第98話 宣戦布告の使者
「処女航海の中止ですか?」
急ピッチで進んでいた戦艦建造にめどが立ち、通常航行なら可能だろうという判断が下されたのがつい三日前。その後、蒸気機関の細かい調整や予備の機材を確保、二隻目の蒸気船建造を提案するかどうかという最中のことだった。
ダウ・ルーの周辺海域をぐるりと一周する程度の航行が予定されていたというのに、それが急遽取りやめとなり、私を含め携わった作業員たちは全員、不満の声を上げていた。
その批難を一身に受け止める形となったアルバートは困惑をしつつも、自身も納得がいっていないということを説明してくれた。
「俺も、今さっき知らされたのだ。父上とて驚きのことだった」
「国王陛下が今になって及び腰になったというわけでもないのでしょう?」
あの豪快な王様が突然そんなことを言い出すのだから、何かしら理由はあるのだろう。とはいえだ……あまりにも唐突すぎる。二大国家の共同プロジェクトでもあるし、これにはサルバトーレ側からもなぜという追及はあるだろうし。
「先日、外洋に出ていた輸送船が拿捕されたという話があった」
「穏やかではないわね。拿捕……皇国に?」
通常、他国の船を拿捕するってありえないことだわ。
いくら何でも……これはあからさま過ぎないかしら。
「あぁ。近々、使者が送られてくるという」
その言葉に私は思わず心臓が飛び跳ねそうになる。
予想外すぎる。今まで直接的なアクションに出ていなかったはずの皇国が、いったいどういうことかしら。
「それは、本当ですか!?」
しかし、私以上に反応を示すのはやはりラウ王子だろう。今もなおアザリーの姿をしている。アルバートはまだアザリーの正体には気が付いていない様子。
それでもアザリーはハイカルンの出身であると説明している。アルバートとしても仇の国がやってきて衝撃を受けていると判断したようだった。
「アザリー嬢、落ち着いて下さい。連中は外洋に展開していますが、その数は少ないとのこと。おそらくは本隊ではありますまい」
「いいえ、敵がいるのです! そこまで攻めてきているのです! しかも、堂々と!」
アザリーは今にでも飛び出してしまいそうな勢いで食って掛かる。
それこそ、一人で小舟に乗り込んで駆けていきそうなぐらいだ。その目は大きく見開かれて、まさしく怒りのオーラのようなものが湧き出ているような感情の発露だった。
「アザリー、落ち着いて。でも、気になるわ。今までこそこそと、それこそ大陸の反対側にまで移動して隠れて上陸していたような連中が、なぜ今になって玄関口であるこの国の眼前に……」
いずれ、来るだろうとは思っていた。ただ思いのほか早かった。
むしろまた小細工を弄してくるかと思っていたのだけど……やっぱりダメね。私にはこの手の読み合いは出来ないわ。
「もとより、こちらの艦隊には警戒をするように周辺海域を警護させていた。だが、今回は我が領海の外なのだ。交易を許可された輸送船が、本来無関係のはずの航路で拿捕されている。これは明確は敵対行為なんだが……」
本当なら問答無用でこっちが攻め入ってもいいレベルの問題だしね。
アルバートとしてもその点に関しては否定的ではない様子だった。
「陛下も今回のことに関しては座して構えるつもりはないはず……だが、今は動くなということは何かお考えがあるのだと思いたい……今回の鉄鋼戦艦の試験運用が中止になったのも、おそらくはそこが理由だろう」
「敵に新兵器を見せたくなかったと?」
「それがもっともらしい意見だ」
むしろ見せつけてやった方がいいような気もするけど。
あぁでも、テストもしてないのにいきなり実戦に出すというのもおかしな話か……本当なら二度、三度のテスト航行を行い、その後、海賊の討伐任務について性能を最終確認するという予定があったのだし。
これは、私掠船の実現を前倒しにする必要があるかも?
最悪、敵にこちらの海賊を利用されかねない。
「とにかく、いつ何時、何があるかわからない。できうる限りの準備は進めてほしい。最悪、蒸気機関は積み込まず、鉄装甲のみを取り付ける場合もある。盾にはなるだろう」
「その時は牽引しますわ。航行速度は低下しますが」
「どちらにせよ頼む。敵の使者が来るということはスパイも潜り込むかもしれない。その対応もやるつもりだが……頭が痛いが、ザガートに協力を仰ぐことになるな」
とにかく、再び戦争が始まろうとしていた。
何から何まで私の思い通りにはいかないことはわかっていたけど、これは突然すぎた。果たして、私たちの作り上げた鉄鋼戦艦は敵の攻撃をはじけるのか。蒸気機関は無事稼働を保ってくれるのか。
なにより、この戦争、勝てるのか。
そればかりは、私とて、予測はできない。
グレースにでも、占ってもらうべきだろうか。
いやむしろ、聖翔石で何か祈ってもらってインチキパワーで解決を図ってもらおうかしら。
あぁ、頭が痛い。
そしてムカつく。皇国め、絶対に許さないわ。
一体、どんな奴が皇帝やってんだろうか。眼前に引きずりだしてやりたくなってきたわね。
「母上、お顔が怖いです」
「そりゃそうよ。悪だくみしているもの」
***
それから、二日後の事。
皇国所属の一隻の非武装船がダウ・ルーに入港を果たす。何の変哲もない、特別な塗装もない、ただ皇国の国旗だろうか、球体に巻き付いた二匹の蛇のような異様な模様がはためく。色も黒い球体に金色の蛇と派手というかなんというか。
乗員たちは、上陸することなく、船の上にずらりと並んでいた。現れたのは妙に肌の白いやせた男たちだった。服装は白一色なのだけど、統一感しかなくて逆に違和感なのだ。ただ白いローブと白いシャツと白いズボンという。そんな連中が船上にずらりといるのだ、不気味さがある。
護衛と思われる兵士たちは蛇のような兜で顔を覆っているが、基本は軽装の鎧らしい。
「貴国に伝える。王よ、出てくるがいい」
奴らは無礼にもほどがあるレベルの態度で、船の上からダウ・ルーの王宮に魔法を使って声を届かせていた。
国の王が、わざわざ玉座から出ていかなければいけないのだ。
そして、その場には私たちもいる。さすがに王宮にはいないけど、離宮にいることだけは許されてる。
「その行為、無礼ではあるが、出向こう! 我がダウ・ルーの国王である。貴公らはディファイエント皇国の者と見たが!?」
国王様も、わずかに怒気を含んだ声で返答する。
「愚かなる王に、我らが偉大なる皇帝陛下よりのお言葉と贈り物である、見ろ、そして受けとられい!」
そういって、連中が取り出したものを見て、私たちは絶句した。
なぜならば、それは……私の……いえ、マへリアの両親だったからだ。
「お、お父様、お母様……!?」
その言葉は、私がというよりはマへリアとしての言葉だったと思う。
あの二人は、ひどくみすぼらしい姿をしていて、縄でつながれていた。
「卑劣にもこのような下劣な間者を送り込み、我が国を内側から食い破ろうとする算段を皇帝陛下は見抜いておられる! みるがいい!」
「ま、まて、話が違う! わ、私は大臣だぞ! 貴様ら、私が……」
そういう前に、父親は切られた。
あっけなく、無慈悲に剣がマへリアの父を。そして、その真横にいたはずの母親も、悲鳴をあげることなく、別の兵士の剣によって、頭をかち割られる。
あ、あいつらは、何を言っているんだ。あの二人が、スパイ? 違う、そうじゃない、あいつらはこっちを裏切ってそっちについたんじゃ……
「は、はぁ? なんなの、あいつら?」
意味が分からない。
そんな理屈が通るわけがない。
何を言っているんだあいつらは。
周りが、国王もアザリーもアルバートも、意味がわからないという顔をしている。
「同時に我が領海に侵入した密漁船は撃沈ののち、乗員を返す! さぁ受け取るがいい!」
そういって連中は今度は民間人のはずの輸送船の乗員たちを連れだしあろうことか縄で縛りつけたまま海に放り投げていく。
「貴様らの宣戦布告は受け取った! 我がディファイエント皇国は正義にのっとり、貴様を蹂躙する!」
ふ、ふざけているの!?
「あいつら、頭、おかしいんじゃないの!?」
それは間違いなく、宣戦布告であった。
奴らは言いたいことを言い終えると、悠々と後退していく。あんなの、即撃沈でしょう!
「な、舐められたままでいいの!?」
「非武装船だぞ! 落とせば、我が国が責められる!」
「兵士がいたじゃない!」
「それでもだ! 奴らは上陸もしていない! だが、これは、許されるわけがないだろう!?」
「だったら今すぐにでも攻撃でしょうが!」
あんなわけのわからない連中が、敵?
ぞっとする。理解を拒む。あれが、同じ、人間の考えることなの?
あんな、誰が見てもわかる嘘を並べて、それで、仕掛けてくるっていうの!?
「じょ、上等じゃない、叩き潰してやる!」
この怒りだけは、まっとうなもののはずだから。
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