息子の為ならば

  人 物

田中雄一(40) 会社員営業職。詐欺師

武田隆(50) 山田病院の医師

武田由花子(40 )武田の妻

販売先の女性

○山田病院・医務室(夜)

   田中雄一(40)と武田隆(50)向かい合って座っている。

   壁のカレンダーには田中、頬を汗が流れる。

武田「以上のように、息子さんは筋ジトロフィーという病気です。今すぐでも手術し ないと余命1年です」

田中「息子は手術したら助かるのですか?」

武田「はい、です費用が…」

田中「おいくらですか?息子のためです、払います」

武田「それが…二千万円かかります」

   田中、椅子から転げ落ちる。

   武田、驚いた表情で手を差し出し、

武田「だ、大丈夫ですか」

   田中、武田の手を掴み、椅子を直し、座り直す。

田中「に、二千万…私の収入と貯金では、払えない」

武田「申し訳ございません。なんとも、難しい病気で…でも今の段階でしたら手術し たら治せる可能性は高いのです。何とか工面をお願いします」

   武田、頭を下げる。

   田中、頭を抱える。

田中「(頭を上げ)しがない営業マンですが、息子のためです、何とかしてみます」

武田「お、恐れ入ります」

   机上の日めくりカレンダーには7月20日と記載されている。


◯女性宅・玄関(昼)

   壁のカレンダーには8月と記載されている。

   田中、頭を深く下げる。

田中「ありがとうございました、大変助かりました。これでノルマも達成し、ボーナ スも入ります」

女性「いえいえ、こちらこそ。全額返金に加えて、10万も頂けるなんて詐欺みたい ですね」

田中「滅相もございません」

女性「まぁ、夢みたいだけど、有名な大会社だから信用しちゃうわ」

田中「ありがとうございます。またボーナスが出ましたら連絡させていただきます」

   女性、笑顔で

女性「連絡お待ちしています」

   田中、額に汗がびっしり浮かんでいる。

   田中、手持ちカバンを持つ。

   田中、頭を下げ、

田中「では失礼いたします」

   田中、戸を閉める。

   田中、険しい顔で、額の汗を拭う。

   田中、手帳を開き、数字がぎっしり書かれている。

田中「残り、600万円」

   田中、手帳を閉じ、歩き出す。


◯武田家・門扉前(夕)

   表札に武田と書かれている。

田中「ここは家も大きいし、お金持ちそうだ」

   田中、目を閉じ、深呼吸をする。

   田中、インターホンを鳴らす。

   数秒が経ち、

由花子の声「はい、どちら様ですか?」

田中「私、株式会社資生化学の山本と申します。本日は訪問販売限定の化粧品セット のご紹介をしたく伺いました。もしお時間がございましたら、お話させていただき たいですが、いかがでしょうか?」

由花子の声「いえ、そうゆうのは間に合っています」

田中「そこを何とか、今ならお話を聞いてくれた人だけに、弊社化粧品の割引券をお 渡ししています」

由花子の声「そ、それなら聞いて見ようかな、資生化学の商品にはいつもお世話に  なっているしね」

田中「ありがとうございます」

由花子の声「それでは、門扉開いていますのでどうぞ」

田中「失礼致します」

   田中、門扉を開ける。


◯同・玄関(夕)

   田中、化粧品を広げている。

田中「この10点セットが、お高いですが、20万です。最初にお伝えした通り、訪問 販売限定で今月迄です。普通に買うと20万ぐらいする商品セットになります」

由花子「そうね、でもやっぱり高いですね」

田中「前向きにご検討を」

由花子「そうね…でも今購入するほどではないですね」

田中「そこをどうか。私事ですが、実は今月中までにあと1セット売ればノルマ達成 で、ボーナスがアップなんです。お金が沢山入れば一人息子に旅行へ連れて行って 上げれるんです。どうが、お願い致します」

由花子「そうね…やっぱり…」

田中「こうは如何ですか?購入していただければ、ボーナスが出たら全額返金しま  す」

由花子「えっ全額返金、どうしようかしら…今化粧品は間に合っていますからね」

田中「なら、全額返金に加えて10万もお渡し致します。それなら得します。どうです か」

由花子「えっ、10万も、なぜそこまで?」

   田中、真剣な顔で詰め寄る。

田中「それぐらい、今回のノルマを達成したいんです。少し私のボーナスが減ってで も」

由花子「私でいいなら協力させてください」

   田中、笑顔で、

田中「ありがとうございます。それでは書類に署名と捺印をお願い致します」

   田中、ボールペンを差し出す。

   由花子、ボールペンを受けとり、書類に記入をする。

   由花子、立ち上がり、

由花子「印鑑をお持ちしますので、待っていてください」

   田中、腕時計を見て辺りを見渡す。

   ☓  ☓  ☓

   由花子、印鑑を持ち、腰を下ろす。

由花子「ここですね」

田中「はい」

   由花子、印鑑を書類に押そうとする。

   玄関の戸が開き、武田が入ってくる。

   武田が田中と由花子を交互に見る。

武田「お客さんでしたか、こんにちは」

   田中が振り向き、驚きの表情をする。

田中「せ、先生」

武田「田中さん、なぜここに」

   田中、慌てた表情で

田中「い、いや、そうですね」

由花子「あら、あなた、こちらの山本さんとお知り合いですか?」

武田「山本?田中さんではなく?」

由花子「え、田中?」

武田「状況がわからないので、申し訳ございませんが、居間の方で話しをしません  か」


◯同・居間(夕)

   武田と由花子が横並びに座り、正面に田中が縮こまり座っている。

武田「状況はわかりました。田中さん、確か化粧品ではなく、家電メーカーに勤めて いると仰っていた覚えが」

田中「そうでしたっけ」

武田「まぁ、どこに務めているかは今は置いといて、ノルマ達成するために全額返金 に加えて、10万お支払いするとのことですが、そんなこと本当にできるのです  か?そもそも本当にお支払いする気はあるのですか?」

   田中、黙ったまま下を向く。

武田「失礼ながらいいますが、これって詐欺ではないですか」

由花子「さ、詐欺。田中さん、私を騙そうとしたんですか」

   田中、黙ったまま下を向く。

武田「黙秘ですか。まぁいいです。田中さんの状況は重々承知していますので、気持 ちはわかります。なぜ詐欺行為をするまでお金が欲しいかは。私の家以外にも同じ ことをしているならば、これは警察に通報しなくてはならないですね」

   田中、焦る表情で顔をあげる。

田中「そ、それは待ってください。そうなれば、息子はどうなるんですか」

武田「犯罪行為は見逃せません」

   田中、武田の襟を掴む。

田中「あなた言いましたよね、お金があれば助かると。だから、私はお金を集めてい るんだ」

武田「そうだとしても、詐欺でお金を集めなくても」

田中「銀行とかにも相談したさ。だが、私の収入では二千万も貸せないと。だから、 だから、私は最後の手に。息子を親父のように亡くしたくなかったんです」

   田中、崩れるようにその場に座り込む。

武田「田中さんの父親も亡くなったですか?」

田中「あぁ、親父も手術すれば治る病気でしたが。でもお金がなくて手術できなかっ たです。あの日ほど貧乏を恨んだことはなかった」

   武田、悲しい表情で、

武田「そうだったのですか」

   武田、考え込む。

   武田、座り込む。

武田「田中さん、私が状況や過去を知らず、追い込み、ある意味悪い道に誘惑したも の同然でした。ここで提案なんですが、警察に自主をしてくれましたら、息子さん の治療費を建て替えます、どうですか?」

   田中、驚いた表情で、武田の襟を掴む。

田中「ほ、本当ですか?だが、私がいない間の息子の世話はどうするんですか?」

武田「あなたが出所してくるまで、面倒を見ます」

田中「な、なぜそんなことまで」

武田「ある意味、罪滅ぼしです」

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