第18話 聖人との会合

 我ながらスピーディーに仕事をした。

 

 人身売買組織。

 

 組織の人員、規模、場所を調べ、アジトに乗り込み、ボスをぬっ殺した。

 

 文章に起こせば三行で済むが、色々大変だったよぉ~。

 

 カミラはご満悦の様子だった。

 

 何せ悪党三百人をゲーム無双ばりに殺しまくったからね。

 

 これでしばらくは持つだろう。

 

 ……こんな調子でカミラは人としてまっとうに生きられるのだろうか。

 

 まぁ、いい。

 

 過ぎたことは気に病んでもしかたがない。前を向いて歩いていかなとね。

 

 さて、クォーラル市に滞在するにあたり、宿を確保しなければならない。

 

 この前は教会に住むチャンスだったが、突如現れたつり目のお姉さんに教会から叩き出されてしまった。正確に言えば、カミラの禁断症状のせいだけど。


 と、とにかくつり目のお姉さんに断られたのは事実である。


 どうしようか?

 

 まぁ、つり目のお姉さんの言う事は、しごくまっとうではある。何度も言うように俺達は、物見遊山と思われてもしかたがない。

 

 さらに言えば、俺達は身元不詳人である。マキシマム家の身分証明書を見せるわけにはいかなかったから、名前と年を自己申告でしか伝えていない。

 

 子供とはいえ、こんな怪しい人間を教会の本山に置きたくなかったのかもしれない。この時代、子供を尖兵として屋敷に潜り込ませ、泥棒の手先とする事例が珍しくないのだ。

 

 俺達は、泥棒の手先と思われたのやもしれん。

 

 どちらにしろ誤解なのだが、いずれ真摯な心を見せて誤解を解いていこう。

 

 そこで宿無しとなった俺が、次に考えたプランが、これだ。

 

 ビトレイ難民キャンプ場。


 慈善団体シュトライト教は、子供達に救いの手を差し伸べている。教会で孤児達を保護しているのもその一環だ。ビトレイ難民キャンプ場は、その中でも特に、戦災孤児達を収容している。

 

 身分も国籍もない子供達を対象にしているのだ。ここなら、シスターの厳しい審査もない。俺達のような身元不詳人でも泊まれるだろう。

 

 ただ、無条件で収容しているだけあって、ベッドの質は良くない。野宿するよりマシって程度だ。

 

 もちろん普通に宿に泊まる事はできる。俺達は、そこまで金には困ってはない。

 

 贅沢をしなければ、世界一周旅行できるだけの資金がある。特級の宝石や貴金属を家から持ち出したからね。


 それにだ。便宜上、俺達は家出ではなく、武者修行の旅という形になっている。最悪、実家に連絡すれば、金はいくらでも補充してくれるだろう。

 

 もちろんやらないよ。極力、いや、二度と実家の影響を受けたくない。


 この先、文無しになろうとも連絡なんて絶対にするもんか!


 カミラ一人ぐらい俺が養ってみせるさ。


 とにかくだ。俺達は、高級宿に止まることも可能だが、あえて難民収容所に向かう。


 目的は二つ。

 

 一つは、ここでボランティアをすることでつり目のお姉さんへの誤解を解く。

 

 もう一つは、カミラに戦争の悲惨さ、人命の尊さを理解してもらう。

 

 戦争で身寄りのなくなった子供達。彼らがどれだけ悲惨で残酷な人生を歩んできたか、カミラに知ってもらう。シリアルキラーな妹だが、家族愛はあるのだ。彼らの生の声を聞いて、何かを感じてもらえば幸いだ。


「カミラ、これから行く場所。何かを感じてくれたら兄ちゃんは嬉しいぞ」

「うん、楽しみ♪」


 カミラは浮かれている……。

 

 恐らくまた何かべられると思っているのかもしれない。

 

 まぁ、予想通りだ。

 

 ここからだ。ここから俺の思いをどうカミラに伝えるか。俺の辣腕にかかっている。

 

 そして……。

 

 俺達は、ビトレイ難民キャンプ場に到着した。

 

 見渡す限り、人、人、人……。

 

 黒人、白人、アジア人、髪や肌の色が違う、様々な人種がいる。それもほとんどが子供達ばかりだ。

 

 これは酷いな。


 周辺諸国で戦争が起きた。前世でいう第一次世界大戦みたいに、あらゆる国家が数年にわたって戦争を繰り返した。その爪痕が色濃く残っている。

 

 親を失った。

 家屋を焼け出された。

 

 不幸な話は枚挙に厭わない。

 

 だが、しかし!


 そんな子供達を救おうと、慈善団体シュトライト教は立ち上がったのだ。

 

 慈善団体シュトライト教の信者達、近隣の住民の皆さんがボランティアで炊き出しの粥を作り、子供達に配っている。


 凄い。

 

 この時代、無償で炊き出しを実施しても、あまりメリットはない。慈善事業は、あることはある。だけど、自国民にするならまだしも、他国の難民に施しを行うのは、よほどの慈善家、慈愛の持ち主でないと無理な話だ。

 

 ビトレイさん、さすがは聖人と言われるだけある。

 

 うんうんと頷き、

 

 独り感慨に浸っていると、

 

「君達もほら」

「えっ!?」


 ボランティアのお姉さんから粥が入った椀を差し出された。


「いや、俺達は……」

「遠慮なんていらないわよ」


 お姉さんはそう言うけど、俺達が食してもよいのか。

 

 大鍋の感じから推察するに人数分はあるみたいだ。どんな味なのか興味もある。

 

 一杯だけなら、いいよね。

 

 少し迷ったが、俺は、カミラの分と合わせて椀を受け取った。


 粥から湯気が立っている。大鍋から掬われて間もないのだろう。

 

 俺はスプーンを手に取り、粥を人さじ、口に入れた。

 

 ……まずい。

 

 塩味がほんのりと、最低限の味しかついていない。具もなく、ただの炭水化物の塊である。

 

 だが、それがどうした?

 

 この場合、質より量だ。一人でも多くの子供達の腹が膨れるのが先決。いくらビトレイさんが億万長者とはいえ、資金には限りがある。これは仕方が無い事だ。

 

 第一子供達は、渡された粥を美味しそうに食べている。

 

 よっぽど飢えていたのだろう。こんな不味いメシでも、多くの子供達が、ガツガツと貪るように食べていた。

 

 うん、いくつか宝石を慈善団体シュトライト教に寄付しよう。少しでも子供達の助けになればね。


「カミラ、どうだ?」


 同じように粥を食べているカミラに感想を問う。


「まずい」

「うん、俺もそう思う。だがな、これは美味しいんだよ」

「そうなの?」

「そうだ。この粥には人の思いが乗せてある。カミラも成長したらわかるよ。わかって欲しいかな」


 それから粥を食べ終わった俺達は、寝床を確保するため受付のあるテントに入った。

 

 テントの中には、新しくこの町に来た難民達が列をなして手続きを待っている。

 

 これは、相当待たなければいけないかな。

 

 ん!?

 

 辺りを見渡していると、見知ったシルエットを発見した。

 

「こんにちわ」


 すかさずつり目のお姉さんに挨拶をしする。つり目のお姉さんは、難民達の誘導をしていた。不安そうな子供達に、優しい笑顔を向けている。

 

 うんうん、さすがはビトレイさんところの信者だ。気が強い性格だけど、基本優しい子である。

 

 つり目のお姉さんは、俺達の存在に気づくとツカツカと歩み寄ってきた。


「……こんなところに何しに来たの?」


 相変わらず険しい声である。ひどく嫌われてしまったようだ。

 

 めげない。めげないぞ、俺。


 とにかく低姿勢だ。気が立っている相手には低姿勢で臨む。


「いや、シュトライト教の素晴らしさに感銘を受けてたところです。ぜひ何かお手伝いをさせてもらおうかと」


 つり目のお姉さんは、苦虫を噛み潰したような顔をしている。


「あなた達、難民じゃないでしょ。着ているものを見ればわかる。家出よね?」

「そ、それは……」


 しょうがない。できるだけ嘘を交えずに説明するか。

 

 そこで俺はつり目のお姉さんにこれまでの経緯を説明した。


 両親との折り合いが悪く、家出同然に出てきたこと。

 多少の蓄えはあるが、貯金を切り崩す生活はしたくない。できればここのキャンプ場を使わせてもらいたいこと。

 生活の糧を得るため、職に就きたいこと。

 

 そして、働くのなら世の中の役に立つ仕事をしたいとアピールしたのである。


 お姉さんはやはり苦虫を磨り潰したような顔をしていた。


「俺は本気です。教会にお世話になりたいです。炊き出しとか、なんでもお手伝いしますから」

「……悪い事は言わないわ。両親の元に帰りなさい」


 お姉さんは、頑なにこの場から俺達を帰そうとする。

 

 手強い。


 まぁ、そりゃそうか。

 

 難民救済所。


 戦争で行く宛の無い人達のための救済制度だ。俺達が享受していいわけがない。

 

 だが、だからこそだ。

 

 俺は居住まいを正すと、お姉さんに向き直る。


「お姉さんが反対する気持ちもわかります。胡散臭くて信用できないとお思いなのでしょう。ですが、カミラの社会勉強も兼ねているんです。俺は兄として妹の成長を見守る義務がある。どうかお願いします。一生懸命手伝いますよ。最低限の衣食住を保証して頂けるなら、あとは何もいりません。少しでもお手伝いできたら嬉しいです」


 俺は頭を下げる。


「お願いします」


 カミラにも頭を下げさせる。


「だめよ。ぜったいにだめ。ここはあなた達が考え――」

「何を話しているのだね?」

「し、神父様」


 おぉ、神父様のご登場だ。噂の聖人ビトレイだよ。


 温和で、にこにこしている。


 ただ、笑ってはいるが、あれは真から笑っているわけではないな。


 俺達を値踏みしている?

 

 そんな目線をしていた。

 

 上から下まで舐めるように。

 

 俺達を泥棒の手先とでも疑ってるのか?

 

 少し不愉快になったが、まぁ元はやり手の社長さんである。甘いだけじゃない。厳しい面も持っているのだろう。


 つり目のお姉さんは、突然現れた神父さんに驚いている。


「それで、この人達がどうしたというのだね?」

「い、いえ、大した事ではありません」

「大した事がないかは私が決める。キッカ、説明しなさい」


 ビトレイ神父が、少し語調を強めて言う。


 すると、つり目のお姉さん、名前はキッカって言うみたいだね。キッカさんは最初は黙っていたけど、ビトレイ神父の圧力に負けたのか、しぶしぶ話し始めた。


「は、はい。少しばかり滞在したいと。ただ、ご両親のもとを家出してきたと言ってます。親元に帰すべきかと」

「キッカ、よいではないか。神は、戸を叩く者を差別はせん。家出をしてきたというのなら、それなりの理由があるのだろう。無下に断るべきではない」

「で、でも、ご両親が心配していると思いますし……」

「そうかもしれん。だが、もしやご両親から暴力を振るわれたりしたのではないかな?」


 ビトレイ神父が俺達のほうを振り向きながら、問う。

 

「は、はい。お恥ずかしながらそうです」


 絶壁から突き落とされたり、落雷を浴びたり、フグの毒を食べさせられたり、


 暴力を振るわれてたって言っていよね? うん、言いに決まっている。


「そうですか。それは辛かったでしょう。そういう事情でしたら、どうぞ教会へお越しください」

「いいんですか!」

「もちろんです。シュトライト教は、子供達の味方です」

「ありがとうございます。ビトレイ神父には色々お話を聞いて頂きたいと思ってます」


 早くためになる話をカミラに聞かせたい。

 

 できるなら全ての事情を話して、相談に乗ってくれたらいいけど。

 

 まぁ、それは欲をかきすぎかな。時期尚早だ。話す内容が内容だけに、まずは、神父との仲を縮めてからだね。


 これは楽しみになってきたぞ。

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