第99話 準備不足の開戦
戦争だ。戦争が始まった。
いや違う。ハイカルンとの闘いが始まってから、戦争は継続されていた。ただ奇跡的に今まで戦いがなかっただけなんだ。
戦いがストップすれば、人間どうしても落ち着きを持ってしまう。油断をしてしまう。私たちがそうだったんだ。その間に、連中は準備を続けていたのだ。
あのような、暴論を振り飾り、一方的な戦争を仕掛けてくるということは、それ相応の準備が整っているということになる。
それに比べて、こちらはどうだ。やっと色んな事が始まったばかりだ。当初予定していた三隻の鉄鋼戦艦は未テストの一隻が完成しただけ。
私掠船に関しても話はまとまっていないし、山賊たちの雇用に関してもやっと正式な書状が完成しただけで、成果と呼べるものはまだない。
何もかもが中途半端。準備不足だ。
「母上! 船を出しましょう! 敵が向かってくるのであれば、撃滅するべきです!」
アザリーの姿をしたラウが取り乱したように叫んだ。彼もまた混乱の中にいる。それが怒りという感情の発露で現れているだけで、冷静さはない。
恐怖と動揺と同じだ。
それは、偉そうにいう私も同じだった。
敵が、あまりにも未知数すぎるのだ。
「わかっているわよ。でも、私たちで軍隊は動かせないでしょう。とにかく、国王陛下に謁見をしなければ。アルバート、取り次げるかしら?」
「やってみるよ。ねじ込む」
アルバートは頷いて、走り去る。
彼にしてみれば故郷の危機。驚いているばかりでは駄目なのだと分かっているのだろう。
「イスズ」
入れ替わるようにザガートが現れる。無表情に見えるが、さすがの彼もわずかに焦りのようなものが見えた。目が険しいのだ。
「えらいことになったな」
「サルバトーレは動けるのかしら」
「陸軍が主体だからなんとも言えん。海の上での戦いなどやったことがないし、そもそも海軍と呼べる組織がない。陸軍がそれらを統括して行いはするが、我々は内陸の軍だったからな」
「武器ぐらいは回せるのでしょう?」
「そんなもの、さっきの騒ぎが始まってすぐに俺が連絡をしている。しかし、どれも陸戦の兵器だ。大砲に投石器……船に乗せない場合は水際の防衛しかできんな……」
あいにくと、この世界には空から攻撃できるような軍隊もない。グリフォン? ワイバーン? ドラゴン? いるらしいけど、人間が飼いならすことはほぼ不可能かつ、数が少ない、見つけられないという問題の方が大きい。
探せばそれこそ、いなくはないはずなのだけど、今からそれをどう用意しろっていうのか……。
「無理にでも鉄鋼戦艦を出すべきかしら……でも、普通の船と同じように扱えるものなのかしら……装甲だって、無敵の装甲じゃない……中世の大砲だって、何十発と受ければへしゃげるのは目に見えている……」
全くの無傷で勝てるかという保証は私には出せない。
あぁ、こんなことなら装甲材のレシピを解読して合金を無理やりにでも用意させるべきだったのだわ! 私は一体何を恐れていたのよ。ここで勝たなきゃ意味がないのはわかっていたはずなのに!
「とにかく、危険は高いけど鉄鋼戦艦の進水準備を始めて! 各部の点検、チェックは入念になさい! 即実戦に入るということはどんな危険が待ち受けているかわからないわ! 特に蒸気機関、および装甲の継ぎ目は何度も確認をなさい!」
私の号令で、作業員たちが大声を上げ、動き始める。
このあたりは、無理でも士気を高めて、働かせるしかない。間違いなく、こっちで用意できる最大の兵器は鉄鋼戦艦しかないのだから。
たった一隻のオーバーテクノロジーで何ができるかはわからないけど……。
「ザガート、動いてもらうわよ。マッケンジー領の各工場に急いで連絡を取って。質が悪くてもこのさい構わないわ。使える小銃を全部持ってこさせて。ガーフィールド王子たちにはあとで説明します。今は一丁でも鉄砲が必要になるはず!」
「あぁ、承った。お前はどうするつもりだ、ここで指揮を執るか?」
「ダウ・ルーの国王に会う」
「それはいいが、大丈夫なのか。あの殺された二人は」
「どうでもいいわよ、自業自得なのだから」
私の中のマヘリアがどれだけ残っているのかは知らないけど、今は全く、これっぽっちも、微塵とあの二人に対する同情は持ち合わせていない。
だけど、無残にも殺された姿は見るに堪えないし、巻き込まれた輸送船の船員たちのことを思えば、怒りだって湧いてくる。
連中は、そういうことを平気でやるのだ。ハイカルンが受けた仕打ちを、私たちはもっと重く受け止めるべきだったのだ。
毒を流し、戦乱を煽り、ついさっきは無抵抗を殺した。
そして今まさにこちらに襲い掛かろうとしている。
外洋に展開しているという皇国艦隊がいかなる規模なのかはまだわからない。でも、もう始まってしまったのなら、それは、やらなければならないのだ。
「ここでダウ・ルーが滅んでもらっては困るのよ。海を抑えられたらおしまい。上陸はさせちゃ駄目。何がなんでもここは死守させなきゃいけないわ。そうじゃなきゃ、私のやりたいこと、何もできないじゃない。毎度、毎度、あいつらに邪魔されて、何も進まないわ! いい加減、私も堪忍袋の緒が切れるのよ」
「その通りです、母上。連中を叩かねば、また同じことが繰り返されるだけです!」
「君までそれを言うか……」
ザガートはやれやれといった感じで私たち二人を見た。
「やれ、平和の為、お国の為だ。俺もさっそく仕事に取り掛かる。お互い、とにかく生き残れよ。ヤバくなったらサルバトーレに戻れ。王子夫妻も一緒にな。それが、最優先だ」
こうして、ザガートも消えていく。
造船所は無理やりにでも活気を作り上げていく。私は、私にできることをやるしかないのだ。
しかし、やはり一隻の船だけでは局地的には何とかなっても全体はどうだろうか。
軍の運用はわからないけど、それぐらいの危機感は私にもある。
鉄鋼戦艦の性能であれば序盤は不意を突けるはず。でも、船である以上、そして外輪というわかりやすい弱点をさらしている以上、絶対無敵ではない。
これをフォローする為の、他の一手が欲しい……陸と海はもうお手上げだ。
そうなるとやはり空。でもそれは現実的では……。
「……いえ、待ってよ」
そこで私はあることを思い出した。
空は、飛べる。魔法を使わずとも、人間は空を飛ぶことができる。機械を使わずとも、空を飛べる。
古くは古代中国。かの諸葛孔明は無人の気球を浮かばせたという。それから時代は進んでマリーアントワネットの時代には有人の気球はあったという。
そう、気球だ。
「空からの攻撃……!」
でも、果たして今からそれが間に合うのかしら!?
いえ、でもやるしかないわ。無人でも良い。ただ空に浮かばせるだけでもいい。こうなれば何でも使ってやればいい!
「でもそううまく行くかしら……ここはグレースにガチャ石で祈ってもらう? いいえ、そんな当たる確率の低いギャンブルより、私は、私の知識を信じる……!」
そうと決まれば私は動くしかない。
「アザリー、重要な仕事ができたわ」
「はい」
「ケイン先生を大至急よ。最悪、言葉さえつながればいい。それと木材や耐火性素材、布、紙……そして錬金術師たちを大至急よ」
「は、はい!」
彼は嬉しそうにかけていく。
復讐という行為の手助けになることには、彼は協力的だ。
「未来の知識を見せてやるわよ、頭のおかしい国め……どっちが世界の覇道を握るか、勝負してやろうじゃない……!」
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