残酷の中の尊い存在

  人 物

 轟祐介(10) 小学4年生

 山本宗(35) 会社員

 轟の再婚した母親

 男子高校生

 男性会社員

○横断歩道前(夕)

   車道に車が往来している。

   歩道に人が所々歩いている。

   横断歩道前に轟祐介(10)が落ち着きがなく、周りを見ている。

   信号は赤を表示されている。

   轟、不安な表情をしている。

   轟、両手をぎゅっとし、目を瞑る。

   轟、横断歩道に飛び出す。

   車が轟に向かってくる。

   車、クラクションが鳴り響く。

高校生「あ、危ない」

   男子高校生が反対車線から走り、轟を抱えあげる。

   男子高校生、車とぎりぎりで避ける。

   大勢、人が集まってくる。

   男子高校生、肩で息をする。

   男子高校生、轟を立たせ、

高校生「ちゃんと信号を見るんだよ、今みたいに死ぬところだったんだよ」

   轟、身体が震えながら、

轟「なんで助けんたんだ」

   男子高校生、驚く。

高校生「そ、それはどう言う意味なの?」

轟「僕は死にたかったんだ」

   男子高校生、きょとんとする。

   轟、男子高校生を両手で押して、人を掻き分け走っていく。

   男子高校生、尻もちをつき、轟の後ろ姿を凝視する。


◯轟家・リビング(夜)

   母親、轟をビンタする。

   母親、怒りながら、

母親「何で、ご飯食べないの」

   轟、涙目で、

轟「お母さんのご飯が食べたよ」

母親「いつまで、亡くなった人のことを言ってるの。そんなにグダグダ言ってたら、 もっと打つよ」

   母親、手を上げる。

轟「お前なんか、出て行け」

   母親、轟を何度もビンタする。

   轟、椅子から転がり落ちる。

   轟、母親を睨む。

母親「な、なによ」

   轟、涙を拭き、立ち上がる。

   轟、俯きながら、

轟「お母さん…置いてかないでよ」

   母親、握り拳を作り、轟をじっと見る。

   本棚上に轟と女性と男性の写真がある。


◯歩道橋上(夕)

   人が往来している。

   中央に轟が立っている。

   轟、下を見る。車が往来している。

   轟、周りを見渡す。

   人の往来が無くなる。

   轟、柵をよじ登り、その場に立つ。

   轟、足が震えている。

   轟、か細い声で、

轟「お母さん、待っていてね」

   轟、足を一歩出す。

   男性会社員が走ってき、轟を抱きかかえる。

   轟と男性会社員が倒れ込む。

   男性会社員が轟の肩を両手で掴む。

   男性会社員、怒気混じりで、

会社員「な、何をしてるんだ」

轟「お、お前には関係ないだろう。じゃ、邪魔すんな」

会社員「い、命を無駄にするな」

轟「僕のことは僕が決めるんだ、離せ」

   轟、身体を捻り、男性会社員の手から抜け出す。

   轟、泣きながら走り出す。


◯轟家・リビング(夜)

   本棚上の写真がない。

   轟、驚いた表情で大声で、

轟「お母さんの写真がない」

   母親、扉を開けて入ってくる。

   母親、怒りながら、

母親「夜にうるさい」

轟「ここにあった写真はどこやった」

母親「あぁ、それなら捨てた」

   轟、母親の裾を握り、

轟「ど、どうして、最後の写真なのに」

母親「いつまでも、お母さんお母さんてうざかったから、捨てたんだ。あぁすっきり いした」

   轟、泣き崩れる。

轟「ど、どうして、どうして、何も悪い事をしていないのに、酷い」

   母親、腕を組み、

母親「そうゆう風にすぐに泣くところもうざいから部屋で泣いてくれる」

   轟、母親を泣き顔で睨み、出ていく。


◯橋の上(夜)

   川が激しく流れている。

   道は薄暗い。

   山本宗(35)が端で柵に前屈みで保たれる。

   山本、川を覗き込んでいる。

   轟、とぼとぼ歩いている。

   反対側に山本が保たれている。

   山本は闇に紛れ、見えにくい。

   轟、辺りを見渡す。

   轟、瞬間山本の方へ目線を向けるが、他方へ目線を向ける。

   山本、轟の方を見る。

山本「夜に子供が何でほっつき歩いてるんだ」

   轟、柵に両手を置き、川の方を見る。

   轟、足が震えている。

   轟、小さい声で、

轟「こ、今度こそ、お母さん待っていてね」

   轟、柵をよじ登ろうとする。

   山本、轟の方へゆっくり歩く。

山本「今の季節、川に飛び込んだら、まず助からないだろうね。まぁ、流れの速さも

 早いし、温かい季節でも助からないかな」

  轟、驚きの表情で山本を凝視する。

山本「居たの?って顔をしてるね。でもさっき一瞬こっちを向いたような気がするか ら知ってて落ちようかと思ってたわ」

轟「い、いや」

   轟、目を逸らす。

山本「まぁ、いいや。邪魔したね、どうぞ続きを」

   山本、背を向け、歩き出す。

   轟、驚きの表情で、

轟「え、何で止めないの?」

   山本、振り向き、

山本「え?止めてほしいの?」

轟「い、いや」

山本「おれは死にたい人がいたら無理に止めない主義なの。子供でも。人それぞれの 価値観もあるし」

轟「あーそうだよ、僕は今から飛び込んで、お母さんに会うんだ」

山本「え?お前のお母さんは河童か何かか?」

轟「ち、違う、お母さんは天国にいるんだ」

山本「なるほどね」

轟「わかったなら、帰れ」

山本「わからん。少なくても今飛び込んでも母親には会えないとならわかった」

   轟、握りこぶしを作り

轟「どうしてわかるんだ」

山本「逆に何でお前は会えるってわかるんだ」

轟「本屋で本を読んで、知ったんだ。死んだ人は天国にいて、天国に行ったらまた会 えるって」

   山本、吐き捨てるように、

山本「嘘八百の事を書いて、おい、本当に死んで母親に会えると思っているんか?」

   轟、柵から降り、山本の方へ駆け寄る。

轟「うるさい、やってみないとわからないじゃない」

山本「違う、やってしまったらやり直しができないんだ。それに死んでも天国も地獄 にも行けない、ただ無だ」

轟「なら、お前は試したことあるのか?ないのに適当なことを言うな」

   山本、轟の襟を掴む。

山本「なら、そんなこと言うなら自分でためしてみろ。そんな足が震えているのにや れるわけないが、後悔するぜ。いや、死んだら後悔の感情すら持てないな」

   轟、涙が溢れる。

轟「なら、どうしたらお母さんと会えるの?」

山本「もう二度と会えない」

   轟、その場で四つん這いになり、涙粒が落ちる。

山本「ただ、会えなくても忘れないようにすれば、心の中でいつでも存在する。死ん だら、何もかも失うぞ。自分の心を強く持て。そうすれば、前を向いて生きれる。 あと、無くなった物ばかり追うな」

   山本、後ろを振り返り歩き出す。

山本「俺は去るが、後は好きにしな」

   轟、山本が見えなくなるまで見ている。

   轟、立ち上がる。

轟「お母さん…ごめんね」


◯轟家・リビング(夜)

   轟、扉を開ける。

   母親、涙目で椅子から立ち上がる。

母親「こんな夜にどこい…」

   轟、涙でぐしゃぐしゃの顔で

轟「お、お母さん、ごめんね」

   母親、驚く。

母親「お、お母さんて前のお母さん?」

   轟、首を横に振る。

轟「眼の前のお母さんのこと」

母親「は、初めてお母さんと呼んでくれたね」

轟「今までごめんね、わがままや嫌なこと言って」

母親「うんうん、大丈夫だよ。こちらこそ祐介がこっちに向いてくれなかったからイ ライラして叩いてしまって」

   母親、轟の頬を撫でる。

轟「もうね、前のお母さんいなくても心の中にいるから寂しくないよ」

   母親、轟を抱きしめ、頭を撫でる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る