第4話 決死の脱出劇(後編)
「ふふ、ど・れ・に・し・よ・う・か・な?」
カミラが心底楽しそうに獲物を見定めている。舌なめずりする肉食獣の如くだ。
「お、おやめください!」
さすがに歴戦の
まぁ、カミラ自身マキシマム家の血筋を受け継いでいるだけに相当のてだれだ。それに主人の娘だからね。怪我をさせるわけにはいかない。そんなところに、
……同情するよ。
さて、あまり向こうの心配ばかりしてられない。
こちらも片手間で相手できる相手ではないのだから。
エスメラルダを見る。
完全に臨戦態勢だ。俺の一挙一動を見逃すまいとしている。
「最終通告だ。そこをどけ!」
「リーベル様、後生です。おやめ下さい。旦那様や奥様が悲しまれます」
エスメラルダが申し訳なさそうに言う。遠慮がちな物言いだが、その纏っている闘気は真逆だ。力ずくでも行かせないという鉄壁の意志を感じる。
ひく気はないようだな。
全力でいく。闘気を上げ、足に力を込める。
「いくぞ、カミラ!」
「うん!」
カミラに声をかけると同時にダッシュする。黒豹の如きスピードでエスメラルダに迫った。今まで昏睡させてきた平使用人達とはレベルが違う。手加減をしていたら、こちらがやられてしまう。
俺は、全力でエスメラルダの身体に拳を入れ――
「やめんか!」
「なっ!?」
突然現れた祖父ちゃんに俺の拳は、すんでのところで止められた。
か、神業すぎる。
繰り出そうとした本気の一撃がこうもあっさりと。
祖父ちゃんの手でがっちりと右手を掴まれた。そして、万力の如く締め付けてくる。ギリギリと骨がきしんでいく。
すげぇ力……。
もうすぐ還暦を迎えるお祖父ちゃんの膂力じゃねぇよ。ピクリとも動けな――くはないな。ピクリはできる。
どうする?
祖父ちゃんだけならなんとかなると思う……多分、おそらく、メイビー、希望的観測で。
俺も負けじと限界を超えた力を出せばいい。渾身の一撃とクリティカルヒットを連続で出せばなんとかなるさ。ここで祖父ちゃんに引導を渡してやるのだ。速攻で祖父ちゃんを倒し、返す刀でエスメラルダを討ち取る。
あとは、そのまま脇目も振らずに出口へダッシュすればよい。
そんな葛藤が頭を過ぎる。
だが……。
その決断は、今一歩遅かったようだ。
カミラを見ると、
カミラも親父に捕まっていた。背後から抱っこされ、持ち上げられている。赤ちゃんにする「高い、高い」って奴だ。
……なんてこと。
祖父ちゃんを倒すのも奇跡的確率だったのに。
カミラは首を振っていやいやと駄々をこねている。拘束を解こうと必死なようだが、無理だ。カミラの膂力で親父の拘束を解けるはずがない。親父は楽しそうにカミラのじゃれつきを享受していた。
「まったく、せっかちな奴じゃ。リーベルよ、一日も待てなかったか」
「あぁ、そうだよ。もうこうするしか道がなかったんだ。言ってだめなら実力行使しかないだろ」
俺の言葉に周囲に緊張が走った。
警戒を解いていた執事達が一斉に構える。
「リーベル、お前――」
「祖父ちゃん、みなまで言わなくていい。わかってるよ。親父達が来た時点でもう詰んでる。降参、降参。暴れたりしないから」
両手を空に向けて降参のポーズを取った。
無駄な抵抗はしない。
親父、母さん、祖父ちゃん、
「そうか。安心したぞ」
「リーちゃん、あまりオイタしちゃだめよ」
親父、母さんも安堵の声を出す。
決死の家出も失敗に終わった。
これからはさらに監視も強化されるだろう。ますます家出が困難になっていく。
「はぁ~もう、どうしてわかってくれないかなぁ」
頭を抱えて地面に座り込む。気持ちは落ち込むばかりだ。
「あ~リーベル、その件じゃが、行っていいぞ」
「えっ!?」
空耳か?
にわかに信じられない言葉であった。
本気を出せば、隣町で落とした小銭の音まで聞き分けられる聴力だけど、自分の耳を疑ってしまう。
「祖父ちゃん、今なんて?」
「だから、行ってよい」
俺は信じられないといった表情で、親父と母さんの顔を見る。親父達はコクリと頷いた。
「そうか。なら行かせてもらう。でも、どうして意見を変えたんだ?」
「このまま温室で育てても、カミラのためにならん。昼間のリーベルの言、最もだと思ったからじゃ。ワシも常々、ガストのカミラへの甘やかしに懸念を抱いておったからのぉ」
とんだ温室だ。どこの世界に毎日殺しを強いる家庭がある。
だが、つっこまない。なにわともあれ祖父ちゃんを始め家族の賛成をもらえたのだ。これ以上の成果はない。
「私は今でも反対ですよ。お義父様があまりに薦めるから渋々承諾したんです。カミラは病弱なのに~」
「母さん、そういうな。俺も親バカだったようだ。実践に勝る成長はなし。家で殺しをやっても、ぬるま湯に浸り続けるようなものだ。これではカミラのためにならん。まさかリーベルに気づかされようとはな」
うん、この人達、完全に勘違いをしてらっしゃる。
カミラを殺し屋にさせる気は、欠片もない。俺はそういう殺伐した世界からカミラを開放しようとしているのだから。
だが、それでいい。そのまま勘違いしてくれてたほうが都合がよい。真実を知られて追っ手でも出されたらたまらないからな。
とにかく勘違いとはいえ、家族の許可が取れたのだ。
俺達は、一旦部屋へと戻る。急ごしらえだった身支度を再度、整えるためだ。
そして、出発の朝が来た。
俺とカミラがそれぞれリュックを背負う。リュックの中身は、食料、テント、着替え等、旅の必需品一式が揃えてある。合計五十キロってところかな。普通は、荷馬車が必要な重さだが、もちろん俺達なら余裕で背負える量だ。
他にもサバイバルナイフ、回転銃、マキビシ等、暗殺に必要な道具を執事達に用意してもらったが、それらは部屋に置いてきている。邪魔以外の何者でもない。
準備は万端だ。
「じゃあ、行ってくる」
「パパ、ママ、祖父ちゃん、カミラ行ってくるね。バイバイ!」
カミラが元気よく手を振る。俺も申し訳程度にひらひらと手を振った。
「おぉ、行って来い。家の事は心配するな。せいっぱい励んでこい」
「クスン、リーちゃん、カミラちゃん、いつでも帰って来ていいんだからね」
「うむうむ、成長を期待しておるぞ」
親父が声高に言い放ち、母さんがハンカチで目頭を拭っている。祖父ちゃんは、どこか満足げな様子だ。
「「リーベル様、カミラ様、行ってらっしゃいませ。どうかご無事で!」」
さらに一拍遅れて執事達も一斉に頭を下げ、挨拶を返してくる。
盛大なお見送りだ。
数百人が列をなして見送る。そんな中、俺達は正門をくぐった。
今日、俺達は外へ、カミラにとって初となる新世界へ、新たなる一歩を踏み出したのだった。
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