第3話  決死の脱出劇(前編)

 深夜、皆が寝静まった頃を見計らい、カミラの部屋へと向かう。無論、館内は執事達が警護をしているが、問題ない。一応、俺は才能だけならマキシマム家一だ。執事長が出張らない限り、出し抜く事は容易である。


 執事達が廊下を哨戒していく。カツカツと規則正しい靴音が廊下に響いている。

 

 洗練されたその動きに無駄がない。

 

 全員が全員「侵入者は殺す」その気迫のオーラーで全身を覆っている。獲物を狙うその目は、まさに鷹だ。どんな些細な変化も見逃さないプロの目である。ここに進入するぐらいなら米国のホワイトハウスに潜入するほうがよっぽど楽だろう。

 

 ふっ、問題ない。

 

 気配を消し、足音を殺して移動する。警備員の数、目線を計算に入れながら、警備の隙をつき、カミラの部屋へと侵入した。


 甘酸っぱい少女特有の匂いが伝わる。


 ファンシーな部屋だ。

 

 熊のヌイグルミ、大きな金髪人形や衣装ダンスが備え付けてある。部屋だけを見れば、年相応な少女に見える。


 カミラはベットに入り、スースーと寝息を立てていた。

 

 うんうん、そうやって寝ていれば、普通の子に見えるぞ。


「カミラ、カミラ」


 起こすため、カミラの肩を揺する。


「う、うん……なぁに?」


 寝惚け眼のカミラが目を擦りながら返事をした。


「カミラ、寝ているところ起こして悪かったな。すぐに家を出よう」


「いいの?」


 カミラが目を見開いて驚いている。


「あぁ、いい」

「わぁい。おでかけ♪ おでかけ♪」


 カミラはベッドから跳ね起きると、スキップをしながら喜びのダンスを踊った。


 カミラは短絡的に考えているようだが、これから大変だぞ。うちの価値観は異常だ。世間とのギャップを埋めるのは並大抵の苦労ではないだろう。

 

「カミラ、お外では今までの常識が通用しなくなる。辛いこともたくさん経験するかもしれない。覚悟はいいな」

「大丈夫だもん。僕強くなった。お外でもお仕事ころしできるよ」

「カミラ、そうじゃない。お外では――」

「あぁ、楽しみだなぁ。お家の外ってどんなとこだろう?」


 カミラが目を輝かせて喜んでいる。

 

 まぁ、今は、よしとくか。嬉しそうなカミラの笑顔を曇らせたくない。世間の常識は、おいおい説明しよう。今はすぐにでもここを離れなければならない。


「じゃあ出発だ。最低限の荷物だけ持っていくぞ」

「うん、わかった」


 カミラは頷くと、身支度を整えていく。

 

 ハンカチ、シャツ、下着、ナイフ、仕込刀!? さらにでっかい金髪人形を背負って……って待て、待て!


「カミラ、最低限の荷物って言っただろ。それは大きすぎる」

「えぇ~、持っていっちゃだめなの?」

「だめだ。必要最低限のものだけにするんだ」

「これだって必要だよ。ほら、こうやって中を開けて使うんだ」


 カミラが金髪人形をぐぃっと押す。


 なにぃい!! 金髪人形がパカッっと開かれ、多くの棘がびっちり出現した。

 

 て、鉄の処女かよぉおお!!

 

 うぉ! よく見れば、これは針の椅子じゃん。

 

 舌絞め具、拘束衣……。

 

 妹の部屋がファンシーだと思ったら、拷問危惧のオンパレードだった件……。


「……カミラ、身支度は俺がする。少し待ってろ」


 俺は、カミラのリュックに肌着等、常識的な旅の道具を入れていく。

 

 ふぅ~、つ、疲れた。


 なんとか準備を終えた俺達は、すぐに部屋を出た。駆け足で移動する。


 途中、見回りの執事に見つかった。

 

 執事が反応する前にその背後に回る。手刀を首筋に打ち、昏睡させた。

 

 大丈夫、警護のパターンは把握している。

 

 あと、数分は気づかれない。


 家を飛び出し、裏門に向かっていると、複数の気配に気づいた。

 

「ちっ!」


 思わず舌打ちを鳴らす。

 

 周囲を観察する。

 

 一人、二人、三人……。

 

 暗闇から音も無く現れる。うちで雇っている使用人達だ。しかもこいつらは上級使用人アッパーサーヴァント上級使用人アッパーサーヴァントは、選抜に選抜を重ねたエリート達だ。平使用人ノーマルサーヴァントとは一線を画す存在である。ちなみに、うちの平使用人ノーマルサーヴァントでさえ、通常のSP十人分以上の働きを見せるからね。

 

 そんな上級使用人アッパーサーヴァント数十人に囲まれていた。

 

「なんだよ。お見通しってわけか」

「申し訳ございません。奥様から坊ちゃま達を見張るようにお言いつけをもらってまして」


 家令ハウススチュワードのエスメラルダが一歩前に進み出て、頭を下げてきた。

 

 こいつか……。

 

 違和感を感じてたんだよな。いくら俺がマキシマム家一才能があるからって、あまりにあっけなさすぎるって。

 

 エスメラルダが今日の警護を指揮していたとしたら、納得である。家族以外で、俺の裏をかき、用意周到に包囲網を成功させられる唯一の人物なんだから。

 

 くそ! 俺としたことが少し焦っていたらしい。

 

 家令ハウススチュワードエスメラルダ・ジェム・ラッハ。

 

 うちの化物揃いの使用人達をまとめている統括だ。二十代後半という若さながら、本邸を任されている完璧メイドである。

 

 ちなみに、元SSランクの賞金稼ぎであった。

 

 もともとは親父に懸けられている賞金目当てに潜入した。当時の執事達を出し抜き、寝室にいる親父と一対一まで持ち込んだのは、伝説だ。日に数百と挑戦しているが、誰一人親父の寝室どころか二階の階段先ですら潜入できた者はいないといえば、この偉業がどれだけ凄いかわかるだろう。今のところ、この超人的記録は破られていない。

 

 そんな凄腕の元賞金稼ぎ、わけあって家で雇うことになった。

 

 黒髪、怜悧な目、整った目鼻。ボンキュンボンとパリコレモデルを思わせる完璧なプロポーション。

 

 見かけだけで言えば、とんでもない美人なお姉さんなのだが……。

 

 中身は、とんでもない化物チート。曲者が多い使用人達の中でも一番相手をしたくない人物だ。


「どけ!」

「いけません、リーベル様」


 エスメラルダが行く手を遮る。半身を横身に腕を伸ばす。堂に入った構えだ。言葉は丁寧だが、腕ずくでも行かせないって感じだな。殺意とは違うが、それに準ずる闘気が溢れんばかりに膨れ上がっていく。

 

 ……蹴散らしていくか。

 

 エスメラルダは敵に回したくないほどの強敵だ。だが、俺が本気を出せば、なんとかなる。

 

 もたもたして親父達が出張ってきたほうが最悪だ。親父達相手では、力ずくで出て行くのは不可能である。


 とりあえず、他の執事達はカミラに任せよう。


「カミラ、門までかけっこだ」

「は~い♪」

「いけません、カミラ様」


 エスメラルダが前に出て制止してくる。そして、エスメラルダの指示で残りの執事達がカミラの行く手を遮ってきた。


「お兄ちゃん、どうすればいい?」

「無理やり通るぞ」

べていいいの?」

「食べる?」

「うん、べる」


 ……殺すって意味なのだろう。


 だが、なんだ、その欲望に直結した物言いは!

 殺しと人間の三大欲求を同列にすんじゃねぇえ!

 

 すぐにカミラを教育したい。だが、何度も言うように、今はまず家を出る事が大事だ。カミラの思想を指摘している場合じゃない。


「わかった。べていいぞ」

「本当? パパ達にいつも使用人はべちゃだめって言われてるのに」

「緊急事態だ」

「わぁい! やった!」


 さすがに手加減をして、この包囲網を突破できるとは思えない。カミラ、最後のお仕事ころしになるだろう。本当はさせたくないのだけど、これで最後だから。

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