第1話 おかしなおかしな一家

「ぐぎゃあああ!」

「うげぇ。た、助けてくれ!」


 男達の叫び声が部屋に響く。屈強な男達がか弱き少女のように怯え、助けを懇願している。


 今、俺達はマキシマム家にお越しになったお客様のお相手をしている。家族総出で、おもてなしだ。

 うちは名うての殺し屋である。当然、敵も多い。一日に何件かこんな風にお客様が来る。その理由は様々だ。


 賞金を稼ぐため。

 名を売るため。

 私怨のため。


 ここでなぜ賞金かというと、うちはとある大国から賞金が懸けられている。その国の王様に相当恨まれていて、賞金に国家予算の一部を割り当てているらしい。


 国家予算って……。


 つまり、ウチに懸けられている懸賞金は、半端ない額ってことだ。どれくらい途方もないかというと、軽く十桁はいく。仮に家族の内一人でも殺せたら、一生遊んで暮らせるだろう。下手すれば、三代遊べるかもね。


 だから、危険とわかっていても、賞金目当てに挑戦するバカが後を絶たない。


 成功すれば億万長者だ。さらにこの上なく名を上げられる。自分の命を担保にするだけで、極上のサクセスストーリーが待っているのだ。危険とわかりつつも、欲に惑わされる奴らがわんさか沸いてくる。


 ……世の中、欲のために身を滅ぼす輩がどんだけ多いのよ。


 そんな欲ボケ連中の大半は、二流以下の腕が多い。そういう侵入者達は、うちの執事ズが対処する。まれにいる一流から一流半の活きのいい獲物だけは家族で対応するのだ。


 何度も言うが、これも修行のためだ。毎日、腕をさび付かせないように殺す。仕事に行かない日は、こういう侵入者達が格好の練習相手になるから。


 これは、マキシマム家の家訓の一つとなっている。【一日一殺】ってね。


 とはいえ、たかが一流、まして一流半の暗殺者では、完成された親父達の相手をするには力不足だ。せいぜい身体を動かす前の準備体操ぐらいの効果しかないだろう。


 今は妹カミラへの教育のためってのが一番の理由かな。


 カミラのために暗殺者を迎え入れている。


 完全にネグレットだ。それも特級に匹敵するぐらいのね。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん。ほら、ほら!」


 カミラが、満面の笑顔でターゲットの生首を見せている。生首は、恐怖で顔が歪んでいた。その男も腕に自信があって潜入したんだろうに。


 首から上がないが、地面に倒れている彼の体つきを見ればわかる。無駄のない鍛え上げられた肉体、プロの傭兵だな。それも一線で活躍できるくらいに。ただ、相手が悪かったね。


 本当、同情するよ。


 カミラは、そんな男をいとも簡単に屠る。


 見た目は、恐ろしいぐらいに美少女だ。ただ、性格も恐ろしいぐらいにイッっているね。


「カミラ、よくやった。腕を上げたな」


 親父が口角を上げ、満足げにカミラの頭を撫でる。


「まぁ、カミラちゃん、上手よ、上手」


 母さんも手を叩いてカミラの所業を褒め称える。


 褒めて子供の成長を伸ばすのは良いことだ。だが、そのベクトルが世間の常識と百八十度違う。


 あかん、もうあかん。こんなところにいたらカミラがだめになる。


 我慢の限界だった。


「こい!」


 生首を持って浮かれているカミラの手を掴む。


「どこにいくの?」

「家を出る!」


 カミラを連れて、部屋の出口へと進む。


「おいおい、息子よ。おだやかでないな」

「そうよ。外はまだ危険よ。しっかり技術を身につけないと」

「そうじゃ。カミラは、まだ素人に毛が生えた程度にすぎん」


 行く手を遮った父母祖父が揃って反対する。


 いやいや、素人が、生首をちょんぱーできるか!


 アンタらの基準で考えるな。叩き上げの軍人ですら、赤子になってしまうぞ。


「頼むから、そこをどいてくれ」


 部屋の出口に陣取る殺人狂達かぞくに懇願する。


「だめよ、だめだめ。カミラは虚弱なのよ。身体を壊したらどうするの!」

「そうだぞ。リーベル、思い出してみろ。昔はすぐに風邪を引いたり、日射病になったり大変だっただろ」


 親父達はしみじみに言う。


 そうだな。確かにそんな事もあった。


 カミラは小さい頃、よく風邪を引いたり、倒れたりしていた。


 でもな……。


 乳幼児を南極大陸や熱帯のジャングルに連れていきゃ、そりゃどうかなるだろ!


 ふ・ざ・け・ん・な!


 氷点下三十度以下の極寒の地、炎天下五十度を越す熱帯雨林を普段・・着で散歩してたんだぞ。鍛え上げた軍隊が完全装備で挑んでも、やばい魔窟だというのに。


 考えたらこの人達、とんでもない事していたのだ。


「あ、あのな、身体が弱いって……あんなとんでも環境に子供を連れて行ったら体調崩すに決まっているだろうが!」


 屈強な男でも衰弱死する。体調を崩すだけで死なないだけでも、カミラは十分に超健康優良児だ。


「何を言ってるか息子よ。お前は元気に走り回っていたではないか」

「えぇ、えぇ、リーちゃんはそうだったわね。やんちゃで腕白で。だから余計にカミラがか弱く思えたわ」


 ふーそうきたか……。


 まぁ、俺だってマキシマム家の血を受け継ぐ親父の子だ。スペックも半端ないことはわかっている。


 記憶を辿ると……。


 確か五歳ぐらいだったか?


 半袖半ズボンで南極大陸を走り回っていた。

 一滴の水も飲まずに炎天下の熱帯雨林を走り回っていた。


 南極熊や人食い虎とも戯れたり。


 うん、そんな俺と比べたらね……カミラは、すぐに体調を崩していた。


 合っているっちゃ、合っているが……。


「いくらなんでも今のカミラなら大丈夫さ。外へ出してくれ」

「だめだ。強者ほんものに出会えば、未熟なカミラでは対応しきれまい」


 強者ほんものって誰だよ!


 親父か? それとも母さん?


 今のカミラを倒せる奴なんて、俺達、家族チートぐらいだよ。少なくとも、その辺の市井には、絶対にいない。


 親父達を見る。


 もろ真剣な表情……。


 マジで言ってやがる。


 こいつらの中には、よほどカミラ=病弱という図式ができ上がっているらしい。


 ふつふつと怒りのマグマが膨れ上がっていく。


「いい加減にしやがれぇええ! 外は危ない? ふざけんな。ここで教育するほうが害悪だっての。俺達は出て行く」


 怒りのボルテージが上がり、その勢いのまま外へ向かうが、母さんが俺の腕を掴んできた。

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