GAME 9 ( ゲームキュウ )  3

――現在


すでに辺りは真っ暗だ。

会場の海岸には、たくさんの人々が集まってきている。

今日は7月31日……。

私が好きだった人の誕生日でもあり、花火大会の当日でもある。


部屋の静寂に耐えられなかった私は、なぜかここに来てしまった。

人ごみをかき分けるように進む。

浴衣姿の若いカップルたちとすれ違う。

彼らを見ていると、過ぎ去った若い時間のことが脳裏に浮かぶ。

私には異性との幸せな時間はなかった。

ただ何もできずに、ただ見ているだけで、可能性のある若い時間は終わってしまった。


もう、人生に可能性はない……。


それなのに、なぜ、ここに居るのだろう。

苦しいだけなのに……。

開演まではまだ時間があるのに、すでに、会場は熱気に包まれていた。

多くの人が見物スペースを確保しており、そこで待機している状態だ。


私は人ごみの中で立ち止まった。


周りには私が望んだ世界があった。

みんな、恋をしている。

私が、生涯、一度も届かなかった恋の世界が広がっていた。

煌びやかに潤うこの世界への扉は、いったいどこにあるのだろう?

あまりにも、あまりにも、遠い世界だった。


やっぱり、来るべきではなかったかな?と、再度、自分に問うてしまう。

そうしたら、もう一人の自分から答えが返ってくる。

当たり前だ!何を言っているんだ、もう恋ができる年齢ではないだろう……と。


私は長い間、恋する人たちが集まる場所を、ずっと避けてきた。

目の前で、恋する姿を見るのが、ツラかったから……。

ここに居る人たちと同じように恋がしたかった。

ずっと憧れていた。

10年、20年、30年……と。

そして、1度も叶えられないまま、恋ができない年齢になった。

私にできたのは片想いだけ……。

しかも、平均寿命か70歳を超えるこの時代に、異性と二人きりで過ごした時間の合計は、全部足しても24時間いかない。

私がそのことで、どれほど人生に絶望したかわかるだろうか……。

それが原因で、どれほど無気力になったかわかるだろうか……。


出会えない人生なら、初めからいらなかった。


たった一回でいいから、誰かに愛されたかった……。

恋人や結婚相手、それに子供と……、もし、私にも守るものができていたら、私は頑張ったのだろうか……。

今となっては、もうわからない。


幸せそうな二人の後ろ姿がたくさん見える。


手と手をつなぐ姿……。

お互いの肩に、もたれかかる姿……。

スマホをいじりながら笑っている姿……。

頬と頬をこすり合わせている姿……。


私には、そんな恋の思い出が何一つない。

そんな思い出が、最低でも1年はほしかった……なんて、考えているモテない男性はたくさんいるのだろう。


人生は一回しかない。


その一回を棒に振った苦しみと向き合うには、ただの自傷行為では済まない。

私の皮膚は、もはや、原型が残っていない。

恋愛ができないのは、私に取りついた悪霊のせいだと勝手に決めつけていた。

「悪霊よ、出ていけ!悪霊よ、出ていけ!」と、身体をボロボロに傷つけたからね。

包丁で切り刻んだし、火で焙ったりした。

全身をね。

かまってちゃんを通り越して、もう、ここまでくるとキモイだけ……。

幸い、辺りは暗くなっているので、私の傷だらけの皮膚に気づく人はいない。


「遊覧船が出発しますので、ご乗船の方は、急いで船場までお越しください。」


いよいよ、始まるのかな?


この海岸は、あの街の風景に似ている。

フランスのコートダジュール地方にあるニースにね。

紺碧海岸はコバルトブルーだけど、この海岸から見える海の色は、無色透明……。

なんて神秘的なんだろう。

月明かりに照らされて、そう見えるだけなのかもしれないけど……。


歩行者天国の道路と歩道を横切り、防波堤にたどり着いた。

私は、その上に腰かけた。

すぐ下には、砂浜があり、少し先の方には打ち寄せる波も見える。

砂浜にも、たくさんの人がいた。

横を見ると、恋する人たちがたくさん、肩を寄せ合って腰かけていた。


まもなく開演時間だ。


私はきっと、寂しい背中をしているのだろう。

敗北者の後ろ姿なんて、そんなものだ。


恋とは何だったのか?

人生とは何だったのか?

そもそも、私の存在とは何だったのか?

恋への執着は、私が家族崩壊から逃げ延びて、この世で独りになってから大きく膨らみ、いつしか命綱のようになっていた。

もし、世の中の人と同じように、当たり前のように家族がいて、当たり前のように住む家があって、当たり前のように友人がいて、当たり前のように恋愛ができて、当たり前のように結婚できて、当たり前のように子供がいる、または、そのどれか一つでも叶えられる人生なら、こんな異常な執着は生まれなかったのだろう。

本当に異常な執着だ。

人間が食料をめぐって殺し合いをするのと同じくらい……。

私は世の中の女性から見たら、キモイだけの存在なのだろう。


突然、拍手喝采が起こった。

何かの合図が出たのだろうか……、一瞬、静寂につつまれた。


次の瞬間だった。


夜空に轟音が鳴り響いた。

私はその瞬間、夜空を見ていなかったが、うちわを手にした浴衣姿のカップルたちの顔にオレンジ色の閃光が反射し、一瞬、激しく照らされるが見えた。

そのあと、私も、反射的に夜空を見上げた。

赤と緑、2色に輝く牡丹が空いっぱいに咲いていた。

閃光が消える瞬間、果てしない虚しさに包まれた。


なんだ?

この気持ちは?


もう、この世のどこにも居場所が存在していないみたいだ。


人間は必ず死ぬ。

人生の終盤なんて、誰もがこんな感じなのかもしれないが……。

ただ、ずっと独りで生きた私とは、何か、根本的に違う気がする。


花火を見ていると、10年前と、あの若かった頃のことを思い出す。

残念ながら、正解は、私があの人と結ばれる運命のもとに生まれ、その因果律の掟に従う流れの中にしかない。

「因果律の破れ」では、どうにもならない。


ああ……、神様……。

なぜ、私をその運命のもとに置いてくれなかったのか?


結局、部屋の中に居ようが、外出しようが、私は精神安定剤と睡眠薬なしでは狂ってしまう。

一気に10錠を飲み込む。

その瞬間、ゆりかごに揺られながら笑っている赤ちゃんように、宇宙に抱かれている気持ちになった。


爆音が鳴るたびに、周りの幸せそうな顔に閃光があたる。


徐々に力が入らなくなり、動けなくなった。


牡丹……。


ヤナギ……。


スターマイン……。


私は、いったい誰だ?

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