GAME 9 ( ゲームキュウ ) 13

――5年前(都市国家ヌヌララ、ヴェルヴァリエの森Ⅲ)


辺りは真っ暗だった。

こんな森の中で、夜が深まると、本当に何も見えないし、何も聞こえない。

私はこの家の中で一人だった。


この村に来てから6か月が経過した。

私はこの環境の中で、妙に居心地の良さを感じていた。

結局、この村に住み着き、なんだかんだで、戦闘訓練にも参加するようになっていた。

まぁ、冷静に考えたら、あのまま出発しても殺されるだけだと思った。

だから、一定の力量が身に着くまではここに残るという判断をした。


私は武闘訓練と魔法訓練の両方を行なっていた。

ここには、武闘盗賊しかおらず、魔法盗賊は一人もいない。

だから、いろんなヒントはもらえたものの、教えてくれる人がいないので、手探りで覚えていくしかなかった。

魔法は、イメージを具現化するという強い想いが大切だということがわかった。

魔幻岩と呼ばれる石を両手でつかみ、そこに向かってイメージを詠唱するのが修行だ。これを1日5時間やる。

先日、修行の成果を見るため、シルバヌスの杖を使って実践してみた。

夜、自分の部屋で、イメージの具現化を試みた。


「サモン!(召喚)」「ヴェルヴァリエバタフライ!」


すると、真っ暗な部屋の中に、一羽の蝶が現れた。

これは、この村や付近の森で飛んでいる蝶と全く同じものだ。

半年かかったけど、これは、私にとっては、非常に大きな進歩だった。

ただ、野に飛んでいる自然の蝶を召喚したところで、戦闘では何の役にもたたない。攻撃にならないし、相手にダメージを与えることもできない。

これを火の蝶に変換したいのだが、まだ、そこまではできなかった。

この蝶を発現させると、精神値が、若干、下がるのがわかる。

この原理は理解できる。

地球にいたときにやったドラクエやFFのМPと同じだからね。

ただ一つわからないのが、私がガルガスやカズミを一撃で倒したとされる魔術の創出方法だ。光の玉を放出したらしいのだが、いったい何をどうすればできるのか?全くわからない。これに関しては謎のままだ。その原理もわからない。


次に武闘訓練だが、これが私にはとてつもなく大変だった。

この村から西の壁(浮遊島である都市国家ヌヌララの西の果て)まで行って、戻ってくるという訓練だ。往復で40キロはある。

しかも、プリマールの草原と同様、果ての壁の標高は6000メートルを超えている。

マラソンとヒマラヤ登山を毎日やるようなものだ。しかも、道路は無い。森の中の道なき道を行かなければならない。

そこで役に立つのが瞬間移動だが、私は魔法のスキルはあるみたいだけど、武闘のスキルが全く無く、一向に覚えられなかった。

これも、魔法と同じで、次に行く数メートル先の景色にすぐに行くというイメージを具現化するものである。

魔法ではできたのに、これはいつまで経ってもできるようにならないし、できるようになる気配も感じない。

カズミの話では、これはМPではなく、HPの消費でできるのだと言う。

カズミは3ヵ月で習得したというが、私は6か月がたった今でも全くできない。

正直、武闘訓練は、もう辞めたいという想いの方が強いけど、自分の身を守るには、どちらかというと、魔法よりもこっちの方が重要である。

これができるようにならないと、ナイフを使った戦闘訓練には入れないという。まぁ、そうだろう。瞬間移動できない奴が相手では訓練にならないからね。

ただ、全く成長できていないというわけではない。

西の壁までのルートは半端じゃないから、この半年間で、相当な体力がついたと思う。

体力がついたことにより、瞬間移動に必要な「目に見えている場所にすぐに行きたい」というイメージがしやすくなった気がする。

少しずつではあるが、瞬間移動の概念をつかみつつある。


それにもう一つ、この村に来て驚いたことがある。

いや、この村というよりも、この世界、つまり、都市国家ヌヌララに来て驚いたことと言うべきか……。

この世界の「水」を飲んでいたら、徐々に若返っていった。

私が地球にいたときの年齢は、40代半ばの中年だったはずなのに、この半年間で、20歳の外見に若返っている。

しかも、外見のみならず、心肺機能や他のあらゆる機能が20歳の頃に戻っている。これは驚愕の事実だ。

ただ、この村には子供もいるし、老人もいる。

歳を重ねるという概念と、この「水」との関係がどうなっているのか、いまいち、よくわからないが、カズミが言うには、表族なら身長の成長が止まる年齢まで戻るのだという。だけど子供までは戻らない。では、なぜ老人がいるのか?その答えは単純だった。800歳から900歳が平均寿命らしいので、ザっと人間の10倍である。つまり、歳は重ねるが、そのスピードが極端に遅くなるということだ。200歳以下の若い年齢がその水を飲み続けると、ある程度、若返るらしい。それがこの透明の水の効力なのだという。外見なんか、もうどうでも良かったのに、しばらく、鏡とにらめっこする日が続きそうだ。

この水には伝説があって、この水の原水が、この都市国家のどこかにあるという。その水は特別で、若返る以外にも何やら神秘的な効力があるらしい。その効力は謎に包まれているという。


夜は、虫の声が間近で聞こえる。

扉を開ければ、そこは元の世界だった……という幻想にとらわれる。

すでに深夜帯になっているが……、突然、外から人工的な音がした。

階段を上がる音だ。


誰か来る!誰だ?こんな時間に……。


扉が開く音がした。

誰かが私の家に入ってきた。

足音でわかった。

カズミだった。


「なんだ、まだ起きていたの?」


カズミが言った。


「眠れなくてね。」


私はカズミと一緒に暮らしているわけではない。もちろん、付き合っているわけでもない。わかりやすく言うと、彼女は通訳みたいな存在だ。

こっちの世界とあっちの世界の両方を知っているからね。

こっちの世界の風習、地理、歴史、文化だけでなく、この村のことも、まだ、全てを理解したわけではない。

だから、カズミの存在は私にとっては、とてもありがたいものだった。


「すごい数の蝶ね。」


カズミが言った。

もちろん、ここには電気なんか無いので、蝶を召喚して、灯り代わりに使っていた。

この蝶は適度に光るから、灯り代わりには丁度良かった。

日本でいうところのホタルのようなものだ。


「ところで、こんな時間に何の用?」


「この前の話なんだけど……。」


「この前の話?記憶のこと?」


「そう。」


「何かわかった?」


「いや、まだ……。ただ、チャンスが来たかも……。」


カズミもこの世界に来る直前の記憶が無いのだという。

私もこの世界に来る直前の記憶が無い。

それがわかれば地球に戻れるヒントになるかもしれない。

だから、以前から、何か思い出したら教えてほしいとお願いしていたのだ。


私が覚えているのは時間の経過だけだ。

私は今、45歳だということ……。つまり、ここに来たのは45歳、ただ最後の記憶が40歳のときのことなので、5年分の記憶が丸々抜けている。その5年間を間違いなく生きたという実感はあるんだけど、記憶が無い。

この5年間に何があって、なぜ、この世界に来たのか?そこをできる限り早く知りたい。

カズミは最後の記憶からこの世界に来るまでの最後の1年間が抜け落ちているという。

ただし、ここに来た当初は5年間が抜け落ちていたというのだから、どうやって記憶を回復したか?そのヒントをカズミに求めたということだ。


「チャンス?何かあったの?」


「うん。私の記憶が大幅に回復する前、商業都市ヴォイスの薬屋に盗みに入ったことがあって……。とりあえず、高価な薬を大量にゲットしたあと、店の一番奥に、偶然、ガラス張りの厳重なセキュリティボックスを見つけて、その中に保管してあった薬を一粒だけ手に入れることができたの。この巨大なセキュリティボックスは、その中に身体をさらしただけで、特殊光線を浴び、細胞組織が壊死してしまう。だから、破壊すると同時に、薬の箱をセキュリティボックスの外に押し出すしか方法がなかった。結論から言えば、失敗……。破壊には成功したけど、薬の箱を外に押し出すことはできなかった。ただ、破壊したときに薬の箱も壊れて、その中から一粒だけ、私の足元に転がってきた……。警報が鳴ったので、それを拾って、即脱出って感じだった。箱には『時間薬』と書かれてあったんだけど、意味がわからなかった。ガルガスには、効能がわからない一粒だけの薬じゃ売りもんにならないって言われて……、捨てるの、もったいないから、私、それを、怖いもの見たさで飲んじゃったの。何の異変も起きなかった。なんだかんだで、何の効能の薬かはわからなかったけど……。その数週間後に、突然、記憶が回復したというわけ……。」


「記憶回復は、その薬の効力っていうこと?」


「正直、そのあたりはハッキリしないんだけど……。ゾカ様がおっしゃるには、記憶を回復させる薬は存在しないのだという。そもそも記憶が無くなるというのも、表族特有の症状らしいからね。地球からここに来た人の共通点は、直前の記憶が無いのだという。私の記憶が回復した理由は、その薬の効力ではないか……とおっしゃっていた。それに、それほどのセキュリティの中で管理されている薬は、おそらく、自然界で作られたのではなく、呪物として、魔術師が作った代物ではないか?とおっしゃっていた。神官たちが使う魔術『恋幻界』は時間や空間を操る能力で、何らかの理由で、その魔術の使い手がそのようなアイテムを作ったのだろうと……。」


「チャンスというのは、その薬を入手するメドが立ったということ?」


「そう。ヴォイスの一行政区を統括する行政区長の家にその薬があるという情報を入手したの。来週、ガルガスと数名の仲間を引き連れて行こうと思っているの。ただ、記憶が戻ったところで、ここから地球に戻れないという現実は変わらないけど……、それでも、最後の1年の記憶が戻れば、ここに来た理由や、どうやったら戻れるかのヒントが得られる気がするの。ひょっとしたら、失われた記憶の中で、あなたの話していた『GAME9』に私も関わっているかもしれないしね。」


私は、この半年の間に、カズミに地球での出来事や、ここに来てからの経緯を話していた。

カズミも、ここに来てからの経緯を私に話していた。

ここで暮らす中で、私が、当初、目指していた王都の神官に頼んで、地球に戻してもらうという選択肢は、不可能に近いくらい難しいということがわかった。


王都は、王宮と城下町に分かれていて、城下町の情報は手に入るけど、王宮内部の情報は全くわからないらしい。ただ、そういう魔術が使える神官がその中にいることだけは事実らしい。それがどういう人物で、どういう役職に就いていて、どこで何をしているのか?は全くわからない。

誰かが、その神官の魔術で地球に戻ったという事実があるのなら、とっくに噂になっているに違いないが、そんな話は聞いたことがないという。

仮に、それが可能だったとしても立証はできない。

ドラクエに出てくるエンデみたいに、実際にここから地球に帰ってから、再度、ここに戻ってくるという実演をしてもらえないと信用できない。

当初、私はここにいる人たちは、「GAME9」の関係者ばかりだと思っていたけど、「GAME9」の存在を知っている人は、今のところ、一人もいない。この村の全員にその話をしたけど、そのような情報に触れたことすらないという。あのゲームとこの世界とは必ず繋がりがあるはずなのに、なぜだ?盗賊団という最も情報に精通しているココですら、わからないなんて……。


ただ、冷静に考えたら、私は本当に、地球に戻りたいのだろうか?


少なくとも40歳までの記憶では、何一つ良いことのない地獄のような人生だった。10代から天涯孤独で、会話の相手とメールの相手が一人もいなかった。家族なし、友人なし、恋人なし、結婚なし、子供なしで一回きりの人生を終えている。あのあと、その年齢から、何かが得られたとはとても考えにくい。この5年の間に何があったのかはわからないけど、そんな世界に戻って何になる?生きる意味・気力・目的・希望の無い世界に戻って何になる?日本人は自分さえ良ければ他人がどうなろうが知ったこっちゃない民族で、恵まれた環境でヌクヌクと生きてきた被害妄想者と、不幸の背比べをして意地でも勝とうとしたがるクソガキしかいない。そんな世界に戻って何になる?最後は地球の土に帰りたいという本能的なものなのだろうか……。この世界にはまだ半年しかいないけど、遥かに充実している。それに若さも手に入った。何もできずに終わった若い時間を、思い出という色を付けて上塗りできる環境にいる。仮に地球に戻れたとして、この若さと活力は持続できているだろうか?もし、そうなら、私にとっては大きな希望となるけど……。湖や川の真下に地球が見えているのに、行けないなんてもどかしい……。


「今日は帰らないの?」


私が言った。


「しばらく会えなくなるからね。」


「そんなに難易度が高い屋敷に潜入するの?」


「行政区長だからね。当然、用心棒を雇っていると思うし……。簡単じゃないだろうね。今、持っている情報だけでは不足しているし、しばらく観察しないといけないから、向こうに行ってから実行まで2ヵ月はかかるかな?」


「不安なの?」


「全く無いといったら嘘になるけど……。ガルガス兵士長も一緒にいくから大丈夫よ。それより、この半年間、私はあなたに対して自分の身の上話をしてきたけど、あなたは自分のことを何も話さないよね?」


「そう?話しているつもりだけど……。まぁ、そうは言ったって、いきなり刺してきた人に心を開くのは簡単じゃないなぁ。ここで自分を助けてくれていることには感謝しているけど……。他人に話せるエピソードは何もないから……。それに『GAME9』のことは全部話したつもりだけど……。ここに来る5年前にそういう予兆があったことも。だから、自分の場合は、全くノーヒントってわけではないけど、カズミの場合は、何の心当たりもないんでしょ?」


「そうね。確かに『GAME9』のことは聞いたわ。私はそれ以外のことを知りたかったんだけどなぁ。まぁ、それは残りの記憶を取り戻してから、じっくり聞こうかな?私が、なぜここにいるのか?その答えも早く知りたいしね……。」


「確か……、アメリカに本社がある会社にいて、リテール営業でいろんな国を飛び回っていたと言っていたよね?その日常から、突然、何の予兆もなく、ここに来たんだよね?」


「薬を手に入れたら、あなたにも飲ませてあげる。それで、空白の記憶が回復するでしょ?私の記憶が回復するよりも、あなたの記憶が回復した方が、何か重要な解決方法があるような気がするの。まっ、楽しみに待っていて!」


「ああ。助かるよ。ありがとう。」


それから数日後、カズミはガルガスとともに、旅立っていった。

ここに残ったのは、盗賊首領のテルパと配下の4人、それに私くらいだった。


残念ながら、カズミの姿を見たのは、これが最後だった。

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