欲張りと見栄

  人 物

大田拓郎(36)㈱ GGRの経理部長。

徳松正(50)㈱ GGRの代表取締役社長

亀田薫(30)㈱ GGRの経理部。大田の部下

大田の恋人の声

居酒屋店員

警察官1

警察官2

○㈱GGR・社長室(昼)

   大田拓郎(36)と徳松正(50)が机を挟んで対面で座っている。

   机には「損益計算書」と書かれた用紙が置いてある。

徳松「営業利益2000億円と、今期も何とか黒字になりました」

   大田、笑いながら、

大田「社長、2000億で何とかというレベルではありませんよ」

徳松「従業員の頑張りもそうだが、特に経理部長のあなたの働きもあるのですよ」

大田「私なんかより社長の努力の賜物ですよ」

徳松「ははは、相変わらず口が上手いな。これからも信頼しているぞ」


◯居酒屋・個室(夜)

   大田と亀田薫(30)が机を対面にジョッキを片手に談笑している。

大田「今回も決算書作成ご苦労さま。段々、しっかり書けてきたな」

亀田「いえいえ、部長の教え方がわかりやすいからですよ」

大田「皆優秀なだけだよ。皆優秀すぎて、私なんて、部長椅子に踏ん反り返っている だけでいいんだ」

亀田「部長があの場所にいるだけで、皆安心して仕事できるのですよ」

   大田、腕時計を見る。

大田「もう良い時間だな、店出るか」

亀田「ごちそうさまです」

大田「現金な奴だな」

   亀田、個室から顔を出し、手を挙げて

   大声で、

大田「すみません、お会計を」

居酒屋店員「はい、少々お待ちください」

   ☓ ☓ ☓

居酒屋店員「お待たせしました。〆て2万3千円になります」

   大田、財布からクレジットカードを取り出す。

   札入れに馬券が見える

大田「クレジットで」

   居酒屋店員、クレジットカードを受け取る。

居酒屋店員「それでは精算して参ります」

   居酒屋店員、個室から出ていく。

亀田「さっき財布から馬券がちらっと見えましたが、部長、ギャンブルなんてするんですね」

   大田、目が泳ぐ。

大田「バレたか、私だって少しぐらいギャンブルは嗜むさ」

亀田「少し意外でした。私は部長はギャンブルはやらない真面目な人と思っていまし たが、なんか部長も人間なんだと安心しました」

   大田、笑いながら、

大田「私をロボットと勘違いしているな」

   亀田、笑顔で会釈して、

亀田「すみませんでした」

   大田、馬券を握り締めている。


◯大田自宅・リビング(夜)

   大田、机に座り、クレジットカードの督促状を見つめている。

   督促状を両手で丸め、ゴミ箱に投げ入れる。

   ゴミ箱の中には、くしゃくしゃの馬券が大量に入っている。

   大田、しかめっ面で、

大田「クソッ」

   机に置いてあるスマホが振動する。

   画面には「真弓」と表示される。

   大田、スマホに出る。

大田「もしもし」

恋人の声「あっ、拓郎さん。今家?」

大田「うん、家だよ。どうした?」

恋人の声「いや、特に用事がないけど、まだ仕事忙しいかなって」

  大田、眉間に皺を寄せる。

大田「忙しいね、決算前だから。この前も言ったけど、3月中はバタバタしている。 だから、結婚式の話は4月以降でお願いって言ったでしょう」

恋人の声「なんで、結婚式の話とわかったの」

大田「何年お前と付き合っているんだ」

   大田、通帳を開く。

   通帳には「残高0円」と書かれている。

恋人の声「えへへ、楽しみで。急に夜にごめんね、明日もお仕事頑張って」

大田「おう、真弓も馬車馬のように働けよ」

恋人の声「むぅ、じゃ、おやすみ」

大田「おやすみ」

   大田、通話を切る。

   大田、通帳が皺になるぐらい握り、壁に投げつける。

大田、額に汗がびっしり浮き出る。

大田「時間がない」

   大田、髪を掻き毟る。

大田「あの手しかないか」

   大田、口角を上げる。

   大田、くすくす笑う。

スマホ画面には「7月17日 18時23分」と表示されている。


◯㈱GGR・経理部フロア(夜)

   フロア全体は真っ暗の中、ぽつんとディスプレイの明かりが一つ点いている。

   大田、起動しているディスプレイの前でキーボードを叩いている。

大田「あと少し」

   ディスプレイには「振込先入力」と表示されている。

   受取人口座名義にカーソルが点滅する。

   大田、「オオタタクロウ」と入力する。大田「よし、これで完璧だ」

   大田、口角を上げる。

   ディスプレイの右下に「7月18日 23時9分」と表示されている。


◯大田自宅・リビング(夜)

   大田、通帳を見て、ニヤニヤしてる。

   通帳には「0円」と「50,000,000円」と記

   載されている。

大田「これで安泰だ」

   大田、スマホを手に取る。電話帳で「真弓」を選択する。

恋人の声「もしもし、どうしたの?」

大田「結婚式どうしようか」

恋人の声「えっ唐突すぎるよ。仕事は落ち着いたの?」

大田「落ち着いたし、そろそろ式場の人と話を進めていこうか」

恋人の声「うん、今度の土曜日行こうか」

大田「おう、じゃまた土曜日。おやすみ」

恋人の声「うん、おやすみ」

   大田、通話を切る。

   スマホ画面に「7月25日 20時22分」

   と表示されている。


◯同・玄関(朝)

   チャイムがなる。

   大田、玄関の扉を開ける。

大田「こんな時間に何ですか?」

   警察官1と警察官2が立っている。

警察官1「大田拓郎さんでしょうか。私警視庁の者です。あなたに業務上横領罪で逮 捕状がでています」

  警察官2が逮捕状を大田の前に出す。

  大田、額から汗が流れる。

警察官1「9月10日午前7時10分17秒、あなたを逮捕します」

   警察官2が手錠を取り出し、大田の呂手首に掛ける。

   大田、俯き、涙が頬を流れる。


◯拘置所・面会室(昼)

   ガラス窓を挟んで大田と徳松が座る。

   大田、俯いている。

徳松「あなたは以前私に金は人を変え、執着すると身を滅ぼすと。今思えば、自分に 言い聞かせていたのですね」

大田「そうかもしれません。ギャンブルも辞めよう辞めようと思いましたが、心を止 めることは無理でした」

徳松「そして、会社のお金に手を出した?」

大田「それだけなら、手を出さなかったでしょう。私、実は結婚を控えていたので  す」

徳松「では、結婚費用がなかったから?」

大田「そんなところです」

徳松「なぜ、私に相談してくれなかったのですか?少しは工面できたと思うよ」

   大田、机を両手でバンと叩く。

   徳松、肩をビクッとさせる。

大田「そ、そんな恥ずかしいことできますか。私は人に頭を下げるなんて死んでもで きませんし、恋人には常にお金をもっている風に思ってほしかった」

徳松「そうか、見栄っ張りなんだな。そんな一面を見るのは初めてだ。ただ、そんな 見栄を張っていたってろくなことがないということは今回でわかったかな」

   大田、俯く。

   徳松、腕を組む。

大田「ばれない自信はあった。だからろくなこととは思っていなかった。捕まるまで は」

   大田、顔を上げ、徳松を涙顔で睨む。

徳松「ただな、今回のこと、なぜだか怒る気持ちが湧き出てこないんだ。それに取り 返しのつかないことをしたがまた出所したら、会社に戻ってきてほしいとも思って いる」

   大田、驚いた表情で徳松を見る。

徳松「あなたは我が社の経営の要だ。出所したらまたうちで働いてくれ」

大田「また、財布からスルかもしれませんよ」

   大田、泣き笑う。

   徳松、笑いながら

徳松「それをされたら困るな」

大田「あなたの姿を見ると自分の姿が以下に子供かわかりました。2年の刑期でどれ くらい自分を見直せるかわからないですが、今度は真っ当になれるよう努力してみ ます」

徳松「それは楽しみにしておくね」

大田「ええ、驚く姿を見てみたいですね」

   大田、徳松、笑顔で向き合う。

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