団員達に引き渡す。


「次だ。どんどん行くぞ」

「「うっ、うぁあああ!」」

「「ち、ちくしょううう!」」


 各々の武器を相方に構えて、戦闘が始まった。


 団長の【狂気】がテスト生に伝染したのである。生死がかかっていることもあり、阿鼻叫喚な地獄が出来上がりつつある。


 悲鳴に怒号が乱れ散る。


 さて、帰ろう。


 ここは教育上よろしくない場所であった。むしろ最大級に悪い。


 ソフィアお薦めの職場、この時点で察するべきであったよ。


 さてさて後でソフィアはマキシマム家伝統のお仕置きをするとして、我が妹カミラは……?


「試験、試験、突き落とす♪」


 や、やる気満々だ。カミラは相撲の四股を取って、ぶんぶんと張り手をしている。


「ち、ちょっと、ま、待って」

「はっけよ~い、残ったぁああ!」


 カミラが勢いよく俺にぶつかってきた。


 くっ、避けることは可能だが、避けたらカミラが屋上から落ちてしまう。


 カミラの腕前では、屋上七階から落ちたら無傷では済まない。確実に怪我を負う。


 最悪、俺はここから落ちても問題ない。


 この程度の高度なら、片足で着地できる。なんならスキーのテレコードも決めてやるさ。


 ただ、そうなるとカミラがこのクソ傭兵集団に入団が決まってしまう。


「って、おほっ! まだ考え中――」


 カミラが俺のみぞおちに突撃をかました。


 い、いてぇえ!


 加減無しだ。


 相撲のぶつかり稽古だよ。


 カミラはぼんぼんと俺に頭突きやタックルをかましてくる。


 おい、おい、やめろ、やめろ。


 痛いって!


 避けるわけにもいかず、必死にカミラのぶつかりに堪える。


 その間、ソフィアペアの様子がちらりと見えた、会話も聞こえてくる。


「ソ、ソフィアちゃん、安心しろ。俺が絶対に守ってやるから。こんなクソルールを守る必要はない」

「ビリーさん、優しいんですね」

「あぁ、とにかく逃げよう」

「待ってください。その前に一つお願いを聞いてもらっていいいですか?」

「なんだい? 急がないと――」

「目を瞑ってもらえませんか?」

「えっ!? なんで?」

「ふふ、私、怖いんです。勇気がでるおまじないしてもいいですか?」

 

 そう言って、ソフィアがちょんと唇に手を当てる。


 キスをせがんでいるようだ。


「し、しょうがないな。こんな時だっていうのに」


 ビリーはデレデレだ。ソフィアの言うがままに目を瞑り、


 そして……


 案の定、ソフィアにビルから突き落とされてしまった。


「ぎ、ぎゃあああ! ソ、ソフィアちゃん、ど、どうして?」

「どうですか? 信じていた恋人から突き落とされた気持ちは? 楽しかったですか? うれしかったですか? ふふ、その絶望に染まった顔、最高ですねぇ」


 落ちていくビリーに容赦ない言葉をぶつけるソフィア。


 ビリー君は屋上から真っ逆さまだ。


 あ、憐れすぎる。


 俺がビリー君に同情していると、カミラが勢いをつけて突進してきたのだ。


「これならどうだぁああ!」


 超高速のタックルだ。


 やばい、よそ見しすぎた!


 体重を乗せた今までで一番重みのあるタックルだ。


 まずい、これは絶対に後ずさりしてしまう。


 避けるのは論外だし……。


 うがぁあ!!


 ドンとカミラに押され、ずるずると屋上の端から滑り落ちてしまう。


 うぉおお!


 じりじりと端まで寄られ、そのまま下へ。


 油断からカミラによって屋上から突き落とされてしまった。


「わぁい、わぁい、お兄ちゃんに勝った。カミラ山の勝ちぃいい!!」


 カミラは俺の悩みもなんのその、はしゃぎまくっている。


 さすがマキシマム家の娘だ。腐っても鯛だぞ。


 俺が真っ逆さまに屋上から落ちている最中、「合格だ」との団長の声も聞こえた。


 ちくしょう、カミラがこんなクソ団に合格しちゃったよぉお!!

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