GAME 9 ( ゲームキュウ ) 15

――1年前(都市国家ヌヌララ、商業都市ヴォイスⅠ)

 

そこは静まり返っていた。

高さ350メートル……、横幅が広く体積がある分、塔というよりは巨大な監獄といったところだろうか……。

幽閉の塔は、街の中心地にあった。


商業都市ヴォイス……、そこは、300万人もの人が住む大都市だった。

西側の湖畔は、まるでフランスのニースのような街並みだった。

数十キロに渡る海岸線は、とても美しかった。

連日、多くの人で賑わっていた。

中心地は巨大なビルディング群が続いている。

そこは商業ビルだけでなく、果てしない数のタワーマンションが建っていた。

ここは、この世界の物流の拠点であり、商業の中心地でもあり、世界中から人が集まっていた。

逆に、東の果ては、高度が上がるにつれて、森と簡素な住宅が、まるで段々畑のように続いていた。


穀倉地帯であるプリマールの草原と、果てしない樹海が広がるヴェルヴァリエの森が、何でもアリの完全無法地帯だったのに対し、ここでは、法治国家としての機能が厳しく整備されていた。

形式的ではあるが議会制民主主義が敷かれ、48の行政区が存在する。

各行政区の首長(行政区長)と議員は選挙で選ばれる。

条例の制定など住民自治の理念が尊重されている。

その48の行政区を束ねる上部組織がヴォイス統制局である。

構成員は、王都にあるヌヌララの最高統治機構によって任命される局長と副局長、それに、各行政区の行政区長の計50人である。

法律の制定の他、統治官(警察官)を指揮下に置き、下位裁判所(第一審)の運営も行う(ちなみに最終審である上位裁判所は王都にある)。

その他、各行政区にある区役所の運営、各公共交通機関(バス・タクシー)、公共施設の運営(ホテル・カジノ・取引市場・刑務所・教会・図書館)など、様々な行政サービスを指揮している。


ここからはよくある話だが、統治機構が整っていたとしても、所詮は、一人一人の人間の集合体に過ぎない。

権力には利害が付き物である。

ここヴォイスは、もともと、この街で生まれ育った商人による営みから発展を遂げてきたという経緯がある。

だが、街の規模が大きくなると、あるゆる地域から人が流入してきた。

そこで、もともと住んでいた人たちと、流入してきた人たちによる利権の争奪戦が繰り広げられるようになった。


もともと住んでいた人たちによる組合が、大商人ギルドである。

それに対して、王都やプリマールからの移民組によって組織されたのが、聖農ギルドである。

当初、王都から来た聖職者たちは、教会ギルドを独自で運営していた。プリマールから来た農耕者たちも、独自に農業ギルドを運営していた。

大商人ギルドとの利権争いを有利に進める思惑もあり、この2つのギルドはのちに合併したのである。


ギルドの結成は、それぞれ、ほぼ同時期であったのと、どちらかがどちらかを支配していた関係性でもなかったため、ツンフト闘争とは若干、趣が違う。

その勢力の差に大きな影響を与えるのが選挙である。

どちらかのギルドが推した候補が当選すると、当然、その勢力は大きくなる。

逆に、落選してしまうと、勢力圏は小さくなってしまう。

長年、この2つの勢力に差は無く、互角の勢力圏を確保していたのだが、近年は、ヴォイスの発展を危惧していた王都側の圧力もあって、聖農ギルドの勢力圏が拡大しつつあった。

その勢力圏の比率は、もはや7対3にまでなろうとしていた。


盗賊である亜族との関係性を言うと、これだけの大都市で盗みを働いて、それを売りさばくには、それなりのツールが必要となってくる。

亜族単体で動いたところで、ツールが無ければ利益は得られないのである。

そこで、ヴェルヴァリエの森に住む亜族は、大商人ギルドの協力を得て、その活動を行ってきた経緯がある。

なぜ、盗賊という犯罪者なのに大商人ギルドの協力が得られたか……というと、そこには利権構造が大きく絡んでくる。

もはや、説明は不要かと思うが、王都とプリマールが共同でギルド運営をし、大商人ギルドの勢力圏を削ってきている状況では、大商人ギルドとしても、もはや、手段を選んではいられないのである。

亜族の盗賊行為に、情報提供やアジトの確保、市場の提供などの協力をする代わりに、王都やプリマールの勢力圏を削ってほしいという思惑があった。

要するに汚い仕事を影で引き受けてほしい……ということだ。

大規模な戦闘員を保持していない大商人ギルドにとっては、うってつけの協力者だった。

まさに、持ちつ持たれつの関係になったのである。


テルパはすでに何度もヴォイスで活動しているため、その大商人ギルドに顔が知られいる。

私は、今回が初めてなので、誰にも知られていない。

私の提案で、私は王都からの旅行者を装い、一般のホテルに滞在することにした。

一方、テルパは、協力者の一人である第48行政区長キャリバンに、幽閉の塔襲撃計画を打ち明け、協力を仰いだ。

幽閉の塔を管理しているのは、聖農ギルド側の行政区になる。

たった二人で救出作戦を敢行するためには、情報はどうしても必要だった。


テルパがキャリバンのもとを訪れてから、数日後……。


私は果てしないビルディング群が並ぶ場所にあるホテルの一室にいた。

地上54階だった。

地球では経験したことのない、最高のルームサービスを堪能していた。

さらに、窓から見える景色は格別で、眠らない街を象徴しているような光景が広がっていた。


こんな大都市に来たのは何年ぶりだろう……。この世界に来てから、地球での記憶や帰還願望を抑えて、今を生きることに集中してきたが、この光景を見ているとその願望がもう一度湧き上がってきてしまうね。ここに来る直前の、失われた最後の5年間の記憶を取り戻したい……。この世界にも、こんなにたくさんの人間がいたなんて……。まるで、地球にいるみたいだ。人の輪の中にいると、やっぱり落ち着くなぁ。私は独りではないんだと実感できる。


私は、しばらく、感傷に浸っていた。


幽閉の塔はここから近い……。瞬間移動を使えば、この窓からビルの壁伝いに進み、あっという間に、目的地までたどり着けるだろう。本当に瞬間移動の使い手はこの街にはいないのだろうか……。まぁ、いないからこそ、テルパたちは盗賊行為で生計を立てられたのだろうけど……。これほどの大都市で、力のある戦闘員の影を感じないのは、相当、違和感がある。決行は明日の夜……。何年も幽閉されているカズミの状態が気になるが……。まぁ、いい。行けばわかる!









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