第95話 山賊との交渉
それから二週間後の事だった。なぜかザガートから連絡があって、件の山賊との会談を取り付けたからとりあえず、場所を指定するとの報告があった。
山賊との接触は言ってしまうと反国家勢力とのお付き合いになるのだけど、実際この辺りはあえてお見逃しを受けている部分も少なからずある。
逆を言えば、うまいこと処理をして、問題を回避できるのであれば、そういった反抗勢力といった存在との共存は国家にとっては比較的かつ限定的ではあるけれど、とやかくいうようなものじゃない、らしい。
ただ、私の場合は国家主導でこの辺りを認めてもらいたいところではある。ただし、これはかなり強硬策で、半ば既成事実を作り上げるようなものに近い。
「あなたが……?」
ダウ・ルーの高級レストランを会合場所として選んだのはザガートだった。というのも、こういったレストランは匿名性、秘匿性が高く、貴族同士の秘密のお話合いという点で重宝するらしい。
いつの時代、どこの世界でも考えることはみんな同じという事かしら。
それはさておき、指定されたレストランに赴き、最奥の個室に案内された私と、アルバートはそこで、ハッと驚くような美貌の持ち主と対面した。
その人物は間違いなく、男なのだが色白で、赤とも茶色ともとれる瞳の色をしていた。一瞬だけを見れば童顔のようだけど、不釣り合いなほどに落ち着きを払っている。ラウも歳にしては落ち着いているところがあるけれど、それの非じゃない。
たたずまいだけでも、只者じゃないことが分かる。
銀髪の長髪を持ち、だらりと垂れ下がっているけれど、不潔さはなく、むしろその姿こそが完成された芸術品のような姿をしているのだ。
「アベルはどうしたの、ザガート」
そんな男の隣で座るザガートはいつもの調子ですでに運ばれていたらしい果実酒を飲んでいた。一緒に発ったはずのアベルの姿がないことに、私はちょっとした疑問と嫌な予感を感じていた。
「お前が、アベルの女か」
変わりに答えたのは色白の男だった。見た目に反して低い声。唸るような声だった。その時、ぱさりと彼の長い髪が揺れる。すると、彼の長いとがった両耳が姿を見せる。
それは、エルフの特徴的な耳の形だった。
やはり間違いない。この男が、件の山賊のボスなんだ。
「母親よ。義理の、一応ね」
生真面目に答える私も、どうかと思う。
「ははっ」
私の返答のどこが面白いのか分からないけど、エルフはにしゃりと口角を上げて笑った。およそ優雅さとはかけ離れた笑みで、私は思わずぞっとする。アルバートもわずかに顔をこわばらせた。
「母? 奴は赤ん坊か? 傑作だな。え? つまり、アベルは新しくできた母親のお使いをさせられたわけか」
「提案をしたのは彼。のっかったのが私。それより、アベルはどこ」
「人質」
あっさりと答えるエルフ。
「こっちも、身の安全の保障が欲しい。アベルには悪いが、こっちの人質になってもらう」
「でしょうね。想像はしていたけれど」
アベルからの連絡がなかった時点で、そういう事だろうなぁとは思っていた。
まぁ、自分たちの安全を保障するためのようだし、手荒なことは受けていない。そう願いたいところだけど。
「それで、話とは?」
余計な駆け引きは無しで、ストレートに話をしたときた。
これはこれで面倒がなくてもいい。
「それより、名前を聞いても? 私は……」
「イスズ。アベルからも聞いたし、お前の話は、よく耳に届く。山を崩し、鉄を作る女がいると。恐ろしき女よな。お前たちは土地を枯らすことにかけては天才的だ。瞬く間に木々を切りつくし、今度は山を平らにする」
「悪いけれど、私はそういう環境論をあなたと論じたいわけじゃないのよ。その手のお話はもっと上の方にしなさい。第一、あなた、山賊でしょう? 樹海を抜けてきた異端のエルフ」
「お、おいイスズ」
アルバートは思わず、私をたしなめようとしたけど、その必要はなかったみたい。
「ハハハ! 怖い女だ。まさに鉄のような女だな」
エルフは笑いながら、「コルン」と名乗った。
「西の森、白眉のコルンと呼ばれていた。エルフに家の名はない。あるのは土地、そして己の名のみ」
コルン。それがエルフの名だという。
「なるほど、アベルが面白い女というだけのことはある。聞けば、貴様、大気の力も使うようだな」
大気……多分、蒸気の事かしら。
アベルめ、どういう説明をしたのかしら。
「鉄の塊を動かす女よ。俺はまだ若いが、貴様ら人間よりは長く生きる。この百余年の間、貴様のような女は見たことがない。お前だけは、ほかと飛びぬけている。アベルは言っていたぞ。鉄の馬を走らせると。鉄の船を浮かばせると。それだけじゃないな? えぇ?」
「さぁ、いまだ部外者のあなたにはそれ以上を教える必要がないわ。それより、あなたがここに来たということは、アベルから話は聞いていると思ってもよろしいかしら。そして、それを検討する為に来たと考えても?」
「土地の獣狩りの話。それと、海の向こうの蛮族どものこと」
「話が早いわね」
どうやらアベルの方からある程度の話は行っている様子。
「貴様は土地を枯らすが、連中は土地を汚す。ハイカルンという国の様子は俺たちも知っている。ドワーフ曰く、あれは石の毒。綿のような石が放つ毒だと言っていた。長い時間をかけて、あの国の住民は、死ぬ」
「綿のような石……石綿、アスベストか」
嫌な予感は的中していたようだった。
ハイカルンを蝕む鉱物毒は輝安鉱だけじゃないことは分かっていた。間違いなく、ヒ素の原料となる鉱物も使われていただろうし、場合よってはもっと恐ろしいものだって使われていた可能性が高かった。
そしてコルンからもたらされた情報。石綿、つまりアスベストの存在に私は頭痛すら感じる。恐ろしい時限爆弾を置いて行ったわね、連中。
「アスベストだと? 聞いたことがある。燃えない布を作れると聞いたが?」
アルバートは何が危険なのかを知らないようだ。
「サルバトーレでも少ないが産出されるはずだ」
ザガートも同じくの様子。
まぁ、アスベストの健康被害に関しては理解されるまで長かったから、仕方ないか。
「アスベストは確かに有益な鉱物よ。石であるのに、繊維が細くてふわふわとしている……確かに燃えない布が出来る。でもね、石なのよ? ふわふわと軽くて、宙にまうけど、石なの……そんなものが、体の中に入ったらどうなるか、わかるでしょう? 不治の病になるわ……残念だけど、今の治療方法は完治もできない」
アスベストが肺に入り込み、重篤な健康被害をおよぼす。これはもといた世界でも大きく問題となった。
「しかし、それは即効性のあるものなのか? そのような恐ろしい病を誘発するのであれば、ハイカルンの国民は今頃」
「発現は、遅いわ……それこそ、二十年後か、六十年後か……それが、わからないから恐ろしいのよ」
これの厄介なところは、そこなのだ。
アスベストの吸引を行うことで、ただちに健康被害を訴えるわけじゃない。この場合、個人差もあるし、一概にどうとは言えないのだけど……なんにせよ、恐ろしいものであることは間違いない。
そして、皇国はこのことを理解しているというわけだ。
正しく使えば、耐火性などに優れた素材ではあるのだけど、結局はそれが及ぼす健康被害の方が強くなってしまった為、ほとんどが使用禁止になった恐るべき鉱石。
「ふー……皇国に関しての認識を改めないといけないわね……それで、コルン。あなたとしてはどうなの。こちらの申し出を受けてくれるのかしら」
「報酬次第だ」
「狩った獲物は好きにしてもいい……と言いたいところだけど、そこは上との相談かしらね。何から何までを可能とすることは不可能よ。ただ、損はさせないわ。結果を出してくれればこちらか王家に進言も出来る。王様のおつきが貰えるかもしれないのよ?」
「それは大きいな。だが、俺とて大勢を抱えている。成果なしでは帰れんな」
「少なくともこちらで買うことは出来る。それで様子を見て欲しいわね。それと、腕前を、あとついでに、他の山賊たちに関しても協力を取り付けられるなら……」
「それは一考するが、さすがにすべては無理だ。だが、出来る限りはやろう」
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