GAME 9 ( ゲームキュウ )  8

――10年前(40歳のとき、季節は春)


私は、その日、恐ろしい事実を知った。

当初は何が何だか、わからなかった。


誕生日まで、あと2ヵ月……。

〇〇歳までに、〇〇をやりたい、みたいな漠然として想いは誰にだってある。

それが叶わないまま、終わろうとしていた。


失業してから、半年以上が過ぎていた。

今日はハローワークに行って、いつものようにタッチペンを叩いてくる予定だった。

そもそも、ハローワークに行ったことがある人って、世の中でどれくらいいるのだろうか?

一度も行くことがないまま、人生が終わる人もたくさんいるような気がする。

私は、企業で責任者をしていたときに、ハローワークに求人を出したこともあれば、失業者として仕事を探しに来たこともある。

つまり、両方を経験している人間である。

一般的に、ハローワークで仕事を探す人は、中高年層がほとんどで若い人はここには来ない。

若い人は雇用保険の手続きにくることはあっても、求職は、ネットか求人誌を見て、直接、企業に応募しているのがほとんどだ。


私がハローワークに来るのは、今回で何度目だろうか……。

あの、全員がパソコンの前に座り、タッチペンを叩く音の競演は、負け犬たちの交響楽団という感じがして、プライドの高い人にとっては屈辱以外の何物でもない。

あの、何とも言えない音が、たまらないね。

私は能無しのクズのくせにプライドが高い。

そこに行くたびに、自己嫌悪に陥った。

ここにいる負け犬連中と一緒に、肩を並べてタッチペンを叩いている自分が嫌で嫌でどうしようもなかった。

正直、どの仕事に就いても、人間関係が上手くできずに辞めることになるだけ……。

それを繰り返していると、だんだんこの世における存在価値が無くなってくる。


そもそも、最初に就職した会社を辞めた理由は、最後の最後まで彼女ができなかったこと……、それによって、生きる意味・気力・目的・希望が無くなってしまい、無気力になってしまったこと……。

それが原因で会社を辞めた人間なんか、どの会社に再就職したところで、長続きするわけがない。

もう、人生自体を捨ててしまっているのだから……。


ここでの作業は、端的に言うと、まず、パソコンの画面をタッチペンを使って操作する。そこには業界別にたくさんの求人票が掲載されているので、それをスクロールして見る。自分の条件にあった求人票ページを、タッチペンを使って操作し、印刷ボタンを選択して印刷する。プリンターが真横か真上に設置されているので、その印刷された紙を、受付に持っていく。そうしたら、受付の姉ちゃんがその企業に連絡してくれる。私は、その姉ちゃんが企業の担当者から聞いた情報通りに、履歴書を持って、その企業に面接に行く。そんな流れである。

私は、そういう流れの中で、ある企業に面接に行く予定になっていた。

中途採用者を一斉に面接する合同面接というやつだ。

「日時は決まっていたけど、場所・時間などの詳細は追ってメールで連絡する」とのこと……。

だが、いつまで経ってもメールは来ない。

ひょっとしたら、迷惑メール扱いになっていて、自分が気づいていないだけかもしれない……と思い、私はそのときに、初めて、迷惑メールフォルダをチェックした。

すると、どうだろう。

そこには奇妙なメールが、数通、届いていた。


「GAME9」 ?


何じゃ、こりゃあ!


そのときは、ただのいたずらメールだと思った。

無視してそのまま放置していた。

だが、その数日後、私の身体に異変が起きた。


その日は、昼過ぎに起床した。

天涯孤独の失業生活なんて、凄まじいほどに自暴自棄になっているし、荒んでいる。

部屋はゴミ屋敷と化し、このまま何もしないでいたら、家賃が払えなくなり、数か月後には、大家や管理会社と壮絶な喧嘩をすることになるだろう。

そのあと、路上に落ちる。

わかっていても、自分では止められない。

私だって、好きでこんな人間に生まれて、好きでこんな人生を送ったわけじゃない。

どうすることもできないんだ。

私のせいじゃない。

当然、私が悪いわけではない。

それが私の理屈だった。


私の身体に起きた異変は、あまりにも衝撃的なものだった。

当初、その異常を感知したとき、私は寝ぼけているのか……と思った。

だって、洗面台の大きな鏡の前に立っているのに、私の姿が映っていないのだから……。

とりあえず、顔を洗って、目をクリクリさせて、もう一度、鏡を見た。

やはり、何も映っていない。背景の壁しか映っていない。


え?どういうこと?


さすがに怖くなった。

私は、自分の体を手で触ってみた。

いつも通りの感触で、何の違和感もない。

それなのに、私の姿はどこにも映っていない。


これって?以前見た、ケビンベーコン主演の映画と同じ状況?どうやったら元に戻れるの?

何これ?なんで、こうなった?

どうしたらいいの?


水を掛けたり、お湯を掛けたり、薬を飲んだり、身体を叩いたり、いろいろしたけど、どうにもならない。

怖かったけど、もう、どうしようもないから諦めた。


そのとき、何かが脳裏をよぎった。


あ、そう言えば……。

この前、迷惑メールフォルダを見ていたとき、透明がどうのこうの……って記述のメールがあったような……。


私はパソコンを起ち上げて、あのメールを見た。


これは、いったい何だ?

どういうことだ?

今まで、私の身の回りで起きた訳の分からない事象は、このメールのせい?

いったい何がどうなっている?

「GAME9」?

「GAME9」って、同窓会の久野が送ってきた、あのどうしようもねえゲームのことだろ?

は?

意味がわからない。

ゲームと関係があるのか?

私は、あのゲームを起動しただけで何もしていない。

どういうことだ?

 

とにかく元の身体に戻りたくて、いろいろと調べた。

現状の分析もした。

すると、わかったことがある。


私の身体の透明化には法則があった。

幽霊みたいに物質を通り抜けることができるようになったわけではない。

それに、空が飛べるようになったわけでもない。

試しに、腕にカッターナイフで傷を入れて血を流してみた。

血は確かに流れていて、その部分をもう一方の手で触ってみると、確実に出血している。

それなのに、それが透明で何も見えない。

ただ、血が床に落ちた瞬間、床に落ちた血はハッキリと見えた。

このことから、私が身に着けているもの、または、私の身体に触れていて、なおかつ、地面に付いていないものに関しては透明になることがわかった。

だから、建物や土地、駐車場に止まっている車に触れても、その建物や土地、車は透明にはならない。電車や船も透明にならない。ただ、飛行機に関しては、私が搭乗した場合、離陸した瞬間に透明になる。

泥道を歩くと足跡は付くし、水に入れば私が入っているところだけ不自然に空洞になる。

店頭に置いてあるおにぎりやサンドウィッチも、私が手に取って持ち上げた瞬間に透明になる。人目さえ避ければ、万引きし放題ということになる。仮に、人目がある場所でそれをやったら、怪奇現象として騒がれてしまうだろう。


「GAME9」というところから送られてきたメールによると、この現象は30日間続くという。

もはや、この情報を信じるしかない。

そして、30日を過ぎたら、元に戻っていることを期待するしかない。

それ以外にも、過去に「GAME9」からメールが届いているが、全て心当たりがある。

まぁ、それは単なる偶然かもしれないけど……。

ただ、説明がつかないものもある。

もし、偶然ならば、あの日見た夢と、今のこの状況に関しては、誰がどう説明できるというのだ。


数日間、私は混乱した。

何が何だか、理解ができないからだ。

こんなことが、現実に起こるなんて信じられない。

一つ一つ、何が起きたのかの手がかりを探すことにした。


まず、同窓会サイトを通じて、このゲームを送ってきた久野大介にメールで連絡を取った。

「私の家に届いた荷物は、私のものではない。心当たりはあるか?」と、問いただした。

すると、「わかるわけないじゃん。30年も前の話だよ。小学生のときの話だよ。当時、未来の自分に向けて送った荷物なんて、受け取った未来の自分全員が、俺、昔、こんなもん、ここに入れたかなぁ?って感じだったよ。来ていなかったのは一人だけだったから、ただ単に、忘れているだけなんじゃない?誰も覚えてないよ、30年前のことなんて……」と言われてしまった。

まぁ、冷静に考えれば、そうなんだろうけど……。

だが、明らかに、私のものではない。

もう、この時点で「GAME9」に関する手がかりはゼロだ。

それに、このおかしな現象は何なんだ?


透明人間になりたいと思ったことは、人間なら、誰でもあるだろう。

ただ、実際になってみると、何をどうしたらいいのかわからない。

若い頃だったら、とりあえず、好きな女の家に忍び込んで、風呂場で待機して、そいつの全裸を堪能したり……、他にも、交際している男女の部屋に忍び込んで、他人のセックスを目の前で観察したり……と、まぁ、性犯罪以外の用途は考えられなかっただろう。

だが、この年齢までくると、もう違う。

デート経験なし、セックス経験なしで人生の時間を終えてしまったから、そんなことをしても、逆に虚しいだけ……。女の裸なんて、AVで見飽きているし……。今さら、生で見たって、何も変わらない気がする。


私は、この透明の時間を利用して、一つだけ確認したいことがあった。

あの飛行機事故で搭乗者のリストに載っていたサユキの生死だ。

住所はGPS交換したときから知っている。

もちろん、行ったことはないけど……。

ただ、どうしても確かめておきたかった。


ちょっと遠かったけど、歩いてサユキの家まで行くことにした。

バスと電車は、他人の身体と触れる可能性が高いので使えないし、タクシーと自転車は、透明人間である時点でムリ……。

スマホで地図をチェックしながら、ようやくここまで来た。

その土地には、昔ながらの日本家屋と、近年、作られた家の、二棟があった。

古い家が、サユキの実家またはサユキの旦那の実家で、こっちの新しい方がサユキの住まいだろう。

二階の窓が開いていたので、とりあえず、上手く攀じ登ってベランダから侵入した。


誰もいないのか?


一通り、家中を探索してみた。

普通の家で、特に変わった様子はなかった。

家族写真や手がかりになりそうなものは、一切、無かった。

とりあえず、書類や通帳の類がありそうな引き出しをあけて、手がかりを探すことにした。

いろいろと調べたが、何一つ、情報が無い。

ようやく、手がかりとなりそうなものを一つ発見した。

「調停調書」だ。

この書類があって、しかも、「成立」と書かれてあるということは……、サユキは、どうやら離婚したようだ。

そして、隣の家は旦那の実家であることも判明した。

離婚の日付と飛行機事故の日付を考えると、サユキがこの家を出てから、まだ数か月しか経っていない。

残念ながら、この「調停調書」から、現在の情報を得るのは不可能だった。

それらしき記載が何も無い。

ここで、これ以上の手がかりを得るのは不可能だった。


30日後、私は、元の身体に戻った。


その日、再び、メールボックスの迷惑フォルダに1通のメールが届いていた。

ゲームソフト「GAME 9」からのお知らせです。

「ゴッド・アイ」が実行されました。GAME6クリアです。おめでとうございます。ゲーム指定がありませんので、そのままGAME7を開始します。

頑張ってください。

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