GAME 9 ( ゲームキュウ ) 12

――5年前(都市国家ヌヌララ、ヴェルヴァリエの森Ⅱ)


村の面積は200平方メートルくらいだろうか……。

中央に大きな広場と井戸があった。

その広場を囲むようにして、30棟くらいの家があった。

家といっても、木造の、簡素な高床式住居だった。

中央の奥にはこの集落の中で一番豪華な建物があった。

それは、神殿っぽく見えた。


ここは、どこだ?


私が目を覚ましたとき、そこには木造小屋の天井があった。

布団の上で寝ていたようだ。

一瞬、ルネの山小屋にいるのか……と錯覚するくらいその光景が似ていたが、どうやら違う。

少しずつ、直前の記憶が甦る。


体が動かない。ここは、どこだ?ルネの家ではないな……。私はなぜ、寝ている?そうか……、あのとき……。そうだ!私は襲われたんだった。あの巨人の男と忍者の女に……。身体を刺された。


私は手で身体のあちこちを触ってみる。

特に違和感は感じなかった。


おかしいな……。私はでっかいナイフで身体を貫かれたはず……。無傷なわけがない。それどころか、とても助からない重傷だったはず……。いったい何がどうなっている?


この部屋に窓はなかった。

かなり簡素な建物なので、木と木の隙間から光が差し込んでいた。

私は起き上がろうとしたが、体が動いてくれない。

そのとき、足音がした。

外の4~5段ある階段を上がってくる。


誰か来る!


扉が開いた。

足音がこちらに近づいてくる。

私は目を閉じたフリをした。

その人は、私のすぐ真横まで来ている。

私は薄目でその正体を見た。


こ、この女は?確か……、あのとき居た……。そうだ、くノ一の女だ!間違いない、何をしにきた?


私は目を開けた。

そして、何かをされる前にこちらから話しかけて牽制した。


「トドメを刺しに来たのか?」


すると、女性は焦る様子もなく、落ち着いてこう言った。


「あら、目覚めていたのね。」


「お前は誰だ?なぜ、私を殺そうとした?」


「何?それは、こっちのセリフよ。あなたこそ何者なの?」


「……。」


女性はパンとスープが乗ったトレイを私の枕元に置いた。


「あと、これも飲んでおいてね。」


その横に聖杯ゴブレットで検索すると出てくるような容器が置かれた。

そして、何事も無かったかのように、ここを立ち去ろうとしていた。

私は女性の背中に向かって咄嗟に質問した。


「君は、地球人か?」


「えっ、そうよ。何?突然……。」


女性は立ち止まって振り返った。


「日本人なのか?」


「違うよ。日系のアメリカ人。名前はカズミ。あなたは日本人なの?名前は?」


私は何も答えなかった。


「まぁ、いいわ。動けるようになったらゾカ様の所へ行って。神殿にいらっしゃるから。神殿はこの村の一番奥、一番目立つからすぐにわかるわ。じゃね。」


女性は私に手を振って出て行った。


神殿?ここはどこかの村か?それとも町か?とりあえず、私は生きているということか……。あのとき確実に胸を貫かれたはずだけど……、何ともない。あの女には背中から臓器を貫かれたはず……。触った感じでは何の異常もなさそう。いったい何がどうなっている?それに、あの女、地球人か?。どうやってこの世界に来た?まぁ、いい……、いずれわかるだろう。とりあえず、疑問ばかりぶつけていても意味はない……。この現実を受け入れよう。


私は用意された聖杯の容器を、寝た状態のまま手に取り、そのまま飲み干した。


この味は?確か……、エリクサーだ……。


私はスッと起き上がって、布団の横に立った。

若干、疲労感はあるものの、爽快という言葉が相応しいほど、心地が良かった。


これは本当に不思議な飲み物だな……。人間という生き物は、疲労困憊のあと、10時間くらいグッスリ寝てから、こういう気持ちになるんだけど……、毎回、瞬時にこうなると、ちょっと感覚的にしっくりこないなぁ。


私は用意されたパンとスープを食べた。


何だ、このパン……、めちゃくちゃおいしい!スープも今まで食べたことのない味だ……、これは本当においしい。ルネさんのときにも感じたけど、そのとき以上のおいしさだ。


食事は最高だった。

私は、ちょっとした高揚感につつまれた。

とりあえず、外に出てみることにした。

この建物の内装は、本当に簡素だった。

ルネの家よりも雑なログハウスといったところか……。

出入口は、広場の側ではなく、裏側(森の側)に一か所あるだけだった。

私は出入口の扉を開けて、4~5段ある階段を下りた。

目の前には深い森が広がっていた。

そのまま逆側に向かって歩き、広場に出た、その次の瞬間だった。


数メートル間隔で瞬間移動を繰り返しながら近づいてくる集団が見えた。

私は身構えた。

その集団は私の目の前に到達した瞬間、全員が地面に片膝をついて一礼した。

臣従儀礼や求婚時にやるような姿勢を私に向かってしていた。

全部で5人いた。

その中の真ん中の男が顔を上げた。


「私の名はテルパ。盗賊首領をしております。あなたを我が族長ゾカ様のもとへご案内いたします。どうぞ、こちらへ。」


盗賊?


私は、訳がわからなかったが、とりあえず、その者たちの手引きに従い、後をついていくことにした。


周りの見渡すと、のどかな光景が広がっていた。

笑い声が聞こえる。

中央の井戸の周りには、数人の子供たちが遊んでいた。

大人たちも、この広場で話し込んでいる。普通の身長と体重の大人たちだった。


こんな深い森の中に、集落が……。この建物は……、まるで弥生時代だな……。ここは巨人族の集落では無さそうだな……。それにしても、この飛んでいる生物は何だ?綺麗だ。蝶か?


広場は、一面が綺麗に整備された芝生だった。そのあちこちに、日本でいうところのたんぽぽの花が咲いていた。その花の周りには、全身が透明な神秘的な蝶が飛んでいた。しかも、一匹や二匹じゃない。あちらこちらで飛んでいた。


「こちらでございます。」


テルパが言った。

外観は出雲大社の本殿かと思えるような造りだった。

正面に4~5段の階段があった。

彼はその階段をゆっくりと上がった。

私は彼のあとに続き、その階段を上がった。

その先に鉄製の大きな扉があった。

テルパが扉を開けた。


「どうぞ、中にお入りください。」


私は言われるがままに中に入った。

一瞬で空気が変わった。

荘厳な雰囲気が漂う。

木の床は綺麗に磨かれていた。

高さ1メートルほどの燭台の上には蝋燭が立てられ、火が点いていた。それが2メートル間隔で、2列で並んでいた。まるで、中央の壇上に向かって、道しるべのようになっていた。

私はその間を進んで行った。

奥の中央の壇上には、一人の老婆が座っていた。

私は老婆の前で立ち止まった。


「ゾカ様、例の者をお連れしました。」


「うむ、下がってよいぞ。」


「はぁ。」


老婆は黒装束に身を包んでいた。大きな水晶が印象的な真っ赤な杖を持っていた。


「表族の者よ、座りなさい。」


私は老婆の前に座った。


「これは、そなたの持ち物か?」


老婆は私の前に、真っ二つに折れた杖を差し出してきた。水晶は砕け散っていたが、ルカからもらったウッドロッドであることは、すぐにわかった。


「そうだよ。私の持ち物だけど……。」


「うむ、そうか……。」


私は間髪入れずに質問した。


「ここはどこなんだ?あなたは何者だ?」


「ここは我が一族の隠れ里じゃよ。この里は結界が張られていて、誰もここにたどり着くことはできない。結界を破らない限りな……。だから、この里の存在は噂の産物にすぎないのだ、ここに外部から誰かが訪れることはない。」


「一族?」


「そう、我々はこの世界では亜族と呼ばれている。まっ、わかりやすく言うと、盗賊の隠れ里とでも言っておこうかの。」


「盗賊?盗賊だって?そうは思えないな……。いきなり、私を刺し殺そうとしたのに?盗賊というよりは強盗殺人集団だな……。しかもタチの悪い……。」


「フォッフォッフォッ。無礼があったのは、そなたの体を治療したことと、ワシに免じて許しておくれよ。最近は我々もイキリ立っておるからの。裏族による取り締まりが厳しくなっての。」


「そりゃ、そうだろ!強盗殺人集団なんだから……。」


「そなたは、ここに来てどれくらいが経つ?」


「まだ、二日目だけど……。」


「地球にいたときの記憶は?」


「全部覚えているよ。なぜ、この世界に来たのか?という直前の記憶を除けばね。こっちに来てからの記憶は完璧だよ。へんな草原で発見され、そのあと、王都に向かって歩いていたら、ここの住人に殺されかけた……。」


「まっ、ワシらに出会わなくても、王都に着く前に死んでいただろう。そなたには戦闘能力が無い。ただ、不思議な力を持っておる。無限に等しいほどの魔力をな……。ワシにはそれがわかる。ワシもこんなとてつもない奴と出会ったのは初めてじゃ。ただ、戦闘能力が無ければ、ただの宝の持ち腐れじゃ。」


「無限の魔力?」


「そうとも。ガルガスやカズミを一撃で仕留めた魔術も、そちが無意識のうちに放った魔力の暴発だろう。」


「魔術?何の話だ?」


「まぁ、覚えていないのも無理はない。そちは、無意識のうちにヌーラを全て解放し、二人を仕留めたのだからの……。テルパたちが『いのちの聖水』を持っていなかったら、三人とも死んでおったわ。」


「言っていることがよくわからないな……。」


「そちは無意識のうちに魔術を使ったのじゃ。ここの裏族が使う、空間や時間を操る『恋幻界』と呼ばれる魔術とは全く違う未知の魔術をな。我が祖先、アルウ族も魔術の使い手だったが、そちが使ったとされる魔術は、おそらく、そっちに近いものだったと推測しておる。ガルガスやカズミの傷、それに本人たちの証言によると、光の玉に貫かれたらしいが……。ワシが驚いておるのは、そちが魔術を放ったとき、手にしていたのが、この簡素なウッドロッドだったということじゃ。ロッドは真っ二つに折れ、水晶は砕け散っている。こんな武器とも言えないレベルの木の棒で、ガルガスやカズミの胴体に穴をあけるほどの威力を持つ光体を放ったなんて、とんでもないことじゃ。もし、そちが手にしていた武器が、ウッドロッドではなく、この『サラマンドラの杖』だったら、このヴェルヴァリエの森ごと吹き飛んでいた可能性がある。まだまだその魔力を自分の意思で使ったり、コントロールしたりする術を知らないだけで、潜在的にはとんでもない存在だと言える。その魔力は、下手をすると女王に匹敵するものかもしれない。」


「私が魔術を使って、あの二人を倒しただと?」


「そうじゃ。」


「ちょっと、信じられないなぁ。」


「でなければ、おぬしは、その場で殺害されていただけで、この場にはいない。」


老婆が手にしている真っ赤な杖はとても印象深いものだった。

持ち手の上の部分には、竜のモチーフが施されていて、その竜が、口に大きな水晶をくわえていた。

水晶は球体で、その直系は15cmにも及ぶ。

私は、その杖の荘厳な雰囲気に目を奪われた。


「その杖は、あなたのもの?」


「いや……、この杖はワシのものではなく、アルウ族に代々伝わる物なのじゃ。この『サラマンドラの杖』は、別名、ファイアーロッドと呼ばれている。伝説によると、サラマンドラと呼ばれる炎の巨竜を召喚することができるとか……。残念ながら、私は術者ではないので、何もできないがね。アルウ族自体、遥か昔に絶滅している。ワシは術者みたいな格好をしておるが、ただの薬剤師にすぎん。まぁ、それでも、この辺りでは森の守護人と呼ばれておるがの。この森にのみ生育する一つの植物と、ある動物の血、それにこの井戸から出る水を調合して、『いのちの聖水』や『エリクサー』を作っている。それを売りさばいて生計を立てておる。それ以外では、盗品を売りさばいておるだけじゃがの。」


「エリクサーを作る?」


「そうじゃ、この森でしか作れないからの。残念ながら、我々以外にも、そういう風に生計を立てておる輩はいる。王都に近づけば、正規軍の連中も同じことをしておる。そいつらの縄張りで入れば、おぬしの身に起こったように、今度はそいつらによって、あっという間に消されてしまうだろう。」


「それはそうと、私をここに呼んだ理由は何?」


「しばらく、この村に滞在すると良いだろう……。」


「どうして?」


「さっきも言ったが、今のおぬしでは、この森を突破できない。必ず、途中で殺される。なぜなら、戦闘能力が無いからだ。だから、しばらく滞在して戦闘能力を身につけていかれたらどうだろうか……。と言うのも……、おぬしには無限の可能性を感じるからじゃ。これほどの魔力を潜在的に持ち合わせている人間など、数百年生きてきて、一人も見たことがない。それに、そなたが、戦闘能力を身に付ければ、我が一族の形見であるこの杖を使えるようになるかもしれんしな……。」


「あの巨人も、この村の人間なのか?」


「そうだ。あの者はガルガスと言って、この村の出身じゃ。この村で唯一の戦士で、ここでは戦士盗賊を名乗っておる。カズミはおぬしと同じ表族だ。5年前にこの世界に来た。近くの森の中で倒れていたのを発見され、以来、この村に住み着いておる。ここで武術を学び、今じゃ、立派な戦闘員じゃ。武闘盗賊として活躍しておる。」


「戦闘員?盗賊が稼業なんでしょ?なんで、そこに戦いの要素が必要なんかな?強盗殺人鬼を養成するための場所としか思えないけどなぁ。」


「おぬしが襲われたのは、結界の外だったとはいえ、無断で我々が統治する森に立ち入ったからじゃ。理由も無く、人を殺めたりはしない。我々も、結界に守られているとはいえ、ここでの暮らしは命懸けじゃからの。」


「わかった。じゃあ、しばらくここに居る。でも、戦闘訓練はしないけど……。」


「まぁ、良い。しばらくここで暮らせば、世界の理も見えてくるじゃろう。その中で生きる術というのも自然と見えてくるじゃろう。このウッドロッドはもう壊れてしまって使えない。ウッドロッドならここにも数本あるが、これでは、おぬしの無限に等しい魔力を効果的に使うのは無理じゃろう。また、すぐに壊れてしまう。それとは別の新しい杖を持っていくがいい。」


老婆は、サラマンドラの杖とは別の、もう一つの杖を私の前に差し出してきた。

全体が白銀色の杖だった。

持ち手の所に、直系3センチほどの水晶が埋め込まれていた。


「これは?」


「これはシルバヌスの杖と言って、サラマンドラの杖ほどの高位性は無いが、森の精霊が宿っておる。この杖もファイアーロッドと呼ばれている。この杖なら、壊れることもないじゃろう。あの家も自由に使ってもらって良いぞ。身の回りの世話は、しばらくはカズミがする。わからないことがあれば、何でも聞くと良い。」


「なぜ、見ず知らずの人間にそこまでする?」


「我々、亜族は追われる身……。生き残るためには戦い続け、しかも、勝ち続けるしかない。だからと言って、神官どもをまともに敵に回してしまっては勝ち目がない。結界なんか何の役にも立たない。だから目立たないように、それでいて、強く生きなければならない。そのためには、一人でも多く強い仲間が必要なのじゃ。そなたにこの場で仲間になれとは言わんが、ここで暮らしていく中で自分で判断すると良い……。」


私はシルバヌスの杖を手に取り、その場をあとにした。

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