10.町へ







「ということで町へ行こう、フランちゃん、美姫」


「農民に休みなんてないだろう」


 俺は何を呑気に、と緑子を煽ってみせる。


「…折角休みをやろうと思ってたんだが?」


「買い付けだろ?俺なんかがついていっていいのか?」


 村の人間はまだいいが、村の外の人間にとっては俺は鬼らしい。


「いや、むしろそっちの方がありがたい、かな。最近この辺りも物騒になってきた」


 緑子によれば最近他の村の連中が買い付け帰りに山賊らしき者たちに襲われているそうだ。


「なるほどな。だが、俺は腕っぷしなど立たないぞ」


「それでも村人の三人分の働きはするだろ」


 いやまあそうですけど、なんか計算大雑把では?


「美姫もいいな」


「ふわぃ…」


 美姫は床に寝転がりながら答えた。もとより朝には弱いらしい。


「そんじゃ、町まで降りて行こう」




「でさ。クソ雑いとおもわねーか。この展開」


「なにせ、作者が一か月近く放置していたからな」


「どうして放置してたの?」


「俺に聞くなよ。知らねーよ…」


「あ、それ、s――」


「あんまりメタ表現もよくないと思うぞ。ほら、町だ」


「早いな。というか、眠いな…」




 町、と緑子は表現したがどちらかというと港に面した市場の集まりのような場所だった。海岸の東側にあり、山の向こうの国からのものもまた運ばれてくるようだった。


「交換するものは木でできたものか。これは村長が作ったのか?」


 引いて来た荷車には農工具や木の食器などが詰まれていた。


「食器はわたしが作った」


「ほぉ。いい腕だな」


「褒めればヒロインがなびくと思ったか!残念だな!」


「もう、何でもありか…」


 俺と緑子と美姫の三人は品物を売るための店を探す。品物によって木の札と交換されて、その札はこの市場の中で物品と交換できるらしい。


「パチン――いや、通貨みたいなものだな」


 戦乱の世の中にきちんとした通貨など使えないだろうからこういうものになったのだろう。俺たちは木製品を買い取る店で木の札に変えて町を練り歩いた。


「ところで今さらだが…なぜ美姫も連れてきたんだ?」


 緑子は俺をじっと睨む。


「なんだよ、緑子」


「美姫の命が狙われてるんだぞ?それも相手は凄腕のシノビだ。連れてくるのは当然だろ」


「あ、なるほど」


「なるほどとはなんだ。なるほどとは」


 どうも緑子は本気で怒っているらしい。


 でも、なんというか、あのツキカゲが本当に美姫を殺そうとするとはどうしても思えなかった。子どもの見てくれに惑わされてはならない。実力は本物だろう。しかし、そんな実力を持っていながらすぐに美姫を殺してしまわない。なにか事情があるのかもしれないが…だが…


「お前がそんなのでどうする。いざというときに美姫を守れないぞ」


「なんで俺が美姫を守らないと――」


 びりっ、と何かを感じた。それは紛れもなく殺気で、その殺気は目の前の緑子から発せられていて――


「そんなことより、早くお買い物」


 美姫は俺の服の袖を引っ張る。


「そんなこと…だと?」


 今度は何故か俺が怒っていた。何故こんなにもモヤモヤするのかわからない。


「そうだな。早く行こうか」


 緑子は俺の怒りを察したのか少し早口で俺と美姫を促す。俺は仕方なく怒りを引っ込めた。


 町の中は賑わってはいたものの、どこか陰りを覚える雰囲気が漂っていた。


 これは、戦乱の空気だ。


「ところで俺はラブコメがしたかったんだが…?」


「で?何を買うの?」


「今一幼女相手に盛り上がらないんだが?」


「とりあえず服を買おう。後は塩だな。美姫に言われて梅干しを作り始めたけど、意外といける」


「でしょう?」


「そのうち村の特産品になるかもしれん」


「おーい、主人公さん置いてきぼりっすよー」


「そうなったら嬉しいな。いつも梅干し食べ放題!」


「俺が見たいのは百合じゃねぇえぇえぇえぇ!!」




 本気で作者はやる気をなくしているらしい。


 普通ならデート描写とかあるだろう?でも、俺は今日一日荷物持ちだ。そしてもう、帰路についている。


「ラブコメ路線はどこに行った…どこに行ったんだ…」


 しかし、作者がやる気を出せていないのなら…仕方がないのか?






 そしてなんと急展開!


 俺たちはあっという間に山道で山賊に囲まれた!


「だが、そんなことより思ったのだが…なにかラブコメには足りないと思っていた…そう。圧倒的にキャラが足りない!ラブコメには主人公含めて13人はいるんだ!鏡の中で殺しあうんだ!」


 おい、コイツ基地外じゃないのか、などという声が山賊から聞こえてくる。


「お前ら、山賊というよりも落ち武者だな」


 所々鎧のような部分が見えている。どこかの敗走した足軽が徒党を組んでいるのだろうか。


「うるさい!さあ、その荷物を全部よこしな!」


 妙に切れ味のよさそうな刀を山賊たちは抜いた。


 なんだろうか、この感じ。よくよく知ってるぞ。


「お前ら…ただの敗走兵じゃないな…」


 山賊たちは聞く耳を持たず、俺たちに襲いかかってくる。俺は緑子に目配せして、俺の背後に隠れているように言う。


 襲いかかってくる山賊一人を思い切り殴りつける。一瞬で意識を失ったようで、山賊一人は坂を転がっていった。


「そりゃあ、俺たちは命が惜しいさ。命は何よりも大切だ。自分の願いなんかより大切なんだ」


 異邦人の手足の長さとこの時代の邦人のレンジでは勝負にならない。刀で斬られないようにすることだけ気をつけて、山賊をまた一人蹴り飛ばした。


「でもな…これは村の人間の命もかかってるんだ。簡単に渡すことなんてできん!」


 俺には村長のような武術はないから無茶苦茶に山賊たちを吹き飛ばしていく。山賊たちが当たりどころの悪さで死んでしまわないかだけが心配だった。


「お前ら、しっかりとした武家だろう!人の物を奪い生きていくなど、そんな下等な…」


「お前にぃ…何が分かるというのか!」


 さっと俺たちに細い筒のようなものが向けられる。いや、まさか…な。


「火縄銃ヤフオク!?」


「ボケてる場合か!」


「いや、なんか予測変換に出てきてな」


 ウィンドウズ天、無駄に頭いいからな…


「鉄砲というものだ。これは痛い」


「あほか!痛いですむか!」


 もしかしたら、こいつらも使うのは初めてじゃないだろうか。


 鬼を殺すという大名儀文…いや、怪物退治の逸話など、政敵を倒したことを美化するものでしかない。俺が殺されれば美姫や緑子も死ぬ。


 死ぬ。


 死ぬ。


 死ぬ。


 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ


「時は来たと言うべきなのかな。キミたちは、もし願いが叶うとしたら何を願うのかな?」


 ボクは彼女たちに問う。


 彼女たちはボクをポカンとした目で見ながら、そのまま眠ってしまった。


「ホント、死んでもらっても多分色々困るというか…でごじゃる」


「睡眠薬かなにかか」


 目を凝らせばうっすらと靄のようなものがかかっているのが見て分かる。


 いたはずの山賊は…倒れてしまっていた。


「どうして効かないのかしら、幻術もかけているというのに、でごじゃる」


「そんなこと俺が知るかよ」


 ツキカゲはふふっと艶めかしく笑う。


「折角、そっちのあなたと話せると思えば、すぐに戻ってしまうなんて…意外と耐久力がないのね、でごじゃる」


「この山賊どもはお前の仲間か?」


「違うに決まってるわ、でごじゃる」


 俺は強く手を握りしめた。


「テメェは黙ってろ!年増!俺はツキカゲと話してるんだ!」


「…でごじゃる」


「ツキカゲ。いいか?」


「なんでごじゃるか?」


 俺は俺らしくもない真面目な顔で月影に伝える。


「俺はお前に暗殺なんてさせようとする奴が許せないし、それをわざわざ先延ばしにしてお前の負担を――」


「バカでごじゃるか?」


 まるでこれってなあに、と尋ねる幼女のような顔でツキカゲは言う。


「シノビとは暗殺業でごじゃる。シノビとして生きると決めた時からしぇっしゃの運命は決まっているでごじゃるよ」


「俺はお前をラブコメ要員にする!何故なら!名前のあるキャラが少ないからだ!お前こそ勘違いしてないか?俺はな――ラブコメ主人公になるためにお前を仲間にしようとしているんだ!」


「まったく、何を言いだすかと思えばでごじゃる」


 ツキカゲは肩をすくめたかと思えばそれがテレポートの合図であるかのように空間から消え去った。


『しぇっしゃはいつでもそなたらの首を狙っているでごじゃる。首に手ぬぐい巻いて待ってりょでごじゃじゃじゃじゃ』


 まだ発音も碌にできないガキが物騒な言葉吐くんじゃねえよ。ったく。


 俺は倒れている美姫と緑子を見る。


 俺が運んでいくのか?二人も…




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