殺し屋リーベルの哀愁 俺の妹は殺人鬼

里奈使徒

プロローグ

 俺の名は、リーベル・タス・マキシマム。


 家族は、全員名うての殺し屋だ。暗殺を行い、生計を立てている。


 ただ、殺し屋と言っても誰でも彼でも殺している訳ではない。ターゲットは犯罪者達だ。この世界、犯罪者には賞金が懸けられている。悪党であればあるほど、その懸けられた額は大きい。


 それらを狩って財を成したのがマキシマム家だ。


 親父も母さんも祖父ちゃんも、都会に出稼ぎに行くノリで犯罪者をハントしていった。誰もが恐れる大悪党を赤子の腕を捻るが如く、簡単に殺していく。ターゲットの中には、八万の軍隊を支配下に置いた領主もいたが、てんで相手にならなかった。


 そんな伝説を残したのだ。誰に聞いても、殺し屋といえばマキシマム家。まずうちの名が挙がるだろう。



 俺の家族を紹介する。



 親父は、武芸百般。剣術、槍術、柔術……古武術から近世格闘技まで、ありとあらゆる武を極めている。


 全ての型を知り、全ての極意に通じる。剣でも槍でもナイフでも、どんな武器を持たせても親父は一流以上に一流だ。もちろん武器が無くても問題なし。拳一つで南極グマを殴り殺せるし、巨大象だってその尋常でない膂力で絞め殺せる。


 全身を筋肉で詰めていると言ってよい。


 体脂肪率一パーセント以下、背丈は十二尺で二メートルを越す大男だ。丸太のような手足、戦車を思わせる巨体。だからといって、動きが遅いわけでもない。


 嘘みたいだろ? あの巨体で、百メートル五秒を切るんだぜ。


 ちなみにまだ親父が若い頃の記録である。修行時代を経て、今の脂が乗っている時期に計測したら……。


 やめよう。まじで野菜人を地でいくのだ。


 次に母さんだ。母さんは、レイピアの使い手だ。一秒間に十六刺突以上は朝飯前。母さんが本気で牙突を繰り出せば、肉眼では捕らえられない。超高速カメラで撮り続けてやっと残像ぐらいか?


 俺も何度か手合わせをしたが、レイピアの先が点と線にしか見えなかった。


 笑い話でなく、まじで時を止めていると俺は睨んでいる。


 見かけは深窓の令嬢そのものだ。背中まで延ばされたサラサラの金髪、切れ長の瞳、白い肌に上品な口元。所作も凛として、微笑みは慈愛のオーラを放っている。


 そんな淑女のお手本みたいなのに、中身は親父に負けず劣らずの化物っぷり。


 嘘みたいだろ? こんな虫も殺さない涼やかな顔で、千人以上の賞金首を殺しているんだぜ。


 さらに、現役を退いたとはいえ祖父ちゃんも曲者だ。なんでも若い時、単身でいくつか国を潰したとか。国落しの称号は伊達じゃない。八万の軍勢に単身突っ込んでも、平気な顔をして帰ってきたんだとさ。


 リアルラ●ボーか!


 もちろん家に仕える執事達も一筋縄でいかない強者達だ。下っ端執事ですら、他家の筆頭執事エースの力をはるかに超えるといったら、その化物っぷりがわかるだろう。


 俺はそこの長男として生まれた。エリート暗殺一家の跡取り息子だ。


 一応、マキシマム家きっての天才ともてはやされている。祖父ちゃんを始め両親から、歴代最高の暗殺者になれると期待されているのだ。


 長男だからって、変に期待されても困る。俺をあんた達化け物と一緒にしないで欲しい。


 まぁ、それはいいか。誤解はいずれ解けるだろう。問題は別にある。


 俺は、とある依頼遂行中に事故にあった。詳細は省く。敗因は油断の一言だ。そこは重要ではない。


 その事故が原因で、なんと前世の記憶が蘇ったのである。


 頭を強く打ち、生死をさまよいながら眠ること一週間……起きてみれば吃驚!


 事故前にはなかった記憶が実装されていた。俺は元日本人で、どこにでもいる大学生だったようだ。死因は覚えていない。持病もなかったから、おそらく交通事故のようなものだろう。


 でだ。ここからが本題である。


 俺が今、一番悩んでいるのは価値観の逆転だ。前世の記憶が蘇り、俺の脳に、戦後民主主義教育がもろつまった平和でアットホームな思考がエッセンスされてしまった。


 その時の気持ちは、筆舌し難いね。


 平和な元日本人が、いきなり名うての殺し屋になったのだ。気持ちの整理にどれだけ大変だったか!


 ……はぁ。


 まぁ、それでもなんとか折り合いをつけたんだよ。


 こんな仕事をしていたのだ。命が助かっただけでももっけの幸い。今までの記憶もあるし、普通に生活できる。


 人生、ポジティブに行こうってね!


 ちなみに今までの俺。


 家族とほとんど会話をしなかった。事務的な仕事の話をするだけ。


 暗殺しごとするか、修行するか。


 俺って、仕事人間だったみたいだね。


 オフも、一日の大半はトレーニングに時間を費やしていた。


 ありとあらゆることをやったな。


 今なら言える。実にアホだった。いや、どっかの眉毛の太い殺し屋じゃないけど、あんなストイックな変態だったのだ。


 前世の記憶を取り戻し、改めて自分を取り巻く環境を見つめ直してみる。


 おかしいだろ。ウチの家!


 なぜ、生まれたばかりの赤子を崖から突き落とす!


 覚えている。


 あれは俺が生後九ヶ月の時……。


 ハイハイを覚えたとたんに、崖から突き落とされたのだ。


【獅子は我が子を戦塵の谷に落とす】ということわざがある。ウチでは、まじでそれをやるんだよ。乳幼児がハイハイをしながら、崖を登ってくるんだぜ。それをカメラを持った両親が笑顔で迎える。


 どんだけシュールなんだよ!


 ふざけんな! 怪我したらどうするんだ!


 ……そりゃ怪我なんてしなかったけどさ。俺もキャッキャッ言いながら崖を登った記憶がある。その時の光景は、写真で撮って家族の思い出アルバムに追加された。俺も含めて全員笑顔で、微笑ましい家族写真みたいだけどさ。


 基本おかしいからね。常識的にアウトだよ!


 それにだ。俺は三歳の時に始めて人を殺した。思春期どころかまだ反抗期も始まっていない子供に【殺し】を覚えさせるなんて鬼畜外道である。


 ミスって反撃されたらどうするんだ。下手したらこっちが死んでたぞ。よしんば殺されなかったとしても、ショックで心が壊れてたかもしれないのに。


 ……そりゃ怪我なんてしなかったけどさ。トラウマどころか次の日に普通に飯も食えてたし。殺した直後も心音、脈拍ともに正常だった。


 ってか三歩歩いたら、もうターゲットを気にもしていなかった。初めて殺した相手だぞ。少しは気にしてもいいはずなのに。


 うん、前世を思い出す前の俺、マジでやばいね。どんな三歳児やねん。


 と、とにかくだ。そんな感じで、誰がどう見てもウチは、虐待一家である。世間に明るみに出たら、新聞や週刊誌がバンバン叩いてた事案だよ。ただね、両親は、普通に俺達に愛情を持っているみたいだから、ややこしい。子供達を立派な暗殺者に育てるって、ガチで言ってるんだよ。


 親父や母さん、祖父ちゃん……。


 皆、手遅れだ。


 俺には彼らを説得する自信がない。奴らは、思想が凝りに凝り固まっている。仮に俺が、友愛や平和、ガンジー主義を唱えようものなら、病気にかかったと心配されるだろうね。




 俺には妹がいる。妹の名はカミラ。父親譲りの光輝く銀髪、ルビーのような真紅の瞳に長い睫、透き通るような白い肌をしている。美しい西洋人形のような容姿だ。


 このまま成長すれば、道行く誰もが振り返る……いや、それどころか、我慢できずに回り込んで前面から見る奴が出てきてもおかしくない。そんな超美少女になるだろう。


 カミラは、妖精の生まれ変わりと言っても過言ではない。そんな美少女な妹がいるのは、普通に嬉しい。前世、俺は一人っ子だった。兄妹がいる友人達を羨ましく思っていた。だから、ひとしおカミラが愛しく思えてしまう。


 ただ、思い返してみるに……。


 記憶を思い出す前の俺は、妹と事務的な話しかしてなかった。前世の価値観で言うなら、最低の兄だったね。


 記憶が戻ったのは幸いだ。


 せめて兄として、妹の教育だけはきちんとしてやらればいかんと思っている。

 俺が責任を持って、カミラを淑女に育てねばなるまい。前述のように両親に任せては、妹の人生が終わるから。

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