19.決着

 






「まったく、我はどうにかしている」


「貴様。どういうつもりだ」


 我にバカ殿が言った。


「というか、何故先回りできている?」


 随分小さなことを気にする。


「そんなもの、ご都合主義に決まっているだろう」


「なんだと!?」


 無茶苦茶だ。バカだ。


「しかし、なんとまあ、気持ちがいいんだ」


「貴様、我に歯向かうということがどういうことか――」


「一人称被るからお前はぼくちんにしろ」


「切腹だ!」


 人の命ってのは軽くないのだ。やっぱりコイツはガキだ。


「今のうちなら謹慎くらいで見逃さんでも――」


「武士に二言はない」


 ぴしゃり。思った以上に声が響いた。


 シカシ、マダ戻レル。


 マダ、後戻リデキル。


「ふっ。馬鹿々々しい」


 いいや、馬鹿々々しくなんてない。迷いはいつも我の中にある。


 ホントウニソレデイイノカ?


 分からない。でも、戻れば後悔する。


 ホントウニソレデイイノカ?


 いちいち煩わしい!


「馬鹿殿。お前には命の重さが分かるか? 戦場でどれだけ兵が死んだか知っているか?」


「そんなもの知らん」


「我は一々お前に報告しているぞ。先月の戦では三十二人死んだ。行方不明を合わせれば六十にもなる」


「高が六十だろう」


「高がだと?」


 ぷっつん。


「お前は六十もの命のおかげで一か月間生きられたんだぞ! 戦を始めて三年。すでに千はくだらぬ犠牲が出ているんだ! 敵を合わせればどれだけ! どれだけ死んでいると思っているんだ!」


「お前は一々死んだ人間を覚えているのか」


「覚えている。伊佐兵衛、幸次、ともきち、さつら、よしぞう、さまと、きつつき、ゆきべえ――」


「もうよい」


 我も始めの戦の時は死んだ者の名前など覚えていなかった。故に、後悔したのだ。


「そうか。わかった」


 なにもかも。


「殺されたくなくば、そこを退け。馬鹿殿」


「なんだと?」


「命乞いしろと言っているんだ」


 我の言葉に辺りの兵が刀を抜く。


 そして、殿に向けて切っ先を伸ばす。


「貴様ら。どういうつもりだ」


 兵はなにも言わなかった。


 それが答えだった。


「この先どうなるか分かっておろうな?」


「城を襲った奴らがいた。奴らはたった三人で六十もの兵を相手にした。しかし、一人も死者を出しはしなかった。先月、我らは六十もの仲間を失った」


「それがなんだという」


 そうか。それすら分からないのか。


 斬り捨てたいな。


「美姫は預かっていく」


「天魔王に娘を捧げれば、我らはより強く――」


「ぼくちんと言えと言っただろう!」


「ぼくちんたちはより強くなる! 犠牲も減る!」


「そして、また戦だろう? そして、より多く死ぬ。命の重さが分からぬハゲとはもう話すことはない!」


 我はハゲの顔さえ見ずに、ゆっくりと美姫の乗っている籠へ向かっていった。


 すれ違いざまに、ハゲは


「覚えていろよ」


 と吐き捨てた。


 その言葉を聞いた瞬間、『やらかしちゃったな』と思った。


「姫。ご無事ですか?」


「立花か」


 お姫様口調で姫は言う。


「無礼者。おぬしは何をしでかしたか分かっておるのか」


 怒ったような顔が伸びてくる。


「後悔はしておりません」


「ダメだよ!」


 急に駄々をこねる子どものようになった。


「私のためにそんな、そんなのダメだよ!」


「いいえ。我は姫のためにしたのではありません」


 えっ、と姫の目が開かれる。


「我は我のために、我のしたいことをしたまでです。そう気づかされたのです」


 あんなバカに気付かされたのは本当に癪だが。


「帰りましょう。姫。あなたの帰るべき場所へ」


「ダメなんだよ! そんなの、できないよ!」


 ああ、姫は我と同じなのだな。


「どいつもこいつも、しもしないでできるわけがない、だ? ふざけんな!」


 そう言って気がつく。


 あのバカはこの言葉を我に言いたかったのではないということに。


 何故か胸が切なくなった。


「そっか。そうなんだね。立花も、フランちゃんに出会ったんだ」


 姫は涙を流しながら笑顔になった。泣くのか喜ぶのかどっちかにしろ。


「帰りましょう。姫。我と姫とで暮らしましょう。あのバカは決して近づけません」


 当たり前だ。バカ野郎。


「え。私、フランちゃんと一緒に寝たいな」


「問題ありません。アイツは庭に埋めますので、一生傍にいますよ」


「そっか! それなら問題ないね!」


 本当に喜んでいた。あのバカが憎たらしい。


「とりあえず、帰ったら三枚におろすか」


 我は姫の手を取り、一緒に山を降りていく。


 姫は我の歩く速さについてこれていた。握った手は思っていた以上に広く、強かった。


「もう、二度とこの手を離さない」


「でも、お風呂の時はどうするの?」


「我が姫の体の隅々を洗います」


 そして、我と姫とのワクワク生活が始まるのであった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る