第16話 リーベル恋をする

 エルフスボリの山間地帯を横断し、列車とバスを乗り継くこと早三日。


 俺とカミラは目的地であるクォーラル市に到着した。


「カミラ、着いたぞ」

「わぁ! いっぱい人がいるね!」


 カミラにとっては、初めて訪れる大きな街だ。感慨深いものがあるのだろう。カミラが目を輝かせて、街の営みを見ている。


 ……やっと機嫌が直ってくれた。本当、大変だったよ。


 白カブト騒動……。


 白カブトとその群れの熊達は、崖から転落死した事で決着した。死因は転落死。白カブトはもちろん全ての熊の首がポッキリと折れていたと言う。


 獣医師が白カブト達の死体を検分。全ての熊に共通して、相当な衝撃が加わっていた事が判明した。よって頂上付近からなんらかの事故で、群れごと急降下したのだろうと。流れのマタギの兄妹からの報告も合わせて、そう結論づけられた。


 むろん裏工作は俺が十分にやったから抜かりはない。これで俺達兄妹の正体がばれる事はないだろう。


 うん、疲れた。本当に疲れた。


 裏工作が疲れたというわけではないよ。もちろん、それなりの労力だったが、大半は妹のご機嫌伺いをしたからだ。


 あれから山中の熊という熊をかき集め、カミラに献上した。それでも足りなくて、ほとんどの肉食獣を提供したかな。そして、暴れに暴れたカミラだったが、少し落ち着いたところを見計らって、あとで南極に連れてってやると約束した。


 白カブトよりもでっかい南極熊をプレゼントしてやるって。それでなんとか機嫌が直ったんだよ。


 カミラは、もう普段通りだ。珍しいものを見ては、激しく反応している。


 うん、この街、気に入ってくれたみたいだな。


「しばらく、ここに滞在するからな」

「わかった♪」


 屋台、駄菓子、露天……。


 カミラにとって、見るもの聞くもの全てが新鮮なのだろう。あっちに行ったりこっちに行ったり世話しない。


 本当にこうして見ると、年相応な可愛い妹だよ。


「ねぇねぇ、あれべてもいいかな?」


 道行く屈強な男を指差して、カミラが無邪気に言う。


 早速、禁断症状さつじんしょうどうが現れたか。「ワタあめでも食べていい?」って聞かれたのならどんなに嬉しかった事か。


 まぁ、でも、約束したように俺の許可なく殺しは厳禁と言ってある。俺の許可を得ようとするのはいいことだ。


 勝手にされるより百倍マシである。


 うんうん、素直でえらいぞ、カミラ。


 俺はカミラに微笑む。


 カミラもそんな俺に微笑み返してくる。


 いい笑顔だ。


 だからといって俺が許可する思ったら大間違いだぞ。


「だめだ」


 俺はにべもなくノーと応えた。


「じゃあ、あれは?」


 今度は、強面の兵隊さんを指差す。


「あれもだめ!」

「じゃあ、じゃあ、あれは? あれは?」


 カミラが道行く通行人を手当たり次第に指差す。


「カミラ、しばらくべるのは禁止だ」

「えぇええ!」


 先ほどまでの嬉しそうな顔が一変、ものすごく悲しい顔をされる。


 ……しばらくの我慢でこれか。


 完全にべちゃだめだっていったら、どうなるのか?


 延期でこれだぞ。一生禁止なんて言ったら、まじで精神が崩壊するかもしれん。本当、麻薬患者のようなものだ。徐々に麻薬を抜けさせる事が慣用である。


 焦ってはだめだ。


 千里の道も一歩から。


「えー、えー! いつまで? いつまでべちゃだめなの?」

「しばらくだ」

「しばらくってどのくらい? 十分くらい?」

「なわけあるかぁあ! しばらくはしばらくだ」

「そ、そんなぁ~」


 カミラがこの世の終わりのような顔をしてしゃがみ込む。


「カミラ」

「うぅ」


 カミラが唸り声を上げた。これは機嫌が悪くなっている証拠である。


「カミラ、機嫌を直せ。その代わり兄ちゃんが、楽しいところに連れて行ってやる」

「本当! どこ? 軍隊? それとも南極?」


 カミラが目を輝かせながら訊ねる。


 頼むから軍隊から離れろ。そして、南極はまだ勘弁してくれ。


「軍隊でも南極でもない。教会だ」

「うぅ、そんなのつまんないよぉ!」

「つまんなくない!」


 ブーたれる妹の愚痴に被せるように強く主張した。


 そう、つまらなくはない。やっと巷で噂の聖人と会えるのだ。カミラの人生にきっと潤いを与えてくれるはず。立派な人の尊い教えに触れれば、カミラの情操教育に役に立つ。人を食い物にしか見えないカミラに、命の大切さ、慈愛の心が芽生えるかもしれない。


 カミラは教会と聞いて、頬をふくらましている。


 教会を、楽しくない、つまらない、退屈なところだと思っているようだ。


 この反応は、予想通り。


 大丈夫。カミラを説得するシミュレーションは、計算済だ。


「カミラ、教会行った事ないだろ?」

「うん、でも、本やエスメラルダから話を聞いて知ってる。つまんないとこ」

「カミラ、それは間違いだ」

「間違いじゃないよ」

「いや、間違いだ。実際、カミラがお外に出てどうだったか思い出してみろ。本や他人の話と違ったところはいっぱいあっただろ?」

「そういえば、そうだった」

「だろ。カミラが実際に見て聞いて感じたことが正解だ。教会はきっと楽しいぞ」

「本当に楽しいのかなぁ~」


 首をかしげるカミラの肩に手を置くと、カミラの目線に合わせるようにかがむ。


「大丈夫だ。兄ちゃんを信じろ! 俺が今まで嘘をついた事があるか?」

「う~ん、あんまり、ない」

「そ、そうだろ」


 即答してくれないのか……やはりまだ白カブトの件を根に持っているようだ。まぁ、少し信頼を失っていはいるが、なんとか納得してくれた。


 俺達兄妹は、クォーラル市の中心部、慈善団体シュトライト教の本部に移動する。


 歩いて三十分……有名な場所だから、すぐにわかった。何より市のシンボルとばかりにでかくそびえ立つモニュメントがそれだけで目印になったし。


 実際、旅行客の多くが慈善団体シュトライト教の本部に立ち寄るらしいね。


 地元の人達もシュトライト教の本部に行きたいといえば、誰もが親切に道を教えてくれる。それだけ地域に浸透しているのだろう。


 シュトライト教の神父様がどれだけ慕われているかがわかるエピソードである。


 うんうん、宗教は苦手だけど、こういう聖人がいるのなら入教してもいいかもしれない。


 改めてシュトライト教のモニュメントを見上げる。


 おごそかな建物だ。


 心が洗われるよ。


「カミラ、見ろ。立派な建物だろ」

「うん、お腹空いた。殺べていい?」


 くっ。花より食い気より、る気か!


 花より団子より始末が悪い。


「我慢しろ。行くぞ」


 カミラの手を引っ張り、協会へと足を踏み入れる。


 入り口の扉を開け、中に入ると、


 人がいっぱいいた。


 統一の神父服を着たのは信徒達。

 お祈りにきた大勢の一般信者達。


 賑わっている。盛況だね。


 ビトレイ神父の人望の厚さが伺える。


「ようこそ。シュトライト教は全ての門徒に」


 俺達に気づいた信者の一人が笑顔で挨拶をしてきた。


「はじめまして。俺はリーベル、こっちは妹のカミ……ラ」


 ペコリと下げた頭を上げ、瞳に映ったその先には……な、なんて美人。


 あまりの衝撃で、挨拶が途中で口ごもっちゃったぞ。


 神父服に包まれた美少女。年齢は二十歳ぐらいだろうか。目鼻は当然整えてあり、その髪はどこまでもしなやか。上品な口元からは、鈴の音のような声が聞こえた。まるでラノベのヒロインがそのまま出てきたかのような容姿をしている。


 こ、これは……もしかしてイチャラブ展開あるかも!?


  今まで散々、ストレスを感じてきたのだ。これくらいの役得はあってもいいよね。

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