第25話 マキシマム家の家訓
「抜いてやる♪ 抜いてやる♪ えい、えい、えい」
「ぎゃあああ! いぎゃああ! や、やめ、やめて。ぐぎゃああ!」
ビトレイの苦悶の声と、カミラの嬉々とした声が室内に響く。
カミラの暴れっぷりに皆が驚愕している。ビトレイの悲惨な姿に恐怖を感じているのだ。絶え間なく続く男の絶叫を聞かされれば、どんなに胆の太い者でも恐怖に打ち震えるだろう。それが教主として絶大な権力を振るっていた男であればなおさらだ。
ガチガチと歯が鳴り、生まれたての子鹿のように足を震わす者。
冷や汗をかき、キョロキョロと目を泳がす者。
誰もが怯えている。
そんな中いち早く立ち直ったソフィアが、きっとこちらを睨みつけてきた。
「あ、あなた達、賞金稼ぎ?」
「あぁ、そうだ」
「ちっ、油断した。可愛い顔をして、とんだ食わせものだね」
「お前がいうか!」
天使の顔をした悪魔が何をほざく。まさに「おまいう」である。
呆れ顔でつっこむと、ソフィアがさっと後ろに下がった。なかなか俊敏な動きである。そう言えば、女優時代のソフィアは、スタントも自分でやっていたとか聞いたな。常人より運動神経はあるのかもしれない。
とはいえ、所詮素人である。マキシマム家にとってはアクビが出るスピードだ。
「お前達、何びびってんだ」
「し、しかし、お嬢様……」
「相手はたかが二人だ。囲んで
ソフィアが手下に指示を出す。天使の美声から一変、ドスの効いた声だ。理を説き、恐怖を取り除く。
ソフィアの声を聞き、凄惨な光景に我を失っていた連中が正気に返る。次々と懐からチャカを取り出し、俺やカミラにその銃口を向けてきた。
さすがは天才女優。声に力がある。士気が少し上がったんじゃないか。
「ふふ、リーベルさん、形勢逆転ですね。いくらあなた達が殺しを生業とする賞金稼ぎでも、この数には叶わないでしょう」
ソフィアが、ニンマリと笑みを浮かべた。もちろんこれまでのような天使の笑みではない。悪魔が乗りうったかのような嗜虐の笑みだ。
「ソフィア」
「なに? 命乞いしますか? だめですよ。許しません。お父様にあれだけの事をしたんですもの。きっちりお返しをしないと」
「違う、違う。形勢逆転って言ってたけど……本当にそう思うか?」
「ま、まさか」
「どうした? 人の心が読めるんだろ? わかるはずだ」
「そ、そんなわけあるか! これだけの拳銃に囲まれてありえない」
「へぇ~そう。そんな判断するんだ」
「うるさい。お前達、やっちまいな!」
ソフィアが号令すると同時に銃撃音が鳴り響く。
飛び交う弾火。ビュンビュンと弾が発射された。
もちろん全て避けられる。銃口の向き、相手の視線、殺気の気配から打つタイミングは丸わかりだ。あとはそれを見計らって動けばいい。
右に左に動き、弾を避けた。
予想通り。こいつらただの悪党だ。プロのガンマンではないな。避けなくても、当たらない銃弾が多々ある。これならカミラでも大丈夫だろう。
カミラは俺ほど対銃に慣れていないから、少し不安だった。集中砲火されたら、フォローに動く予定だったが、杞憂だね。
カミラを見る。
カミラはビトレイを盾にしていた。ビトレイを片手で持ち上げなら、銃の射線から自分をうまく外している。
おかげでビトレイの身体は、穴だらけだ。もちろんすでに死んでいる。顔は最大限の恐怖でひきつっていた。カミラに骨を抜かれ、今は銃でさんざんに撃ちつくされたからね。
……悲惨だ。別に同情するわけではないが、カミラは躊躇ないから。
まぁ、大悪党の末路にふさわしいのかな。
それから弾を撃ちつくした奴から順番に手刀で昏睡させていく。背後に回り、バシィっと一撃である。
一方、カミラは……。
手刀を使うのは一緒なのだが、気絶させるのではなく首を刈りとっていく。悪党だからいいんだけど、もう少し自重して欲しいなぁ。
そして……ソフィアを除く全ての悪人を懲らしめた。
敵の被害は、十七人気絶、二十人死亡。内訳は、説明する必要もないだろう。二十人死亡を出したが、これぐらいで済めば恩の字――ってうぁあ!
死亡が二十一、二十二人に増えた、さらに増え続けている。カミラが気絶した敵にとどめを刺しているのだ。気絶した悪党達の身体を起こし、その心臓を抉り取っている。
「カミラ!」
そのあまりな光景に叫ばずにはいられなかった。
カミラは俺の声を聞き、振り向く。
「うふふ、お兄ちゃんの言うとおりだったね。教会って楽しい!!」
心底楽しそうにのたまう妹にどう声をかけたらいいのやら。二の句がつげない。
とにかくまたカミラに誤解をさせてしまったようだ。カミラめ、完全に教会=戦場と認識しているぞ。
はぁ~どうしてこうなるのやら。
毎度の如く、頭をかかえる。
くそ~こうなったのもこいつらのせいだ。
敵の最後の生存者であるソフィアを睨む。
ソフィアは、口をぱくぱくさせていた。まるで陸に上がった金魚のようである。
「なんだ? 何か言いたいことでもあるのか?」
「あ、あ、あなた達、何者なの?」
おいおい二度目の問いだぞ。そんなにショックだったか?
気持ちはわかる。マキシマム家のチートは半端ないから。
「ソフィア、俺達は賞金稼ぎだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「何言ってんのよ! これだけの大惨事を引き起こして。それ以上に決まっているでしょうが!」
ふむ、そうだな。並みの賞金稼ぎにこんな芸当はできない。
「ここまでの強さ……東家のイスカンダブ家、いや、ここはテリトリーじゃない。じゃあまさかマキシマ――」
「お、俺達の事はどうでもいいだろう。それよりお仕置きの時間だ」
正体がばれそうになったので無理やりごまかし、ポキポキと拳を鳴らしながらソフィアに近づく。
「ま、待って。リーベルさん、ご、ごめんなさい。ゆ、許してください」
ソフィアが地べたに頭を擦り付けてきた。哀れみの言葉を述べ、身体を震わせる。目には大粒の涙が溢れていた。さすが女優、泣きの演技も堂に入っている。
「……泣けば許される事じゃない」
「そ、そんな許して。私、死にたくない」
「そうやって懇願してきた者を、お前は許したのか?」
ベタなセリフではあるが、これも形式美である。とことんおいつめちゃうよ。
「ひぃ。ごめんなさい。私、ひどい女でした」
そう言って、ソフィアは何度も頭を下げ、土下座した。涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃである。うら若き乙女が、恥も外聞なく懇願してきたのだ。傍目から見たら、俺が悪人みたいである。
「残念だが、お前の性根はわかってる。もう騙されない」
「本当です。嘘ではありません」
ソフィアがじっとこちらを見つめ、よどみなく言う。
すごいな。全然、心音にブレがない。
こいつが性悪とわかってから俺は、ソフィアの心音、脈拍を聴いている。自慢の聴力を活かして余すことなくだ。人は嘘をつくとき、心音や脈に微妙な変化を生じる。それは、人間の性だ。
ソフィアには、それがほとんどない。天性の嘘つき女だ。こんな事件がなければ、俺は一生ソフィアに騙されていただろう。
ただ、ほとんど変化がないといっても、微妙に変化があるのは確かだ。
見逃さないよ。マキシマム家一才能ある俺にかかれば、もはやソフィアの嘘は看破できる。
「嘘つきめ」
「信じてください――って信じる気ありませんね」
「うん」
「……わかりました。では、言い換えます。リーベルさん、こんなか弱き女性を殺したら寝覚めが悪いはずです。妹さんの教育にもよくありませんよ」
「うぐっ」
この女、痛いところをついてきた。
そう、俺はこの性悪女に人生相談していたのである。妹の情操教育のためにどうしたらよいか。殺し屋という事は濁しながら、妹が虫や小動物をいたぶる趣味があって困っていると。
まぁ、今は虫や小動物でなく、それが人間だってソフィアにはばれたみたいだけどね。本質は、一緒だ。
「ね? リーベルさん、妹さんのあんな姿に頭を悩ませているんでしょ」
「そ、それは……」
カミラは、なおも気絶している悪党達の息の根を止めている。彼らの心臓を抉っては、楽しそうに握りつぶしていた。
このところ我慢させてたからな。がっつきすぎ。ドン引きだ。うん、非常に悩んでいる。とても十歳の子供がする事ではない。
「だったら、私を殺しても意味はありません。いや、妹さんの衝動は、ますます大きくなって害しかありませんよ。ね、だからやめましょう。お互い不幸になるだけですって」
「……わかった。殺さない。でも、まわす」
「えっ!? 今なんて?」
「だから、まわす」
俺の言葉を聞き、最初はキョトンとしてたソフィア。だが、自分なりに言葉の意味を咀嚼したのだろう、みるみる喜色の表情に変わった。
「ふふ、わかりました。いいですよ。リーベルさんの好きにしてください」
ソフィアがブラウスのボタンを外す。そして、どうぞとばかりに胸を突き出してきた。
「じゃあ遠慮なく」
素早くソフィアの背後に回る。そして、膝を曲げてソフィアの膝の裏に衝撃を加えた。前世で言う膝カックンである。
「きゃあ! な、何を?」
ソフィアが悲鳴を上げ、前に倒れた。俺は、倒れたソフィアを仰向けにして、その両足首を持つ。それを脇の下に挟み込み抱えた。
そして……。
「マキシマム家、家訓。神に仕える敬虔な信徒なのに、人の不幸が大好きだと言っちゃう奴は! 聖女失格であります」
そう叫ぶや、ソフィアを回した。
おら、おら、おらぁあああああ!!
まわす、まわす。ソフィアを抱えたままぐるぐると時計回りだ。そう、いわゆるジャイアントスイングなお仕置きである。某テレビ番組のパクリだが、関係ない。ここは、パラレルワールド。著作権もなければ、うるさい市民団体もない。
もうね、純情な男を騙すような奴は許さないよ。
殺しはしないが、徹底的に回してやる!
「や、やめて。ひ、ひぃいいい!」
ソフィアが悲鳴を上げた。手加減しているとはいえ、マキシマム家のジャイアントスイングである。生きた心地はしないだろう。
ソフィアの悲鳴、懇願。うん、今度は嘘じゃない。本気で助けを呼んでいた。よし、この調子で、本気で悔いるまで、とことん回してやろうじゃないか!
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