18.真剣

 






 いつの間にか日が落ちかけていた。


 山の頂上には白く豪華に塗りたくった城がある。その城の門にたった一人、少女が立っていた。


「よお。立花」


「我はお前など知らん」


「俺だってお前なんて知らねえよ」


 知らねえけど、多分、分かってる。さっき散々お前の部下に色々押し付けられたものな。


「フランちゃん…」


「鬼…」


 少女の傍にはなにか転がっている。


 知らない子ですね。


「お前の仲間は預かっている。なかなか煩わせてくれた」


「人質ということか。卑怯な手を使うな」


 緑子と水羊羹は縄でくくられていた。身動きが取れないようだ。


「ま、関係ないがな。俺はお前を倒して先に行く。ただ、それだけだ」


「斬られろ、フランちゃん」


「死ね。鬼」


 あら? すっごくアウェーなんだけど。


「わたしたちを売ったな!」


「最低! 童貞のまま死になさい」


「ちっ。簡単に捕まりやがって」


「お前!」


「童貞!」


 童貞は余計だっつーの。


「おい、お前、何故地面に円を描いている?」


「童貞って言われるとショックなんですっ!」


 すっごくショックだ。傷付いた。無茶苦茶気にしてたのに。


「俺の剣でお前を貫くぜ!」


「死ね」


「死ね」


「死ね」


 みんな、ひどい…


 俺は背負っていた小次郎のさお竹を放りだす。


「テメェの仲間は俺が倒した。どうだ。戦う気になっただろう?」


「これは、宮本武蔵のもの――貴様!」


「佐々木小次郎じゃなかったのかよ!」


「ヤツは四天王最弱――!」


「四天王いるの!? 本当にいるの!?」


 いかん。ヤツのペースに巻き込まれている。


「ああ。一人で4役やっている」


 あのおっさん、色々大変なんだな。


「後の二人は弁慶と牛若丸だ」


「おおーい。色々いいのか、それ」


 あのおっさん、コスプレが趣味とかそういうんじゃないだろうな…


「仲間の仇、取らせてもらう!」


 冗談を言ってるけど、殺気は物凄い。オーラだけで吹き飛ばされそうだ。


「流石に武器なしじゃ死ぬな」


 左腕はもう感覚がない。右腕だけでさお竹を操らなければ。俺は転がしたさお竹を拾い、鞘から解き放つ。夕陽に照らされて、刃は赤く燃えていた。


「左腕が使えないのに戦うというのか」


「ああ。戦わざるを得ないんだよ」


 本気で行かねば死ぬ。本気で行っても死ぬ。でも、死んでも救わなきゃならないものがあるんだ。


「俺は負けるだろう。でも、勝つ」


 さお竹を振るい、立花に向かって行く。立花は静かに刀を抜いた。


「訳が分からない。お前は死ぬと分かっていて、何故戦おうとする」


「テメェにゃわかんねーよ」


 男と男の約束は絶対だ。


 例え美姫を救えなくとも。これだけは果たさなければならない。


 さお竹を横に振るう。日本刀と太刀とではレンジが違う。俺が有利なはずだ。


 しかし、立花は鎧を纏っているにもかかわらず、身軽に体を伏せてさお竹の一太刀を避けた。地面すれすれまで刀を滑らせて俺の横腹を狙う。


「ぬおっ」


 必死で地面を蹴り、立花の一閃を避ける。しかし、立花は俺を追ってさらに一歩進んで刃を滑らせた。


「死ぬだろう。バカ」


 さお竹を体の傍に戻してきて、立花の一太刀を受け止める。


「あまりしゃべっていると舌を噛むぞ」


「御忠告どうもっ!」


 今の距離は立花のテリトリー。光よりも早い一閃があらゆる方向から襲いかかる。太刀は長い故に一閃に時間がかかる。でも、俺は必死で立花の速さについていった。剣道で押されまくる試合みたいだった。見えない剣戟を勘だけでなんとか防いでいく。当然、肩のあたりが切り刻まれる。


 ピキャーん。


 さお竹が天高く舞う。立花は鬼のような形相で俺に一閃を加えた。


 必死で地面を転がり、地面に突き刺さったさお竹まで辿り着く。


 わき腹が赤く染まった。


「いてぇじゃねえか」


 痛みなんかとうに感じなくなっている。ただ、自分の心臓の音がバクバクと耳をつんざくばかりだった。


「その体ではもう、突き刺さった刀を抜くことさえできまい。楽にしてやる」


 恐ろしい顔だった。


 自分の全てを殺しきった、修羅の顔。そこには狂気すらない。『無』だった。


「なるほどな」


 体は動かない。現在進行形で意識が遠のいていく。


「そんな顔されちゃあ、助けたくなる気持ちが分かるぜ」


 立花は俺の美顔を叩き切る。


 しゅかーん。


 ぱらぱら。


 冗談のように立花の刀が天を舞い、地面に突き刺さった。


 さお竹の切っ先は立花の目の前に迫っている。


「どうした。殺さないのか」


「やめろよ、そういうの」


 無表情で自分を殺さないのか、なんて聞くんじゃねえよ。


「殺すぞ」


「殺せ」


「殺すか、バカ」


「殺さないのか。それだからお前は甘い。戦場は常に殺すか殺されるかだ」


「ここは戦場じゃねえんだよ。俺はお前を殺しに来たんじゃねえ!」


「我を殺さねばお前が死ぬ」


「お前だって俺を殺せないさ」


 立花はゆっくりと地面に突き刺さった刀を拾いに行く。そして、俺の首に刃を当てた。


「殺す」


「死にたくない」


「命乞いか」


「当たり前だろうが!」


 バカやろうが。


「俺は誰も殺したくないし、死にたくもない」


「そんなことできるわけがないだろう」


「どいつもこいつも、しもしないでできるわけがない、だ? ふざけんな!」


 本当に頭に来る。


 動かないはずの体が動く。それとともに俺の首に温かい何かが滴る。


「お前だって、やりたかねーんだろ! やりたくねーんなら、大声で『俺は殺したくない! 生きたい!』って言えよ! できないじゃない! やらないんだろうが!」


 また美姫の腑抜けた面が思い浮かんでくる。


「できない!」


「できる!」


 もう、幼稚園児の会話だ。


「うんち」


「殺すぞ」


「死にたくない」


 話は平行線をたどる。どっちもガキだから決着がつかねえんだ。


「なあ、緑子。水羊羹。なにか言ってくれ」


「殺せ」


「殺しなさい」


「お前ら!」


 立花は思い切り刀を振るった。もう、死ぬ。


 しかし、刃は俺に届くことはなかった。


 立花は途中で刀を手放したんだ。


「馬鹿々々しい。本当にバカだ」


 素直じゃねえなあ、ったく。


 俺は力尽きて、地面にひれ伏した。


「おい、ツキカゲ。いるんだろ?」


「なんでごじゃるか? ろりこん」


 どいつもこいつもな。


「美姫はどこにいる? そこの白馬の王子様に行き先を教えてやれ」


「すでに織田公の領への道にいるでごじゃる」


「迎えに行けよ。俺はどっかの鬼畜に体中切り刻まれて動けねえ」


「しかし…」


「助けたいんだろ? 美姫を。お前はそんなに弱くねえ。迷ってたんだろうが。死ぬほどな」


 だって、ここに来た時独りでぶつぶつ独り言言ってたし。


 なんかかっこよく名乗って気合入れてたっぽいし。


「行けよ。行って決着つけてこい」


「我は姫を助けぬかもしれんぞ」


「んなの、自分で決めろ。ま、別に美姫がオダノブの所に行こうが、力づくで取り返してみせるがな」


 ははっ、と笑ってみせる。虚栄だが。


「貴様、あとで殺すからな」


「死ぬか、ばーか」


 立花は駆け足で山を降りていく。


 はぁ。ラブコメ主人公の見せ場、持ってかれたじゃねえか。


「さあ、フランちゃん。あんな女に殺される前にわたしたちが殺してやるぞ」


「ふふっ。でも、ただ殺すのはつまんないんじゃない?」


 笑顔でいつの間にか縄を解いていたっぽい緑子と水羊羹が俺を見下ろしている。


 あ、俺、本当に死んだな、これは。

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