第2話 そうだ。家出しよう!
「放せよ!」
声を荒げて引き離そうとするが、母さんは掴む手を緩めない。ぎりぎりと力を込めて圧迫してくる。
これだから母さんは侮れない。にこやかな笑みを浮かべ、鬼のような剛力を見せつけてくるのだから。
取りあえず、部屋を出るより掴まれた腕をなんとかしよう。
反対側に力を入れて、テコの原理を使い母さんの腕を上に弾きとばす。
「いたっ!」
母さんが小さく悲鳴を上げた。
「もぉ~痛いじゃない。リーちゃん、どうしたのよ? もしかして反抗期?」
母さんの問いに自問する。
ふむ、遅まきながら反抗期になるのかな?
うん、そうだ。反抗期だよ。こんな異常事態な家族に慣れていた昔がおかしいのだ。
「リーベル、落ち着け。いずれカミラも外へ出す。だが、時期は俺が決める。今はまだ家の中で勉強だ」
そう言って、親父が母さんと俺との間に割って入ってきた。
勉強って……チャ●ンジ一年生じゃないんだぞ。
殺しだぞ。S・A・T・U・G・A・I。マーダー!
どこが勉強だ!
「親父……一般常識で問うぞ。言ってておかしいと思わないか?」
「なにがだ?」
「カミラの体力だよ。世間一般の子供と比較してみろ。カミラよりはるかにか弱い子供でさえ、外を大手を振るって歩いているんだぞ」
「リーベル、俺達はマキシマム家だ。それだけ敵も多い。世間一般の子供と比べるのは筋違いというものだ」
「そこは気をつけるさ。そういう危険からは、俺が全力で妹を守ってやる」
「リーベル、お前の腕は信用している。お前が全力で守ると言うのなら、カミラは安全かもしれない」
「じゃあ、いいだろ!」
「だめだ。万が一という事もある。いまだ未熟な娘を外に出すわけにはいかん」
「頼む。カミラの事は、俺に任せてくれ。悪いようにはしないから」
「リーベル、お前も親になれば、わかる。父さんの言っている意味がな」
親父が真摯な表情でそう諭す。
「そうよ。リーちゃん、あなたの言うとおりカミラは大きくなったわ。でもね、親は子供がいくつになっても心配でたまらないの。今は我慢して、ね?」
母さんも優しげな表情でそう諭す。
なんだ、そのいい親をしているみたいな顔は……。
ヤンチャしそうな息子を嗜める立派な親のような構図はなんなんだ!
違うから。
前世日本の価値観で言うなら、あんた達は完全に犯罪者だよ。その所業は、新聞三面ぶち抜くぐらいのトップ記事になるからな。
「親父、母さん、祖父ちゃん、後生だ。俺の話を聞いてくれ。心配いらない。普通に過ごせば危険なんてないさ。そうそう
「リーちゃん、どうして? 普通に過ごすって具体的に教えて? C級賞金首を狩る程度?」
「違う。母さんは根本的に勘違いをしている」
「えぇ!! もしかしてD級? いくら安全だからってそれはだめよ」
「母さんの言うとおりだ。それではカミラを外に出す意味はない。家で侵入者を撃退していたほうがマシだ」
いや、普通にって……平穏無事に、殺し無しで暮らすって意味だよ。
どうしたらそういう発想になる? そして、なぜこの発想が生まれない。
これ、今の俺の価値観をぶちまけたら、この人達、どんな反応を返すか。考えただけでも恐ろしい。
それから説得を繰り返すが、両親達は反対の姿勢を崩さない。独自のとんでも理論で返し、いい親を演じる。
だ、だめだ。言葉は通じるが、まるで宇宙人と会話しているようなもの。世間一般の常識を持ち合わせている気配がまるでしない。
こんな両親のもとでカミラがどう成長していくって言うんだ……。
カミラに向き直る。
カミラは、しばし俺と両親達の会話を見守っていた。会話に加わるでもなく呆然としている。
ふむ、反応が薄いな。当事者だといまいちわかっていないのかもしれない。
俺はカミラの両肩に手を置く。そして、膝を曲げしゃがみ、カミラと目線を合わせた。
「カミラ、外に出かけたこと覚えているか?」
「お外?」
「そうだ。カミラが小さい頃、外へ出かけたことがあるんだぞ」
「うーん……覚えてない」
カミラは、キョトンと首をかしげた後、首を横に振る。
「聞いたか? カミラはもう十歳だぞ。一度も家を出た記憶がないって……これが異常じゃなくてなんだっていうんだ! 今時、五歳の子供だって町内を歩き回るのに。CだのDだの賞金首のレベルを論じている場合じゃない!」
両親達に向かって怒鳴りつけてやった。
「そうか。リーベル、お前はカミラに世の中を経験をさせたいのだな」
「そうだよ。わかってんじゃんか! やっと話が通じたよ」
「リーちゃんの言い分もわかるんだけどね。でも、ここだって外みたいなものよ」
母さんの意見は、一理ある。
うちは広い。敷地の庭だけでも東京ドーム二十個分だ。ちょっとした町だよ。それにそこらかしこにブービートラップを仕掛けてある。一流のハンターでも裸足で逃げ出すぐらいな凶悪な防犯設備が整ってあるのだ。さらに、ここにしかない獰猛な動植物達。うちの庭を散歩するだけでも、大冒険が待ち受けているだろう。
だが、そういう問題じゃねぇんだ。
いくら庭が広かろうが、冒険スペクタルが広がってようが、関係ない。
「こんな箱庭で育てたからってなんになる? 何も成長しない。人との交流なくしてどう成長していくんだ」
ここで言っている人との交流は、もちろん一般人とだ。カミラには、喫茶店で友人達とお茶しながら部活動の話で盛り上がるぐらいになって欲しい。
「リーベル、カミラは病弱だ。お前の言い分も理解はできる。だが、今ではない。まだカミラには親の庇護が必要だ」
親父は反対の姿勢を崩そうとしない。まさに頑固一徹そのものだ。
俺は、そんな親父にいかに世界が広くカミラのためになるか力説した。
もちろん友愛や世界平和を説いても、この両親の心には響かない。
殺しどころか争いのない平和な世界で生活させたいだけなのに。本音を漏らしたら、頭がおかしくなったと病院に連れて行かれるのがオチだ。
だから、両親好みの説得をしてやった。
世には、知られていない強者がいる。
搦め手をつくのが上手い者。
フェイントが華麗な者。
戦略が巧みな者。
それこそ、腕力が一般人と変わらなくても強者として勝利続ける者もいるかもしれない。戦闘力の差がそのまま勝利に繋がるとは限らないのだ。
権謀渦巻く世界がある。それは、家を出て実体験しないとわからない。そういう経験を積むことこそ重要。結局は、カミラの戦闘技術の幅が広がるのだ。
……ってな感じで口八丁、論理的に。無理だと主張する両親を根気よく説得していると、
「無理じゃないもん。僕、お外行ってみたい!」
俺の話を受けて感化したのか、横からカミラが声を挙げて主張を始めたのだ。
世界の強者との出会いに、琴線が響いたか?
なんにせよ、カミラが外の世界に興味を持ってくれたのはありがたい。
「カミラちゃん、だめよ。お外は、もう少し体力をつけてからにしましょうね」
母さんが優しくカミラを諭す。
これ以上、体力をつけてどうするんだ。今のカミラなら、ドーバー海峡を五分で横断できるぐらい身体能力あるぞ。
「いやだ、いやだ。行きたい! 行きたい! お外で面白い敵を
カミラが親父達の周囲をピョンピョン跳ねながら、抗議する。はたから見たら、玩具を買ってとねだる子供みたいだ。
娘には甘い両親である。だが、今回は無理だろう。
俺もせいっぱい説得を試みるが、なかなか言う事を聞いてくれない。
話は平行線のまま、時間だけが過ぎていった。
そして、夕方となり、話はまた今度という事でお開きになったのである。
だめだ。両親の説得は失敗に終った。
仕方がない。こうなれば、最後の手段である。
夜中にこっそり抜け出そう。
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