第25話 破綻者コンビの宴

「チョンパー! チョンパー!」


 カミラの甲高い笑い声が、夜の静寂を切り裂いた。


 小さな手に握られているのは、ボスの右腕だった幹部の首級である。血がしたたり落ち、地面に赤い水たまりを作っていく。つい数分前まで威張り散らしていた暗黒街のボスは、今や地面に倒れ伏し、部下の無残な最期を目の当たりにして震えている。


「うふふふ、昨日までは暗黒街の頂点に君臨していたというのに……なんと哀れでしょう」


 ソフィアが倒れ伏したギャングのボスの傍らに屈み込み、悪魔のように囁きかける。美しい顔に浮かんでいるのは、純粋な悦楽の表情だった。


 この男──通称「鉄拳のバルト」は十五年間この街を牛耳ってきた。保護料という名の恐喝、麻薬の密売、人身売買。あらゆる悪事に手を染め、逆らう者は容赦なく始末してきた。


 バルトの悪行は数え切れない。商店街では毎月法外な「保護料」を徴収し、支払いを渋った八百屋の店主を半殺しにして見せしめにした。学校の近くでは子供たちに麻薬を売りさばき、依存症にさせて金づるにしていた。美しい娘がいる家庭を狙って誘拐し、他国の富豪に売り飛ばすことも日常茶飯事だった。


 街の人々は皆、バルトの名前を口にするだけで震え上がった。子供たちは夜道を歩くことすらできず、商店主たちは毎日怯えながら店を開いていた。警察も買収されており、誰も助けを求めることができなかった。


 そんな絶対的な支配者が、今や哀れな老人のように打ち倒されている。


 戦闘はあっという間に終わった。


 カミラが一人で数十人のギャングを相手にする光景は、まさに圧巻だった。最初に飛び出してきた五人の用心棒を、カミラは三秒で全員始末した。続いて現れた銃器で武装した十数人の手下たちも、弾丸を全て回避しながら一人ずつ確実に仕留めていく。


 特に印象的だったのは、バルトの右腕と呼ばれた大柄な幹部との一騎打ちだった。男は自慢の大剣を振り回してカミラに襲いかかったが、カミラは軽やかに躱すと、一瞬で男の懐に潜り込んだ。次の瞬間、ナイフの刃が閃き、男の首が宙に舞った。


 最後に姿を現したバルト本人も、カミラの前では赤子同然だった。「鉄拳」の異名を持つ彼の右ストレートも、カミラには微風程度の脅威でしかない。あっけなく地に沈んだバルトを見て、残っていた手下たちは戦意を完全に失った。


 俺は補助に回るつもりだったが、出番はほとんどなかった。時折逃げようとする敵を取り押さえる程度で、メインはカミラが一人で片付けてしまった。


 ソフィアは安全な距離から、まるで舞台を鑑賞するかのようにその光景を楽しんでいた。


 マキシマム家で培った技術は伊達ではない。カミラの動きは流水のごとく滑らかで、敵の攻撃を紙一重で躱しながら急所を的確に狙い撃つ。ナイフ一本で重装備の敵を次々と無力化していく。


 もっとも、マキシマム家の基準で言えば、カミラはまだまだ未熟だ。動きに無駄があるし、判断も甘い。親父や祖父様が見れば「まだ粗削りだが、まあ三流相手なら十分だろう」程度の評価だろう。


 戦闘が終わり、辺りは静寂に包まれた。


 地面に倒れ伏したボスの顔は既に死人のように青ざめている。激しい出血により、意識は朦朧としていたが、まだ完全には絶命していなかった。


「て、てめぇら……何者だ……はぁ、はぁ……この俺様に向かって……俺は王だぞ!王に逆らうなど……」


 ボスが掠れた声で呻く。


「くふふふ、まだそんなことを言えるのですね。でも現実を見てくださいな。あなたの『王国』は崩壊しましたのよ」


 ソフィアが優雅に微笑みながら、倒れた男を見下ろす。


 バルトの目に絶望の色が浮かんだ。自分の右腕の首が転がっている光景、散乱した部下たちの死体、そして何より自分の完全な敗北。全てを理解した瞬間、かつて街を支配していた男の心は完全に折れた。


「うっ、うあああああ……」


 バルトが情けない声で泣き始める。


「「きゃはははははは! 楽しい!!」」


 人格破綻者コンビが高らかに笑い声を上げている。


 そう、俺たち一行は旅の傍ら、悪党狩りを続けているのだ。表向きは路銀稼ぎのためということになっているが、実際の理由はもっと深刻だった──カミラの禁断症状を抑えるためである。


 これまで大小合わせて二十を超える犯罪組織を壊滅させてきた。通常であれば、熟練の賞金稼ぎでさえ一つの組織を潰すのに何年もかかるのが常識だ。我ながらなかなかのハイペースと言えるだろう。


 しかし、この状況は明らかに一線を越えている。


 カミラが暴走し、ソフィアが煽る。時にはソフィアが先に煽り、カミラがそれに応じて暴走する。この二人を引き合わせてしまったことで、破壊力は幾何級数的に増大していた。


 もうやめてやれよ……。


「ほら、もう行くぞ」


 意を決して二人に声をかけた。これ以上続けさせるわけにはいかない。


「え~? もっとべたいのに!」

「そうですわよ、リーベルさん。これから本番だったのに♪」


 二人がブーブーと不満を露わにするが、完全に無視だ。


「いいから来い!」


 俺は二人の腕を掴み、強引に引っ張っていく。さっさとこの街を出よう。


 本来であれば、ここまで頻繁に賞金稼ぎをするつもりはなかった。


 しかし、現実問題として安定した収入源がないのだ。


 ソフィアは全財産を没収され、俺も実家から拝借した宝石類──総額で金貨五百枚相当──のほとんどをマリアに援助してしまった。孤児院の運営費として、決して無駄ではない使い道だったが、手元に残したのはわずか金貨十枚程度。それも既に使い果たしてしまった。


 チラリと二人を見やる。


 こいつらが行く先々でトラブルを引き起こし、その度に賠償金が発生する。カミラが暴れて破壊した建物の修繕費、ソフィアが巻き起こした騒動の後始末費。いくら金があっても全く足りない。


 実家に泣きつけば援助は受けられるだろうが、それは絶対にしたくない。実家のしがらみから逃れるために家を出てきたのだから。


 しかし現状のように殺しばかりやらせていては、実家を出てきた意味が全くない。


 俺は深いため息をついた。


 このメンバーで何か真っ当な仕事ができるだろうか?


 ソフィアは確かに有能だ。元女優としての演技力、社交界での経験、詐欺師としての話術。しかし性格が致命的に破綻している。


 俺の特技は暗殺術のみ。マキシマム家で培った技術は確かに超一流だが、それを活かせる職業は限られている。


 そして最大の問題はカミラだ。集団生活どころか、人と接すること自体が危険すぎる。


 学校に通わせたいが、絶対に同級生を襲うだろう。普通のアルバイトも不可能。カフェの店員など夢のまた夢だ。


 はぁ~頭を抱える。ストレスで禿げそうだ。


「リーベルさん、さっきから何をうんうん唸っていらっしゃるのですか?」

「お兄ちゃん、悩みがあるの?」


 ソフィアとカミラが無邪気に尋ねてくる。


 お前らのことで悩んでいるんだよ!


 カミラは全くわかっていないのだろうな。ソフィアの場合は、十中八九理解した上で聞いているに違いない。性格の悪さが顔に出ている。


「金だよ、金。安定した収入がないんだ。このままじゃ先が不安すぎる」


 正直に現状を説明する。


「でしたら、さっきのボスの家から頂戴すればよろしいではありませんか」


 ソフィアが悪びれもせずに提案する。


「お金がないなら賞金稼ぎをもっとする!」


 カミラも無邪気に解決策を提示してくる。


「泥棒はしない。必要以上の殺しもしない。俺はまっとうに稼ぎたいんだ」


 俺は二人の意見に真っ向から反対する。一度その道に足を踏み入れれば、もう後戻りはできない。


「そうでしたら、とてもよいところがありますのよ」


 ソフィアが天使のような満面の笑顔でそう言った。


「どんなところだ?」

「傭兵集団【鉄の掟】という組織ですのよ。そこでしたら、あなた方の戦闘技術を存分に活用できるはずです」

「傭兵って……まさか戦争に参加するのか?」

「まあ、そんなところでしょうか。でも心配には及びません。合法的なお仕事ですわ。国や貴族の依頼で、きちんと報酬もいただけます」


 確かに、戦場であれば敵を殺すのは当然の行為だ。カミラの殺人欲求を合法的に満たせるという意味では理にかなっている。


 しかし同時に、カミラをより深い殺戮の世界に引きずり込むことにもなる。これは本当に正しい選択なのだろうか?


「報酬はどの程度だ?」

「一回の任務で金貨二十枚は下らないと聞いていますわ。腕が良ければもっと上も」


 金貨二十枚。それは現在の俺たちにとって夢のような金額だった。


 とりあえず却下と言うのは簡単だが、代替案もない現状では背に腹は代えられない。


「わかった。とりあえず話だけでも聞いてみよう」

「素晴らしい判断ですわ」


 ソフィアが微笑む。これで当座の資金問題は解決できるかもしれない。

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