第93話 新たなる問題
さて、蒸気機関を転用した蒸気船及び蒸気機関車、鉄道に関する動きは大きなうごきを見せ始めてきたけど、これらの活動は一朝一夕に終わるものではない。プロジェクトが開始されれば、予算の見直しとかもあるし、人員配置、何より単純に時間がかかる。
試作機を一つ作るのにも数か月、数年はかかるだろうし、二つの国をつなぐだけの鉄道も手抜きではいられない。
しかし、これらの問題は地道な作業でどうとでもなる。ようは技術の話だし、試行錯誤を繰り返すのは当然と言えば当然だった。
なので、失敗の数自体はそれほどの問題はない。予算の許す限りの範囲でという条件は付くのだけど。
それよりも頭の痛い話が沸き上がっていた。
「モンスター被害ですか? 山賊などではなくて?」
キリングスとの謁見から翌日の事。
バルファンの船屋敷で朝食を頂いている最中の会話だった。
話を切り出したのはダグラスだった。彼はエビのような甲殻類の殻を丁寧に向きながら、みそをスプーンで啜っていた。
「うむ。賊連中の被害というは実のところ、天災のようなものでな。同じ人間であるから、問題の度合いが大きく見えるし、同じ人間であるから、その分、悲惨であり、陰惨な事件も多い。だが、国民の大半を脅かすのはモンスター、獣だ。奴らは数が多いからな」
この世界においてはモンスターという存在は狂暴な野生動物の意味合いが強い。なので問題を起こせば、私たちが普通の動物であると認識する生物であってもモンスターというくくりになる。
例えば野生の狼を上げると、普通に生活している分には彼らはただの動物だ。近寄らないことは当然として。
しかしこの狼が極限まで腹を空かせて、各地を襲い始める、多大なる被害が出るとそれはモンスターという認定を受ける。この場合、狼単体がというよりは狼の群れがモンスターとなる。
ようは被害の度合いなのだ。同じ意味では猪なんかもモンスター扱いを受けるという。
それ以外では、まさしくファンタジーな存在もいる。これらの動物は通常の野生動物とは違い、一匹でも被害が大きい。
ただ、飼いならすと下手な動物よりも力があり、活用ができる。
「繁殖期ともなると騒がしくなるが、今の時期はそうではない。原因は国が二つ滅んだことにある」
モンスター退治とは基本的に軍の仕事だ。
彼らが防波堤となることで野生動物たちを追い払える。それはどの国でも同じことだった。
しかし、先の戦いで小国とはいえ、国が二つもなくなる。それはつまり、その区域だけまるで無法状態になっていることだ。
さらに言えば、戦争による被害でまともな畑もなく、それを育てる人間もいない。ハイカルンに至ってはまだ鉱物毒が残っている。
となると、つまりは……。
「お腹を空かせた野生動物があちこちに出没するということですね?」
「そうだ。弱い獣は野垂れ死ぬが、この手で厄介なのは生き残る強靭な個体だ……で、本来は二国が対応していた数が一挙に攻めてくる。奴らも生き残るのに必死だからな……で、兵士たちをその対応に当たらせようにも、予定していた以上の人員が必要になる」
野生動物の対応に軍隊が出動するというのは珍しいことじゃないし、この時代においては結構急務よね。畑というのはそれだけ生活に直結する問題だし。
「フン、すまないな。お主たちにはあまり関係のない話だった。ジジイのぼやきと受け流してくれ」
ダグラスはそういって、残ったスープをかきこみ、席を立つ。彼にはまだ処理しなければいけない仕事があるらしい。
「無礼を見せた。面白くない話もな。この礼は後日、では」
プロジェクトが動き出す。ということは上役の人間たちの仕事量も増える。実際、私も、これから打ち合わせなども入っているし、そこになぜかサルバトーレ王子夫妻との会談もある。
「すまないな、諸君。父上もしばらくは徹夜が続きそうでね」
その場を受け継いだアルバートが苦笑交じりに言った。
「いや、モンスター対策は重要だ。サルバトーレはそのあたり、徹底していたのもあって、山は比較的安全で、モンスターの発生は抑えていたからな」
アベルがそれに続いた。
そういえば、サルバトーレの山にはモンスターがどうのって話は聞かなかったわね。さすがは大国というところかしら。
「ダウ・ルーは海の国故、そっちの対応はできるのだが……どうにも、やはり、内陸はな」
「心中お察しいたします。苦労なさっているのですね」
溜息を吐き出すアルバートにアザリーが優し気な言葉をかける。
「そこに、山賊の問題、海賊の問題と重なって、さらには皇国という敵も控えているとなれば、ダウ・ルーにかかる負担は大きいでしょうね。結局、すべては皇国の影響が大きいのです。やはり連中は一刻も早く撃滅するべきです。無法を許しておいては、それが各国に伝播して、戦乱の世が待ち受けるのですから」
アザリーは徐々に声音を低くして、スプーンを掴む指に力を入れていた。
「あ、アザリー嬢?」
「アザリー、落ち着きなさい。今は目の前の問題を解決するのが重要です。足元をおろそかにしてはいけません」
驚くアルバート。
私の方はアザリーの肩をさすりながら、落ち着かせる。覚悟を決めているとはいえ、アザリー、ラウにとっては復讐が第一なのだと思う。それは理解するところだけど、今はまだその時ではないのだから。
「ごめんなさい、アルバート。この子、ハイカルンの子なのよ……」
「え? しかし、その子は、ゲヒルト騎士団長の……」
「あのお方の、嫁いでいった養子の子なのよ。ご家族が戦争で死んで、孫にあたるこの子を養子としてね……このことは本当は秘密なのだけど……」
よくもまぁ嘘をでっち上げられるものだと我ながら感心。
「なるほど、そういう……これは、なんと言えばいいか」
「あ、いえ、こちらこそ、申し訳ありません……」
アザリーがぺこりと頭を下げる。
「ですが、確かに問題ね。なんとかするべきなんでしょうけど……うぅん、こっちはこっちで忙しいし……」
「……俺ならちょっと力になれるかもだぜ?」
アベルは溜息をつきながら、少し自信なさげにつぶやいた。
「どういうこと?」
「うん? まぁ、なんだ、ちょっと賭けみたいになるが……兵隊が欲しいんなら、動かせる連中がいるかもしれねぇ……いや、でもなぁ……」
「歯切れが悪いわね、どうしたのよ」
「う、うぅん……まぁ、なんだ、炭鉱夫なんてやってると荒くれな連中とも付き合いが出てくるんだが……つまり、なんだ……山賊……にダチが、いる」
アベルは非常に申し訳なさそうな顔を浮かべている。
「ダチといっても、もう二年と会ってない……ただ、他の山賊よりは話がわかる連中だと思う、使うかどうかは、そっちで決めてほしいが……」
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