GAME 9 ( ゲームキュウ )  4

――10年前(40歳のとき、季節は夏)


「お前みたいなのを給料泥棒って言うんだよ。」


「売上が上がってないじゃないか。いったい何をやっているんだ!」


「お前、いつまでこの会社にいるんだ。ひょっとして契約満了までいるつもりじゃないだろうな。」


「前年比10パーセントマイナス、どうなっているんだ。お前みたいな人間は自分の管理すらできんから、後輩の手本になんかなれんわな。」


「お前みたいなのは一生、結婚も恋愛も無理だろうな。その性格変えろ、アホ。」


「お前がやるんだよ、ボーッと突っ立ってんじゃねえよ。」


「お前、いつ辞めるの。はっきり言って邪魔。」


課長の西村が、毎日、会うたびに、罵倒してくる。

仕事と遊びの両方ができる西村と、両方ができない私とでは、人間的な違いは決定的だ。

負け犬は勝ち組の言いなりになるしか生きる道はない。

西村は性格は悪いが仕事はできる。

会社からの信頼も厚い人物だ。

奥さんは超がつくほどの美人で性格も良いらしい。

一つしか歳が離れていないのに、人生はここまで違う。

能力のない人間に生まれると、この世に居場所なんかない。

どの会社に就職しても続かないし、人間関係も上手くいかない。

恋愛だって全く相手にされない。

クズの人生なんてそんなものだろう。

仕事でも恋愛でも負けて、その上、罵声を浴びせられて、人間を否定される。

まあ、よくある話だ。

私は、たとえ彼らのような人生を送っていても、恋人のため、家族のため、子供のため……と我慢して仕事を続ける昭和の労働者のようにはなれなかっただろう。


すでに生きる意味・気力・目的・希望を失った天涯孤独の私は、恋人なんてどんなに頑張ってもできない。

仕事に対するモチベーションなんて全くなかった。

ただ、食いつなぐための手段でしかなかった。

そんなある日、西村は突然言い放った。


「今日から内村君を課長代理にする。」


内村は私よりも10歳年下で、内村が課長代理になるということは、僕の直属の上司になるということ……。つまり、今まで押されまくった敗北者の烙印をまた1つ押されたことになる。営業成績ではわずかに内村より私の方が上……。だが、人間性や協調性、将来性を買っての抜擢なのだろう。

私は30代後半の中途採用ではあったが、入社以来、ずっとポリシーとして掲げていたことがあった。それは、入社時点で下の立場にいた年下社員に抜かれた時点で退職するというものだ。

プライドだけは押し通そうと思った。まぁ、何の価値も無いプライドだけど……。

よって、年下の内村に先に出世をされてしまったので、会社を辞めることにした。

早速、退職願を書いて、西村課長のところに持って行った。


「なんで、もっと早く持ってこなかった。お前みたいなゴミがいると雰囲気が悪くなる。本当はもっと早くクビにしたかったが、日本の法律だと理由もなく解雇すると、後々問題になったりするからね、自首退職してくれると助かるよ。じゃあ、もう死ぬまで会うこともないから、さっさと帰りなさい。」


西村への劣等感から感情制御がいささか不能に陥り、私が最後に言い放った一言は……。


「お前みたいな人間は、さっさと死ね。クソボケ野郎。」


負け犬の遠吠えである。

西村は軽く笑みを浮かべながら、何も言わずに、すぐに出ていくように手で合図を送った。

ここで働き始めて数年……、長く働けそうな会社だったので悔しかったが、能力のない人間である以上、仕方ないと自分に言い聞かせた。


その日の夜、突然、私は激しい頭痛と目まいに襲われ、倒れるように眠りについた。


――翌日

再び、ゴミ屋敷での24時間ゴミ生活が始まった。

いつもは会社にいる時間だが、再び、家から一歩も出ない生活になった。

なにげなくテレビを付けると、朝のワイドショーをやっていた。

そこで驚くべき情報を目にすることになった。


「昨夜、近くの幹線道路で大型トラックと普通乗用車が正面衝突をして、乗用車に乗っていた男性二名が亡くなった」というニュースだ。

死亡者の氏名は、昨日まで勤めていた会社の社員、あの西村と内村だった。

なんと、あの二人が交通事故で亡くなったのだ。

居眠り運転で対向車線にはみ出したというのだが……、本当だろうか?にわかに信じられない。

死んでくれ、と心の底から願っていたが、まさか、本当に死んでしまうなんて……。


世の中で、不思議な事が起こると、人生は平等にできているとか、運命は紙一重とか、いろいろな事を考えさせられる。

短い一回きりの人生……、私は、家族なし、友人なし、恋人なし、結婚なし、子供なし、会話の相手一人なしで時間が過ぎ、どんなに望んで、どんなに求めて、どんな行動を起こしても彼女だけはできなかった。そうやって、恋ができない年齢になり、人生に絶望した。

これもまた、運命……と自分に言い聞かせた。ただ、無念を噛みしめることしかできない。

あのあと、最後の精神力を振り絞って、何とかこの会社に契約社員で再就職……、しばらくは精神力を保っていられたが……、今回の失業でさすがに破綻した。

あいつらが死んでも、私の気は晴れない。むしろ、虚しさが私を支配している。

もう二度と仕事に就くことはないだろう。

精神力が残ってない。

亡くなった二人の人生は、終わってみれば幸せな人生だったのではないか……、そう思える。


テレビを付けっぱなしにしながら、いつものようにパソコンを立ち上げた。

ネットで見るものといったら、動画投稿サイトとAVだけ。

そうやって無駄な時間を20年以上過ごしてきたのだから、これから死ぬまでもずっと、こんな毎日が続くのだろう。

パソコンのメールボックスには迷惑メールがいっぱい届いていた。

もちろん、未読のままだ。

通常の受信フォルダは、たまに確認する。まぁ、1通も来ないけど……。

迷惑メールフォルダなんか、一回も確認したことがない。

未読のまま、あとで、まとめて削除だ。

実は、その中には、こんなメールが1通、届いていた。


ゲームソフト「GAME 9」からのお知らせです。

「スイマノヒジュツ」が実行されました。GAME2クリアです。おめでとうございます。クリアするまで随分と時間がかかりましたね。ゲーム指定がありませんので、GAME3を開始します。

今度は早期にクリアできることを祈っています。

頑張ってください。

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