GAME 9 ( ゲームキュウ ) 11

――5年前(都市国家ヌヌララ、ヴェルヴァリエの森Ⅰ)


私は、木製の吊り橋の上にいた。

人間一人が、やっと通れる幅しかない。

この下には、穏やかで優雅な川の流れがあった。

川幅は200メートルはあるだろうか……。

川の水は無色透明、川底も正立方体の底辺までの深さがある、正立方体のケースそのものも無色透明のため、ここからは、遥か下の地球の地上の景色が見える。

そう、この正立方体は、地球上空5000メートルに浮いているからだ。

地球の自転により、下に見える景色は動いている。

フィールドアスレチックに設置してある「アスレチック遊具」をこの高度でやっている気分だ。

しかも、この吊り橋、かずら橋になっていて、いつ朽ち果ててもおかしくないくらいの強度しかなかった。


ここまで、湖畔から下流へ?川に沿って歩いた。

ハッキリ言って、ここの水は空気と同レベルの無色透明なので、水があるのかどうかすら触ってみないとわからなかったし、どっちに流れているのかも、よくわからなかった。

泳ぐには恐ろしすぎたので、橋を探したけど無い。

触った感じでは、地球の水と同じで違和感は無く、浮力もありそうだったけど……。ただ、この外観では、とてもじゃないけど、水の中に入るなんて恐ろしいマネはできなかった。

しばらく、川に沿って南西の方角に進んで行くと、徐々に川との高度差が広がっていった。

さらに歩いたところで、ようやく、断崖絶壁と断崖絶壁との間に吊り橋がかかっているのを発見したので、そこを渡ることにした。

真ん中辺りまで渡ってきたけど、高所恐怖症の私にとっては、恐怖以外の何ものでもない。


この瞬間、記憶の糸が、一瞬、繋がりかけたように思えた。


ハッ。以前、これと似たような高いところにいた記憶が……。そうだ、間違いない。どこだ?思い出せない。こういう高所からの眺めは初めての景色じゃない。あの透明人間になったあと、この世界に来るまでの間の抜け落ちた記憶の一部に、こういう景色がある。どこだ?どこだ?飛行機には乗っていないと思うが……。ダメだ、思い出せない……。


吊り橋はミシミシと音を立てて、今にも壊れてしまいそうだった。


ここから飛び降りても、水の中に落ちるだけ、仮に、川底まで潜って、正立方体のケースを壊して外に出られたとしても、異次元空間に放り出されるだけで、ここから見える地球の地上には行けない。こんなに近くにあるのに、行けないなんてもどかしい。そうだ……。ちょっと思い出したかも……。こんなスカイダイビングができるほどの高度じゃなかった……。もっと低い……。どこだ?どこだ?ダメだ、思い出せない……。


私は恐る恐る吊り橋の上を進み、やっとの思いで、向こう岸までたどり着いた。

こちら側は、辺り一面が森……。

しかも、高さ50メートルもある木々がミッシリ詰まっているので、この樹海の中に入ってしまうと、一気に薄暗くなりそうだ。


私は、早朝、ルネの家を出発した。

ずっと丘を下って行き、湖畔までたどり着いた。

美しい湖畔からの眺めを堪能したあと、東側に少し歩くと、そこにはみすぼらしい感じのバス停があった。

それは、ルネが言っていた、東の大地にある商業都市ヴォイス行のバス停だった。

バスは1日2本しかなく、早朝と昼だけだった。


しばらくして、一台のバスがやってきた。

運転手は私と同じ中年の男だった。

モンゴロイド(日本で言うところの黄色人種)で、東南アジア系の風貌だった。

私の顔が珍しいのか、ジロジロとこちらを見てきた。

私は、何か、ただならぬ気配を察知して、バスに乗らなかった。

よくよく考えたら、こんな誰もいない田舎に新参者が突然現れたら、誰だって警戒するに決まっている。

まだ、この世界のことはよくわかっていないし、何か因縁を付けられて標的にされたら困るから、しばらくは目立った行動を取りたくない。

まずは観察である。

それが私の人生経験上の知恵である。


このプリマールの草原は、ポツンポツンと家があって、そこには人が住んでいるはずだ。

歩いて行こうと思ったが、右も左もわかっていない私が、田舎をウロつくのは目立つから良くないと思った。

正直、今の私では、どのルートから進んだって危険に決まっている。

それなら、誰もいないであろう森の中を突っ切った方がいい。

私は進路を逆方向へ変えた。

ルネさんはこっちは危険だから行くな!とは言っていたけど……、湖に沿って進んで行けば、直接、王都に入れるはずである。

こっちの方がリスクは少ない。

早く人ごみに紛れたい、それまでは一人でいたい……というのが本音だ。

と、いうわけで、私はヴェルヴァリエの森に入った。


「バス代、ネコババしてしまったな……。」


私はかなりの軽装備だった。

黒の半袖七分袖パーカーと、同じく黒のカーゴパンツ、それにトレッキングシューズという状態だ。

あとは、軽量のナップサックに、手には木の杖を持っている。

ルネの部屋の隅に立てかけられていた杖を、「出会った記念に……」ということで、一つ、プレゼントしてもらった。

この杖は、ルネが魔術学校の学生時代に、練習用として使っていたものだという。正式名称は「ウッドロッド」と言うらしい。

まぁ、私がこれを所持したところで、何かができるわけではないけれど……。トレッキングポール代わりに使おうと思う。

それに、別れ際に、「私と出会ったこと、話したこと、私の名前、家、正体に関しては、今後、一切、誰にも言わないこと……。」と念を押された。

怪しい人には見えなかったけど、他人には言えない何か深い過去があるのかもしれない。


食料は、そんなにあるわけではないし……、何とか、今日中に王都に着かないといけないな……。ただ、この都市国家ヌヌララという世界は、日本でいうところの神奈川県とほぼ同じ面積だからなぁ。着けるかなぁ。


吊り橋を渡り終えてから、すぐに樹海に入った。

木の高さは50メートルくらいかと思っていたけど、実際に中に入ってみると、その倍はありそう。

それにこの道は、遊歩道(自然歩道)でしかない。ほとんど獣道と変わらない。もちろん、舗装なんかされてない。


「そう言えば、ルネさんの家を出てから、まだ、あの運転手以外とは誰とも会っていないなぁ。ただ、道があるということは、この先のどこかに誰かがいるだろうし、湖が見える所を歩いている限り、問題ないだろう。」


――5時間後


「ちょっと、休憩……。」


かなり早く歩いたから、相当進んだだろう。


「70キロの正立方体と言っていたから、この時点で半分くらいは来ているんじゃないかな?だんだん暗くなってきているけど、気のせいか?このペースなら、太陽が沈む前に王都に着けるだろう。」


木々の隙間から見える上空では、カラスのような鳥が旋回している。


「生物がいるということは、この森には、そのエサとなる生物が生息しているはず……、食物連鎖があるのだろう。そうでなければ、あんな大きな鳥はいないはずだから……。」


私は少しばかりの休息を取ったあと、再び、歩き始めた。

これほどの距離を歩いたにもかかわらず、まだ、誰とも出会っていない。

さすがに少し不安になってきた。


「ルネさんは、集落がある……みたいなことを言っていたのに、これじゃ、本当の樹海じゃん。ここで日が暮れたらアウトだな……。湖も見えなくなってしまったし……。」


しばらく歩くと、このみすぼらしい道が二通りに分かれていた。

湖側に行く道と山奥に行く道だ。

私は迷わず、湖側の道を選択した。

湖の姿は何時間も前から全く見えていないが、沿岸の方に行けば問題ないはずである。


そこから30分くらい歩いただろうか……。


なぜか、突然、その道は終わりを遂げていた。

目の前には大きな石壁が立ちはだかっていた。

その前には20平方メートルくらいのスペースがあった。

いろいろと周りを探ってみたが、これ以上進むには、草をかき分けて道なき道を進む以外、方法がなかった。


「うわぁ、あっちの道が正解だったか……、二択を外すとは運が無いな……。」

 

私は残念そうに振り返った。その、次の瞬間だった!


そこに男女二人の姿が、突然、目の前にあった。

男の身長は230cmくらい、外見と体形はアンドレというよりもヒガンテの方かな?モリオンヘルメットに南米系の顔、胸甲、腰から下はスノーボードプロテクターのような装備だ。ヒッププロテクターにニーパッド、レッグガードにトレッキングシューズ……。

もう一人の女性は、完全に「くノ一」の格好だ。髪型もポニーテールだ。


「お前は何者だ!ここは我々のテリトリーだ。死にたくなかったら、持ち物、身に着けている物、全てを置いて、全裸で出ていけ!」


長身の男が言った。


「は?断る!」


私は反射的に言った。

すると、その男は腰から刃渡り30センチほどのサバイバルナイフを取り出し、刃先を私の方に向けた。

ただの威嚇かと思っていたが……。

実際は違った。

次の瞬間、まるで瞬間移動でもしたかのごとく、この男の姿が目の前にあり、右胸をサバイバルナイフで貫かれた。


な、何だと!


私は反射的に後ずさりしたが、その行く手をくノ一の女が阻んだ。


い、いつの間に!


今度は、間髪入れずに、その女に後ろから背中を刺された。


ダメだ!殺される!


襲ってきた二人は、刺した刃物を私の身体から抜き、一瞬で私から離れた。


ヤバい!心臓と肺を刺されたかも……。ダメだ、死ぬ。


傷口からはおびただしい量の血が流れていた。

私は、あっという間に意識が薄くなっていった。

立ち続けることができず、そのまま後頭部から後ろへ倒れてしまった。

私が手にしていたのは、ルネからもらったウッドロッドだけ……、こんなのは、ただの木の棒に過ぎず、何の役にもたたない。

巨人の男は、瞬時に、倒れた私の腹部に馬乗りになった。

サバイバルナイフを天に向かって掲げると、そのまま刃先を私の方に向けた。


「悪いが死んでもらう。」


男が言った。

私は口から吐血をして、意識が朦朧としていた。

もはや、話せる状態ではなかった。


「何をしている!サッサと刺しなよ!」


女が言った。


殺される……、死ぬ……。


「死ね!」


巨人の男は勢いよく、ナイフを振り下ろした。

私は、首に刺さろうとしていたナイフを両手で阻止した。

真剣白刃取りである。


「何だ、お前、往生際が悪いな……。」


巨人の男は、私の両腕を力づくでナイフから剥がし、そのまま自分の膝で私の両腕を地面に押さえつけた。

そして、もう一度、頭の上にナイフを掲げた。


「今度こそ、死ね!」


男は、その状態のまま、ナイフを勢いよく振り下ろした。

私は成すすべもなく、首を貫通させられてしまった。

それと同時に絶命したかに思われた……。


しかし……。


その、次の瞬間だった。

意識不明で心肺停止状態に陥った私だったが、なぜか、突然、全身が閃光につつまれた。


「なっ、何だコイツ!」


男が驚嘆した。


「何なの、この男!すぐに離れた方がいいわ、早く!」


女が叫んだ。

この男女は、瞬間移動かと思えるスピードで数十メートル後ろにのけぞった。

しかし、閃光につつまれた私の体から、突然、光の玉が発射され、後ろにのけぞった二人よりも遥かに早いスピードで、両者の体を撃ち抜いた。


「うわあああああああ!」


両者は悲鳴を上げた。

二人は吹っ飛ばされ、後頭部から地面に落ちた。

放たれた光体の威力は凄まじかった。

両者の胸に直系20センチほどの大きな穴があいた。

その傷口から、大量に出血していた。

まさに、あっという間の出来事だった。

両者とも、声を発することができず、意識が無くなりつつあった。

二人とも死にかけている。

もはや、虫の息だ。


そのとき、遠方から、数メートル間隔の瞬間移動を繰り返しながら近づいてくる集団がいた。

その動きは、まるで、忍者のようだった。

徐々に距離を詰め、ついに、この場に姿を現した。

全部で5人の集団だった。

この場にたどり着くと、状況を把握し、すぐに倒れた巨人のもとへと駆け寄った。


「何だ!この光景は?」


「いったい何があったんだ!」


「ガルガス兵士長!」


「ダメだ!死んでいるかもしれない!」


「そんなバカな!」


「どういうことだ!」


「死んだ?そんな訳ないだろう!」


「早く飲ませろ!」


「ダメだ、もう間に合わないかもしれない……。」


「カズミも倒れている……。」


「こっちも、もう息をしていない……。」


「カズミにも飲ませろ!急げ!」


「何があったんだ、この二人がやられるなんて……。」


「おい、もう一人、倒れているぞ!」


「この男は誰だ?何者だ?」


「ロッドを持っている……、魔術師か?」


「まだ温かいが、死にかけているぞ……。」


「オイ、この男にも飲ませろ!急げ!」

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