向かい合う勇気と乗り越える罪

人 物

加藤春(28)自暴自棄の無職

佐藤夏彦(38)警察事務員

母親1

母親2

母親3

少年1

少年2

運転手

◯国道南側の歩道(昼)

   車道に西からと東からと車が行き来している。

   歩道端に沢山の花束とうさぎのぬいぐるみが置かれている。

   加藤春(28)、しゃがみ込み、目を瞑り、顔の前に手を合わせている。

   加藤、顔面蒼白で額に脂汗が浮かび上がっている。

   加藤の後ろで西へ東へ歩く人達。

   加藤、目を開け、ぜぇぜぇ息を切らす。

   加藤、額の汗をハンカチで拭う。

   加藤、立ち上がり、一呼吸し、花束を

   悲しげに見つめ、西へ歩き出す。

   母親と少年1が手を繋ぎながら、笑い合いながら、歩いてくる。

   加藤、立ち止まり、少年1を見つめる。

   加藤の隣を通り過ぎる母親と少年1。

   加藤、顔面蒼白で、ハンカチを口元に当て、吐き気をもよおす。

   加藤、ハンカチを当てながら、鼻息が荒い。

   母親と少年1が遠くに行く。

   加藤、口元のハンカチをしまい、苦しい表情で息切れをする。

   加藤、顔面蒼白で西へとぼとぼと歩く。


◯桂大橋(昼)

   加藤、履歴書をビリビリに破り捨てて、川に捨てる。

   加藤、手すりに前屈みに肘つけて川を覗き込む。

   ビリビリの履歴書は川に流れていく。

   加藤、死んだ目で見つめる。

   うさぎのぬいぐるみが流されてくる。

   加藤、うさぎのぬいぐるみを見つけるが、すぐに目を離す。

   加藤、額に脂汗がにじみ出て、ぜぇぜぇ息を切らす。

加藤「(息を切らしながら)そ、そこまでして俺を追い詰めるのか」

   加藤、右足を手すりの脚に乗せる。

   加藤、手すりをぎゅっと握る。

   佐藤夏彦(38)、両手で車椅子のタイヤを止める。

佐藤「自分を大切にしなさい」

   加藤、後ろをゆっくり振り向く、死んだ目である。

   佐藤、車椅子のタイヤを回して、加藤の隣まで移動する。

加藤「私、何かしようとしていましたか?」

佐藤「無自覚かね?それなら、もっと危ない状態だ。あなたをそうさせる何かはわか

 らないが、私で良ければ話を聞きます」

   加藤、虚ろな目で佐藤を見るが、ゆっくり前に向き直し、遠くを見始める。

   佐藤、加藤の顔を力強く見る。

佐藤「突然すみません、どこかあなたの目を見ていると昔の私を思い出します。あな

 たの心を救えるのならば、救いたいです」

加藤「(右手をじっと見つめながら)私は人をこの手で死なせてしまった、それも幼

 い子どもを」

佐藤「(苦い顔をして)子供を死なせてしまったのか?」

加藤「はい、そうです。(右手が震える)未だに、この手に感触が残っています」

佐藤「何があったのですか?」

加藤「加藤春と名乗れば、わかるかと」

佐藤「(目を大きく開き)加藤春…あなたは八年前の事故の当事者だったのか」

加藤「やはり知っている人が居たのか。そうだね、あの罪はまだまだ拭いきれない

 ね」

   佐藤、眉間に皺を寄せ、聞き入る。

佐藤「人は誰しも罪を背負っている。私でもそうさ」

加藤、顔を佐藤の方へ向ける。

加藤「(怒りながら)あなたに何がわかる」

佐藤「すみません、怒らす訳ではなかったですが、事実です。あなたの気持ちがわか

 ります」

加藤「(息を切らしながら)あなたにも何か苦しんだ過去が?」

佐藤「(小さく頷き)えぇ」

加藤「そうでしたか…私は自分だけが苦しいと思っていたが、他にも苦しんでいる人

 もいるのだと再認識しました。罪に大きいも小さいもないが、どうしても自分が一

 番大きく不幸と思ってしまう」

佐藤「それはわかります」

   加藤、両手を潤んだ目で見つめ、

加藤「毎日のようにあの時のことを夢で見る。(震えながら)血まみれの女の子が

 『なんで、助けてくれなかったの?』って言うんだ、毎回」

佐藤「あなたは勇敢でした、何も悪くない。こう言ったら失礼かもしれないが、た

 だ、運が悪かっただけです」

加藤「本当でしょうか?あの子が車に轢かれそうな時、私は助けようと突き飛ばしま

 した。でも、あの子は突き飛ばしたせいで頭を思いっきり打ってしまい、亡くなっ

 てしまった。あの時、もし手で押さなかったらあの子は亡くならずにすんだかもし

 れません。選択を誤りました」

佐藤「結果だけを見ては駄目です」

加藤、佐藤に怒った表情で詰め寄る。

加藤「いえ、あの子を死なせてしまったんだ、結果が全てだ」

佐藤「結果ばかりに気を回りすぎです。死なせてしまったのは残念ですが、いつまで

 も考えていたら、あなたの人生が進みません。あの子のことを忘れろといいません

 が、どこかで区切りをつけなければ…そうだ、あなたには夢をないのですか?」

   加藤、佐藤から目をそらす、今でも泣きそうな顔で。

加藤「夢か…あの事故がなければ、自信をもって言えるものがありまたが…」

佐藤「そ、それは?」

加藤「夢か…あの事故が起きるまでは警察官を夢見ていました…」

佐藤「警察官!?こう見えて私は警察官です、今は事務職ですが…(車椅子を両手で

 指して)こうなる前までは交番勤務で信念を燃やして仕事してました」

   加藤、不思議そうに佐藤の姿を舐め回すように見た。

加藤「事故にでも?」

佐藤「いや、これは強盗犯と撃ち合ったときの不幸で…(俯き気味に)犯人が撃った

 弾が偶然脊髄に当たってしまい、下半身不随になりました…だけど、私は下半身が

 動かなく程度ですみましたが、犯人は誤って撃った弾が頭に当たり帰らぬ人に… 

 (鼻をズズッとすする)」

   佐藤、空を見上げる。

佐藤「故意でないにしろ、人一人亡くなってしまったので、その当時は警察内でだい

 ぶバッシングを受けた。居場所がなく、体もゆうことをきかないので辞めようと考

 えた。だけど、あの人の言葉で助けられた」

加藤「その言葉というのは?」

佐藤「あの人は、『どんな人も何かしら罪を背負っている。でも、大事なのは罪を受

 入れ、向かい合うことなんだ。それをあなたは十分してきた。これからは自分なり

 に行動に移すだけだ』と言った。(右手をそっと胸に当てる)胸がすくむ想いだっ

 た…」

加藤「そうか…」

佐藤「あなたも長く、辛く、罪に向かいあったと思う、自殺なんかではなく、自分の

 夢に向かってまた行動しませんか?」

   加藤、拳をぎゅっと握る。


○桂大橋から二十メートル西の歩道(昼)

   母親2と母親3が談笑している。

   母親2の足元にスボンをぎゅっと握っている少年2が立っている。

少年2「ねーお母さん、家に帰ろう」

母親2「(ケタケタ笑いながらな)もう少し待ってね」

   少年2がズボンから手を離し、車道の方へとぼとぼ歩き出す。


○桂大橋(昼)

   加藤、そわそわと歩道をうろちょろ歩き回る。

   加藤、覚悟を決めかねられない様子で、

加藤「わ、私でもやり直せれるでし…」

母親2の声「(金切り声で)きゃあああ、私の子があああ」

   加藤と佐藤、直ぐ様声が聞こえた方向を見る。

   加藤と佐藤、同時に母親2を見たあとに車道に座って泣いている少年2に視線

   を移す。

   佐藤、少年2に迫る車に気づく。

佐藤「ま、まずい、早く助けなくちゃ、このままだと車に轢かれる。くっ、この足が

 憎い…」

   加藤、顔面蒼白でたじろぐが、全速力で走り出す。

加藤「(大声で)待ってろ、今行く」


◯桂大橋から二十メートル西の歩道(昼)

   加藤、焦った表情で口元を押さえながら走る。

   車が迫る。運転手はスマホ片手に電話中。

   少年2、うわんうわん泣いている。

   運転手、少年2に気づき、慌ててブレーキを思いっきり踏む。

   加藤、全速力で飛び込み、少年2をガシッと抱きかかえ、転がる。

   車がブレーキ痕を付けながら、止まる。

   加藤の腕の中で少年2がうわんうわん泣いている。

   加藤、顔面蒼白で汗が滝のように顔中を垂れ流している。

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