第17話 天才女優との出会い

 麗しの美女の登場にしばし時を忘れる。


「リーベルさん?」

「あ、いえ、なんでもないッス!」


 少し口調がおかしくなってしまったが、しょうがない。恋をしたのだから、しょうがない。


「申し遅れました。私ソフィアと申します」


 シスターソフィアが、丁寧な口調で自己紹介をしてきた。


「あ、はい、うん、素敵な名前ですね」

「ありがとうございます。ふふ、そんなに緊張しなくてもいいんですよ」

「そ、そんな緊張なんてしてませんよ~」


 そう返事はするが、ソフィアさんの言う通り緊張している。もうデレデレ、中学生並の受け答えだ。前世の記憶を思い出す前は、マキシマム家一ポーカーフェイスをきどっていたのに。


 少し情けないが、しょうがない。恋をしたのだから、しょうがない。


「ふふ、リーベルさんって面白い方ですね。でも、嘘はいけませんよ。緊張しているでしょう?」

「えっ、いや」

「すみません、不躾でしたね。私、昔取った杵柄きねづかで、人の観察が得意なんです」

「へ~そうなんですか。ちなみに昔取った杵柄って?」

「私に見覚えありませんか? これでもそれなりに有名でしたのよ」


 そう言われて、改めてソフィアさんを見る。


 サファイアのような輝かしい瞳、黄金の如く光る髪、純白の肌、艶やかな唇、均整のとれたプロポーション。


 美人だ。それ以外、言いようがない。


 これほどの美女に出会ってれば、絶対に記憶に残っているはず。まぁ、昔の俺は朴念仁だったけど。とにかく記憶にない。賞金首であれば、千人以上の顔と名前を覚えているのに。


「う~ん、わかんないな。何かヒント、ヒントを下さい」

「あれ、リーベルさんって上流階級出身ですよね?」

「う、うん、そうなるのかな。いや、やっぱり違う」


 爵位は持っているけど……殺し屋なんて褒められた仕事じゃないからね。


「ふふ、どっちなんですか。でも、雰囲気からわかりますよ。だから、てっきり映画とか見てらっしゃるとばかり」


 うん!? 映画!


 映画、映画……。


 はっ! そうだ。この人、不世出の天才といわれた女優ソフィア・ガードネスだ。子役時代から抜群の演技力で周囲を魅了。成長してからもさらに演技を磨き、その美貌も相まってスターの中のスターと言われた人だ。


「あ、あ、知っている。知ってますよ。ロンドンの休日見た。凄く感動しました」

「ふふ、思い出してくれましたか」


 そう、この世界、ラジオは一般に普及しているが、テレビはない。ただし、上流階級向けに映画はある。俺達一家は暗殺やそれに類する事ばかりしてきたが、たまに本当にたまに映画を家族で見に行ったりもしたのだ。


 まぁ、暗殺場所が映画館だった時に備えての下見も兼ねてたんだけどね。


 そういう次第であまり映画に詳しいわけではないが、ソフィア・ガードネスは知っている。あまりに有名だからだ。七変化と呼ばれるほどのキャラを使いこなし、最年少でアカデミー賞を受賞、十代で映画界のエースと称されたが、突如引退。その後は行方知れずになっていたけど。


「意外なところにいてびっくりです」

「そうですね。私もそう思います。でも、今はここが私の居場所であり、この仕事が天職だと思ってます」


 そういうソフィアさんは、確信に満ちた表情をしている。ソフィアさんは、栄光を掴んだ場所をあっさり捨ててまで、ここにいるのだ。場所慈善団体シュトライト教への期待が否が応でも高まってしまう。


「それでリーベルさん、カミラさん、今日は、お祈りでしょうか?」


 はっ!?


 ソフィアさんの問いに我に返った。


 そうだ。いくら有名な女優に会ったからって、浮かれて主旨を忘れてはいかん。俺には大切な使命があったのだ。


 居住まいを正し、気を引き締める。


「いえ、お祈りもしますが、本来の目的は違います。旅の途中、ビトレイ神父のお噂を聞き、ぜひそのご高説を賜りたいとご挨拶に参りました」

「おぉ、それは良いご決断をされましたね。あなた達の信心に祝福が訪れるますよう。ただ、申し訳ございません。ビトレイ神父は不在でして」

「そうなんですか。いつ頃、お戻りになられますか?」

「申し訳ございません。市外の孤児院に慰問中で、しばらくはお戻りになられないかと」


 う~ん、それは残念。タイミングが悪かったようだ。


 でも、どうしても会いたい。暫くはこの街に滞在して待つのも手かな。いや、そうすべきだ。せっかくソフィアさんみたいな素敵な女性と知り合えたわけだし。


 まぁ、とりあえず、今日は出直すとしよう。よく考えれば、聖人が忙しくないわけなかったのだ。アポなしで早々に会えるわけがない。


「わかりました。お手数をおかけしました。今日は帰りますね」

「あ、お待ちください」


 去ろうとする俺達をソフィアさんが止める。


「なんですか?」

「リーベルさん、お気を悪くしないで下さい。ご兄妹だけの旅行ですか?」

「はい、見聞を広げるために……あ、ちゃんと両親の許可は取ってますよ」

「ふふ、別に通報なんてしませんよ。信じます。若いうちは旅をさせよと申しますし。感心な事です」

「い、いや、それほどでも」

「ところでリーベルさん、宿のご予約は?」

「これからです」

「そうですか。では宜しければ、我が教会に宿泊されたらいかがでしょうか?」

「えっ!? でも」

「遠慮はいりません。路銀も節約したいでしょう」

「いいんですか!」

「えぇ、遠路はるばるお越し頂いたお客様をむげにはできません」


 ソフィアさんは、そう言って目を閉じると、手を組んでマリみてィのポーズを取った。


 実に似合っている。清楚とは、まさにこの人を差すんだろうね。


「じゃあ、すみません。ご好意に甘えちゃいます」

「えぇ、ではこちらに」


 ソフィアさんの案内の元、ビトレイ神父を待つため教会の食堂に移動する。


「お兄ちゃん、お腹空いた」


 カミラが、俺の袖をひっぱりアピールしてきた。どうやらソフィアさんをべていいのか聞いているのだ。


 冗談じゃない。こんな親切で素敵な女性をべさせたりはしないぞ。


「だめだからな」


 そう言って、きっと睨む。


 カミラも俺の意志が伝わったのか、ソフィアさんに手を出すのは控えてくれた。むずむず我慢できなさそうだけどね。


 そして、食堂に到着。


 食堂には、少なくない数の信徒が、お茶をしたり軽食を取ったり、思い思いに休憩を取っていた。しばらくソフィアさんと談笑しながら、中の教会について説明してもらう。


「おにい、おなか――」

「我慢しなさい。この前、べたばかりじゃないか!」

「うぅ、またお腹空いた。我慢できない。ねぇ、べていい? 誰でもいい。贅沢は言わないから」


 カミラが上目遣いでねだってきた。


 くっ、厳粛な場でなんて事を考えてやがる。こんな善良な人達の前で惨劇を引き起こさせてなるものか。


「だめ!」


 少し大きな声でたしなめた。


 幼い子供までいるのだ。絶対にNoである。


「これはこれは……このような幼子にひもじい思いをさせてはいけません。ささやかですが、食事を持ってこさせましょう」


 そう言って、今度は別な信者が現れた。


 その信者は、四十代後半位、頭髪が剥げお腹が出ている小太りの中年である。


 この小太りのおっさん、しばしソフィアさんと話すと、代わりに俺達のお世話をすることになった。


 えっ!? ソフィアさんは?


 って理不尽だとはわかってても少し不満を覚えた。だが、ソフィアさん、他にも仕事があるそうで、邪魔はできない。


 しょうがない。涙を呑んでソフィアさんにお別れを言った。


 それから中年のおっさんが案内をしてくる。


 なんか脂ぎった顔をして、一癖も二癖もありそうな人物だけど、信用していいのだろうか?


「さて、リーベル君、カミラちゃん、食事だったね。すぐに用意させよう」

「いえ、ご迷惑をおかけするわけには参りません」

「何をいうのです。我々の仕事を取らないで欲しい」


 中年の信徒、いや、ベベさんは殊勝な言葉を言う。


 疑って悪かった。


 人間、顔じゃない。こんな下卑た卑しい顔をしているのに。


 大変嬉しい。


 ただ、この場合、悲しいが、カミラの言葉は、意味合いが違うのである。


「いえ、お言葉に甘えるわけにはまいりません」

「幼子にひもじい思いをさせてはいけません。遠慮は無用ですよ」

「で、ですが……」

「目の前で泣いている子供がいたら、迷わず手を差し伸べる。それがビトレイ様の教えです。どうか私の使命を果たさせてください」


 ベベさんが頭を下げてくる。


 なんと。見ず知らずの俺達にそこまで気に懸けてくれるのか。


 大変ありがたい。凄くありがたい。


 ベベさんの善意に手を合わせて拝みたい気分である。


 だが、何度も言うが、妹の言葉は、意味合いが違うのである。


 ここは大事を取って、妹の禁断症状が大きくなる前に退散するのがベストかもしれない。手ごろな悪党を殺して、カミラの禁断症状を抑えてから、再度訪ねたほうがよいかも。


 だが、ベベさんは、食事の誘いを皮切りに執拗にここでの生活を強要してくる。俺が固辞しても、さいさん引き止めてくるのだ。


 あまりに熱心なので、俺達を外へ出さない気かと思ってしまう。


 ベベさんが時折、ニヤリと嗤うのもどうも触覚に引っかかるんだよな~。


 俺が逡巡していると、


「ここは私が相手をするわ」


 そう言って、赤髪長髪の女性が登場した。


 シスター服を着ているので、ここの職員なのだろう。


 つり目でちょっと気が強そうだが、美人だ。歳は二十代前半くらいかな。


「し、しかし……」

「私が応対します。あなたには月初の収支報告書のまとめを任せてたはずです。終ったのですか?」

「まだですが、この二人の面倒をみないと」

「それは私がやります!」

「いや、困ります。このようなケースは、私が対処しませんと」

「収支報告書、確か期限は三日前でしたね。仕事の遅れ、ビトレイ様に報告してもいいんですよ」

「うっ。そ、それは……」

「あなた、前もビトレイ様にお叱りを受けてたわね。今度も遅れたとなったら、どうなるかわかりませんよ」

「で、ですが、この件を後でビトレイ様に知られたら……」

「他言は無用ですよ。あなたはこの子達に会ってない、見ていない。書類仕事で部屋に篭ってた。そうですね?」

「は、はい」

「よろしい。その素直さに免じて、あなたの怠惰も不問にします」

「……」

「ベベ、何を未練がましく見ているのです。あなたは早く書類作成に取り掛かるべきでは?」

「わ、わかりました」


 ベベさんは、そそくさとその場を去っていった。


 なるほど。書類仕事をサボってたのか。だから、やましい匂いがしてたのだ。


 ふむふむ、執拗に俺達にからんでたのも、書類仕事をしたくないって気持ちも含んでたんだな。子供達の世話をしているから、そんな暇はないってね。


 いけないんだぁ~。


 あのつり目のお姉さんじゃないけど、ビトレイ様に報告するぞ。


 まぁ、部外者の俺が口を挟む理由はない。外部の者と息抜きを計ったって罰は当たらないだろう。


 とにかく窓口は、このつり目のお姉さんに移ったみたいだね。このつり目のお姉さんも美人だけど、気が強そうだ。俺の好みのタイプは、断然ソフィアさんだ。


「こんにちは。俺、リーベルって言います」


 まずは挨拶をした。


 つり目のお姉さんは、じっと無言で見つめている。


 なんだろう?


 あ、カミラを見ているね。


「ほら、カミラもご挨拶だ」


 カミラの頭を撫でて、挨拶をするように言う。


「お兄ちゃん、お腹――」

「わかった。わかったから、少し我慢をしろ。後で思いっきりべていいから」

「本当!」

「あぁ、ちゃんと兄ちゃんの言う事を聞いて、いい子にしてたらな」

「わぁい!」


 テンションが上がったカミラは、つり目のお姉さんの前に笑顔で進み出ると、


「こんにちは♪」


 子供らしく元気な声で挨拶をした。


「……こんにちは」


 つり目のお姉さんがカミラに挨拶され返事をした。その表情は少し嬉しそうである。元来、子供好きなんだろう。口角を上げて、緩んだ表情をしていた。


 おっ、そんな顔もできるんだ。


 先程の評価は少し訂正。


 ふぅん♪


 そんな顔ができるなら、いつもしてればいいだろうに。ツンデレ属性もあるのかな。そんなツンデレなお姉さんの心をカミラは、溶かしたのである。


 外見だけで見れば、カミラは天真爛漫な美少女である。そんな子から無垢の笑顔を向けられたら、そりゃ好感度も上がるね。


 ただ、つり目のお姉さんは、すぐにはっとすると緩んだ表情から一転、表情を引き締めた。


 そして……。


「あなた達、すぐに帰りなさい」


 厳しい口調でそう言い放ったのである。


 確かに一旦外に出るつもりだっが、そんな言い方しなくてもいいじゃないか。少しばかり反発した言葉を言いたくなってきた。


「ソフィアさんはここに泊まってもいいって、許可を頂きましたけど」

「だめよ。絶対にだめ!」


 血相を変えて反対してきた。


「い、いや、何もそんなに大声で怒鳴らなくても。確かにここは、身寄りを失った人達の施設で、俺達がいていい場所じゃないかもしれません――」

「そ、そうよ。その通り。ここはあなた達がいていいところじゃない。さっさと出て行きなさい」


 いや、そこから「ですが、俺達にも何かお手伝いをさせてください」って続けようとしていたのに、取り付く島もない。


 まぁ、でも怒るのも当然か。


 ここは、戦争で難民になった人達、身寄りのない子供達のための施設である。


 俺達は、血色もよく、いい衣服を着ている。はたからみたらいいとこのお坊ちゃん、お嬢ちゃんだ。物見遊山で見学に来たと思われているのかもしれいない。


 これは誤解を解かなければならない。


「聞いてください。俺達は、冷やかしでここを訪れたわけではありません。ビトレイ神父の尊い教えを学ぶためです。少しでも世の中の役に立ちたいという思いは誰よりも負けてません。どうか何かしらのお手伝いをさせてください。宿泊代ぐらいは、自分達で働いて稼いでみせます。へへ、こう見えても俺達、力仕事得意なんですよ」

「くっ。そんな事は聞いていない。早く出てけ!」

「いや、待って。あ、信じてませんね。本当に力だけはあるんですって」


 最低限の衣食住があれば、給金はゼロでも構わない。どうせなら志のある仕事をしたいのだ。


 聖人のために仕事をするって、いいんじゃないか!


 カミラの情操教育のためにも、ソフィアさんとの甘い恋物語を始めるためにも、俺はこの街に滞在する必要がある。できれば同じ教会内で寝食をともにしたい。


 どうにかして、このつり目のお姉さんに俺の気持ちを分かってほしい。


「お姉さん、本気です。真剣に聞いて――」

「お兄、おなか」


 シャツの袖をぐいぐいと引っ張り、カミラが口を挟んできた。


「カミラ、後でたっぷりべさせてやるって言っただろ。今、兄ちゃんは大事な話をしているんだ」


 カミラの耳元に寄り、小声で諭す。


「も、もう無理。我慢ができない」


 そう言ってカミラは、辺り一杯に殺気を撒き散らしてきた。


 こ、これは……。


 見境なくる気か?


 お、おい、ちょっとま……。


 カミラは、ゆらゆらと身体を揺らしながら移動すると、つり目のお姉さん目掛けて思いっきり拳を――。


「だぁああああ! わかった。わかったよ。ちくしょう! それじゃあ失礼しますううう!」


 俺はカミラを抱えると、慌てて教会を退出した。


 くそ、まただ、まただよ!


 カミラの禁断症状わかってたはずなのに。


 俺は、一心不乱に人がいない山林へカミラを抱えて走っていく。


 あはは、つり目のお姉さん、さすがだね。わかっているじゃないか。

 執拗に出て行けと言ったのは、施設にいる子供達の危険を察知したのかな。


 正解!


 あのままいたら、カミラによって教会に大災厄が降りかかっていた。さらに身寄りのない子供達を作ってしまっただろう。


 まずは、カミラの禁断症状を抑えるのが先。


 あぁ、この辺にいる悪人……。


 確かこの街って人身売買の組織があったよな。


 カミラの欲求不満の解消にさせてもらおう。

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