第100話 新たなる概念

「では、君の作った鉄鋼戦艦は即座に実戦投入するべきであると考えるのだな?」


 キリングス王はいつのまに着替えたのか、鎧を身に纏っていた。がちがちの重装備ではなく、軽い動きやすいものだったけど、王様が鎧を身に着けるということはすなわち、そういうことなのだと嫌でも理解してしまう。

 いつかの謁見では和やかな雰囲気だったはずのその場所は、ピリピリとした空気に包まれている。

 いならずお歴々の大臣、将軍たちも目つきは鋭い。当然だ。自国内で、あんな狼藉をされたのだ。本当ならいますぐにでも全ての戦力をもって戦いに赴きたいはずなのだ。


「勝たなければ新しいものは作れません。私は大きいだけの置物を用意したわけでもありません。王よ、あれらは勝つためのものです」

「ふむ、しかしまだ一隻しかない。それに、たかが一隻だ。あれが、いかなる力を持っているかはわからん。俺にも未知数だ。しかし、たった一隻の超兵器で大海原を制覇できるとは思えんな?」

「それは通りです。ですが、無用の長物ほど無駄なものはありません。あれらは使ってこそ意味のあるもの。確かに、当初の予定とは違いますが、物事がスケジュール通りに動くわけがありません。今は、こうして、手元にあるものを使うしかないのです。それに……」


 私は一端、言葉を区切って、周囲を見渡す。

 感じるはよそ者が偉そうにという視線だ。当然だけど、私はこの国からすれば部外者だし。サルバトーレからの使者というわけでもない。良くも悪く商売をしに来た商人でしかない。


「私には新しい兵器の提案があります」


 この発言に、周囲がざわつく。

 

「ほう?」

「鉄鋼戦艦程のコストもかかりません。ですが安定性に少々難がある為、採用するかどうかはこの場でお考えいただくことになります。ですが、これは新機軸の戦いの提案でもあります」

「お客人、この国、この戦いはそなたの遊び場ではない」


 キリングスがこちらの提案を興味深そうに聞いているその横では将軍たちのとりまとめ役であろう甲冑姿の老人が私を見据えて言った。


「確かに、建造されている鉄鋼戦艦は従来のものとは違う。それは認めよう。だが、しょせんは一隻。そこに、また新しい兵器であると? 君は、兵器開発がどれだけの時間を有するのかわかっているのか」

「わかっていますよ? ですが、勝たねば意味がありません。ダウ・ルーの艦隊が大陸随一であることはわかっていますが、敵もまた大船団を構築するほどの強大な国。しかもすでに海域には展開されており、こちらから打って出るには危険が多い……そうでしょう?」

「そんなことは子供でもわかる理屈だ」


 まぁそれはそうなんだけどもね?

 ダウ・ルーを入り口とした海路は皇国の艦隊で封じ込まれようとしていた。完全に蓋をされる形となれば、それをこじ開けるのはきつい。

 まだ艦隊同士の戦いは始まっていないらしいけど、それだって時間の問題。

 中世における艦隊戦はかなりの至近距離だと聞いたことがある。大砲の性能が主な理由で、遠すぎると弾丸が届かず、さらには船体に傷をつけられないからとか。そして、船上に乗り込み白兵戦を仕掛けるという戦法もある。

 難しい理屈は抜きにしてとにかく数を揃えて殴り掛かるが正解なのは確か。

 この動きに対していかにこっちが殴りやすくするかを考えるのが戦術であり戦略なんだろうし。


「鉄鋼戦艦であれば、至近距離の砲撃に耐えられるはずです。それも長時間。壁としての使い方は期待してくださってもよろしいですわ。そのように作りましたので。ですが、船の戦いに関しましては皆さまの方がご経験もありますし、それは任せます。私が提案したいのは、空の戦いでございます」


 この発言のせいでまた周囲がざわついた。


「そ、空だと?」

「馬鹿な、魔法で浮遊はできても自在な飛行は不可能だ」

「どれほどの兵士に訓練をさせるつもりだ! 時間はない!」


 魔法による飛行。

 この世界においては簡単な浮遊ならできるけど、それだけ。自由自在に重力から解き放たれたような飛行は不可能に近い。仮にできたとしても、それはごくわずかであり、それこそ天才たちにしかできないとされる芸当だった。


「飛ぶだけならば、魔法はいりません。むしろ、飛んだあとが重要です」

「鳥の羽の模型でも作るのかね」

「その方法も不可能ではありませんが、別の方法があります」


 グライダーによる滑空も悪くはないと思う。確か第二次世界大戦ではそれを使った作戦があったとか聞く。

 で、それはさておき、私は気球の理論を提示した。


「もちろん、有人飛行に危険が付きまとうことは承知しています。最悪、火薬を満載した気球に火を点け、放つという方法も出来ますが、風任せはこちらの被害も大きいでしょう。人の手で操り、ある程度の推力を持たせる運用が必要です」


 気球の原理は彼らとてわかっているようだったけど、空襲という概念はさっぱりとなかったようだった。

 とはいえ、これは仕方のないことだ。もともと、航空兵器なんてものが存在しない時代、世界なわけでありもしない兵器の運用を考えるほど軍隊とは暇じゃない。

 ある程度、技術と余裕ができて初めて実践してみようとなるのだ。

 私は、その余裕を取っ払って急がせようとしている……間違いなく弊害は出るだろう。

 だけど、それはやってくれないと困る。勝つためには。

 口では簡単にどうとでもいえるけれども……。


「気球を大量に用意し、高高度から爆発物や火矢を打ち込めばそれだけでも敵に大打撃は与えられるはずなのです。空からの攻撃は、誰も想定はしていません。空の上に届くような攻撃もまだありません」


 対空技術というものが確立したのはかなり遅い。

 少なくとも、魔法があるといってもこの世界ではまだそんなものを用意できる地盤はない。こうなれば、誰が初めに空からの攻撃をするかなのだ。


「キリングス王、あらゆる責任は私が取ります。ですが、今は戦争に勝つことをお考え下さい。ご決断を!」

「フム……こちらの作戦行動に影響の出ない範囲での準備は許そう。だが、それ以上はそちらで準備いたせ。我らは海の王国。海のことはわかるが、空のことはわからん。誰にも分らん。だが、お前はわかるのだろう?」

「私とてすべてを理解しているわけではありませんが」

「知識があるのとないのとでは違う。俺は許可をだすが、用意してやれるのは工房だけだ。貴重な兵士は貸せん。いいな?」

「はい、ご寛大なる采配であると思います」

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