16.わたしの名前は水羊羹

 






 一日ほどかけてなんとか俺たちはなんとか城とかいうお城にたどり着いた。


「というか、ご都合主義が過ぎないか?」


「いいんだよ。最近のラノベは刀振るだけで一瞬でドラゴンとか真っ二つだし」


「らのべ?なんだそれは」


 今さらながらこの時代に対応した反応をしてくる緑子。


「ただ歩くだけの描写なんて必要ないでしょう?」


「いや、俺お前ら二人をおぶってたんだが?」


 水羊羹は猫を被ってお嬢様だから歩けナーイとか言うし、水羊羹をおぶったら緑子が頬を膨らまして癇癪を起すし。ぜってー保育士にはならない。


「声優になろう。そうすれば俺はモテモテじゃんか…」


 転生したら声優だった県。いいんじゃないか?


「とまあ、こうやって城の近くに来てみたわけだが、何故か包囲されている」


 城までは険しい山を登らなければならないというのに。こいつら、俺のこと好きかよ。


「バカなこと言ってる暇じゃないわよ。まあ、この腐れ外道どもの着物を見てると一週間近く待機してたんじゃないかしら」


 確かに、俺たちを囲っている鎧武者たちの体には潜んでいた証と言うべきか、草の葉っぱが大量についていたり、匂いが目に見えそうなほどの何かを纏っている。


 昔の人はけなげだねぇ。


「それほどまでに大将はあなたのことを買いかぶっているみたいね」


「俺はモテモテだな」


 背中で二人に蹴られる。骨の所は痛いんだよ。全く。


「休憩してる暇もないのか。降りろよ。お前ら」


「あら?わたしを乗せて楽しませてあげるという名誉を与えてあげたというのに?」


「俺はドMの保育士か。幼女をおんぶして喜ぶなんてロリコンでもそんな感情湧かないわ」


 とりあえず、緑子と水羊羹には降りてもらう。


「さて、と。お前ら、ちょっと休憩させてくれないか?いや、捕まったら城まで送ってくれる――なんてことはなさそうだ」


 目はギラギラさせてやがるし、刀は血に飢えているかのように陽の光を反射させている。


 こっちは武器一つないから大分困ったものだ。


 男には息子という最大の武器があるとはいえ、流石に息子で勝負する気にはならない。


「バカなこと言っていないで、さっさと行きなさい。あなたたちには向かう場所があるのでしょう?」


「お前、それはどういう…」


 水羊羹の目は、鎧武者の刀以上に冷ややかな光を放っていた。一瞬でも水羊羹の意に反すれば首が斬り落とされそうなほどの、殺気。


「なあ、水羊羹。殺すなよ」


「早く行きなさい?あなたから殺すわよ」


 人の話を聞いちゃいない。


 でも、俺はコイツには人殺しなんてしてほしくない。誰にだってもう、人を殺すなんてことしてほしくないんだ。


「安心しなさい。わたしが殺したいのはあなただけだから」


「折角なんかいい雰囲気みたいな、俺の見せ場みたいな感じだったのに、全部ぶっ壊したな」


 ったく。だがまあ、ここで愛の告白とかされても困るしな。


「愛の告白をしていいんだぜ?別れ際だしな」


「ねえ、知ってるかしら。首の血管を押さえただけで人は簡単に死ぬわ」


 あ、コイツは俺を本気で殺す気だ。


「分かったよ。でも、どうやってここから抜け出すんだ?こりゃあ、俺でも難しいぜ?」


 ネズミ一匹逃しはしないという意志が伝わってくる。


「今すぐ走り出しなさい。もう時間はないわ」


 むわり。


 お香のような気が空間を歪ませる。


「水に映るかんばせはその心さえも映し出す。しかして、水は捉えどころなく、形を変えて流れている。その姿が己の姿であると本当に言うことはできるのだろうか」


 俺は武者に向かって突進する。


 武者は俺たちの姿を捉えることができていないようだった。


 俺は武者を弾き飛ばして森の中を駆けていった。




「はぁ。疲れるわ。本当に」


 わたしは森の中へと消えた白い鬼とその子分を見送った。


 武者たちは今、幻術にかかっている。敵を見失ったということで動揺しているのだ。


「障害は潰しておいた方がいい。それは分かっているけれど」


 でも、血を浴びたわたしを見てあの鬼はどう思うだろうか。わたしのことを嫌ってしまうだろうか。


「嫌われたってもいいって。そう思っていたのに、ね」




 わたしは土岐家に敵対する、反対側の城の姫。


 いつもこの二つの城は平野を巡って争ってきた。


 平野の人々の苦しみも知らずに。




 わたしは身分を隠して幼いころから平野にある小さな小屋で暮らしていた。乳母と二人で。乳母はもうかなりの齢でわたしが成人するまで生きているのか分からないほどだったけれど、苦しい素振りなんて全く見せず、わがままなわたしに手を焼いていた、そんな人だった。


 でも、乳母は、ばあやは死んでしまった。殺されたのだ。戦に。


 ばあやは戦に巻き込まれる前に幼いわたしを城に帰した。でも、ばあやは一緒に来なかった。


 笑顔を絶やさなかったばあやの笑顔が一瞬曇ったのを見て、わたしはこれが今際の別れであることを悟った。だから、いつものようにばあやに駄々をこねた。


 ばあやは悲しそうに、でも、笑顔で言ったのだ。


「水鏡の帰る場所がないと悲しいだろう?だから、ばあやは残って守るんだよ。大丈夫。きっと」


 わたしはばあやを信じた。ばあやは嘘を言ったことがない。だから、ばあやともう一度会えるんだと不安な自分の胸に無理矢理言い聞かせた。


 でも、ばあやは死んだ。


 家は跡形もなく壊された。


 本当に愚かだと思った。最後までばあやが何を守りたかったのかわたしには分からない。


 ばあやを殺したのはどちらの兵であるか分からないし、結局どちらでも同じことなのだけれど、でも、何かを恨まずにはいられなくて、わたしはひたすら土岐家を恨み続けた。


 どれほど恨んでもばあやは帰ってこない。ばあやがばかだっただけだ。そんなことは分かっていたけれど、やっぱり恨まずにはいられなかった。




「そう。わたしはあなたたちを死ぬほど恨んでいるの」


 わたしが手を軽く振れば、武者たちは仲間を不埒者だと認識し、互いの刃を血で染め合うだろう。


 そう。簡単に恨みが晴らせるのだ。


「死になさい」


 わたしは軽く手を振った。


 途端、武者たちは目を見開き、口から泡を吹いて倒れてしまった。


「化け物の姿を見せただけで気絶するなんて、ちゃんと〇ンタマついてるのかしら」


 わたしは鼻で笑う。


 わたしは自分で自分を殺してしまったのだ。決定的な瞬間だった。


「あのバカに殴られそこなったせいで変な感じになっちゃったのね」


 わたしは自分の頬を思い切り殴る。


 なんだかせいせいした。


 武士を見ても怒りすら湧いてこない。


「わたしはいつのまにかあのバカに殺されていたのね。なにもかも」


 きっと人は自分の心を縄できつく縛り上げている。それをアイツは緩めただけなのだ。でも、アイツはそれを解いてくれようとはしない。最後は自分でほどけ、とそういう奴なのだ。


「ホント、嫌なヤツ。そんなのだからモテないのよ」


 バカ、童貞、ロリコン!


 鬼を思い切りののしってやる。


 面と向かってののしりたかった。


『みずようかんしゃま。おってがきているでごじゃりゅ』


「あなたがそっちで呼びたいのならそっちでいいわ。あなたも先に行きなさい。あなたにはやるべきことがあるでしょう?」


『しかし、先ほどよりも多く参っておるでごじゃりましゅ』


「ありがとう。ツキカゲ。でも、わたしなら大丈夫よ」


 大丈夫、なんて言葉、もう一生信じないと思っていた。


 そんなわたしが使うだなんて。


「そう。もうわたしは昔のわたしじゃない。わたしは水羊羹。必ず生きてあの鬼を罵倒して、姫様に足を舐めさせるんだから!」


 きっと、大丈夫。


 笑顔で言うだけでこんなにも気持ちがいい。


 ばあやもきっとこんな気持ちだったのだろう。


『自分で水羊羹と言ってしまったでごじゃる…もう知らないでごじゃりましゅりゅよ』


「いいからさっさと行きなさい!」




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