GAME 9 ( ゲームキュウ ) 17
――1年前(都市国家ヌヌララ、商業都市ヴォイスⅢ)
私は、まだ生きていた。
胴体を真っ二つにされ、瓦礫の下敷きになっていると思いきや、そうではなかった。
運がいいことに、瓦礫の下には空洞ができていて、私はそこで仰向けで倒れていた。
真っ二つにされたはずの胴体の傷口は、青い炎に包まれていた。
大量の瓦礫に覆われたため、外からはこの状況は見えない。
まだ、生きている……。さすがに死んだと思った……。胴体もギリギリで繋がっている。危なかった……。ただ、助かったのは偶然にすぎないな……。胴体を真っ二つにされる瞬間、限界スピードで戻ってきたシルバヌスの杖が、あの剣による一閃で生まれた波動を消してくれた。おかげで、シルバヌスの杖には吹っ飛ばされたけど、死なずに済んだ。そして、何よりも、あの瞬間、私に大きなヒントを与えてくれた。表と裏……、その概念が見えた。あの波動が消えたときに……。
私は何とか一命を取りとめたものの、大量出血で動ける状態ではなかった。
そうだ、表と裏だ!表と裏なんだ……。波動が消えたとき、シルバヌスの杖が表ではなく裏からそれを中和したように見えた。それを見て、咄嗟に閃いて、咄嗟にそれを実行に移した。私の行動は神がかっていた。イチかバチかだったけど、何とか、できた……。まだまだ小さい炎だけど……。ファイアーインフェルノ……、つまり、破壊の炎が表なら、裏は、エターナルフレイム、つまり、修復の炎だ。魔術の概念には表と裏があるんだ。あの瞬間に、シルバヌスの杖が、それを私に教えてくれた。たとえシルバヌスの杖であっても、表から突っ込んでいたらスチールソードと同様、真っ二つになっていただろう。裏から突っ込んだから、中和された。これは物理ではなく魔術の概念だ。杖自体は物理的なものだから、表の概念しかないが、水晶から発せられる光には表と裏の二通りがある。この杖が裏側から波動を消したというのはそういう意味だ。私は、それを応用した。裏魔法、エターナルフレイムで傷口を覆った。少しずつではあるが回復している。ただ、無から炎を作り出したのは今回が初めてだ。しかも、一度もやったことのない裏魔法でだ。代償として、恐ろしいほどのМPを消費してしまった。ほとんど使い切ってしまった。
私の切り裂かれた胴体には青い炎が取り巻いていた。ただ、出血は止まらない。おびただしい量の血が流れている。
このままでは、ダメだ。覚えたての回復魔法ではダメージを吸収できない。もっと時間が必要だ。今、生存に気づかれて、攻撃を食らったらアウトだ。しばらく、この瓦礫の下で死んだフリだな……。クソッ、あんなに強いバケモノがいるとは……、こっちだって予想外だ。ちょっと厳しいな……。激痛がハンパない。まさか、あれほどの一閃とは思わなかった……。よくよく考えたら私は魔術師であって剣士ではない。なぜ、剣でまともにやり合おうとしていたのか……。もっと冷静にならなければ……。そう言えば、魔術学校の卒業生は空を飛べると言っていたなぁ。まぁ、そうだろうな、魔術師が、こんな風に接近戦で剣を交えていては分が悪いに決まっている。空からの魔術攻撃なら反撃を食らうことなく攻撃できるからな。魔術師は遠距離戦向きということだな……。すぐに頭に血がのぼる私の性格とは合ってないな……。はぁ、ダメージが深すぎる。出血の量は徐々に減っているけど、回復のスピードが遅すぎる。このままじゃ、しばらく立てないぞ。テルパは無事だろうか?上の階に行ったきり、何の音沙汰もない。私は、まだまだ術者としてのレベルが低い。小さな蝶を炎に変えることしかできない。つまり、召喚魔法しか使えない。今回みたいに無から炎を作り出すと、あっという間にМPを全損してしまう。でも、一つだけわかったことがある。もし、術者としてのレベルが上がり、ファイアーインフェルノを無から作り出せたら、炎を自在に操ることができるようになる。エターナルフレイムだって、術者としてのレベルが上がれば完全回復や無限回復、極めれば、死者を生き返らすこともできるようになるだろう。残りのМPは攻撃に使わなければならない。ファイアーバタフライの召喚は、次の一回が限度だろう。たとえ召喚しても倒せるかどうか……。しばらく時間を稼ぎたいが……。
「どれ、上の様子を見に行くとするか……。」
プロスペローが言った。
困った……。あいつが上の階に行ってしまったら、テルパの戦闘が2対1になってしまう。プロスペローを上に行かせるわけにはいかない!もう少し、時間がほしかったけど……、もう、やるしかない!
私は小声で念唱した。
「サモン(召喚)、ヴェルヴァリエバタフライ!」
プロスペローは階段を二歩上がったところで立ち止まった。
「ん?」
突然、階段に、おびただしい量の蝶が出現した。
それはヴェルヴァリエの森に生息する美しい透明な身体を持つ蝶だった。
「何だ!これは?」
プロスペローは驚いた。
しかも、どんどん、蝶の数は増えていく。
「これは魔術!しかも、恋幻術ではない。見たことのない魔術だ……。」
プロスペローはスッと振り返った。
「貴様……、まだ生きているな!」
私は覆いかぶさっていた瓦礫をゆっくりと払いのけ、何とか、立ち上がった。
腹部からは、おびただしい量の血が流れていた。
その部分を、エターナルフレイムで覆っている。
「上の階には行かせない!」
私が言った。
「なんと!確実に身体を真っ二つにしたはずなのに……。いったいどういうことだ?あの青い炎は何だ?まさか……、あれは……、回復魔法か?」
プロスペローは、再び、右手でアイアンソードを構えた。左手は、イジラクのグリップに添えた。
妙だな……。回復魔法は上位神官にしかできない究極の魔術と聞いていたが、違うのか……。それに、あの一閃で胴体が真っ二つになっていないのは、なぜだ?コイツ、マジで何者だ!俺の居合刀の一閃を受けて生きているのは、剣舞会で特別にお手合わせいただいたアルケ様しかいない。ただ、先程の一撃は、相当なダメージを負ったと見える。あと一撃、確実に一閃を放り込めば勝てる。しかし……、気になるのはこの無数の蝶だ。いったい何を企んでいる?ハッ、まさか!あの青い炎で身体を回復させているということは……。そうか、そういうことなのか……。以前、アルケ様から聞いたことがある。空間と亜空間の話を……。恋幻術の基本は、起点と終点とを結ぶ線であると……。それは常に対になっていると……。ということは、あの青い炎がX軸なら、Y軸は?
プロスペローは何かを察したように、こちらに向かってゆっくりと歩きだし、次の瞬間、猛然と切りかかってきた。
「ウリャアアアアアア!この死にぞこないが!」
私もシルバヌスの杖を掲げて臨戦態勢に入る。そして、突っ込んだ。
「今だ!ファイアーバタフライ!」
美しいヴェルバァリエの蝶たちが、突然、炎の蝶で変わった。
プロスペローは冷静だった。
やはり、そうか……。前方から杖による打ち込み。それ以外の死角からは炎による魔術の攻撃か……。それで包囲したつもりか?イジラクの波動は一方向のみではない。思い知らせてやるわ。
炎の蝶たちが背後からプロスペローに衝突の瞬間、彼は居合刀を抜いた。
その剣の軌道は、360度、全ての空間を切り裂く早業だった。
衝撃波は全方向に飛んでいく。
ファイアーバタフライが片っ端から消されていく。
猛然と突っ込んで行った私にもその波動が押し寄せたが、その直前、私の身体は巨大な炎に包まれた。
な、なにぃ!正面の波動が消えた!バカな!何だ、この強大な炎は?
炎に包まれた私は、猛然と突っ込んでいく。
私はジャンプして渾身の一撃をプロスペローに食らわそうとしていた。
ドリャアアアアアアアアアアア!
プロスペローは、咄嗟に、アイアンソードとイジラクをクロスさせた。
そして……。
私の渾身の一撃を受け止めた。
「フッ、受けきったぞ!」
プロスペローが言った。
「このまま押し切る!完全燃焼だ!」
私は叫んだ。
「な、なんだコイツ……、バケモンか……。」
「サモン(召喚)!ファイアーホーク!」
私を包んだ炎は、みるみるうちに巨大な鷹の姿を形成していった。
鷹の両足の爪が、私の両肩をつかみ、業火が私の全身を包み込んだ。
炎は剣伝えに、プロスペローの身体をも包み込んだ。
「こ、これは……。フェニックス!貴様、これほどの魔力を……。」
私の頭上に、全長10メートルにもなる巨大な炎の鷹が出現した。
「さらばだ、プロスペロー。」
次の瞬間、ファイアーホークの口が開き、そこから灼熱の炎が吐かれた。
プロスペローの全身は、それに飲み込まれた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ。」
プロスペローのアイアンソードは溶け落ち、イジラクは吹き飛んでいった。
私は防御の剣を失ったプロスペロー目掛けて、炎の杖と化したシルバヌスの杖を振り下ろした。
至高の一閃はプロスペローの身体を切り裂いた。
彼は大量の鮮血とともに、吹き飛ばされ、そのまま背中から地面に倒れた。
「ま……、まさか……、こんな奴が……。」
プロスペローは地面に大の字になった。
ピクリとも動かない。
私がプロスペローを切り落とした瞬間、МPが0となり、炎の鷹がパッと消えた。
それと同時に、エターナルフレイムも消えた。
腹部の傷口からは、再び、大量の血が流れだした。
もはや、シルバヌスの杖で全身を支え、立っているのがやっとの状態だった。
そのときだった。
ポツン、ポツンと、足音が聞こえた。
上の階から一人の男が降りてきた。
それは全員血まみれ状態のテルパだった。
「はぁ、はぁ……、カエデ殿、やったのですね。」
「ああ。勝ったよ。」
テルパの目の前には業火に包まれながら横たわるプロスペローの姿があった。
「キャリバンを倒したあと、上の階を隅々まで調べましたが、カズミや他の仲間たちはどこにもいませんでした。」
「やっぱり、そうか……。」
すると、死の直前のプロスペローが口を開いた。
「まさか……、俺が倒されるとはな……。残念ながら、お前たちの仲間はここにはいない。黒の刻のとき、惑星に渡った。」
「何だって!」
私はテルパと二人で驚いた。
「知っての通り、浮遊島であるこの都市国家ヌヌララは、地球と惑星ルネロンの上空を半年周期で行き来する。ルネロンには5年に一度、調査船が送られているが、それとは別に採掘船というのが送られている。調査船が国家プロジェクトであるのに対し、採掘船は商業都市ヴォイス主体の民間船という違いがある。惑星ルネロンで取れる貴重な鉱物資源は、ここでは需要が高い。イジラクも、その鉱物から造られている。ここの受刑者は、その採掘労働者、つまり、奴隷としての労務に就いている。ここでの懲役刑とは、その作業を意味する。だから、この塔にいる連中はほとんどが禁固刑の連中だ。懲役刑の者は採掘船に乗る順番を待っている奴だけだ。4年前、アルケ様と戦った亜族の連中は、もう、ここにはいない。ここ数年の間に、全員が惑星に渡った。地上に飛行場は無い。地下のどこかにある。そこには誰もたどり着けないだろう。この俺ですら、地下(地殻)の世界は謎だからな……。そろそろだな……。最後の戦い、楽しませてもらったぞ。『居合刀イジラク』は、お前にやろう。まぁ、可愛がってやってくれ。さらばだ……。」
プロスペローが死んだ。
私は「居合刀イジラク」を手に取った。
戦いが終わり、再び、静けさが辺りを支配した。
「これから、どうする?」
私が言った。
テルパは少し考えてから言った。
「私たちの襲撃情報が事前に漏れていたのなら、急いで、ゾカ様に知らせなければ村が危険です。兵士長のときは全員が捕らえられたから、それ以外の者に危険が及ぶことはなかったが、今回は違います。我々は行政区長2人を殺して、逃亡するのですから……。プロスペローは記録が残らないようにセキュリティをオフしていたようですが、情報が洩れていたのなら、我々が犯人であるとすぐにわかるでしょう。王都とヴォイスがどこまで連携しているのかわからない以上、統制官による捜査がヴェルヴァリエの森にまで及ぶ可能性があります。もし、神官が出てきたら結界は役に立たない。村人を別の場所に移す必要があります。」
「わかった。急いで戻ろう。『命の聖水』はあるか?」
テルパは「命の聖水」を使い切っていた。
「すみません。」
「いいよ。勝って生き残ることが優先だったんだ。気にするな!ただ……、カズミや仲間たちは、ここにいなかった……。これで完全に手がかりは無しか……。」
「いや、まだ手はあります。鉱物利権に詳しい人に直接聞けばいいのです。大商人ギルドの長、エーギル様なら、何か、知っているかもしれません。」
「プロスペローの言葉を信じるのか?宇宙船で惑星に渡ったなんて……、そんな話を……。そもそも、我々はヨゴレ役であって、彼らとは何の関係も無いという前提で動いていたわけだろ。面と向かって会ってくれないだろう。もし、一緒にいるところを聖農ギルド側に見られたら、大商人ギルド側が今回の殺害に関与したと、濡れ衣をきせられる可能性がある。彼らも、そんな危ない橋は渡らないだろう。」
「いや、会っても会わなくても同じです。情報が洩れている以上、奴ら次第で、濡れ衣はきせられるでしょう。たとえ、この一件が無くても、大商人ギルドの衰退と消滅は、もはや、時間の問題ですから……。」
「わかった……。ゾカや村人たちを避難させたら、エーギルに会いに行こう。」
「とりあえず、急いで戻りましょう。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。