第97話 国家狩猟免許

 季節が移り変わりを見せ始め、そろそろと夏の近づく頃。

 ダウ・ルーはいつにもまして暑くなり、気だるい毎日が続く。鉄鋼戦艦の建造は細々と、しかして確実に進みを見せて、今では装甲の取り付けは完了。残すは蒸気機関の組み込みと推進器である外輪装置の取り付けである。

 外輪とは極端なことを言えば巨大な車輪で、水車を作り、その力で船を進ませることだ。

 大昔の蒸気船はたいてい、この形であった。

 ただ、当然と言えば当然なのだけど、船の推進器として優れているのはプロペラ、スクリュー型の方なんだけど、さすがに今からそれを実装させましょうというのは時間と予算と技術力の関係で厳しい。

 理論としてはわかっても、それをまとめる為の冶金技術がまだまとまっていない。

 今はある程度、単純で巨大化で対応できる装置の方が手っ取り早いのだ。


「取り付けが完了しだい、即座に試験運用を始めます。私たちはガラクタを作りたいわけじゃないわ。動きもしない、使えもしない鉄くずでおしまいにはしたくないのなら、実験、検証、改良よ」


 本当は、できるなら三隻は欲しいけど、一個の完成品がない状態でそれを考えるのは難しい。

 当たり前だけど私たちに降りる予算は船そのものの開発よりもそのほかの技術への援助が大きい。帆船であれば二隻も三隻も作れる予算でこの鉄鋼戦艦はやっと一隻。

 理解の追い付かない古い連中は無駄だの、役立たずだの言ってるようだけど、今に見てなさい。

 時代は鉄なのよ。木造船は、まぁロマンはあるんだろうけど、ロマンで戦いに勝てるなら苦労はしない。

 そんなロマンを実現するほどの技術は、ない。

 もしも、使われている木材が実は魔法的に凄いもので、魔力を通したら鋼鉄の何倍もの強度を誇るっていうのなら当然、私もそっちを使うけど、そんな都合のいい材料は存在しないし、そんなものを作れるような知識はない。

 私にできるのは鉱石の加工と、それに通じる冶金の知識ぐらいなのだから。


 蒸気機関も船の推進も、言ってしまえばこの世界の人たちが自分たちでたどり着いた。私は提案と、わずかな知識を持ってアドバイスをしたに過ぎない。新たな世界を目指し、技術革新を行おうとしている人たちはたくさんいる。

 その人たちに金と時間と立場を与えているのだ、私は。

 火と鉄、これがあれば人類は宇宙にだって飛び立てる。あとは、純粋な積み重ねなのだし。


「全く、アベルは大丈夫かしら」


 それはそれとして、心配の種がもう一つ。

 山賊エルフの下で人質になっているらしいアベル。たった数か月、されどその時間は嫌に長い。王家としては賊の再雇用も真剣に考えてはいるようだけど、やはり慎重に調になるわけだ。

 一応、無事に過ごしているというのは連絡係になっているザガートから知らされている。魔法による通話は不可能、その魔力などを探知されてアジトがばれたくないという向こう側の警戒もある。

 曰く、山賊エルフたちは拠点を変えつつ、生活しているので、三日と同じ場所にはいないらしい。

 ただ、こちらとの交渉が始まってから、彼らが民を襲うということは今のところはないらしい。モンスター狩りを行ってはその肉や皮を交換する為にコスタの手配で色々と換金はしている。

 とはいえ、ザガート曰く「それも長くはもたない」とかなんとか。

 親分であるコルンのカリスマでも荒くれを完璧に抑え込むのは難しいのだろう。食い扶持もあるだろうし。

 モンスター退治だけをしていても、それだけではやはり効果は薄い。だからこそ、地位と名誉というものが必要になるのだ。


「奥様、あ、いえ、社長」


 ダウ・ルーの造船所に勤めるいすず鉄鋼参加の若い従業員が私のもとへとやってきた。


「なにか」

「はっ、あの、ゲヒルト騎士団長様が来ています。はい、それで」

「わかったわ。造船所の応接間、空いているのならそっちに案内して」

「はい」


 いまだに敬語が慣れないらしい。

 そんな少年のような従業員の見送りながら、私は黒光りする鉄の船を見つめる。


「こんな時代に、こんなものが生まれる。歪よねぇ……」


 本当ならもっと、もっと先の話なのにね。

 さ、それよりゲヒルトの下へ行きましょうか。多分、彼は私が求めるものを持ってきたはず。


***


 応接間に着くと、ゲヒルトとザガートがそろって座っていた。血のつながりはないのに、この二人は嫌にそっくりだった。


「やや、すまんな。先に冷たい茶を頂いてる。老骨には夏のダウ・ルーは堪えるんでね」


 ゲヒルトは氷の魔石でキンキンに冷やした紅茶を飲んでいた。

 

「いえ、私も夜は寝苦しいので」

「おや、また日に焼けましたな」


 ダウ・ルーで数か月も過ごしていると、自然と肌が小麦色に近くなる。


「お肌が痛いわ」

「お美しいと思います。さて、それより、これを」


 早速本題に入るゲヒルトは一枚の書状を取り出す。羊皮紙で作られたもので、王家判も押されていた。


「これは?」

「国家狩猟免許……仮のものだが、それでも王家が出した直々のものだ」

「ということは、話がまとまってきたと?」

「完全にだはないがね。騎士団の方でも賊に権利を渡すことに反対の者もいる。なので、これは暫定的かつ、審査をした上で、信頼できると判断した賊にしか渡さん」

「コルンのエルフ山賊団はお眼鏡にかなうかしら」

「連中は比較的、話がわかる。むしろ、この書状は連中のテストであるからな。そっちでも、それ相応にやり取りはしているのだろう?」

「えぇ、今のところは言うことを聞いてくれていますが、そろそろそれもきついとか?」

「ザガートから話は聞いている。とにかく、書状を配布する。エルフ山賊団は国家に認められた正式な狩猟組織であり、その成果、報酬は保証するものである。ただし王家に八割、騎士団に三割を上納すること。それでよろしいか?」


これだけを聞くと山賊たちにまともな稼ぎがないように見えて、そうではない。彼らは彼らで手に入れたモンスターや動物の素材は手に残る。この場合の上納とは依頼者からのお金など、もしくは国家、騎士団が支給する一定数の備品などの返却も含まれる。

 このあたりの細かなお金のやり取りは私の専門じゃないけど、おおむね国は儲かる仕組み。そして経済も回る。

 山賊たちは大手を振って、狩りができるし、やればやるだけ報酬も手に入る。

 そしてこれのうまいところは早い者勝ちだということと、国家による後ろ盾を得られるということだ。

 もちろん、契約を破れば騎士団が総出で潰しにかかるわけだけど、どっちがお得であるかは明白だ。

 ここまで譲歩して、支配されるのはごめんと考えるのであれば、それは仕方がない。消えてもらうだけ。


「各地に派遣する傭兵のようなものだと思えばコントロールもしやすい。とはいえ、何かまとめる組織なりは欲しいところだな?」


 ゲヒルトはもう組織運用の視点を持っている。


「そうね、ギルドでも作りますか?」


 ギルドとはつまるところ組合。


「こうすれば、山賊以外でも雇用はできます。それに、こちらとしても装備が売れますので」


 これじゃまるで、冒険者ギルドみたいな話ね?

 でも、それはそれで、楽しそうじゃない?

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