第24話 天使ソフィアの真実

 ビトレイがマリアを脅すが、マリアは屈しない。震えながらもビトレイに反抗の意を示す。


「ふん、強情者が。最後の私の慈悲を蹴るか。まぁいい。さんざん楽しんだからな。元は取れたし、お前の代わりは見つかった。それも極上のな」


 ビトレイは、下卑た笑みを浮かべてカミラを見る。


 あ~なんて邪悪な顔なんだ。


 がっくりと肩を落とす。


 そうだよな。やっぱり極悪人確定か。それはわかってたさ。


 だが、これは酷い。


 裏づけも取れたし、俺のカンも告げていた。実際にマリアをいたぶる光景も目の当たりにもしている。


 だが、何か誤解があるかもしれない。人を恨んでも仕方がない壮絶な過去トラウマがあったとか。最後の最後まで信じたかった。


 シュトライト教の「人の善を信じなさい」って教示、かなり感銘を受けてたのに……。


 ビトレイの顔、これはアウトだ。弁護のしようがない。これは、自分の快楽のために平気で人を踏みにじる人相だ。


「屑野郎」

「くっくっ、何を言う? 私は社会の奉仕者だよ。望むものに望むモノを与える。ただ、それが誰にとってのかは……ご想像にお任せするがね」

「もうしゃべるな。貴様は殺す!」

「おほぉ! 殺すとはひどいなぁ。これでも私は世間に名高い聖人だぞ。私が死ねば、どれだけの人が嘆くと思っている。教会がつぶれ、孤児達が飢えて死んでもよいのかね?」

「お前が生きているほうが害悪だ。ふん、お前は必要ない。教会の運営は、万事そつなくソフィアさんがやってくれる」

「ソフィアだって?」

「あぁ、お前と違って本物の聖人だ」

「くっくっく、あっはははは!」


 俺がそう非難したとたん、ビトレイは突然腹を抱えて笑い転げた。


 よほどおかしいのだろう。ゲラゲラと品もなく笑う。ビトレイの取り巻き達もニヤニヤとにやけていた。


「何がおかしい?」

「くっくっ、これが笑わずにいられようか」

「だから何がおかしい! ソフィアさん以外にふさわしい人などいないだろうが!」


 ビトレイのカンのさわる物言いに苛立たしげに問い質す。


「くっく、そうだな。確かにその通りだ。私の後見はソフィアしかいない。おぉ、そうだ。せっかくの催しだ。ソフィアを呼んでこよう」

「お前、ソフィアさんに手を――」


 出すなと言いかけたが、やめる。


 うん、ソフィアさんにビトレイの悪事を認識してもらういい機会だ。あとでビトレイは悪人だったと非難しても、長年仕えたソフィアさんは信じないかもしれない。ビトレイは狡猾で悪事の尻尾を今まで出さなかったからね。


 マリアと俺の証言だけでは弱い。決定的現場を見せつけられたら、ソフィアさんも信じざるをえないだろう。ソフィアさんにビトレイの真実を知ってもらい、代わりに教会を運営してもらうのだ。


 もちろんソフィアさんが危ない目に遭う可能性は百パーない。ビトレイ達の戦力は把握済。俺が全力で守ってやる。マキシマム家一才能ある俺の実力を舐めんな。三秒でこの場を制してやるよ!


 そして……。


 しばらくしてソフィアさんが現れた。


 相変わらずお美しい。


 りんとした佇まい。金髪が光に当たってきらきらと輝いている。ソフィアさんが、天使の生まれわかりと言われても納得する。


 あぁ、ソフィアさん、ごめんなさい。


 少し怖い思いをするかもしれません。でも、今後の教会のため、ひいては子供達の将来のためなんです。これからビトレイの悪行を明るみにしますので、しっかり見てて下さい。


 罪悪感に苛まれながらも、決意は変わらない。


 ソフィアさん……。


 突然ビトレイに呼び出されて不安ですよね。でも、大丈夫、俺がついてる――って全然不安げじゃないじゃん! 


 ソフィアさんは、満面の笑みを浮かべている。しかも、呼ばれて当然のように堂々と闊歩してくるぞ。口角が上がっててすごく上機嫌だ。


 なぜ……あ、そうか。


 信頼する神父様からのお呼び出しだからね、そりゃ嬉しいか。


 くっ。それならば早く真実を教えてあげないと。


「ソフィアさん、聞いてください」

「あら、リーベルさん、どうしたのですか?」


 ソフィアさんは微笑みを浮かべたまま返答する。


 これからこの人の顔を曇らせてしまう。悲しい事だが、いたしかたない。


「ソフィアさん、信じられないかもしれませんが、聞いてください」

「はい、なんでしょう?」


 笑顔で返答をするソフィアさん。


 ちくりと胸が痛む。


 これから話す事で――いや、正義のためだ。


 俺は一呼吸すると、かっと目を見開く。真実を話すのだ。


「そこにいるビトレイは悪人です。奴は人身売買の手先でした。孤児達を売る外道なんですよ」

「あらま♪ そうなの? なんてこと」


 ソフィアさんが驚いている。


 そりゃそうだろう。長年信頼してきた人物が大悪人だったからな。


 ソフィアさん、ショックだと思います。だけど、落ち込まないでって――あれれ?


 なんか違和感がある。


「ソフィアさん?」

「はい♪」


 ふむ、いくらなんでも上機嫌すぎる。


 俺は、かなりコアな話をしたんだぞ。嘘だと怒り出すか、悲しくて泣き出すか、はたまた信じられないと困惑するか、そのどれかの反応だと思っていたのだが……。


 ソフィアさんの反応が予想外すぎる。それにだ。真実とはいえ、こんなに簡単に信じてくれるものだろうか。


「あの、ソフィアさん、聞いてましたか? そいつ悪人なんですよ」

「はい、ちゃんと聞いてましたよ。悪人なんですよね」

「え~と、ひょっとして信じてません?」

「まさか。信じてますよ」


 ソフィアさんは、信じてますと言ってニコニコと笑みを絶やさない。


 まぁ、信じないわけないか。


 チラリとマリアを見る。


 マリアの衣服は破れ、その顔は泣いて腫れていた。マリアがビトレイにもろ酷い目に遭わされているのは、一目瞭然である。


 う~ん、じゃあどういう事? ソフィアさんのこの態度はなんなのさ?


「お兄ちゃん、お兄ちゃん、あれもべていいよね?」


 カミラが袖を引っ張ってソフィアさんを指差す。


「カミラ、言っただろ。悪人じゃないと――」


 あ!


 その時、ストンと欠けてたピースがはまった。


 無意識に見て見ぬふりをしていた色々な記憶がすんなりと治まっていく。


「あ~え~っと、つまり、あなたもグル?」

「くっふふふ、あっははははは! おかしい。面白い。リーベルさん、あなたいい。凄くいいわ。本当そそられちゃう」


 天使から一変、ソフィアさんが禍々しい表情で高笑いを始めた。


「くっあっはっはっはは! ばかめ、やっと気づいたか。ソフィアは、私の娘だ」

「なっ!? 嘘だろ?」

「本当です。世間では認知されてませんけど、ビトレイは正真正銘、私の父です」

「あ、あ、そんな。でも、そうだとしても、どうして? 親子だからって悪事に加担する事ないだろ? 君は、女優として大成している。金も名誉もある。こんな金の亡者のような父親に従わなくてもいいじゃないか!」

「別に私は金なんて欲しくありません」

「ならどうして!」

「趣味です」

「趣味!?」

「えぇ、人の絶望を見るのが趣味なんです。私、何十本も映画に出演したんですけど、人が不幸になるストーリーが一番良い演技をしてたんですよ。性分なんですかね。見るのも演るのも大好き。でもね、そのうち飽きちゃって。だって、皆、大根なんですもの。やっぱり贋物はだめですね。そんな時です。お父様の裏家業を知ったのは! 天啓でした。だって、ここには本物の不幸があるんですもの! 私は最前列で、ありとあらゆる不幸を観れるんです。素晴らしいと思いません?」


 そう言ってソフィアは、恍惚とした表情を見せてきた。


「お、脅されているとかじゃなく本気、なの?」

「もちろんです」


 俺は信じられないといった表情でソフィアを見た。


「うふふ、その顔が見たかったんですよ! どうです? 信頼していたお姉さんが実は大悪人だって。ねぇ、今どんな気持ちです? ぜひ教えてください」

「……あ、悪夢だ」


 俺は頭を抱えてうずくまる。


「あっはははは、そうですか! 悪夢ですか。ふふ、ごめんなさい。リーベルさん、私に恋までしちゃってましたもんね。やっぱりショックは二倍ですか」

「なっ!? べ、別に恋してねぇ~し」


 騙されていた恥ずかしさもあいまってそっぽを向く。


 くっ、はずい。とてもはずいぞ。思わず中学生レベルの反応をやらかした。


「あははは。あんなにチラチラ私を見てて、それを言っちゃいますか」

「み、見てないもん。お空を見てただけだよ。じ、自意識過剰なんじゃない?」

「あ、ごめんなさい。私またリーベルさんを傷つけちゃいましたね」


 お、俺の心は…ブレイクハートだぜ。


 精神的ショックはでかい。足取りをふらふらとよろつかせる。


「くっくっ、笑わせてもらった。ずいぶんとお花畑な頭をしてるんだな」

「本当ですね、お父様。お嬢様育ちの私でもここまではありませんでした。一体全体どんなお花畑で過ごしたら、こうなるんですかね」


 二人はゲラゲラと笑い合っている。


 い、言いたい放題言いやがって。


 どんなお花畑で育ったかって?


 えっとね、人すら丸呑みする食虫花が咲き乱れているところかな。大型の野生動物もペロリだよ。あとは、一mgで成人男性を昏睡させるような強烈な毒素を吐き出す毒花もあるよ。今度、マキシマム家に遊びにおいでよ。特別コースで案内してあげる。


 あ~あ~あ~。


 くそ、くそ、くそぉおおお!


 その場にがくりと崩れ落ちた。


 なんてことだ。


 せっかくカミラの情操教育ができると思ったのに。


 ここは、俺の実家に負けず劣らずで地獄な場所じゃないか。


 俺の青写真がガラガラと崩れていく。


 別に下心とかじゃないけど、ソフィアといい感じになって。淡い恋が芽生えたりとか思ってたのに。


 こんな屑女だったとは……。


 どうして俺の周囲には、こうもろくでもない女がまとわりつくのだろう。


「お父様、さっそく始めましょう! 私、この時のためにカミラさんを磨きに磨いてきたんです。あぁ、こんなに綺麗な彼女がどんな風に壊れていくのか」


 ソフィアが嬉しそうに言う。


「ソフィア、まずは父さんからだ。久々の上玉、楽しむとしよう。くっくっ、この子を見てたらな。巡礼中も疼いて疼いてしかたがなかったのだから」


 ビトレイも嬉しそうに言う。


「ねぇ、お兄ちゃん、早くべよう。べよう!」


 カミラも楽しそうに言う。


 三人ともわくわくしすぎだ。少しは我慢を覚えろ。


 俺だけ、俺だけか。こんなにも絶望の淵に佇んでいるのは。


「逃げて!」


 あ、マリアもいたね。


 もう俺の心のオアシスは、マリアだけだよ。


「さてカミラ君、抵抗するなよ。してもいいが、痛い目にあうのは嫌だろ? 私は紳士だからな。初めに注意をしておく」


 カミラがじっとこちらを見てくる。


「ねぇ、もうべてもいいよね? 僕、お腹が空いて空いてたまらないんだから」


 カミラが相当じれてきていた。俺が返事をしないからだね。


「くっくっ、あっはははは! こんな時にお腹が空いたか。前々から思っていたが、お前の妹は、頭が少しアレなようだな。事態をまるでわかっておらん」


 ビトレイが小馬鹿にしたように笑う。


 し、失礼な!


 俺の妹を馬鹿にしやがって。


 妹はただ快楽殺人シリアルキラーなだけだ。ち、ちょっと普通とかけ離れているかもしれないけど、長所だってあるんだぞ。


 じゃあ、それは何かって?


 え、えっとほら天真爛漫だ。


 明るい。その底抜けの明るさに救われる事だってある。


「ねぇ、お兄ちゃん、もう我慢できない」


 カミラは限界のようだ。もじもじと震えている。これ以上のおあずけは、無暗に惨劇を広げそうだ。


 わかった。わかったよ。このところずいぶん我慢させてたからな。こいつら情状酌量の余地無しだし、許可を出しても問題ない。


 ギルディィイイ!!


「カミラ、べていいよ。今回は、思う存分べなさい」

「わ~い♪ やった♪」


 俺の言葉を聞き、カミラは嬉しそうにバンザイした。その顔は、満面の笑みである。


 こんなことで笑顔にさせたくなかったが……。


 まぁ、俺もこいつらには、むかついている。カミラに便乗して俺もちょっと暴れちゃうか?


 純真な少年の心を弄んだ罪は重いぜ。


「さて、何を話し合ってたか知らんが、もういいかな。カミラ君には、さっそく抜いてもらうとしよう」

「あ~ずるい。お父様、私にも残してくださいね。お父様、お気に入りはすぐに壊してしまうから」


 はぁ~~~親子でなんて会話をしてやがる。


 おもくそ溜息をつく。


 ソフィア、俺の純情を弄びやがって。

 ビトレイ、さっきからエロ全開でうざい。


 抜く、抜く、相当溜まっているようだ。


 そうか、そうか、そんなに抜きたいか?

 だったら抜かせてやる。


「カミラ」

「は~い」


 カミラが右手を上げて返事をすると、トコトコと俺のもとへ歩いてくる。


「カミラ、せっかくのご要望だ。抜いてさしあげなさい」

「は~い♪」

「あら~リーベルさん、お兄さん自らそんな事言うの~。カミラさんが可哀想」

「くっくっ、まぁ仕方が無いさ。誰でも命は惜しい。私に媚びるのは良い心がけだ。さぁ、抜け!」


 ビトレイがでんと下半身を主張する。


 カミラは少しも動じずにトコトコとビトレイのもとに歩いていく。


 そして……。


 スパンとビトレイの腕がだらりと落ちた。


 カミラ、早速、いたな。


 カミラは右手に白い物体を握っている。


 あれは、鎖骨部分か。


「ぎゃあああ!!」


 とたんビトレイの絶叫が教会に響く。


「い、痛い、痛い! な、なにが?」


 ビトレイが驚愕の眼差しでこちらを見ている。何が起きたのかわからなかったらしい。


 だが、カミラが血まみれの手の中に白い物体があるのを認識すると、ガクガクと震えだした。


 ビトレイは何をされたのか実感したようだね。


 実感したからこそ、痛みと恐怖は倍増する。


 ビトレイは、か弱い乙女のように泣き叫び始めた。


 ぎゃあ、ぎゃあうるさい。


 まぁ痛いのはわかるぞ。俺や親父なら綺麗に抜く事ができる。だが、カミラは未熟だから力任せだ。


「抜いてやる♪ 抜いてやる♪ えい、えい、えい」

「ぎゃあああ! いぎゃああ! や、やめ、やめて。ぐぎゃああ!」


 ビトレイは七転八倒し、脂汗を垂らしながら懇願する。


 カミラはそんなビトレイに気にもせず、どんどん骨を抜いていく。


 周囲はその光景にあっけにとられていた。


 マリアも、

 ビトレイの手下も、


 そして……ソフィアもだ。


 俺は、身動きできない空間をひたひたと歩き、ソフィアの下へと移動する。


 ソフィアは口を開けたまま、茫然としたままだ。


 おいおい、大女優がそんな間抜け面をしていていいのかな?


「あ~ソフィア、ねぇ、今、どんな気持ちだ? 狩られる獲物が、実は狩る側だったなんて、どんな気持ちだ?」


 ソフィアは応えない。


 うん、少し胸がすーっとしたかな。

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