GAME 9 ( ゲームキュウ ) 10

――5年前(都市国家ヌヌララ、プリマールの草原Ⅱ)


「ひょっとして、あれがルネさんの家?」


「そうよ。」


「一人暮らし?」


「ううん、姉がいるけど……。今は一人暮らしかな。」


「姉さんは何をしているの?」


「姉は魔術学校で先生をしているよ。名前はサーラ。私と違って、首席で卒業したから、優秀なの。それなりに高位の魔術を使えるんじゃないかな?」


「地球に行ける奴も?」


「さあ。そこまでは無理なんじゃない?」


昔、NHKで放送されていた「大草原の小さな家」と同じような家がポツンと建っていた。

家の前に着くと、馬とリアカーはそこに置かれた。

馬以外にも、たくさんの動物がいるようだ。

ルネは荷台にいる私に、肩を貸してくれた。

そのまま、何とか家に中へと運んでくれた。

ここは木造二階建てで、私は一階の寝室にあるベッドに寝かされた。


身体が動かない。この疲労感は何だ?これほどの疲労感は異常だ。意識はあるのに身体が全く動かないなんて……。この家の中も、普通に、どこかの山小屋と変わらないし……。ここはいったいどこなんだ?


「とりあえず、これを飲んで!」


ルネは何らかの液体を私に差し出してきた。


「何これ?」


「エリクサーよ。」


「エリクサー?」


エリクサーって、確か……、FFに出てくるHPとМPを完全回復させる奴だよね?まぁ、他のゲームや小説にも出てくるけど……。ここはゲームの中?いや、違う。そんなわけない。私はアバターではない。感覚でわかる。現に、あのとき、身体は透明になった。そして、元に戻った。「GAМE9」が関係しているのなら、この世界も、おそらく、夢や幻想世界ではない。まぁ、夢であってほしいけど……。夢にしては場面設定がしっかりし過ぎている。肌で感じるこの大地の息吹が、現実世界にいることを確信させている。もし、夢なら、過去にトラウマ的に接した人が強制的に出てくるはず……。ここにくる直前の記憶さえわかれば、何か、わかるかもしれないのに……。


「どうしたの?早く飲んで。それ、高価で貴重な液体だからこぼさないでね。」


私は「聖杯ゴブレット」で検索すると出てくるような容器に入った液体を飲み干した。

すると、どうだろう!

一気に疲労感が無くなり、身体が軽くなった。


「どう、具合は?」


「あれ?」


私はスッと起き上がり、ベッドの横に立った。軽くジャンプもしてみる。なぜか、急に、見違えるように元気になった。


「どうして不思議そうな顔をしているの?」


ルネが言った。


「人間っていうのは、一瞬で身体の調子が良くなる生き物じゃないから……、何と言うか……、しっくりこないんだよ。」


今度は、同じようにルネが不思議そうな顔をしていた。

私はその原因を聞いてみた。


「どうかしたの?」


「いや……、あなた……、さっきも言ったけど、ヌーラの最大値が異常だと思う。感覚的なことなんだど、回復したあとも上限が見えない……。」


「ヌーラ?」


「魔術を使うのに必要な精神値のこと。」


「ああ、МPのことか……。」


「МP?」


「うん。こっちではマジックポイントまたはマジックパワーと呼んでいるけど……。と言っても、ゲームの中の話で……。人間にはそんなもんないよ!ここにいる表族は、地球にルーツがあるって言っていたよね?その人たちにも、そのヌーラとやらはあるの?」


「無いわ。表族のヌーラの値はゼロ。訓練で増えることもない。だから、あなたはいったい何者なの?私の感覚では、おそらく、魔術学校にいたときの裏族の先生ですら、これほどのヌーラ値は感じないし、無いと思う。しかも、あなたの場合、上限が見えない……。」


「へえ、と言うことは、自分は、この世界で魔法使いの適性があるってことでいいのかな?ところで、ルネさんはどうやって他人のHPやМPを確認しているの?何か方法があるのかなぁ?それも、魔術学校で学んだ魔術か何か?」


「これは違うよ。これは魔術学校をクビになったあと、別の職業訓練で学んだもの。しかも、この職業はちょっと訳アリ……。ああ、そうそう、別に心配しなくてもいいよ。この国に住んでいる人で、他人のHPとМPを見られる人なんてゼロに等しいくらいいないから……。まぁ、見られてもどうってことないけど……。戦うわけではないんだし。ただ、あなたの場合はあまりにも……。」


「表族が魔法適性ゼロなら、じゃあ、その魔術学校に通っている人って、全員、裏族ってことになるよね?」


「そうよ。全員、裏族ね。」


「この国では、魔術を全て平和利用しているってことでいいのかな?」


「どうして?なんで、そんなこと聞くの?本当に記憶喪失?なんか、今、この都市国家に来たばかりの異星人と話しているみたいなんだけど……。」


「ハハハ、そう言われても、わからないものはわからないから……。魔術を覚えたって、戦う相手がいなかったら、何のために覚えているのかなぁと思って……。」


「そうね。その通りなんだけど……。確かに、現状は、別にどこの誰かと戦争をしているわけではないし、悪人が蔓延る国でもないから、まぁ、覚えたところで使い道はないかなぁ。まぁ、これは民族のルーツ、つまり、誇りのようなものだから、他種族にはわからないかもね。ただ……、今までは平和でも、これから先の未来までもが安泰とは限らないでしょ。」


「危機が迫っていると?」


「まさか(笑)、ただ……、一つだけ気になることはあるわね。」


「それは何?」


「調査船事故の話はわかる?あっ、わかるわけないか……。一般国民だもんね。」


「わからないよ。」


「5年に1度、惑星ルネロンを調査するための調査船を、この浮遊都市から惑星に飛ばしているらしいけど、10年前といい、5年前といい、調査船は戻ってこなかったの。詳細については一般国民は誰も知らない。要するに、国家機密という奴ね。姉は高位の魔術師だから、最高統治機構の幹部クラスの会議に出席しているから多少の情報は持っているんだけど……。ただ、姉はずっと王都にいるし、しばらく会っていないから、私も姉から聞いただけでそれ以上の情報は知らないの。調査船の事故のことで、何か不穏な報告があって、その分析が長引いているらしいの……。未知の生物がいるとかいないとかで……。あなた、表族なら太陽系のことはわかる?」


「太陽系?うん。わかるよ。」


「惑星ルネロンは、太陽系にある金星のように過酷な環境で、とても生物が住める星ではないの。もちろん、文明なんかあるはずがない。仮に、いたとしてもアメーバみたいな原子的な微生物くらいじゃない……。ただ、その報告は、その常識を覆すものだったらしいの。私が知っているのはそこまでだけど、姉によると、そのすぐ後から、急に国防の強化が始まったというのだから、ただ事ではなさそうね。姉も詳細を知らなくて、いったい何から身を守ろうとしていのかよくわからない……と言っていたわ。そういう報告って、嘘の報告も多いらしく、また、フェイクじゃないかって言っていたけど(笑)」


「お姉さんと連絡は取れないの?」


「当たり前じゃない、王都にいるんだから。」


「いや、電話とかインターネットとかは無いの?この世界には……。要するに、通信手段だよ。」


「無いわね。」


「ひょっとして、手紙を鳩に付けたり、誰かに運んでもらったり、みたいな感じ?」


「そうね。」


「ひゃー、江戸時代までさかのぼるのかぁ……。宇宙船を作れる高度な文明があるのに???」


「宇宙船(調査船)も、どこから飛ばしているのかなんて、誰も見たことはないの。本当の話かどうかもわからない。そもそもこの国には飛行場は無い。空を飛んでいるのは鳥だけ……。通信機器なんて存在しないし、見たこともない。」


「宇宙船を作れる文明があって、電話が無いって……、めちゃくちゃだなぁ。」


「まぁ、私も、たまたま姉がそういう立場にいるだけで、基本は一般国民だから……、私に聞かないで。ただ調査船の事故から、この国のお偉いさんたちが慌ただしくなっているのは間違いないみたいね。この都市国家ヌヌララと惑星ルネロンの関係性は、もう30憶年も続いているんだよ。今さら、ルネロンに生命体がいるかもしれないなんて話……、誰が信じるの!誰も信じないわ。」


「ネットも無い、電話も無い、地球上空にいられるのは半年間だけか……。あと4ヵ月で、この都市国家自体が惑星ルネロンとやらの上空にワープしてしまうのか……。それまでに何とか帰らないといけないな……。」


ここは高台にあるため、窓からの景色は爽快だった。

真っ青な空、新緑の大地、無色透明の水、神秘的な湖、地球とほとんど変わらない初夏の光景が広がっている。


「ところでカエデ君は、これからどうするつもりなの?」


「とりあえず、王都に行こうと思います。地球に帰る手がかりは、それしか無さそうだし……。」


「地球にいたという記憶はあるのね?」


「はい。ハッキリと覚えています。間違いなく地球で暮らしていました。」


「じゃあ、何らかの形で時間の海を渡ってきた可能性が高いわね。」


「他にもそういう人がいると?」


「そうでなければ、表族の人なんて、ここにはいないわよ。いつ、どういう経緯でここに来たのかはわからないけど……。」


「王都に行くにはどうしたらいいですか?」


「そうね。行き方は一つのルートしかないよ。丘を下りてから、湖に沿って東に進んで、南の大地と東の大地を隔てる川があるから、そこを渡って北へ歩くと、商業都市ヴォイスがあるわ。まずは、そこを目指すべきね。ただ、ヴォイスから王都に入るには、通行証が必要で、それを手に入れないといけないわね。何か正当な理由がないと王都には入れない。王都の入口には巨大な門があって、そこに隣接する形で入国管理局がある。ヴォイスから行く場合は、必ずそこを通らなければならない。」


「通行証はどうやったら手に入るの?」


「さぁ。今、入国管理は厳しいから、本当に正当な理由がないと無理ね。ヴォイスの闇商人から買うしかないわね。」


「他のルートは無理なの?」


「無理ね。湖を船やボートで航行することは認められていないから、中央突破は無理。すぐに逮捕されてしまうわ。船やボートの航行が認められるのは、戴冠式と即位式のときと、あとは、花火大会のときだけね。西側の大地からも王都に行けるけど、こっちは危険な森の中を行かないといけないからは無理ね。途中から道が無いし……。ここはヴェルヴァリエの森といって、通称『無限の森』と呼ばれている。一度入ると迷子になってしまうの。危険な動物がいっぱいいるし、亜族の小さなコミュニティがある。森は王都に隣接しているから、森さえ抜けられれば、そのまま通行証無しで王都に入れるけど……。こっち側は特に管理されていないからね。でも、そっちから行ったら、間違いなく、途中で命を落としてしまうわね。」


「亜族?」


「ああ、亜族というのは、バルテスナ族とアルウ族との混血。アルウ族というのは、遥か昔に絶滅して、もういないんだけど……。まぁ、あまり関わらない方がいいわね。ロクな連中じゃないから。こっちの文明社会が苦手で森の中でひっそりと暮らしている人たち……。まぁ、私も似たようなもんだけどね。」


「王都まで、遠い道のりだなぁ。」


「丘を下って、湖畔まで行けばヴォイス行のバスが出ているわ。この辺りはヴェルヴァリエの森との境界線付近だから、バスもそこが終着駅ね。」


「おカネがないと乗れないんじゃないの?」


「確かに、タダではないわね。ヴォイス行のバス代くらいは出してあげるわ。あとは自分で何とかして!」


「うん。わかったよ。いろいろとありがとう。」


「最終のバスは昼で終わっているから、今日は泊っていくといいわ。」


「いや、外で寝るよ。」


「大丈夫よ(笑)、その部屋は使ってないから、休んでいって。しばらくしたら夕食を持っていくから……。」


「本当にありがとう。何とお礼を言ったらいいか……。」


ルネは部屋を出て行った。


この部屋は山小屋ということもあり、とても質素だった。

窓からは、丘の下の景色を一望できた。

ベッドの他には、簡素なテーブルとイスしかなかった。

向かいの壁には、壁一面に飾られた地図があった。

壁と窓の隅には、木でできたロッドが数本置かれていた。


「これがこの国の地図かなぁ。」


私は独り言を呟いた。


「でも、何て書かれてあるのか、さっぱりわからない……。」


そこには神秘的な文字の羅列が多数あった。


「この窓から見える景色から推測すると、多分、この辺りかな?地図と景色の形状が合致する。東側から行くと、これ、相当遠いなぁ。ん?ところで……、この木の棒は何だろう?」


私は、壁の隅に立てかけられていた木の棒を手にした。

それは、木でできたロッドだった。上部に一か所だけ、小さな水晶が埋められていた。


「ああ、これは、わかる。魔法使いだけが装備できる杖だ。私は、ファミコンから始まって3Dゲーム断念組……。正確に言うとPS断念組。ドラクエもFFも6作品目まではやっている。7から先は今も知らない。だけど、その間に得た知識だけでも、この国の世界観を理解できる。ギリギリセーフだね。10歳くらい年上だったら完全にアウトだった。多分、何もかもがわからなかった。何となくだけど……、どういう世界にいるのかがわかる。はぁ。とりあえず、今日はここでゆっくりして、明日に備えよう。」

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