GAME 9 ( ゲームキュウ )  7

――10年前(40歳のとき、季節は晩冬)


あの日、おかしな夢を見た。

まるで、映画を見ているかのようだった。

なぜ、そんな夢を見たのだろう。

夢の概要はこうだ。


ここは、浮遊都市ヌヌララ……。

地上5000メートル辺りを、約30億年前から飛び続けている。

ただ、人間がその姿を見ることはできない。

なぜなら、それは地球の並行世界に存在しているからである。

地球には、我々が目にしている現行地球と、その裏側にあるとされる並行地球がある。


反地球とは、太陽を挟んだ地球の反対側にあるとされる架空の星のことで、裏地球とは地球の内側にある世界のこと、どちらも架空の話である。

だが、それとは別に、もう一つ、時間の歪みの中に存在する地球が存在すると言う。

それを歪地球(わいちきゅう)と呼ぶ。

地球と同じ領域に、実は、もう一つの地球が存在しているである。

時間の歪みの中に存在しているため、その存在を、認知することはできない。


浮遊都市ヌヌララは、現行地球と並行地球(歪地球)の中間領域に存在しており、「地球」と「歪地球」とを結ぶドアとなっている。


この浮遊都市ヌヌララは一辺が約70キロメートルもする透明の正立方体ケースに収められている。

この透明のケースは亜空間バリアと呼ばれ、時間の歪みを調節する機能があった。


この調節により、浮遊都市ヌヌララからは、この現行地球に同化することができている。普通に飛行機で空を飛んでいるのと同じように、浮遊都市ヌヌララから地球上空の景色と、地上の景色を堪能することができる。残念ながら、現行地球側からは、この浮遊都市を目で見ることはできないし、物質として認知することもできない。


このバリアは人工的に発せられる電波や光線をブロックするため、レーダーで時間の歪みを探知することもできない。したがって、地球人がこの都市の存在に気づくことはないのだ。


浮遊都市ヌヌララは、全体の二分の一が地殻で、残りの二分の一が上部の地上・空中部分となっている。

地殻部分は未知の金属で出来ており、形は半球体で、地球に例えると南半球と全く同じ形状である。

続いて地上部分だが、地球同様、地面と空中に別れている。

地理は縦70キロと横70キロの正方形である。

この大地には中央に大きな湖があり、そこから川が流れているが、その水は無色透明で、上ら覗くと、なぜか、湖底や川底ではなく、その下にある地殻部分をも超えて、現行地球の地上の景色がそのまま見えている。とても不思議で神秘的な光景だ。

だから、湖畔や川辺からは、遙か下の地球の地上の光景を見ることができるのだ。


では、この都市内の地理的な配置はどうなっているのだろうか……。

簡単に見てみよう。

地上部の中心には巨大な湖があり、その中央部にあるヌーラノの泉からは、水が数百メートルの高さまで猛烈に噴き出している。

巨大な噴水といったイメージだろうか。透き通った水が空中に弾かれ、神秘的な色合いを創りだしている。

湖からは二つの川が、地上の南西、南東の角に向かってそれぞれ二方向へ流れている。水の流れは穏やかにゆっくりと大地を横切っていく。隅に流れ着いた川は、そこから亜空間バリアを飛び出して、時間の海に消えていく。

その光景はとても美しく神秘的である。

まぁ、見ることができればの話だが……。


中央の湖を中心に北側・東側・西側・南側は離れれば離れるほど高度が高くなっている。

南西と南東側のみ、川に沿って逆に低くなっている。


湖の北側には浮遊都市ヌヌララの首都があり、神秘的なビルディングが数多く建ち並ぶ。そこは、この都市国家の英雄の名を取ってパルテスナ・メダリドと呼ばれている。湖の東側には商業都市ヴォイスがある。ここに人口が集中しており、行政区による統治が行われている。湖の西側にはヴェルヴァリエの森が広がる。ここは見渡す限りの森林地帯だ。湖の南側にはプリマールの草原が広がる。この地域には小さな小屋のような住居が各地に点在している。


湖や川は大地に潤いをもたらすものだが、このヌヌララの大地を流れる水は、そういう一般的な趣旨の他に、ある神秘的な効力が存在した。それはこの水を飲むと、容姿だけでなく全ての機能が若返るのだ。


そして、この水は浮遊都市ヌヌララを語る上では欠かすことのできない重要な意味を持っていた。


かつて、ヌヌララは原始宇宙の中に存在した惑星ルネロンの一都市にすぎなかった。ルネロンには大都市が至る所に点在し、多種多様な生命体が生活を営み、繁栄を極めていた。都市にはそれぞれ統治機構が存在していて、秩序を保つという概念があった。その根底には異種異質の生命体または民族が、他の都市統治機構に対して一切の干渉をしないという、ルネロンに古くから伝わる慣習法の存在が大きな役割を果たしていたと言えるだろう。しかし、今から約30億年前、不干渉に基づくこの平和な時間は突如として終わりを告げた。ルネロンを統一して支配しようと謀った生命体と、それまで通りの都市の自治を主張した生命体との間で争いが勃発したのだ。


ルネロンの覇権を握ろうと、点在する都市統治機構を片っ端から攻撃・占領し始めたのがアルウ族のヴィジャイアス帝王率いる軍団である。彼らは破壊願望や征服心の強い高知能生命体で、みんながみんな、勇猛な修羅でとても強かった。

占領は瞬く間に広がっていった。

彼らの強さの秘密は、ただ単に肉体的なものだけではなかった。「麗滅仙」(れいめつせん)と呼ばれる魔術を自由自在に使いこなせたのだ。麗滅仙とは一瞬であらゆる物質を素粒子レベルから創造して具現化させるもので、炎・氷・水・風・雷を術者の意のままに操るという、とても恐ろしいものであった。ヴィジャイアス軍団の麗滅仙の前に、ほぼ全ての生命体・種族が滅ぼされ、または服従させられることになった。


そんな中、ある生命体の、ある一族だけは激しい抵抗をみせ、戦いを続けていた。

その一族とはメダリド女王率いるパルテスナ族の軍団である。彼らの拠点となったのが、自身が都市統治機構を営んでいた都市国家ヌヌララであった。当時も現在と変わらない外観である。


当然、地上にあった頃は、まだ亜空間バリアには覆われていなかった。この生命体も彼らと同じ高知能生命体であったが、力は弱く温和で協調的な側面が強かった。そのために戦いは不向きであったが、パルテスナ族だけには特殊な能力が備わっていた。麗滅仙に、充分、対抗できる「恋幻界」(れんげんかい)と呼ばれる魔術を自由自在に使いこなせたのだ。恋幻界とは、空間・幻想・次元・変態・時間を創造したりコントロールする神秘的な魔術であった。

ヴィジャイアス軍団の麗滅仙による氷炎攻撃・雷雨攻撃に対して、あらゆる場面を瞬時に作りだして幻影を見せたり、物理的攻撃を別次元や異空間に放り込んでそこに封じ込めるという恋幻界でこれに対抗した。


パルテスナ族の抵抗は激しく、戦いは、実に数百万年続いた。


このままではいつまで経っても平和な時が訪れることはないと悟ったメダリド女王は、ヌヌララに古くから伝わる伝説の呪法を用いることにした。女王の居住する中央要塞ヌヌララ・アベルぺからは地下深くに伸びる狭い下り階段があった。階段の終点には小さな空洞があり、そこにはヌーラノの泉の原点とも呼べる地底湖が存在した。

水の色は黒く濁っていて、地上の湖とは似ても似つかない色だった。


この地底湖にまつわる伝説はいくつか存在するが、有力な説として、この湖は惑星ルネロンの誕生はおろか、この原始宇宙の創世よりもはるかに古い前創世記から存在すると言われていた。はるか昔、ヌヌララを造った人々はこの湖に信仰心を持ち、都市の守り神としての地位を与えて数々の伝説を作り上げた。


その中でも最も有名な伝説が、この水の効力をその身に宿したものは麗滅仙や恋幻界を含むありとあらゆる魔術を統括する最強の魔術、「神杞憂」(しんきゆう)を習得することができ、全宇宙を支配できる全知全能の神になれるというものであった。


ただ、この水は地上の水と違い、ある道具を使わないと、この水に含まれる神秘的な成分を摂取して、その効力をその身に宿すことはできないと言う。

それに成功した人物は歴史上一度も現れておらず、この伝説が神話の域を出ることはなかった。

この黒い原水は、ただ若返るだけでなく、永遠の若さと永遠の命……、それだけじゃない、魔術を生むために必要な精神値を、無限に引き上げることができると言う。


メダリド女王は、戦いながら、研究に研究を重ねた。

数百万年に渡る長い研究の末、ついに、この水を汲み取り、そして飲み干すことができる容器を開発したのだ。それは「ヌーラノ・アプラジャンスカ」と呼ばれ、装飾部が瓶のような形をした首飾りだった。

ヴィジャイアス軍団の激しい攻撃にさらされる中、ついに、メダリドは決断した。

首飾りの容器に水を汲み取り、それを戦いの最中に飲み干したのだ。


その瞬間、メダリドは神になった。


女王の体から様々な思念波が放出され、それは光の玉となり各生命体を撃ち抜いていった。ヴィジャイアス軍団は一瞬で壊滅した。ただ、あまりの破壊力に、惑星ルネロンにも多大な損傷を与えてしまい、星そのものが爆発の兆しを見せ始めた。女王は都市国家ヌヌララとパルテスナ族を救うため、全員を都市国家の中に集め、外側から都市全体に亜空間バリアを張った。

メダリドは、全ての力を使いきり、神の魔術、「神杞憂」で大地から都市ごと切り取り、異空間へワープさせたのだ。そうして都市は、30億年前、地球という星の歪んだ時間軸の中にたどり着いた。


一方、ルネロンに残ったメダリド女王の行方はわからなかった。星自体、大爆発は免れたものの、星全体が灼熱の大地へとの変わり果てたため、その過程の中で、その生涯を閉じたと言われている。

高熱の灼熱地獄が数億年続き、その間に、黒い塵の層が星全体を包み込み、大気を形成した。

そして、ヌヌララから遅れること十数億年後、なぜか、惑星ルネロンも異空間ワープに巻き込まれ、地球という星の歪んだ時間軸の中にたどり着いた。

地球と惑星ルネロン(歪地球)の間の中間領域に浮遊都市ヌヌララが存在するという構図が出来上がった。


メダリド女王が身に付けていた首飾り「ヌーラノ・アプラジャンスカ」も、大地の滅亡とともに行方不明になったと言われている。

あれから30億年もの月日が流れた。地球に存在する生命体が、都市国家ヌヌララが天空にあるという事実を知る日は、果たして来るのだろうか? 

今も、地球上空のどこかを飛び続けている。


その日、メールボックスの迷惑フォルダに1通のメールが届いていた。

ゲームソフト「GAME 9」からのお知らせです。

「ヌーラノ・アプラジャンスカ」が実行されました。GAME5クリアです。おめでとうございます。ゲーム指定がありませんので、そのままGAME6を開始します。

頑張ってください。

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