第23話 神父ビトレイの顔

 今日は、難民のために炊き出しのお手伝いをする。


 昨日「もっと教会のお手伝いをしたい」と願い出たら、この仕事を仰せつかったのだ。


 すきっ腹を抱えた子供達を助ける。これ以上ない奉仕活動である。


 いいね、いいね。こういうのをやりたかったんだよ。


 ということで、ビトレイへの糾弾は一旦、中断。組織のトップが変わったら混乱するからね。せっかくのボランティア活動参加のチャンスを無駄にしたくない。


 そう思った俺は、炊き出しの材料を持ってカミラ、信徒達と一緒にキャンプ場へ向かったのである。


 そして、キャンプ場に到着。


「さぁ、着いたぞ」

「わぁい!」


 カミラのテンションが上がった。


 なんかわくわくしてるけど、勘違いしているんだろうな。


 今回は、誰もべさせる気はない。


 キャンプ場には、難民の子供達であふれかえっていた。


 さっそく炊き出しの準備にかかる。


「いいか。こうやるんだぞ」


 カミラに粥作りの手本を見せる。マキシマム家一才能ある俺にかかれば、料理など造作もない。


 出汁の入れ方、材料の切り方等々、料理の基本を伝える。


 カミラは、興味深げにその様子を見つめていた。


 カミラは生まれてこの方、料理をしたことがない。俺の料理の御業に驚いただろう。この機会にカミラには料理にも興味を持って欲しいものである。


 うんうん、いい感じだ。


 我ながら会心の作である。大鍋には、ほかほかの粥に鰹節をまぶしてある。難民達は、飲まず食わずでさぞ胃を壊しているだろう。お腹に優しい、栄養のバランスを考えた一品である。湯気が立っていて、熱々だ。


「さぁ、できたぞ。あとは――」

「お兄ちゃん、食べていいの?」

「食べるな。これは子供達に配るためのものだ」


 カミラを窘める。


 まったく、カミラめ。やはりだ。まだ今回の趣旨を理解していなようだね。いい機会である。カミラには、ボランティア精神を一から教えるつもりだ。


 それから……。


 カミラに根気よく丁寧に教える。


 料理のイロハから、ボランティア活動の意義まで。


 カミラは、キョトンとした顔のままだ。


 ……理解したのか、していないのか。


 わ、わからない。


 サイコパスの心理って、どんな感じなんだろう?


 あ~くそ!


 頭をかきむしりながら、善後策を考える。


 どうしたらいいだろうか?


 集中して考えたいが、チラリと背後を見る。


 ……あいかわらず監視されているな。


 教会の信徒数人が炊き出しをしつつ、こちらの様子を伺っているのだ。


 気になるといえば、気になる。


 最近、うっとおしくなってきた。


 監視の数は増えているし、あからさまに外出させないようにしてきた。


 ビトレイめ……。


 もう奴の仕業で間違いないだろう。


 私服を肥やしているから、新参者に対し疑り深くなっているようだ。政府のスパイ、マルサの子供とか思われているのかも。


 なんていうかもう……。


 心の癒しは、ソフィアさんだけである。


 あぁソフィアさん。


 そういえば、ソフィアさんもここにきているんだよな。俺達より先行して炊き出しをしているはずだ。


 自分達のノルマは達成したし、ソフィアさんに挨拶してくるか。


 軽く後片付けをすると、ソフィアさんを捜しにいく。


 ソフィアさん、ソフィアさん……。


 ん!? あれは……。


 ソフィアさんを捜していたら、つり目の少女がいた。


 つり目の少女、名はマリアだ。マリアも炊き出しに来ていたんだね。


 マリアは、子供達のために粥を配っていた。親を亡くし傷心な子供達のために、時に励まし、時に抱きしめ接している。


 ふむ……俺達、いや、正確に言うと俺にはつっけんどんな態度だけど、こういう光景を見せられたらね。


 つい口元が緩んでしまう。


 色々悪口を言われて嫌な気分になった時もあったけど、もうどこかに消えてしまった。


 マリア、本当に子供が好きなんだね。口は悪いけど、心根が優しい子だ。


「お~い」


 俺は、マリアに向かって元気よく手を振る。


 こういう子とは仲良くしておきたい。多少、嫌われているけど、なんとか好感度を上げてみせる。


 俺がにこやかな笑顔を見せていると、マリアがこちらに気づいたようだ。


 こちらにつかつかと近づいてくる。


 相変わらず俺を嫌っているようだ。眉間に皺を寄せ、上唇を噛んでいる。極めつけは、目を細めて睨んでくるのだ。


 好感度ゼロだな。だが、負けない。


「マリア、おはよう!」

「……」


 元気よく挨拶するが、マリアは返事をしない。


 ま、負けるものか。


「マ、マリアはいつから来たの? 精が出るねぇ」

「……」


 俺は顔をひきつらせながらも、笑顔を崩さずに声をかけ続ける。


 マリアは睨んだままだ。


「あ、あの……」

「逃げろっていったのに!」


 マリアが突然、大声を出した。まるで今までの苛ただしさを凝縮して爆発させたかのようである。


 これは好感度ゼロどころじゃないね。マイナスだ。氷点下だよ。


「ねぇ、マリア。新参者を嫌うのはわかるけどさ。もう俺達は仲間だよ。いい加減に心を開いてくれてもいいんじゃない?」

「いいから聞け。アンタはどうでもいい。男なら自分の人生は自分で切り開け。不幸も死も自分の責だ。でもな、あの子が可哀想だ」


 マリアはカミラがいる方向を見ながら、せつなそうに話す。


「いや、可哀想って……何言ってんだ。カミラはここにきて友達もできたし、心身ともに成長している」

「ここはそんなおめでたいところじゃない。いや、地獄よ」


 マリアは悲壮な顔をして訴える。切実そのものだ。


 これはまさか……。


 マリアも知っているのかな? ビトレイが聖人じゃなく、ただの金儲け主義者だったってこと。


「地獄って……もしかしてマリア、ビトレイ神父が脱税とか小金を溜め込んでいるとか、そういう俗物的な事を指して言っているの?」

「アンタそれ知っているのか」

「うん、一応。でもさ、そんなに深刻に考える事かな。まぁ、ビトレイ神父は善人じゃなかったかもしれないよ。でも、それが何? 救われている人達がいるのなら、黙っているのが大人な対応じゃないか」

「ふっ、ふっ、ふっ。あっはははははは!」


 俺の説明を聞いていたマリアが突然、狂ったように笑い出した。ただ、可笑しくて笑っているわけではないようだ。その様は狂気を帯びている。


「あ、あの、マリアどうした――」

「リーベル、アンタおめでたいね。脱税? 着服? あいつは、そんな可愛いもんじゃない」


 マリアが真剣な表情で話す。


 言葉に熱を帯びている。


 嘘でも大げさでもない。


 これは事態は思ったより深刻なのかもしれない。俺の調査は、簡易的だったからね。ビトレイの悪事の底までは見つけられなかった。


「あ~じゃああの人、もっと腹黒い事考えてたんだ。うん、わかった。確かに危険かもね。じゃあクビにしよう」

「はぁ? アンタどこまで甘いのよ。クビってそう簡単にできるものじゃない。ビトレイには、多くの取り巻きがいる。国の上層部にも顔が効くんだ。手の出しようがない」

「いやいや、大丈夫。俺に任せて。俺も上層部に顔は効くから」


 俺が万事大丈夫の顔を見せるが、マリアは可哀そうな顔でこちらを見てきた。


「どこの貴族の坊ちゃんか知らないが、あまり世間を舐めるな」

「いや、舐めてないって! 俺ならまじでビトレイ一派を全員監獄にぶち込んでやれるよ」

「はぁ~家出中の坊ちゃんが何を言っているのやら」

「信じてないね。本当だから」

「リーベル、この国の出身でないお前が貴族の特権を行使しても意味がない。仮にできたとしても、上層部が全員いなくなれば、この施設をつぶす事になる」

「いやいや、確かに腐った奴らがいたかもしれないけど、心ある人もいるんだから。例えば、ソフィアさんを長にすればいい。彼女なら国とも折衝できるだろうし、子供達の事も考えてくれる」


 マリアは、俺の言葉に目を丸くする。


「はっ? あの女を長? 冗談だろ?」

「いや、本気だ。マリアこそ、なんで疑問形? 彼女しかいないだろ」

「あんたね、とんでもない勘違いをしている。あの男は最低のクソだが、それでもまだ――ひぃい!」


 マリアが俺の背後を見て叫び声をあげた。ガチガチと歯を鳴らし、震えている。後ろを振り向くと、ビトレイがにこやかな顔で佇んでいた。


 この笑み、やっぱりうさんくさいと思ってたけど黒だね。


 この目の奥にある殺気……。


 俺が今まで屠ってきた悪党と同じだ。ゲロ以下の臭いがプンプンと漂っている。


「リーベル君、マリアが何を言ったか知らないけど、誤解だよ」

「誤解? そうは思えませんけど」


 マリアは心底怯えている。これはビトレイが脅しているとみて間違いない。


 俺が鼻で笑うと、ビトレイもお返しとばかりに不敵な笑みを見せる。


「信じてくれないのかい? 悲しいなぁ。私達はあんなに心を開きあったのに」


 懺悔室での事を言っているのだ。今となっては、こんな奴に人生相談したのは人生の汚点である。


「警察に話します」


 俺がそう言うと、ビトレイが行く手を遮るように邪魔してきた。さらに、それを合図とするかのように俺達兄妹を監視していた連中もわらわらと駆けつけてくる。


 ふむ、どうしようか?


 蹴散らすのはたやすいが、こうも衆目があると目立ちすぎるかも。


「リーベル君、警察に行くのはよしたほうがいい。神の敬虔なるしもべとして悲しい惨事は引き起こしたくないからね」


 ビトレイが不敵に挑発してきた。


 おいおい、この俺相手に脅しだと? 貴様、自殺志願者か?


 うん、マリアの言う通りだった。


 ビトレイめ、これは脱税以上に悪い事をたくらんでいたようだね。


 このまま締め上げてもいいけど……。


 チラリとカミラを見ると、ビトレイの手下にナイフを突きつけられていた。断れば、刺すという意味らしい。


 なんてことだ。


 ビトレイの手下はニヤニヤとこちらを見つめている。

 カミラは、興奮した面持ちでこちらを見つめている。


 わくわく♪ わくわく♪


 そんな擬音がカミラの背後から見えてきた。


 さらに聞こえる。カミラの心の声が聞こえるよ。


『お兄ちゃん、これべてもいい?』


 もちろん、Noだ。


 こんな子供達がいっぱいいる場所で惨劇は起こさせないよ。


 ここじゃ人が多い。


 俺は、ビトレイに向き直る。


「わかりました。警察には行きません。でも、事情を説明してもらいます」

「いい子だ」


 ビトレイは満足げに頷くと、俺とカミラとマリアは、ビトレイ達に連れられて教会まで戻ってきた。


 教会に到着し、中の応接室に入る。


 ガチャリと内鍵を閉め、閉じ込められた。


「マ~リ~ア~いけない子だぁあああ」


 とたんに笑みを浮かべていたビトレイの顔が豹変した。今まで紳士面していた仮面を脱ぎ捨て、サディスティックな顔を見せてくる。


「ひぃひぃい!」


 マリアは、大粒の涙を流しながら、必死に後ずさりをしていた。


「マリア、なぜ裏切った。私の怖さは知っているよな?」


 ビトレイの顔には一片の情も見当たらない。ネズミをいたぶる猫のようにマリアを追い詰める。


「うっ、うっ。いや、嫌だ」

「くっく、怯えているな。い~ぞ、そうだ。その表情だ。聖人ぶっていると肩がこってしょうがない。マリア、お前は裏切り者だが、いい働きをした。さんざんいたぶって殺す事にはかわりはないが、多少は情けをかけてやらんでもないな」

「げ、外道……」

「くっくっ、そうだ。外道だ。外道の神父様さ。お前もよく知っているだろうに、なぜ私を裏切った?」

「……じ、地獄に落ちろ。はぁ、はぁ、この子に手を出したら呪い殺してやる」


 マリアがカミラを庇うように前へ進み出た。


「あ~はん♪ そうか、そうか。その子のためか。お前にそんな情があったなんてな。驚きだ。今までは黙認してきたのに、どういう風の吹き回しだ?」

「も、もう、うんざりなんだよ。餓死するよりマシだ。そう言い聞かせて我慢してきた。あんた達に売られたとしても、生きてさえいればって」

「そうさ。その通りだろ。奴らは私がいなければとっくに飢え死にしていたのだ」


 なるほどな。こいつは、難民を救うという名目で、裏で人身売買も手掛けていたのだ。救済と称し、見目麗しい子供達を探し、奴隷市場に売っていた。


 難民達には戸籍がないからね。やりやすかっただろう。


「で、でもね。もう限界よ。あたいより小さい子が、生きるために泣きながら耐えている姿が……あんたは屑よ、鬼畜の、人間の面を被った悪魔よ!」

「……言うではないか。泣いて媚びを売れば、助けてやらんでもなかったが、本当に死にたいらしいな」

「も、もう無理。この子の純粋な笑顔を見ていたら、私にはもう自分の心を誤魔化せない。この子の笑顔を曇らせる真似なんて到底できない。あんたのような屑に従うぐらいなら、死んだほうがマシだ」


 マリアがきっと睨んで叫ぶ。涙を流し、震えながらも巍然とした態度だ。


「ふん、やせこけて野垂れ死に寸前のところを助けてやった恩を仇で返すか!」


 ビトレイも金きり声を上げて怒鳴った。


 どうやらカミラの純粋な笑顔にマリアの心が動いたようだね。


 うん、なんとも心苦しい。


 その純粋な笑顔を見せていたカミラだが……。


 俺の袖をちょんちょんと引っ張って聞いてくる。


「ねぇ、もうべてもいい?」


 その問いに殺人への忌避はまるで見当たらない。


 マリア、ごめん。中身は純粋な殺意なんだけどね。

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