GAME 9 ( ゲームキュウ ) 16

――1年前(都市国家ヌヌララ、商業都市ヴォイスⅡ)


商業都市ヴォイスの雑踏に思いを寄せた1日が過ぎ、決行の時刻を迎えていた。

幽閉の塔は、綺麗に区画整理された中心部の一角にあった。

近くには裁判所、統制官庁などの役所があった。

ホテルや映画館、小売店が建ち並ぶ一角とは少し雰囲気が違う。

この辺りは、真夜中になると、静まり返っていた。

 

私は、幽閉の塔の向かい側にある高層ビルの屋上にいた。

もちろん、ここは人が入れる場所ではないため、誰もいない。

ここでテルパと待ち合わせていた。

ここから直接、幽閉の塔に乗り移ることはできない。

なぜなら、4車線道路を挟んでいるからだ。

一回の瞬間移動で進める距離は、せいぜい十メートルくらいなので、一旦、忍者のように壁を伝って地面まで下りてから乗り込む形になる。

幽閉の塔は妙に静かで、不気味な雰囲気が出ていた。

ここから見る限りでは、門番の姿どころか、警備員の姿すら見えない。

まるで、誰もいないような感じがする。

それが余計に不安を掻き立てた。


そこに、瞬間移動を重ねたテルパが現れた。


「どうですか?状況は?」


テルパが言った。


「何か不自然だ。ここから見る限り、人が誰もいない。気配も感じない。いつもこんな感じなのか?」


私が言った。


「警備員はもともといないと聞いています。それに侵入は正面の入口以外にはありません。何せ、この塔には窓らしい窓が何も無いですから。正面から突破するしかないと思います。」


「お忍びでの侵入が無理なら戦闘は避けられないということか……。」


「そうです。ギルドの連中からカードキーを手に入れました。これを使って暗証番号を打ち込むだけです。」


「生体認証は?」


「無いと聞いています。ヴェルヴァリエとプリマールと違って、ここは厳格な法治エリアですから、そもそも重大犯罪自体が起きないので、セキュリティもそれほど厳しくはないようです。」


「カズミがいる階は?」


「わかりません。」


「わからないって?闇雲に探せというのか?冗談だろ……。」


「今、持ち合わせている情報では、他に方法は無いです。どこにいるのかはわかりません。ただ、見当はついています。」


「どこだ?」


「はい。この幽閉の塔は全部で75階あります。兵士長とカズミさんは、最高統治機構の神官と一戦を交えたのですから、重大な国家反逆罪として処理されたはずです。そういう企ての首謀者は、盗賊でなくても処刑されます。兵士長はそれに該当してしまったのでしょう。カズミさんたちは共犯者の扱いになっているはずなので、無期刑かそれに近い有期刑になっているはずです。あの手紙が真実であると仮定して、移送されたのが兵士長一人なら、そういう罪状の者は70階より上にしかいない。」


「そうか……。それなら、何とかなりそうだな……。」


「入口を入ると目の前に折り返し式の中央階段があります。そこから、そこを70階まで上がっていくしかありません。40階と41階、それに70階と71階は大回廊になっています。当然、そこに行くまでの間に多数の刑務官や警備員との戦闘が予想されます。私たちに比べたら彼ら一人一人の戦闘力は大したレベルではありません。銃は厄介ですが、今の私たちなら弾き落とすことは簡単です。」


「神官は来ていると思うか?」


「わかりません。ですが、その可能性は低いでしょう。もし、遭遇したら全力で逃げなければなりませんが……。」


「装備はどうだ?」


「私もカエデさんと同じで、いつものアイアン装備一式です。アイテム系は『命の聖水』や『エリクサー』を新たに入手することはできませんでした。ですから、村から持ってきたこの『命の聖水』3個だけです。カエデさんにも渡しておきましょう。」


「いや、いらない。3個ともテルパが持っていてくれ。」


「しかし……。カエデさんは回復魔法が使えません。1個でも持っていた方が……。」


「いや、大丈夫だ。」


「わかりました。」


「もう、時間だ……。テルパ、準備はいいか?」


「はい。大丈夫です。」


「それでは行くぞ……。」


「はい。」


GO!


二人は瞬間移動を駆使して、ビルの側面を駆け下りた。

道路を瞬時に横切り、幽閉の塔の敷地を囲う高い塀を飛び越え、あっという間に正面の門にたどり着いた。

正面の門は車が通れるほどに大きな扉と、その横に人が1人入れるくらいの小さな扉があった。

私たちはその小さな扉の前に立った。


「やはり、おかしい。門番も警備員もいない。誰もいない。さすがにこんなに簡単ではないはずだ。それに、防犯カメラが一つもない。」


「そうですね。何か変ですね。でも、もうここまできたら行くしかありません。」


扉にはデジタルドアロックシステムが設置されていた。

見上げると鉄格子の囲いが準備されている。

入力ミスをすると、あれが頭の上から落ちてきて、捕らえられるということはすぐにわかった。

テルパはカードキーを差し込んで、暗証番号を入力した。


ERROR


「ERROR」の表示が出た。


「どうした?入力ミスか?」


「いや、そんなはずはありません。もう一回入力してみますが、もし失敗したら、警報が鳴るだけでなく、アレが落ちてきます。カエデさん準備はいいですか?」


「ああ、大丈夫だ。入力してくれ。」


テルパは、再度、暗証番号を打ち込んだ。


ERROR


「ダメです。ERRORが出ました。」


その瞬間、上から鉄格子の囲いが落ちてきた。

私とテルパはその中に捕らえられてしまった。


「テルパ下がれ!サモン(召喚)、ファイアーバタフライ!」


私は100匹の火の蝶を出現させた。

そのまま鉄格子と扉に向けて発射した。

爆発音とともに、鉄格子は溶け落ち、扉をロックしていた金具も溶け落ちた。

私は思い切り扉を蹴って、入口をこじ開けた。


「よし、行こう!」


結局、ド派手に、幽閉の塔へ侵入することになってしまった。

目の前には情報通り、中央階段があった。


「妙だ……。誰もいない。誰も駆けつけてこない。それに警報も鳴らない。なんだ、この静けさは?」


「妙ですね。誰もいないなんて……。ただ、考えても意味はないので、とりあえず、急ぎましょう。」


「ああ。」


私とテルパは瞬間移動を駆使して、階段を上り始めた。

猛スピードで、上へと駆け上がっていく。

あっという間に40階まで上がったところで、私はテルパの腕をつかんで、その動きを止めた。


「どうしました?カエデさん?」


「これは罠だ!明らかにおかしい。その行政区長のキャリバンという人物は信用できる男なのか?どう考えても、我々がここに来る情報が洩れている。」


「ですが……、キャリバン氏は、長年、私たちの活動を支えてくれています。」


「いや、すでに聖農ギルド側に取り込まれたとみていいだろう。この状況がそれを証明している。」


「それなら……。」


「おそらく、準備万端の状態で私たちを待ち受けているはずだ……。」


「わかりました。どこから不意打ちが来ても、対処できるように走らないといけませんね。」


「それに、もし、情報が洩れているのなら、おそらく、ここにカズミはいない。」


「どこかへ移されたと?」


「これは直感でしかないけど、カズミの気配を感じないんだ。」


「わかりました。とにかく急ぎましょう。」


私とテルパは瞬時に階段を駆け上がり、あっという間に70階の大回廊にたどり着いた。

階段を上がった瞬間、目に飛び込んだのは、完全武装した二人の兵士の姿だった。


間髪入れず、テルパが言った。


「キャリバン殿、これは、いったい……。それに、この人は……、確か、ここの行政区長を務めているプロスペロー殿か?」


二人とも、私たちと同様、兜、鎧、籠手、臑当と、アイアン装備を一式、身に着けていた。

キャリバンは、アイアンソードとアイアンシールド、ブロスペローは、アイアンソードと不気味な青黒い色の剣を手にしていた。どうやら、二刀流らしい。


「さすがは亜族屈指の盗賊首領、テルパ殿だ。侵入開始から、ここにたどり着くまでが早すぎる。これでは警備兵や刑務官がいても、あまりに変わらなかっただろう。」


キャリバンが言った。


「裏切ったのですね。」


「裏切ったなんて、とんでもない!もう、大商人ギルドは消滅寸前……、ヴォイスにおけるその勢力図は、ここ数か月で格段に悪化している。私は行政区長としての地位を失いたくないのでね。私の他にも3名の行政区長が聖農ギルド側に付いたよ。裏切りではなく、時代の変化に順応した……といったところだろうか。」


「で、キャリバン殿は、なぜ、ここにいるのですか?」


すると、もう一人の男が前に出てきた。


「それは私が答えよう。君たちは私と会ったことがないから、噂でしか私の事を知らないと思うが……。私と名はプロスペロー、この行政区の行政区長であり、この監獄の獄長でもある。テルパ君ともう一人の見知らぬ剣士が、この監獄を襲撃するという情報をもとに、あらかじめ待ち伏せた、というわけだ。なぜ、キャリバンがここにいるのかというと、長年、所属していたギルドを捨て、我々のギルドに入るということは、自らの手で信用を勝ち取らなければならない。それために、テルパを自分の手で殺すように私が命じた。だから、ここにいる。」


「わかりました。では、このテルパがキャリバン殿のお相手をしましょう。」


「いい決断だ。テルパ君とキャリバンは71階に上がってくれ。上の階もここと同じように大回廊になっている。戦うスピースは充分にある。存分に楽しむがよい。」


私は、テルパの背中をポンと押した。


「行け!私も後から行く。」


「わかりました。カエデさん。では、先に行きます。あのプロスペローは、とてつもなく強い。充分、気を付けて。」


「ああ、わかったよ。」


「では……。」


テルパとキャリバンの二人が瞬間移動で、上の階に消えていった。

残された二人の間に重い空気が流れた。


「貴様、何者かは知らんが、死ぬ準備はできているか?」


プロスペローが言った。


「凄い自信だな……。それはそうと、なぜ、たくさん居たはずの警備兵と刑務官を全員退去させ、警報システムを全てオフにしてまで、サシでの戦闘にこだわったのかな?」


「ハハハハハハ。面白い奴だな。警報システムが作動してしまうと、全てが記録されファイリングされてしまう。私はここの責任者だ。つまり、法律に基づいて処理しなければならなくなってしまう。商業都市ヴォイスは法で統治されているからな……。要するに、君たちがここに侵入した客観的証拠が残ってしまうんだよ。君たちを逮捕して訴追するための準備をしなければならない。裁判のあと、有罪判決ののち、君たちは刑期満了までどこかの牢屋に入れられる。刑期が終われば、無事に自由の身となってしまう。それでは困るからなぁ。」


「つまり、ヴェルヴァリエやプリマール地域と同様に、何でもアリ方式でやりたいということね……、わかったよ。私はそっちの方式しか知らないし……。」


「貴様、名前は?」


「私の名はカエデ。本格的な戦闘は今日でまだ二回目……。前回はガルガスたちに速攻で負けて死にかけたけど……。今回は、そう簡単にはいかないよ。それと……、私は、おしゃべり好きじゃないんで……。速攻ていかせてもらいますね。」


私は、いきなり切りかかった。


ブロスペローは二本の剣を抜きクロスさせ、私の最初の打ち込みを防いだ。

もの凄い、金属音が鳴り響いた。


「ほう。これほどの打ち込みをしてくるとは……。ちょっと予想外だっだぞ。」


「そりゃ、どうも……。」


「それに瞬間移動の間合いの取り方も抜群だ。戦闘は二回目だと?相当な戦闘経験がなければこういう間合いは取れない……。この嘘つき野郎が。今度はこっちからいくぞ。」


私は瞬時に後方に離れた。

すると、ブロスペローはその動きにすぐに反応……、一瞬で私に追いつき打ち込んできた。

私もプロスペロー同様、剣とロッドをクロスさせて、その打ち込みを防いだ。


「ん?二刀流で、打ち込んでこない?」


私が言った。


「フッ。」


プロスペローは笑った。


二人は瞬時に離れた。


プロスペローは右手にアイアンソードを高々と掲げている。だが、もう一つの青黒い剣は鞘に納まったままだ。

左手は、その鞘のグリップをつかんでいた。


何をする気だ?


「貴様、なぜ、ロッドを持っているのに魔術を使ってこない?フッ、魔術学校の卒業者レベルなら、『恋幻術』の初歩中の初歩、空中散歩くらいはできるのか?まぁ、卒業者は毎年数名しかおらんし、私が知らないということは、どこかの段階で脱落した中退者ということになるなぁ。剣の腕はそこそこあるようだが……、そんなレベルでは私には勝てんな。では、行くぞ。今度は受けきれるかな?」


早い!


ブロスペローの攻撃が一段とパワーアップした。

剣と剣が交わる効果音が、コンマ数秒単位で大回廊に響き渡った。

私は受けながら瞬間移動で後退せざるを得ない状況だった。

 

スピードもパワーも一気に増した。相手はアイアイソード一本、もう一本は鞘に納まった状態でグリップをつかんだままだ。こっちは二本で受けきるのがやっと……。剣だけではキツい。それにあの青黒い剣からは何やら薄っすらと妖気を感じる。ただの剣ではなさそうだ。アイアンソードの打ち込みの隙をついて、あの剣でトドメをさしにくるか……。


こんな状況のまま、剣と剣の攻防は、30分も続いた。


「貴様、マジで何者だ!俺の剣をこれほど受けきるとは……。身のこなし、間合いの取り方、相当な戦闘経験がなければできない動きだ。どこでこれほどの戦闘経験を積んだのかは知らんが……、ちょっと楽しみになってきたな。情報では、亜族はテルパやガルガス以上の剣士はいないと聞いていたが……。」


剣と剣が合わさった状態で押し合いが始まった。


強い……。獄長を名乗るだけあるな……。ガルガスとカズミとは比べもんにならない。これは、マズイな……。このまま、まともにやりあっていては、いつか押し負ける。賭けに出なければならないな……。


私は、シルバヌスの杖をブーメランのように飛ばした。


「貴様、何の真似だ!くだらんことを……。」


プロスペローは、これを簡単に避けた。

後方から戻ってきた杖も、プロスペローはジャンプで避けた。


「今だ!」


私は戻ってきたシルバヌスの杖を、野球のバッターみたいに、アイアンソードで思い切り殴打した。

すると、杖はさらに回転とスピードを増して飛んでいった。


「な、なに!」


またも、プロスペローに避けられた。

後方から戻ってきた杖も、再び、避けられた。


私は、再び、アイアンソードで、その杖を思い切り殴打した。


またも、プロスペローは、前方からのも後方からのも避けた。


これを繰り返すことによって、杖のスピードがどんどんどんどん増していく。

やがて、プロスペローの回避能力を上回るほどのスピードに達した。


まさか、亜族にこれほどの戦士がいるとは……。俺はあの水のおかげで若作りをしているが、このカエデとやらの年齢差は、おそらく200はあるだろう。このままHPの削り合いを続けていては、先に俺の方が力尽きる。こんなことなら命の聖水を装備しておくべきだった。あれを使うか?いや、まだだ。確実にやれるタイミングで仕留めなければ、この戦い……、負ける。この攻防はダメージ覚悟で切り抜けるしかない。


ついに、限界スピードの竜巻と化したシルバヌスの杖がプロスペローに襲い掛かった。

その瞬間、プロスペローは右手のアイアンソードで杖を振り払うが、弾き飛ばせず、胴体の一部を貫かれてしまった。

血が四方八方に飛び散った。

それと同時に、体が宙に浮き、後方に吹き飛ばされていった。

この瞬間を勝機と見た私は、これを逃さなかった。

私はアイアンソードを掲げて、飛び上がった。

上段の構えから、体勢を崩したブロスペローにトドメの一撃を食らわそうとしていた。

 

「終わりだ。プロスペロー!」


来た!このタイミングだ!


プロスペローは、グリップを強く引き、青黒い剣を鞘から抜いた。

まさに、居合い切りだ。

武士さながらの魂の一閃だった。

  

なんだ、この波動は?マズイ!


私は咄嗟にアイアンソードを、その波動の防御に使うが、一瞬で真っ二つに折られてしまった。

 

なにぃ?


まるで大地を真っ二つに切り裂くような波動は私の胴体を直撃した。

鉄の鎧も真っ二つに切り裂かれた。

そして、私の胴体も真っ二つに切り裂かれ、大量の血が空中に飛び散った。


ダメだ!死ぬ……。


私は、そのまま後方の壁に吹っ飛ばされた。

壁にめり込んだあと、そのまま床に落ちた。

ピクリとも動けない。

すると、次の瞬間、壁が崩れ落ち、その瓦礫が次から付きへと私の上に覆いかぶさった。


プロスペローは、空中での攻防に勝利し、着地した。

そして、青黒い剣を鞘に戻した。


「死んだか……。この剣は、『居合刀イジラク』、一閃で全てを切る。逆に切れなかった場合、そのダメージは、その分だけ私に跳ね返ってくるがね。まさか、これほどの剣士が居るとは……。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る