第96話 綺麗も汚いも抱え込んで
「賊と、手を結べと言うことか?」
ダウ・ルーの王宮の一室。外国の王族をもてなす為の予算度外視の超高級な区画にて、私はガーフィールド王子と対面を果たしていた。
彼と真正面切って話すのは思えば初めてかもしれない。何度か挨拶はしたことがあるけど、すぐに私は後ろに下がって、あとのことをゴドワンに任せていた。
それに基本的にはいつもグレースと話すことが多くて、自然と、王子とは距離を離していたからだ。
しかし、今現在はそういうわけにもいかないので、こうして話をしているというわけである。
「いいえ、手を結ぶのではありません。王家が、賊を利用するだけの話です。言葉をかえれば、恩情を示し、彼らに更生の道を与えるという意味でもあります」
さて、話の内容は海賊、山賊たちの活用方法である。つまり、傭兵や私掠船に関する提案。正直、私個人としてもこれは一応認めてもらいたい内容ではある。何をどうしたところで、広大な大陸と海の全域をカバーするような兵力はサルバトーレにもダウ・ルーにもない。
強大な軍事力と言っても、それはこの大陸内の限定的な区画に置いてだけで、一国、二国を相手にするのであればまだしも、周辺各国に徒党を組まれるととたんにキツくなる。
こればかりはミリタリーに詳しくない私も単純な計算で導き出せるというものだ。
「彼らはならず者です。恥知らずで、凶悪、多くの民が恐れ、苦しめられた存在ではあります。通常であれば、即刻捕らえ、磔にしても誰も文句は言わないでしょう。ですが、今は無駄に国力を疲弊させるものではなと考えます。敵の規模が、わかりませんので」
「ディファイエント皇国……遥か海の向こうの大国だな。過去には一応の交流はあったようだが……艦船の技術が今ほどなかった。海を渡るだけでも、大きく損害が出て、お互いに疎遠になった。それが、今になって、襲ってくるとは……」
「それも最悪な方法で、です。未だ、直接的な武力行使がないとは言え、あちらの介入でこの大陸では内戦がおき、二つの国が消えました。それに……口にするのも躊躇われますが、裏切り者の存在も」
「う、む……彼奴らは処刑を行う。だが、この話は」
王子はちらりと背後に控えるグレースの様子をうかがう。あまり、彼女の前では死んだ、殺したという話をしたくない様子だった。
「はい、裏切り者がいたという事実のみでも十分です。それで、ドウレブを筆頭に、なぜあの人たちが遠く離れた外国のスパイなどに成り下がったのでしょう?」
「ゲヒルトの尋問曰く、多くはダウ・ルーからの商人の中に紛れ込んでいたようだった。こればかりは、ダウ・ルーを責めることはできない。海運貿易はこの国の主要であるから、それを制限することは、出来ない。その合間をくぐっているという事実は、恐ろしいものだが」
おそらくは皇国はもっと古い時期から行動していた可能性もあるわね。
用意周到というか陰湿と言うか。それに、妙に知識と技術もある国だろうし。正直、真正面切って戦争を挑んでもこっちに勝てるんじゃないかしら。
いえ、それもそれで困るのだけど。だからこうして、私も頑張ってるわけだし。
とにかく、蒸気機関や鋼だけで戦争に勝てるとも思わないし、完全に配備するのだって数年がかり。
やっぱり何をどうしても純粋な戦力数がいる。それも、数合わせじゃなくて、それに慣れた人材が。
「敵は強大です。七十門船を三隻も用意して、海を渡るような国力です。そして、ハイカルンを汚した毒についても。そのような悪逆非道を許すわけにもいきません。敵の自由を許せば、それはサルバトーレだけではなく、この大陸すべてにとって害悪となりましょう。ゆえに、今は清濁併せ吞む時期なのです、王子」
「う、む……それは、そうであろうが……」
別に、温室育ちが悪いとは言わない。むしろ、それで悠々自適に暮らせるような平和な世の中の方がこっちも気楽だもの。
でも今はそれをやっている時期じゃない。
とにかく、戦争には勝ってもらう。サルバトーレには栄華を極めてもらうにはそれしかない。それが、めぐりめぐって私の生活の余裕、そして野望の実現への近道なのだし。
「もちろん、賊に全ての権限を与えるのは言語道断でありましょう。守らせるべき法は守らせる。出すべきはだし、払うべきは払う。ビジネスとお考え下さい。信用を無くせば、それまでであると割り切ればいいのです。その中で適応し、頭角を見せるものがいれば、それは王国にとっても得になりましょうし、従わぬ愚か者は見せしめにでも処分すればよいでしょう。連中に分からせるのです。どちらに付けば、得をするのかを」
私掠船において、国家に富をもたらした者たちはその分別を理解していた。ゆえに英雄とよばれたし、国から爵位を頂き、軍属にもなれた。
通すべき筋を通し、結果を残したのだから認められるのは当然なのだけど、それが出来ない人たちが過半数なのよね。
だけど、あっちが卑劣な方法を取るというのなら、こっちも相応の手段を取るのは当然のこと。私は聖人君子じゃないし、やられたらやり返すべきだと思っている。
でも私にそんな権限と権力がないから、こうして王子をたきつけているわけなのだ。
まぁ裏で山賊と交渉していますなんてことは秘密だけど。あれも果たしてうまくいくかどうか。
「王子、ご決断を」
「だ、大臣たちと協議が必要になる……」
「えぇ、ですが、聡明なる王子であれば、私の忠言、聞き入れてくれると信じています」
協議に入るのであれば、ゴドワンやゲヒルトたちからの根回しもあるだろうし、どう転んでも良いと言えば良い。
あとは、敵がどう動くかによるし、それまでに私の方のプロジェクトがどこまで進むかが問題。
鉄道はさておいても、鉄鋼戦艦ぐらいは最低、三隻は用意したいところだもの。
そして、その時間稼ぎの為にも、私掠船構想は早めに実現をさせたいところなのだから。
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