9.ニンジャの魔の手







 あれから、一万年と二千年の時が過ぎた――


「だったらすぐに打ち切りなんだがな」


 まだ1/4の出来だというのが恐ろしくてたまらない。


 村長事変も無事、緑子の勝利に終わり、緑子に折檻される俺を見た村人たちは俺をあまり恐れなくなったようだった。涙ながらに懇願する鬼など恐るるに足りないということだろう。俺だって情けない言葉なんて吐きたくもなかったさ。でも、緑子、本気で目が据わってたもんな…


「そんなこんなで不肖わたくしフランちゃんは一夜を明かしたわけなのですが――」


 ガバリ、と布団を剝ぐ。


 俺の足には幼女が抱きついて寝ている。


 それも二人も、である。


「根掘り葉掘りの根掘りってのは分かるぜ。だって、根ってのは地面に埋まってるんだからよ。でも、葉掘りってのはなんだよ。地面に埋まってない葉をどうやって掘るんだよ」


 思わず現実逃避してしまった。


 新章開始からあまりよくない始まりだぞ。


 片方の幼女には見覚えがある。美姫だ。


 しかし、もう片方の、美姫とは別の足に縋り付いて吐息を立てている幼女を俺は知らない。村には居なかった。そもそもシノビ装束っぽいのを着ている奴なんて俺はコスプレイヤーしかしらない。超変身か!?超変身しちゃうのか!?


「ふにゃふにゃ。思わずあったかそうな布団で寝てしまったでごじゃる」


 頭をグラグラ揺らしながら、見知らぬ幼女は瞼をこする。


「うにゃ?ロリコンが幼女と一緒に寝てるでごじゃるよ」


 寝言のように幼女は言った――


「幼女であるお前が言うなよ」


「なぬ!?せっしゃ、幼女でごじゃったか!?」


 この滑舌の悪さ…美姫よりも年下なのか?背の高さは美姫と同じくらいな気がするのだが…


「お前は一体何者だ?どうして俺の布団に潜り込んでいる」


 そんな時だった。


 なんの前触れもなく、玄関の扉が開いた。


「美姫。フランちゃん。いるか?」


「…」


「……」


 思考が一瞬でホワイトアウトする。


 玄関をノック無しに開けたのは緑子だった。


 玄関を開けて緑子の目に入って来たものは、外国人男性と、その布団で一緒に寝ている幼女二名。


 よろしくない。これはよろしくない。


 今度は魔女狩りでは済まないぞ…


「貴様ァ!幼女を抱き込んで、一体何を――」


「ま、待て。コイツは俺の全く知らない幼女なんだ!誤解だ!」


「今更記憶喪失のふりをしても遅いっ!美姫を知らないだと?そんな世迷いごとがとおるかっ!」


「世迷いごと?記憶喪失だ?俺は美姫じゃなくて、この――」


 俺は見知らぬ幼女に目をやるが、そこにはすでに幼女の姿はなかった。


「一体どういうことだ…」


『拙者の名はツキカゲともうすでごじゃる。とある方の命により、美姫の暗さちゅを命じられ――』


「命じられ、を二回も言ったぞ。噛んだのはなかったことにしてやるが」


「お前は何を言っているんだ」


「うん?」


 どうやら緑子には謎の声は聞こえていないようだった。


「いや、聞こえていないのならいいが」


 俺は美姫の体を揺らし、起こす。


「おい、美姫。起きろ。ちゃんと布団があるってのに、どうして俺の布団に入り込んでくるのか」


「ふぬぅ。お母さま」


 美姫の腑抜けた声が響く。


「この子にも、家族がいるんだよな」


 緑子は感慨深そうな声で言った。


「そうなん…だろうな」


 そう思うと、何故か美姫の存在が急に遠くのもののように思えてしまって――


 俺たちがこんなちっぽけな小娘を中心に動いているのを感じさせられて――


「それはそうと、これはどういうことなのかな?フランちゃん?」


「…いや、子どもと親が同じ布団で寝るのは――」


 別に意識するほどのことでもないのだが――緑子は承知しないようだった。


 その後起きたことは…ご想像にお任せしようか。




 俺は村人にとってよい戦力となっているらしい。まあ、労働力なのだが。


 ちょっと前にチラッと戦がどうのとか言ってた気がするから、男手が少ないようだった。体格が体格なので、村人の二倍は動ける。ただ、燃費も二倍悪いのだが。


 まあ、頼られているというのは悪いことじゃない。


 よくある主人公持ち上げ小説のどこがいいのかと思っていたが、実感してみると悪いものではないのだ。


 そして、俺はトイレ休憩に行く。


 お粥ばかり食っていると水分が過剰になるのだ。


「ま、立ちションだがな」


 ちょっとしたサボりのためにも木々の生い茂っている方へ向かう。


 村人、体力ぱねぇぜ。ラストダンジョン前の村人ならどれだけ強いのか。


 用を足しながら、俺は山の方を見る。


 この辺りの地形は平地を二つの山が挟み、その平地を川が流れている。その先が、俺と美姫が出会った海に繋がっている。その東側の山の奥に俺たちの村があった。農作業をしているのはより下の方で、平地までは下りはしない。その平地には大きな田が広がっているが、そこは別の者たちの田らしいし、それほどいい土地でもないようだ。


 ぱっと見はそうは見えないが、海からの風であまり作物は育たないらしい。だから、海沿いは林業や漁業などが栄えていて、よく市も開かれているようだった。


 村人は、多くを語りはしない。


 ただ、農作業の合間、時折、東の山を見ている時があるのだ。


 東の山のさらに奥から来る何かを、ひたすらぼんやりと眺めている。抗う気力すら持たずに。


 それが何であるのかははっきりとはしないが、分かるものは分かるのだ。


 それは戦禍だろう。


 東から戦禍が訪れるのを、抵抗もせず眺めている。


 それは仕方のないことなのだろう。なにせ、世界を覆う、無垢なる力に人は抗うことなんてできないのだから。


 そう。現象には罪はなく、そして、意思すらない。


 だが、それ自体が最も業深きことなれば――


「のんびりとたちしょんでごじゃるか」


「うおっ」


 俺は突然現れた今朝の幼女に驚く。


「背丈は美姫と同じくらいだが、服装はニンジャ衣装で、胸はほのかに美姫よりある気がする。素肌は白く、ビスクドールのような美しさを感じる…」


「何を人の容姿についてぐちょぐちょ言ってるでごじゃるか」


「もう一回ぐちょぐちょ言って」


「幼女にぐちょぐちょ言わせてエクスカリバーを強張らせるなんちぇ、じょじょじょじょじょじょ」


「長い文が面倒臭くなって諦めるなよ」


 おっと。俺の聖剣、いや、性剣?をしまうのを忘れていたぜ。


「で?お前は一体何者なんだ?どうして付きまとうんだ」


「なるほど。にゃみかぜしゃまのおっしゃしゃしゃでごじゃるな」


「言葉ってのは伝えるためにあるんだぜ…」


「せっしゃの尾行にきがちゅいておりゅちょは…おにゅしこしょにゃにゃにゃにゃ?」


「別に俺は何者でもないさ」


「にゃりゅほぢょ。にゃにゅんやにゃにゅにゅにゃ」


「なんだと?俺のことにお前の雇い主が気がついているとでもいうのか…というか!ちゃんとしゃべれ!」


「確かに、せっしゃの言葉を理解するとは…ただものではごじゃらんにゃ」


 幼女はうんうんと頷いている。


「せっしゃはツキカゲでごじゃる。よもや忘れたのではあるまいな?」


「他のインパクトが強過ぎて名前なんざ忘れるわ!」


 にゃにゅ!?、とツキカゲは驚いていた。


「で?どうして俺に付きまとう。お前の任務は美姫の暗殺なんだろ」


「そうでごじゃりゅ。せっしゃにょにんみゅはあんしゃちゅ…」


「じゃあ、どうして俺につきまとっている。アイツは今無防備のはずだ」


「せっしゃ以外のあしゃしんがいたらどうじぇごじゃるか?」


 ツキカゲは俺を穴が開くほど真剣な目つきで見つめる。


 でも、俺と美姫は別になんでもない。


「別にどうだっていいさ。俺は美姫のなんでもない」


 故に、美姫もまた俺をなんとも思っていないはずだ。


「体が今にも動きそうに硬直しているというのによく言うわね、でごじゃる」


「珍しく長いセリフを言えたな」


「にゃにゅにょにゃにゃにゃにゅにょ!!」


 なんだか怒っているようだった。


「それだったら、あの子を殺してしまうわ。最大の鍵はあなただと思っていたけれど、残念ね、でごじゃる」


「おい、それはどういう…!」


 俺はツキカゲを逃さないように腕で捕まえようとするが、捕まえることができなかった。まるで忍術のようにツキカゲの姿が一瞬で丸太に変わったのだ。


「アイツ…忍術使えたんだな…」




 農作業を終えて、俺は緑子に事情を話していた。


「とまあ、そういうわけだ」


「なるほど。割愛したじゃき」


 エセ土佐弁を無理に使わずとも好いのに。


「誰がエセじゃい」


「おおっと。口が滑っていたようだ」


 緑子は大きくため息をついた。


「ということは、あの子は命を狙われるような子というわけなんだな…」


 緑子の声は少し息が混じっていた。


「そういうことらしいな」


 俺も緑子もまた、美姫が普通の幼女ではないことをよく分かっていた。故に、別れの日がやってくることもまた…


「かくなる上は、美姫を元の場所に帰す必要があるかもしれん」


「まるで野生動物みたいな言い方だな」


 それでもいいのか、と俺は問おうとしたが、野暮なので言わないでおく。そりゃあ、緑子だって美姫と離れたくないはずだ。でも、それでも帰そうと言っているんだ。変に気を煩わせない方がいいだろう。


「でも、どこに帰すんだ?首輪でも引っ付いていたわけじゃないだろ」


「首輪?」


「いや、どこに帰せばいいのか分からないだろって」


「そうだな。あの子に聞いても教えてくれるかどうか」


「聞いたのか?」


「ああ」


 俺は少し驚きだった。緑子が美姫に尋ねるとは。


「そうか。それじゃあやることは一つだ」




「…」


「…」


「………」


 ツキカゲは美姫を狙って現れるはずである。そして、美姫の帰るべき場所を知るにはツキカゲに聞くのが一番だ。故に、俺たちはツキカゲを捕まえるための罠を作り出した。


「その名も――美姫をエサにしてツキカゲを釣ろう大作戦!」


 緑子に思い切り殴られる。痛い。


「バカかお前は!相手はシノビだぞ?引っかかる訳がなかろう!」


「その通りでごじゃる」


「!?」


 俺は急いで辺りを見渡す。しかし、そこにはツキカゲの姿はない。


「どうしたんだ?」


 緑子にはどうもツキカゲの声は聞こえていないようだった。


「おにぎりを貰っていくでごじゃじゃ」


「盛大に噛みやがったな」


 おにぎりかと思い胸を探ると残しておいたおにぎりがない。誰にもバレないように残していたというのに…


「くっ。どっかの幼女のように食い意地だけは立派と見える…」


「フランちゃん。私はいつまでこんなことしてればいいのかな」


「だれがくいいじじ!」




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