指切り事件

人 物

八神春雄(37)八神法律事務所代表 弁護士

山下浩太郎(60)山下組組長

大西篤(40)山下組若頭

谷原庄司(40)警視庁久松警察署 警部補

山下組構成員

刑事1

刑事2

花魁

男性


○吉原遊廓・花魁の部屋(夜)

   花魁、袖で顔を恥ずかしそうに隠す。

   男性、花魁に詰め寄る。

男性「おらでいいのか?」

花魁「(色っぽく)はい…」

男性「ありがとう、でも言葉だけでは不安で

す。な、何か…」

   花魁、言葉を遮り、男性の前に小指を差し出す。

   男性、小指と花魁の顔を交互に見る。

   固唾を飲んで、震えながら、男性も小指を差し出す。小指が絡み合う。

花魁「指切り拳万嘘ついたら針千本飲―ます。

 指切った」

   花魁、微笑み、小指を離す。

   花魁、男性の顔を両手で胸まで抱き寄せる。男性の頭を優しく撫でる。

花魁「幸せにしてなんし」

   花魁、色っぽく声が漏れる。


◯人形町・路地裏・ゴミ置き場前(昼)

   黄色の立入禁止テープが道を縦断するように貼られている。

   警察官二人が横並びに立つ。


◯同・同・ゴミ置き場(昼)

   ゴミ置き場に首の頸動脈を切られて女性の死体が無造作に置かれている。左小指は切断さ

   れている。

   刑事1、手を合わせ、拝む。

   谷原庄司(40)、身を乗り出し、死体の左手を手に寄せ、

谷原「(左小指辺り見て)これで三件目だ」

   刑事、立ち上がり、

刑事1「ホシが一向に検討がつきませんね」

   谷原、死体の手を離す。

谷原「小指の行方もわからずじまい、こりゃ手こずるぞ。それにいつもの事だが、血痕もない。

 殺されたのはここではないな」

刑事1「目撃者が居ないか、聞き込みに行きましょう」

   谷原、振り返り、

谷原「言われなくてもわかる。行くぞ」

   谷原と刑事1、歩き出す。二人の眉間には皺を寄っている。


◯久松警察署・取調室(夜)

   構成員、貧乏ゆすりをして、パイプ椅子に深く腰掛けている。唇端を切り、目尻に痣。

   刑事2、パイプ椅子にふんぞり返る。

刑事2「星城会との小競り合い、いい加減にしてくださいな。一般市民に被害があったらどうす

 るんですか?」

   構成員、睨む。


◯同・取調室前廊下(夜)

   八神春雄(37)、威風堂々と歩く。口角が上がる。

   警察官達が素早く避ける。


◯同・取調室(夜)

刑事2「まぁ、いいや。今回の件、目撃者によるとあんたが先に手を出したそうですな。これは傷害罪、しょっぴかせて貰いますわ」

   構成員、ペッと刑事2の顔に唾を吐く。


◯同・取調室前(夜)

   八神、ドアノブを握り、開けようとする。


◯同・取調室(夜)

   刑事2、ハンカチで顔を拭く。構成員の頭を掴む。

刑事2「警察を舐めていると、公務執行妨害

 罪も追加するぞ」

   八神、扉を強く開ける。

   刑事2、八神を睨む。構成員、口角が緩む。

構成員「待っていたよ、先生」

刑事2「(吐き捨てるように)ちっ、お出ましかよ」

   八神、二人の間に立ち止まる。

八神「(笑顔で)どうも、うちのクライアントがお世話になっています」

刑事2「(挑発的に)薄笑いが鬱陶しいは。で?今回はどのような要件で?」

八神「うちのクライアントは暴力を働きましたが、無罪なため、釈放を要求します」

   刑事2、机を強く叩き、八神に睨む。

刑事2「はぁ?どうゆうことだ?」

   八神、懐からメモ帳を取り出し、パラパラと開く。それを見ながら、

八神「目撃者によると、星城会の人が彼と同伴の女性の肩にぶつかり、少しの間口論となった。

 その後、星城会の人が女性を殴ろうとするが、彼は背負投をしたと」

刑事2「はぁ?女性?そんな情報こっちには入っていないが」

八神「目撃者はこうも言った。彼は口論の後、おどおどしており、何か怖がっていたと。この話

 を聞くと、彼は女性の身を守るために背負投をしたように感じる。つまり、正当防衛だ」

刑事2「正当防衛だ?こいつと星城会が警察が駆けつけるまで、喧嘩していたんだぞ。何が正当

 防衛だ」

   八神、メモ帳をパタンと閉める。

八神「そうゆうことなので、彼は無罪です。引き取ります」

   構成員、薄ら笑いをし、立ち上がる。

構成員「そうゆうことだ、刑事さん、さようなら」

   刑事2、焦る。

刑事2「おい、待て、ならその女は今どこに…」


   八神、話を遮るように前に出て、

八神「不当拘留であたなの上に抗議してもいいんですよ?」

   刑事2、大きく舌打ちし、机を蹴る。

八神「(軽く会釈して)では、失礼しました」

   八神と構成員、部屋から出て行く。


○山下組・組長室(夜)

   山下浩太郎(60)の向かい側に八神がドシッと座っている。

山下「今回もすまんな」

八神「気にしないでください。あなたのためなら何でもしますよ」

山下「いや、お前のおかげで警察も迂闊にうちの組に手を出せずにいるは。(大声で)ははは」

八神「あなたの今までの恩と比べれば、ゴマ粒のようなものですよ。今の自分があるのはあなた

 のおかげです」

山下「まさか、メソメソしていたガキが弁護士となって、うちの組を守ってくれるとは、育てた

 かいがあったは」

八神「滅相もない。これからも精進させていただきますよ」

山下「いや、この業界で精進という言葉は適さないな。でも、今後ともよろしくな」

   山下、ぶ厚い茶封筒を机に置く。

   八神、茶封筒から一万円札を十枚だけ取り出し、それ以外は突き返す。

八神「これだけで食っていけますので」

   山下、困った表情で、

山下「もっとうまい飯食えばええのに」

八神「いえ、私は倹約家なため。寧ろこれだけの方が安心します」

山下「そうか…」

   八神、立ち上がり、

八神「(深くお辞儀)では失礼します。また何かあれば言ってください」

山下「おう」

   八神、部屋を出て行く。


○同・構成員の部屋(夜)

   八神、扉から出て来る。

   大西篤(40)、机に掛けていた足を下ろし、立ち上がる。Yシャツの袖の先に血のようなもの

   が付いている。

大西「(笑顔)よう、○坊。今日もうちの奴が世話になったな」

   八神、一瞬強張った表情するが、すぐに笑顔になる。ちらっと袖の先を見る。

八神「頭、良いスーツですね。似合っていますよ」

大西「(笑顔)お前だけだよ、このスーツを褒めてくれるのは」

   大西、八神の肩に手を置く。

大西「(笑顔)相変わらず、薄ら笑いが気味悪いぜ」

   八神、笑顔で肩の手を払い除ける。

八神「(笑顔)何か困ったことがありましたら、いつでも言ってください。弁護しますから」

大西「(笑顔)あぁ。ただ、弁護してほしい奴はオレじゃないかもしれないが」

八神「(軽く会釈)では、お邪魔しました」

   八神、部屋を出て行く。

   大西、口元を押さえ、笑いを堪える。


○人形町・路地裏・ゴミ置き場(朝)

   ゴミ置き場に首の頸動脈を切られて女性の死体が無造作に置かれている。左小指は切断さ

   れている。

刑事1「これで四件目ですね」

   谷原、口元を手で押さえる。肩が微かに震えている。

刑事1「どうしました?」

   谷原、手を離し、

谷原「ちょっと、臭いがキツくて…」

   刑事1、鼻を摘む。

刑事1「そうですね…ゴミ置き場のおかげでスーツにいい臭いが付きそうだ」

谷原「これで加齢臭が消せるな」

   刑事1、全身隈なく臭いを嗅ぐ。

刑事1「え?臭っています?」

谷原「ぷんぷんと。おれも気をつけなくちゃ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る