3 美姫







「おにぃちゃぁあぁあぁんっ!」


「俺はお前の兄ではないわいっ!」


 駆けてくるは、こんなうっそうと茂った森の中には似つかわしくない、高そうな染め物と艶やかな黒髪。


 何を隠そう、先ほどの幼女だ。


「久方ぶりね!フランちゃん!会いたかった!」


「俺は会いたくなかったぞ」


 何が嬉しくてお守りなどせねばならん。


「もーう。ツンデレさんっ」


「男のツンデレに需要はないっ!」


 そもそも、ツンデレというのは萌ゆる花というのに、昨今の萌えときたら、安直に「べ、別にアンタのことなんて好きでも何でもないんだと思うけどねっ!」と連呼すればいいと思うておる。俺はそんな風潮には反対だね!これぞダダイズムというのではなかろうかなのですよ。


「別にアンタのことなんて好きなんかじゃないんだからね!」


「好きなんじゃないですか。フランちゃん。でも、元服前なので、夜はお供できませんよ?」


「そうやって簡単に思わせぶりな言葉を吐くのも、昨今のラノベの悪いところだ」


 そもそも夜を共にするって意味を分かっているのだろうか。


「それよか、ここがお前の村なのか」


「まあ、ちょっと違いますけれど、おおかたそんなものです」


 なるほどなー。なんとなく事情が読めてきたぞ。


「で?飯をくれないのか?」


 緑子が持って来てくれると言っていたが、まあ、二人分貰っても悪いことはないだろう。それほどまでに腹は空いている。


「いいですよ。白くないご飯ならあります。雑炊にするとほっぺが落ちそうで」


 白くないご飯ってなんだよ。ライスって白いんじゃねえのかよ。


「さあ、行きましょう。夢幻の彼方へ!」


「いや、ちょい読者的にトラウマになっているかもしれないワードだからな。あまり言わないでやってくれ」


 幼女は俺の手を引き、村の中へと連れて入ろうとする。


 そう言えば、村に入るなって言われてたんだけど、まあ、仕方がないか。人生なるようにしかならん。


 そして、村に入ろうとしていたところを運悪く緑子に見つかる。


 緑子は無言で俺たちを見つめていた。握られている手と俺の顔、そして、幼女の顔を交互に見た。


 嬉々としていた顔は徐々に無表情へと変わっていった。


「お前ら……」


 なんだか浮気現場を見つかったかのように居心地が悪いぞ。別に浮気とかそういうおはなしではあるまいて。


「この、ろくでなしっ!」


 何故か俺の頬をはたいて、緑子は去っていく。


「待って。緑子ちゃん。この人は危ない人なの!」


 お前も何を言っておるか。


 幸い緑子には聞こえていなかったようである。


 緑子が去った後、幼女は明らかに落ちこんでいた。




 小さな崩れかけの小屋に俺は案内される。村の端っこにある廃屋のような家だった。他の家と比べても明らかに貧しい。でも、そうなると幼女の服装と微妙に齟齬が生じる。


 まあ、いいか。どうせ大したことないだろう。


「ちょっと待っていてくださいね」


 幼女はどこからか黒い色の石を持ってくる。それを囲炉裏の傍に置き、屋外から藁を運んで来た。


 そして、幼女は慣れない手つきで石を打つ。


「うんしょ」


 かちん。


「どっこいしょ」


 かちん。


「はわわわ!」


 自分の手を石に打ち付けたようで、痛そうに眼に涙を浮かべる。


 よく見れば、幼女の手は所々皮がめくれて汚くなっていた。


「いつまでかかるんだ?」


「昨日は一日中やっていて、なんとか火がつきました。目が覚めると消えていましたけれど」


 まあ、こんな時代にライターなんてものがあるはずもない。木の棒でこするのも悪くはないのだろうが、どうもそんな装置すらないらしい。


「お前に任せていたら時間がかかる。さっさと貸せ」


 俺は無理矢理、石を幼女から奪う。


「はうぅ」


 俺の手が触れた瞬間、幼女はおかしな声をあげた。


「痛いんだろ。水にでも浸して来い」


「でも、お料理に使う分しか残ってないですよ」


 そうか。水道すらもないのか。井戸も、川が近くにあるならわざわざ掘る必要もない。


 一人で川まで行かせるかと思ったが、流石に幼女一人でうっそうとした森の中を歩かせるわけにはいかなかった。この時代、まだ狼などの肉食獣がいたはずだ。狼が人を襲うことなど稀ではあるが、狂犬病に罹っていた場合、ただ事では済まなくなる。


「少しの間我慢していろ」


 食事が終われば一緒に川に行こうと思った。色々と調べたいこともある。


 俺は石を打ち付けて、火を作り出そうとする。


 空腹で力が出なかったが、飯が直前であると思うと、やる気が出てくる。


 カチン。


 カチン。


 カチン。


 ライターって偉大だったんだなぁ。


「いつっ」


 痛みを感じるようになった体が警告を発する。


 要は、手の皮が剥けた。


「だ、大丈夫ですか」


 俺はイラついて幼女を睨む。でも、幼女は臆することなく俺を心配そうな目で見ている。


 バカやろうが。


 本気で怒鳴りたくなる。


 だって、お前の方が重傷じゃねえか。俺がこんなことでギブしてたら、情けないにもほどがある。


「俺は鬼だぜ?口から火だってはけりゃあ」


 実際はただの西洋人である。


 でも、幼女にできて俺にできないことはない。


 カチン×50


 まだまだつかない。


 カチンカチン×100


 血が流れ出した。血は赤い。


 カチンカチンカチン――


「ちょっと休もうよ。危ないよ」


「うるさい。俺はやると言ったらやる男なんだ」


 そろそろ幼女を泣かせてしまいそうだった。


 例え幼女であれど、女を泣かせる男は悪い奴だからな。


 バッドボーイを気取るのもいいが、俺の目の前でもう悲しいことが起こるのは嫌なんだ。俺は前の世界を見て、そこで起こった結末を見て、そう決意したんだ。


 カチン!


 火花はようやくのこと、藁に燃え移る。


「やったね!フランちゃん!」


 幼女は俺にハイタッチをせがむ。


 俺も嬉しくて、つい、ハイタッチをしてしまう。


 鬼のように巨大なごつごつした手と、幼女の小さくやわらかな手が触れ合う。


「うぅっ」


「ぐはっ」


 俺たちは互いに手を汚していることを失念していた。


 二人とも痛みにもだえることとなった。


「おい、炭を出せ。火が消える」


「炭はないよ。木だけ」


 幼女は木の枝をどこからか持ってくる。それを藁に突っ込んだ。


「リスクが高いな」


 炭などの水分を飛ばした木材は簡単に燃えて、継続して燃えてくれるが、水分の多い生の木材であると、燃え移りにくく、また、火が消える可能性もある。朝露などで湿気ている可能性も否めない。


「まあ、贅沢は言えないわな」


 アドレナリンの放出で忘れていた空腹がぶり返す。


「フランちゃん。あとは私がやっておくから寝ててもよいぞよ」


「なんだよ、その口調は」


 お前に任せるのが一番不安だ。


 でも、急に疲れが出てきたのか、急速に眠たくなってくる。


 眠ったら死ぬかもしれない。それほど限界だった。


 でも、ささやかながら俺は願う。


 この幼女の前では死にたくない、と。


 死は現実の真実に最も近いのだから。




 遠い夢を見ていた。


 それは夢なんかではないことをボクが一番知っている。


 ボクは外の世界からやってきた。


 ずっとずっと遠くから、何か理由があって訪れたんだと思う。


 ボクには役割があった。


 そして、ボクはそれを果たしただけだった。


 でも、それでよかったのだろうか。


 ボクは一つの世界を壊してしまったんだ。




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