第92話 海上謁見
「ようこそ、お出でくださった。さぁ、楽にしてくれ。我が国とサルバトーレは兄弟のようなもの。どちらが上で下というものではない。そなたの父とは幼い頃よりの付き合いだ」
海上王宮の天守。開放的で、ところどころにフルーツの木々が飾られた謁見の間にて、私たちを出迎えた浅黒い偉丈夫こそダウ・ルーの国王であるキリングスだった。王様というよりは武人、将軍というような顔つきをしているけど、歳の関係か、筋骨隆々にめいて、わずかに肉のたるみも見られる。
それでも老人とは思えないような肌の艶と存在感を放っていた。
「お久しぶりです、キリングス王。今回はお招きいただき誠にありがとうございます」
「うむ、立派になったな。若い日のアンドリューのようだ。奴の体はどうだ、国政からは殆ど身を引いたというが」
「おかげ様で、毎度小言を言われています。まだ国王としての責務は果たせそうなものですが」
「お主も若いながら立派にやっている。先の戦争に関しては、まぁ、わしも色々と思うところはあるが、それでもお主は奇跡を見せた」
「それは、我が妻、そしてサルバトーレの名の通り、救国の聖女の力があってこそです」
ついに来た。
ガーフィールド王子はそういって、キリングスに私とグレースを紹介する。
「こちらが、我が妻、グレースです。そして、我が国に様々な技術をもたらした、イスズ・マッケンジー」
私たちは王に頭を下げ、挨拶をする。
キリングスは満足そうにうなずいた。
「うむ、聡い、強い女性たちだ。古来より、女の強い国というのはこれがなかなか、発展をしていくものだ。女は男の後ろをついて回るものとよく言われるがそうではない。女が後ろから男を蹴り上げるからこそ、男は行動するのだ」
がははと笑うキリングス王の隣には本来、王妃が座っているはずの玉座がもう一つあったが、そこは空席だった。代わりに、王冠と杖が置かれている。
それは亡き王妃の遺品だという。
「よき妻、良き女を持ったなガーフィールド王子。その方らも、よくぞ国を支えた。なまなかにできることではない。多くは恐れを見せるものだ。それを気にせず、物怖じせず忠言できるのは素晴らしいことだ。誇ってもいい」
「もったいなきお言葉です」
グレースが深くお辞儀をする。
それに私も従う。
基本的に、私はこの謁見で言葉を発することはないだろう。
それからの謁見の内容はほとんど儀礼的なもので、そこに二、三と軍事的、政治的な会話がなされた程度だ。
同盟強化、戦災国の復興支援、物資のやり取りについてなどなど。同時に、皇国への対応政策の一環として、海賊や山賊の徹底的な討伐、統制をも視野の入れるということだった。
「ところで……」
話が一応のまとまりを見せた頃、キリングスはちらりと私の方を見た。
「イスズと言ったな。そなたの、もたらした技術はこちらにも大きく影響を与えた。バルファンの下で作らせている、蒸気船とやらは、どうだ。完成するのか?」
「はい、理論上、そして設計上では問題ありません。あとは、実物を組みたて、テストを行うしかありませんが、必ずや成功させます」
「うむ、期待をしている。その船が完成すれば、蒸気機関、買おう。技術の指導も欲しいところだが」
「それは」
私はガーフィールド王子へと目配せをする。
この場において、これらの許可を出せるのは王子だけだ。
「お約束いたします。ダウ・ルーの船がよくなるのであれば、それは損ではありませんので」
もとよりそういうやりとりはあっただろうから、これはポーズみたいなものだろう。
「しかし、蒸気機関というのはそちらにとっても重要な技術。もちろん、それを我が国にもたらし、船を強くするというのは歓迎だが、サルバトーレとしてはどうなのだ。ただ与えるだけの技術というわけではあるまい」
「はい、蒸気機関を利用した機械は多岐にわたります。炭鉱の掘削作業の効率化もそうでございますが……」
饒舌になる前に、私はキリングスに発言を続けてもいいかどうかの反応を待った。
「良い、わしは話を聞きたい」
「はっ、では恐れながら……私にはいくつもの目的があります。そのうちの一つこそは大鉄道網計画でございます」
「鉄道とな?」
「はい、蒸気機関を使った機械を走らせるのです。それを走らせる為に金属のレールを大陸中に敷きたいとも……」
「馬車の代わりをなすというのか?」
「はい。各地の駅、宿場街を基点としてレール、鉄の道、すなわち鉄道を敷いて往来を加速させます。もちろん、解決するべき問題、欠点はおおいですが、これが完成すれば、馬以上の速さで、今まで以上の貨物が運べるようになりましょう」
この提案は、どの国に対しても魅力的なものである。
貨物の運搬はどの分野においても重要な行動となる。それが効率よく、大量を見込めるのであれば、是が非でもほしいものとなるから。
「ですが、この為には大陸中を平定しなければなりません。その為にもまずは外敵から大陸を完全に守る必要があります。余裕がなければ、いけません。戦時特例で、各国に協力を要請するのもいいのでしょうが、それを私が行えるわけでもありませんし無理強いをすれば再び内戦です」
「いや、まずは我がダウ・ルーとサルバトーレの間で実験をするべきだ。それで結果を出せば、他国も参加を表明する」
あら、これは結構驚きの提案だった。
キリングスは鉄道計画に乗り気を見せた。この即断にキリングスの周りの大臣や部下たちもさすがにざわめき、ガーフィールド王子もちょっと驚いている。
「なんにせよ、我が国とサルバトーレは交易をおこなっている。それの手助けとなるのなら、それは双方にとってもプラスとなる。ガーフィールド王子、いかがか?」
「それは、願ってもないことです。可能であるならば、ぜひとも」
「だ、そうだが、イスズ殿」
「ならば、仰せの通りに。ですが、そうなるとこちらだけの力では……」
国家間の大きなプロジェクトに参加できるのは良いことだけど、さすがにお金をくれないとね。あと人員。
「それに関してはもう一度、王子と協議をする。それを待て」
「はい……」
悪い方向にはいかないだろうから、それは安心して待つべきね。
しかし、これで、この大陸は大きく変化していく。近代化、それを行うのはこの私。匙加減で、この大陸の発展が決まる。
でも、これが始まりに過ぎないわ。ここから、私は数年規模の計画を練らないといけない。しかも、戦争に続き、復興もある。
忙しいことになるわね。
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