GAME 9 ( ゲームキュウ )  2

――10年前(40歳のとき、季節は初夏)


私は絶望の淵にいた。

彼女を1人も作れないまま40歳を過ぎた。たった1日のデートすらしたことがない。

正確に言うと、成立したことがない。

3時間以上、誰かと一緒にいられたことがない。

もちろん、セックス経験もない。

根暗・無口・真面目・臆病・対人恐怖の性格が災いして、人間関係は男女問わず、どうにもならなかった。

要するに、無能な人間ということだ。


18歳で家出をして、それ以来、故郷とは違う街で暮らしていた。

当初は生きるために必死だった。

職を転々としたあと、25歳から35歳までは、ある会社で正社員として働いていた。

人間関係が全くできない自分を変えるために、あえて接客業を選んだ。

なんだかんだで10年は働いた。

だけど、自分を変えることはできなかった。

私は決めていた。

彼女が1度も作れないまま35歳を過ぎたら仕事を辞めると……。

そして、人生を捨てると……。


結局、できなかったので人生を捨てた。

彼女が1度も作れない人生なんて、いらない。

独りで生きた人間が、命を懸けて求めたのが、それだったからね。

誰かがいないと生きていけない……。

家族主義国家日本では、家族崩壊したら人生が終わるという定説を覆したかったけど、残念ながら、軍門に下った。

その時点で、生きる意味・気力・目的・希望が無くなった。

働く意味なんか無い。

売上が上がろうが下がろうが、出世しようがしまいが、クビになろうが、もうどうでもいい。

人が目の前で殺されようが犯されようが知ったこっちゃない。

核戦争が起きようが、地球が滅びようが、もうどうでもいい。

完全に自暴自棄になった。


一度転落すると、人間は止まらない。


私は貯金がなくなるまで部屋に引きこもることにした。貯金が底をついたら、死ぬことにした。

自殺なんて、そんな勇気はないと思っていたけど、この世で独りになって、生きる意味・気力・目的・希望がなくなると案外簡単なものだ。

それくらい何も無い人生を生きることはしんどい。

掃除、洗濯、料理は一切せず、コンビニ弁当を食い散らかす日々が続き、いつしか部はゴミ屋敷へと変貌を遂げていた。


そんな日々を送っていたある日のこと……、一個の小包が届いた。

送り主は、「5年1組同窓会会長、久野大介」

正直、驚いた。


なぜ、私の住所を知っている奴がいる?


家出して以来、故郷における全ての人間関係は断ち切れている。

今の私の住所を知っている人間なんかいるはずがない……。

なぜだ?何かのネット犯罪に巻き込まれたか?と、いろいろ考えた。

でも、よくよく考えたら、何年か前に同窓会サイトに登録したのを忘れていただけだった。

住所登録は任意であったが、私は特に考えもせず登録していたのだろう。

久野は当時の学級委員で、小学校を卒業してから1度も会っていないし、話してもいない。

しかも、その当時ですら、まともに会話をしたことは無い。ほぼ「初めまして……」の状態だ。

同窓会サイトにはただ登録しただけで、誰ともメールをしていない。

では、なぜ、宅配便が届いたのだろうか?

小包を開けてみた。

1通の手紙と、パソコンのゲームソフトが入っていた。

早速、手紙を読んでみる。

すると、いろいろなことがわかった。


約1ヶ月前に小学生のときの同窓会が行われたという。

そのとき小学校で30年前に埋めたタイムカプセルをみんなで掘り起こし、それぞれがそれぞれの埋めたアイテムを持ち帰ったという。

そのとき余ったアイテムが、当日、一人だけ出席しなかった私のものだと勝手に判断されて、久野が手紙とともに送りつけてきた。

だが、明らかに私のものではない。


30年も前の話なのではっきりとは覚えていないが、このパソコンのゲームソフトは

絶対に自分のものではない。

なぜならパソコンを持っていなかったからだ。

それに1980年代の話、当時のパソコンは簡単なデータ処理ができるくらいで、ワープロに毛が生えたような機能しかなかったはず……。

それに、あの監禁部屋でゲームをするなど、私には考えられない。

パソコンゲームは当時からあったと思うけど、持っている人なんか、学年で一人か二人の世界だった気がする。


ゲームのタイトルは「GAME 9」 ( ゲームキュウ ) だ。


聞いたこともない。

いったいどんなゲームなんだろうか?

パッケージを見ただけでは、よくわからない。

怖いもの見たさにゲームをパソコンに入れて起動させてみた。

果たして、30年前のゲームが今のパソコンで動くだろうか?

CD‐ROMという言葉すら存在していない頃のCD‐ROMって……。


しばらくするとゲームのオープニング画面が表示された。

なんと、こんな昔のゲームにもかかわらず、起動した。

不気味な音楽が流れたあと、突然、警告画面が現れた。そこにはこう書かれてあった。


「警告。GAME9(ゲームキュウ)が起動しました。現在、あなたをスキャンしています。スキャンが終了次第、ゲームを開始します。」


はぁ?

意味がわからなかった。

いったい何なのだろうか?

こんな訳がわからない画面が30分間も表示されたあと、突然、次の画面に切り替わった。


「スキャンが終了しました。『GAME9(ゲームキュウ)』へようこそ!随分、久しぶりのログインですね。ただ、人が入れ替わっていますね。人が入れ替わった場合、ペナルティとして、クリアゲームのうち3ゲームが無効になります。その結果、スピリチュアルスキルが減り、ゲームを実行する際の精神消費が増えます。人間は、知能・体力・精神で成り立っています。バランスを欠かないことをお薦めします。どれか一つの項目の値が0になると、その時点で消滅しますので注意してください。現在、ログインしているドメインは『精神』です。ドメイン変更を希望する場合、9つあるゲームのうち、最低でも4つはクリアしていなければなりません。すでに無効になったゲームも含めて、コンプリートするには、あと8つのゲームクリアが必要です。各ドメインにおいて、9つあるゲームを全てクリアすればドメインマスターになれます。その称号を得た時点でゲームクリアとなります。」


は?

言っている意味がわからない。

今、初めてゲームソフトを起動したばかりなのに……。


「現在ログインしているドメインは以下の通りです。GAME1からGAME9まであります。別にGAME1から順番にゲームを選択する必要はありません。いきなりGAME9から始めてもらっても構いません。あまり、お薦めはしませんが……。指定がなければ、数字順にゲームは進行します。標準精神消費とは、スピリチュアルスキルが標準値における消費数を指します。人間世界に置き換えると、それは寿命からその数値が引かれるという意味です。」


ドメイン名「精神」、現在はGAME2まで降格されています。


GAME1「オモイデピエロ」……(標準精神消費1)あなたの中に眠る記憶を鮮明にします。

GAME2「スイマノヒジュツ」……(標準精神消費2)あなたの選んだ人物を好きなときに眠らせます。

GAME3「ジャクニクキョウショク」……(標準精神消費3)あなたの選んだ人物を弱肉強食の世界へと誘います。

GAME4「ジクウヲコエテ」……(標準精神消費4)あなたの選んだ人物を誰かの自死行為と連動させます。

GAME5「ヌーラノ・アプラジャンスカ」……(標準精神消費5)都市国家ヌヌララの物語を上映します。

GAME6「ゴッドアイ」……(標準精神消費10)あなたの望んたときに、あなたの全身を30日間透明にします。

GAME7「ラクエンノドア」……(標準精神消費50)幻の大地に存在するという、都市国家ヌヌララへのトビラが開かれる。

GAME8「ネガイヲカナエテ」……(標準精神消費0)あなたの中に眠る願い事を、本当に叶えます。

GAME9「エイエンノイノチ」……(標準精神消費0)都市国家ヌヌララに存在するという伝説の水を飲むと、不老不死になる。


まるで、意味がわからない。

なにせ30年以上も前のゲームだから、どうしようもない欠陥品なのかもしれない。


とりあえず、いろいろと試しているけど……。

そもそも……。


カーソルをどこに合わせてもクリックできない。

何をどうしたらいいの?

次の画面に進むにはどうしたらいいの?

なんなの、これ?


「最後に、注意事項として、ゲームは自由に譲渡できますが、売買は不可ですので気をつけてください。持分会社の持分ではなく、株式会社の株式と同じです。あと、スキャンによって自動登録されますので、スキャンが終わっていない場合は、これも株式の名義書換と同様、譲渡人の方に効力が及びますので、注意してください。それでは、良い人生を……、良い旅路を……。」


こんなメッセージ画面が流れたあと、突然、シャットダウンした。

私は、ただ呆然とするだけだった。


「なんだ、このゲーム。いくら30年前のゲームでも、これはないだろ。どうしようもねえわ。こんな詐欺ゲームソフト、タダでもいらねえ。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る