腹の中との抗い

  人 物

 堀越春樹(17) 志賀高校二年。歌舞伎役者

 有川奈緒(17) 堀越のクラスメイト

 堀越の父


○志賀高校・図書室(夕)

   堀越春樹(17)、十人掛けの机に座っている。

   机の上にノートを広げ、真剣な眼差しでペンを動かしている。

   堀越、慌てて、腕時計の文字盤を見る。時計は5時を指している。

   堀越、慌てて、ペンケースを鞄に入れる。

   堀越、椅子を倒すような勢いで立ち上がる。

   ノートは机の上に広がったまま御かれている。駆け足で図書館の扉を開ける。


◯JR山手線目黒駅前(夕)

   堀越、息を切らし、膝に手をつく。

   顔には汗がびっしり広がっている。

   ハンカチで汗を拭う。

   鞄からペットボトルをだし、一気に飲む。

   ペットボトルを鞄にしまい、驚いた顔で鞄を漁る。

堀越「ノート、図書室に忘れた」

   堀越、後ろを振り向き、走り出す。


◯同・図書室(夕)

   有川奈緒(17)、机に座ってノートを呼んでいる。

   堀越、勢いよく、扉を開ける。

   堀越、周りを見渡し、奈緒を見る。

   堀越、困惑した顔で奈緒に近づき、

堀越「あ、あの、そのノートて机に置いてあったものですか?」

   奈緒、堀越の顔を見る。

   奈緒、笑顔で、

奈緒「あっ、確か同じクラスの歌舞伎君だ、どうしたの?あっこのノート君のだった の?ごめん、中読んじゃった」

   申し訳なさそうにノートを差し出した。

   堀越、受け取り、

堀越「か、歌舞伎君?そんな風に呼ばれてたの!?あっごめんね、同じクラスという のは知ってるが名前がわからなくて…」

奈緒「あっあたし?有川奈緒、奈緒でいいよ」

堀越「では、奈緒さん、中読んでしまったんだね…ごめんね、中身は忘れて」

奈緒「え?何で?全部は見れなかったけど中身素敵だったよ。これ脚本だよね?」

堀越「うん」

奈緒「歌舞伎の脚本でも書いてるの?ん、でも内容は現代だったし」

   奈緒、唸りながら腕組みする。

堀越「趣味みたいなものだよ」

奈緒「趣味だったのか。いいね、でも趣味では勿体無い気がする」

堀越「そう言うと?」

奈緒「どこかに応募してみたらと思って。そうしたらいい線行くかもよ」

   堀越、乾いた笑い声で

堀越「ははは、無理だよ。歌舞伎役者の一家に生まれたから、そんなことしてもし入 選したら、家の父親が許さないよ」

奈緒「なんで?お父さんと相談すればいいじゃない」

堀越「そんな、簡単なことではないんだ。もう、僕は将来家を継いで、屋号を背負っ ていく未来が待っているんだ」

   奈緒、頬を膨らませながら、

奈緒「まだ若いのにもうイエスマンの社会人みたいなこと言ってる。君には私よりも 時間があるからもっと将来のこと考えたら」

堀越「あなたには父親や歌舞伎の世界のことがわかっていないからそう言えるんだ」

奈緒「そうかもね、でも、あなたの舞台を見たら現状に満足していると思わない」

堀越「それってどういう意味…はっ」

   堀越、腕時計を慌てて見る。

堀越「まずい、怒られる」

   堀越、走って、力強く扉を開ける。

   奈緒、椅子に座り、机に突っ伏す。


◯堀越家・舞台(夜)

   和太鼓と小鼓の音が鳴り響く。

   堀越の父が舞台の下でパイプ椅子に腕組み、舞台上の堀越を見つめる。

   堀越、着物の裾を引き摺り、日本舞踊を踊る。

   堀越、表情は引き攣っている。

   堀越の父、両手を強く叩き、

堀越父「やめえ」

   堀越、動きを止め、堀越の父へ目線を向ける。

堀越父「堀越、最近やる気が見られない。本当に将来の中村屋を背負っていく自覚は あるのか」

   堀越、少し震え声で

堀越「はい」

堀越父「それなら、顔に真剣味が足らんし、感じられない。もうすぐ公演だ、集中し ろ」

   堀越、握り拳を作るが、力を抜く。

   お辞儀しながら、

堀越「申し訳ございません」

堀越父「なら、もう一本」

   和太鼓と小鼓が鳴り響く。

   堀越、日本舞踊を踊りだす。


◯同・渡り廊下(夕)

   堀越、俯きながら歩いている。

奈緒の声「私にとって君は恋人や友人では言い表せない存在だった」

   堀越、辺りを見渡す。

   奈緒、体育館裏で独り言を話しながら、身振りをしている。

   堀越、奈緒の動きを眺めている。

   奈緒、堀越と目が合い笑顔で手を振る。

   堀越、奈緒へとぼとぼと向かっていく。


◯同・体育館裏(夕)

   堀越、恥ずかしそうな表情で、

堀越「そ、そのセリフって」

奈緒「そう、君が書いた脚本のセリフ」

堀越「やっぱり、でも何で?」

奈緒「君の話が素敵だったから、演じてみた」

堀越「一人で?」

奈緒「そう、一人で。今日は演劇部は休みで体育館使えなかったからここでやって  た」

堀越「そもそも演劇部だったのか」

奈緒「えー知らなかったの、寂しいな」

堀越「嘘、本当は知ってた」

   奈緒、顔を両手で隠しながら、

奈緒「うそ、恥ずかしい」

堀越「話戻すけど、君は一人でも演技練習をするの?」

   奈緒、微笑みながら、

奈緒「うん、前も言ったけど私に時間がないから少しでも演技に携わっておきたく  て」

堀越「時間がない?」

奈緒「そう、あたしの命が後1年ぐらいなの」

   堀越、口が半開きとなる。

堀越「笑顔でバンジージャンプしそうなぐらい元気そうに見えるが」

   奈緒、真顔になる。

奈緒「何それ、でも本当なの」

   堀越、目を逸らす。

奈緒「1分1秒、本当は君と話している時間も惜しんだ。時間は大切に使いたい。で も、君の姿を見ていると少しイラッとする」

   奈緒、堀越を睨む。

   堀越、後ろに一歩退く。

奈緒「君は今、本当の自分から逃げている、時間はあるけど、有限ではない。今なん てあっという間に過ぎてしまうよ」

   堀越、顔を下げる。

堀越「悪いけど、君には関係ないから。余命の話は驚いたけど、僕には僕の考えがあ る」

   奈緒、顔を見上げる。

奈緒「考えね、あたしにはどうやって父親に逆らわず、生きていけるかしか見えない けどね」

   堀越、奈緒の横を通過する。堀越、足を止め、空を眺め、

堀越「当たらずとも遠からずかな、でも今の自分を打破したいと思っているんだよ、 本当だよ」

奈緒「なら、後は行動するだけだね、勇気がないていうなら、注入するよ」

   堀越、乾いた笑いをする。


◯同・舞台(夜)

   堀越と堀越の父の二人でいる。

   堀越が舞台上で日本舞踊を踊る。

   堀越の父が舞台下でパイプ椅子に座っている。

   堀越の父が力強く手を2回叩く。

堀越父「やめえ」

   堀越、体がビクッとなり、止まる。

   堀越、姿勢を正す。

堀越「…はい」

堀越父「これでは公演には出せないな」

   堀越、握り拳を作る。

堀越「す、すみません」

   堀越の父、大きくため息をつく。

   堀越、立ち上がり、

堀越父「演目を考え直す、お前はなぜだめなのか、考えてろ」

   堀越の父、扉の方へ歩いていく。

   堀越、握り拳をぎゅっとし、

堀越「と、父さん」

   堀越の父、振り返る。

堀越「は、話があるんだ」

   堀越の父、正面を向き、

堀越父「何だ、言ってみろ」

堀越「ぼ、僕、実は歌舞伎より興味があるものがあるんだ。そ、そのだから歌舞伎辞 めて、そっちに集中したいんだ」

堀越父「何を言ってる、お前は中村屋を背負って行く宿命があるんだ。許さん。因み にそれはなんだ」

堀越「きゃ、脚本です」

堀越父「脚本だと、歌舞伎より厳しい世界に飛び込みたいのか」

堀越「はい」

堀越父「歌舞伎も中途半端に投げ出す奴に生きて行ける世界とは思えないが、それで もやりたいと言うならば、何でもいい1番になってみせろ」

堀越「一番ですか」

堀越父「あぁ、一番だ。それ以下は許さない」

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