GAME 9 ( ゲームキュウ ) 14
――1年前(都市国家ヌヌララ、ヴェルヴァリエの森Ⅳ)
私は縦横無尽に、森の中を瞬間移動で駆け抜けていた。
右手にはスチールソード、左手にはシルバヌスの杖を持っていた。
すぐ後ろから、同じく瞬間移動で追ってくる者がいた。
テルパだ。
彼の装備は右手にスチールダガー、左手には身体を覆うほどに大きい、鉄製のビッグシールドがあった。
私は、瞬間移動中の、ある瞬間、突然、進行方向を真逆に変え、テルパの身体を目掛けてスチールソードを叩き込んだ。
テルパは、それをビッグシールドで防いだ。
その瞬間、テルパはダガーで私の心臓を狙うが、私も回避と同時に右反転からスチールソードを叩きこむ。
鋼と鋼が交わる激しい金属音が森の中に響いた。
次の瞬間、二人とも瞬間移動で、それぞれ後方に退いた。
再度、瞬間移動で勢いをつけて正面衝突した。
私のスチールソードは、再度、ビッグシールドに防がれた。
その瞬間、テルパは私の顔面をめがけてダガーを投げつけた。
私は瞬間移動で回避するものの、避けきれず、頬をえぐられた。
ダガーはそのまま、もの凄いスピードで森の中に消えた。
「サモン(召喚)、ファイアーバタフライ!」
私は叫んだ。
すると、身体の周りに、全長20cmほどの火の蝶が100匹出現した。
「行け!」
テルパの身体目掛けて、100匹のファイアーバタフライが、360度あらゆる方向から襲いかかった。
もちろん、飛んでいく蝶たちも瞬間移動と同様のスピードだ。
テルパは瞬時に後退して、蝶による攻撃から逃げた。
ただし、蝶はどこまでも追ってくる。
テルパは大木の大きな枝に乗り、背中を大木に押し付けて、前方をビッグシールドで覆った。
百発のファイアーバタフライが着弾した。
とてつもない爆発音とともに、テルパの身体から大きな炎が上がったが、ダメージはあまり無いようだ。
二人とも地面に着地した。
「さすがは、テルパ。ほとんどダメージは無しか……。」
「カエデ殿の剣と魔術のコンビネーションには毎回驚かされます……。」
カズミが行方不明になってから4年が経過した。
あの日、ガルガスとカズミは、数名の配下を引き連れて商業都市ヴォイスに向かった。あの薬を手に入れるために……。
もともと時間がかかることはわかっていたが、予定の日時になっても戻ってこなかった。
それから、さらに1ヵ月、2ヵ月と経過し……、ついに、半年が経過しても戻ってこなかった。
実は、この村に残った私とテルパとその4人の部下、それに、ゾカ、全ての村人が、彼らがどこの家をターゲットにしていたのかを知らなかった。
情報漏洩を防ぐため、たとえ仲間であっても、任務の最重要機密に言及することはなかった。
知っているのは、ヴォイスにある行政区長の家という情報だけ……。
ヴォイスは大都市なので、とてつもなく広い。
行政区だけで48もある。
実際に、彼らの足取りを追うのは至難の業であった。
なぜ、戻ってこられないのか?
可能性として一番高いのは、殺害されたか、捕らえられたかのどちらかだ。それ以外で、ここに戻ってこられない理由は無い。
ただ、ガルガスとカズミ、それにその数名の配下は、全員、瞬間移動ができるし、戦闘能力も高い。あれほどの戦闘能力のものたち全員が、戦闘に巻き込まれて全滅したとは考えにくい……。
いったい何があったのか?
テルパとその部下4人は、断るごとにヴォイスに潜入し、その情報を探ったが、何の手がかりも無い。
成すすべもなく、4年の月日が流れてしまった。
そんな折、来るはずのない1羽の鳩がこの村に舞い降りた。
それは数日前のことだった。
この村とその周辺の森には結界が張られていて、外部の人間がこの村の場所を発見することはできない。それは鳥とて、同じことである。
以前、ルネが話していた伝書鳩だった。
相当な手傷を負っていた鳩は、到着後、しばらくして力尽きた。
鳩の足首には紙が巻き付けられていた。
私は、いつものようにテルパと二人で戦闘訓練をしていた。
村に帰ったらゾカに呼び出され、その事実を知った。
なんと、それは、ガルガスからの手紙だった。
そこには、こう書かれてあった。
――結論から言うと、私は今、囚われの身である。おそらく、近い将来、処刑されるであろう。最近になって私は、ヴォイスにある幽閉の塔から王都にあるカロンの塔に移送された。この塔はヴェルヴァリエの森に隣接している。だから、チャンスをうかがって口笛で伝書鳩を呼び寄せ、飛ばすことにした。森に放てば、神官の能力をもってしても追跡は不可能だろう。きっと君たちのもとに、この情報は届くだろう。あの日、私はカズミとともに行政区長イオカステの家に潜入した。知っての通り、王都とヴォイスは法治主義がとられており、名ばかりではあるが法の支配のもとで統治されている。イオカステは、違法に作成された「時間薬」と「延命薬」を秘密裏に販売し、私腹を肥やしていた。「時間薬」とは、脳が活性化することによっと精神値の上限がいちじるしく上がる薬である。「延命薬」とは、大きなリスクと引き換えに寿命を40パーセント延ばす薬である。薬の違法販売は珍しくないが、まさか、そこに最高統治機関である神官が関わっていようとは驚きとしか言いようがない。その神官の名前はアルケ。この男は、そういう薬の製造者らしい。裏の世界ではそれらを「アルケの秘薬」と呼んでいるみたいだ。神官ともあろうものが、統治官(警察官)と役人を買収し、根深い利権構造を確立させていた。我々はイオカステの家に潜入後、「時間薬」を二粒だけ、手に入れることに成功した。カズミは万が一の備え、その場で、そのうちの一粒を飲み干した。その瞬間、イオカステと数名の統治官に見つかってしまい、逃げる間もなく戦闘になってしまった。戦闘の末、何とか全員を退けたものの、そこに神官アルケが現れた。すぐに脱出を試みたが失敗し、我々全員、敗れ去った。つまり、全滅したということだ。全員が生け捕りにされ、ヴォイスの第26行政区にある幽閉の塔に投獄された。そして、私はこのような状況に陥ってしまった。まさか、「時間薬」の流通が、これほどまでに闇深いとは思わなかった。外部との連絡手段は無く、カズミと配下のものは、今も幽閉の塔に囚われたままだろう。知っての通り、盗賊は死刑か強制労働のどちらかしかない。裁判は秘密裏に行われ、弁護士をつけることも、弁明の機会を与えられることもなく、結審した。結論は初めから決まっている。このカロンの塔と違って、幽閉の塔は街中にある。しかも、牢獄には窓が無い。だから伝書鳩を呼び寄せることも飛ばすこともできない。たとえ夜であってもだ。ただ、警備はこことは比較にならないほど薄い。村に残っている者の戦闘力でも、救出は充分に可能だろう。ただ、脱獄となれば、法治主義の外にあるプリマールの草原やヴェルヴァリエの森にも統治官の部隊による捜索が行われる可能性がある。我々の里は結界が張られているので発見はされないと思うが、神官が出てくれば時間の問題だろう。連絡が遅れてすまなかった。ただ、生きている間に情報を伝達できてよかった。何をどうするかはそちらで決めてくれ。私の言葉は、あくまで現状の分析にすぎない。
「テルパは、あの文書をどう思う?」
私が言った。
「あの文書自体、ニセモノの可能性はあるが……。我々の戦力なんか統治機構と比べたら、足元にも及ばない。統治機構が我々を本気で敵対視して潰しにくるとはとても思えない。彼らからすれば我々など、いつでも捻りつぶせるからだ。盗品を売って、森の中でひっそりと生きている我々なんて相手にしない。仮に脱獄の手助けをしたとしても、たかだか、数人の脱獄くらいで、統治官の部隊が編成されるとも思えないな……。対立するギルドとの交戦は充分に考えられるけど……。兵士長は、何か具体的な根拠でもつかんでいたのだろうか……。」
「カズミにはお世話になった。生きているのなら助けに行く義務がある。ただ……、処刑がせまっているのなら、ガルガスを先に救出に向かわなければならないが、どうだ?」
「それは無理だろう。カロンの塔は、神官カロンが管理している。兵士長はかなり慎重に伝書鳩1羽を呼び寄せたはずだし、ここに送り届ける作業も容易ではなかったはずだ。行けば、神官カロンとの戦闘は避けられない。『恋幻術』を使う神官が相手では、我々の戦闘力では歯が立たないだろう。」
「幽閉の塔にも神官がいるのでは?」
「可能性はある。ただ、神官は王都を守るのが役目……。他の地域に出向くというのは考えられないが、兵士長が言うように例外もあるようだな……。」
「ガルガスやカズミたちが全滅するとはね……。『恋幻術』は時間や空間を駆使した術と聞いたことがあるけど、時空を超えて地球まで吹っ飛ばせるような術じゃ、相手にならないな……。」
「いや、それは無い。それほどの術の使い手は、女王様か、側近の上位神官くらいだ。それにどんな術を使ってくるかも、人それぞれ違うみたいだ。神官アルケがどのような術を使ったのかは書かれていない……、何も書かれていないということは、おそらく、一瞬で全滅したのだろう。」
「それほどに違うのか……。ところで、商業都市ヴォイスにはどうやって行くんだ?」
「ああ、そうか。カエデ殿は一度もここを出たことがなかったですね。湖の湖畔沿いを瞬間移動で駆け抜けます。もちろん、プリマール経由で。」
「カズミを助けに行く……。」
「わかりました。私とカエデ殿の2人で行きます。私の4人の部下は、ここで村とゾカ様の護衛をしてもらいます。」
「戦闘は避けられそうにないかな?」
「おそらく……。私が知っている情報では、行政区長プロスペローが幽閉の塔の獄長も兼任していたはず……。イオカステはおそらく文民かと思いますが、このプロスペローは最強の戦闘員だと思います。そういう所を任させているということは、最強の戦闘力があるということです。兵士長は救出可能と楽観視しているような感じでしたが、私はそうは思わない。それに、もし神官が現れたら、救出を断念して、即逃げなければなりません。でなければ、我々も兵士長と同じ運命をたどってしまうでしょう。」
「ガルガスとカズミと戦ったとき以来の命のやりとりか……。あまり乗り気じゃないけど……、行こう!」
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